第五話 『戦神の荒野』 その31


「……な、なんだか、シアンさんがピンチっぽい雰囲気ですけど……っ?」


 小突かれることも覚悟しているのか、眉間にシワを作りながらもジャンがこっちを見ている。不安を打ち消す言葉を、使ってやるべきなのかね。


 それを求めてジャンは質問しているのだから。しかし、事実は事実として認めるべきではある。戦況に誤った解釈を与えたところで、現実が良い方に転ぶこともない。


「ああ。まさにピンチだよ。追い詰められてはいる」


「そ、そんな!?……援護、すべきじゃ!?」


『あいつ、『ほのお』で、やこうか?』


「……シアンがそれを望めばな」


「ええ!?……シアンさんは、望まない気がするんですけど!?」


 ……ジャンも分かっているじゃないか。そのことが、ちょっと嬉しくてね。ニヤリと唇に悪人の歪みを浮かべていた。


「ああ。シアンは、そんな楽勝を望まない」


「……け、剣士だからですか?」


「そうだな。剣士だし、フーレン族だし……ハイランドの『虎』だからだ」


 ―――受け止めてやる、という程には、おこがましい態度ではないだろう。だが、シアン・ヴァティは応えてはいるのだ。テッサ・ランドールの気高さにな。コイツは、誇り高き決闘だ。


 『ヴァルガロフ』とハイランド王国の代理戦争とまでは言えない。さすがに、それよりはずっと個人的な闘争だ。だが……今、テッサ・ランドールは、『ヴァルガロフ』を背負って戦槌を振り回している。


 『侵略者』に弄ばれる故郷への、どうしようもない苦しみ。やがて彼女の故郷を支配する定めにある、ハイランドへの憎悪と怒り……そういう感情を、ハイランド人であるシアン・ヴァティにぶつけている。


「―――行くぞ!!『虎姫』ええええええええええええええええええッッッ!!!」


 金色の竜巻のように、あの長い金髪と戦槌が暴れて狂う。何とも激しいし、周囲は全く見えちゃいない。己の肉体をも酷使する、命を燃やし尽くすような戦い方だ。


 ……あんな風に戦えば、戦場では自滅してしまう。その意味では、とても良い戦法とは思えない。


 目の前にいる敵に対してのみ、極限に集中する。聞こえはいいが、あまりにも外野に対する警戒心が欠如しているな……。


 オレはともかく、ゼファーとジャンはシアンが重傷を負わされた瞬間、この戦いに介入する気だぜ。4対1。戦場で生きてきたオレたちは、それを別に卑怯だとは考えない。


 もっと不利な戦もある。数十倍や、数百倍の敵と戦うこともあるんだし、逆の場合もある。数の利を有効に活用するってのは、戦術の基礎中の基礎。


 二人が戦いに介入しても、『虎姫』は文句は言わないさ。不機嫌そうな顔をする可能性は実に高いが……悪手だと評価することはない。わざわざ不利な条件で戦わなくても、全員で一人の敵を仕留めることは、間違いじゃないどころか、大いに正しいのだから。


 オレたちは趣味に生きる競技者じゃない。戦場のプロフェッショナルなんだからな。


 戦術的には、この状況で一対一に付き合ってやるのは、あまりにも愚かなことではある。それでも……戦士という者は、武術家というものは―――お互いの技巧の全てをぶつけ合うことの出来る、一対一の戦いが、大好きなんだよ。


 シアン・ヴァティは喜んでいる……獣のような貌になりながら、金色の竜巻を避け続けているな。当たれば終わりの、一撃を紙一重で避けている。


 あの戦槌のリーチを把握しているのさ。そして……紙一重で避けることで、使う技巧の量を減らしてもいるわけだ。体力の温存も狙っている。威力に圧倒されて、回避を強制される現状では……少しでも疲れないことは重要な意味を持つ。


 ……須弥山の伝説を、ここまで追い込むとはな。強さだけじゃない。精神力だな。ハイランドへの怒り、そして、故郷への誇りが、彼女の能力を底上げしているように見えたよ。


 相手がシアン・ヴァティだからこそ、彼女はここまで強くなれてもいるのさ……何とも邪魔したくない戦いだぜ。だからこそ、シアン。負けるなよ?……あんまり負けちまいそうだと、若い二人が君の援護に飛び出して行きそうだから。


「……ああ!?し、シアンさんが!?」


『……あのままだと、かべにあたっちゃう!!』


 そうだ。二人の言う通りだった。シアンは追い込まれつつある。荒野に呑まれた崩れかけの城塞、その一部に近づいているのさ。壁に追い込み、逃げ場をつぶす。テッサ・ランドールの狙いは、それだったようだ―――いや、『彼女も』ってだけか。


「追い詰められちゃいます!?た、助けに行かなくて、いいんですか!?」


『いいの!?』


「……シアンを信じろ。シアンは、まだ何か切り札を持っている」


「き、切り札って……どんなのでしょうか?」


『どんなの?どんなの!?』


「具体的には分からんが、今より、一つ上の動きがあるはずだ」


「い、今より……速く、動くんですか!?」


「……速く……か」


 ……それだけだろうか?……それだけでも、十分にムチャクチャな次元だが、一昨日、感じた気配は……そんなものじゃない気がする。オレを倒すための技巧。それを彼女は須弥山の螺旋寺で、作りあげて来た……速さだけでは、ないのかもしれんな。


「ハハハハハッ!!来ないのか、『虎姫』ええええええええッッ!!」


 言葉を使う。そうだな、彼女の常套手段でもある。初めて会ったとき、彼女は幼げでバカな口調を使って、本性を隠していた。賢い彼女の言葉は、全てが誘導。シアンの性格を、攻撃的だと把握しているから、ああして煽っている。


 攻撃だけで仕留められるような相手とは、考えちゃいない。彼女の本命は、カウンター。シアンに攻撃させたい。だから、追い詰めようとしている。『虎』との対戦経験が、その手段を選択させたのかもな。


 フーレンの戦士は動きが速く、攻撃的だが……ほぼ唯一の弱点は、肉体の強度だ。防御の面では、フーレン族はドワーフ並みにタフとは言いがたい。とくに、シアンのような女剣士はな。速くて、しなやか。躱すことに優れるが、頑丈さには欠く。


 攻めることのリスクは、回避のための動きを削るということだ。テッサは、シアンに攻めさせたいのさ。


 シアンから『回避する性能』を奪って、ただ一撃のカウンターを入れたい。ドワーフ族の『鉄拳』を叩き込むことでもいい。戦槌以外にも、彼女にはその武器がある。


 頑丈な骨と、桁違いの筋力から繰り出す体術……何なら、体当たりだっていい。それを浴びせることで、シアンの動きを止めてしまうつもりだ。一撃の重みに、『戦槌姫』は自信があるし―――彼女の力なら、体重の軽いシアンを体術でも圧倒出来る。


 戦槌の猛攻が続き、シアン・ヴァティが崩れかけの城塞に向けて、追い込まれていく。


「い、一方的に、お、追い詰められてますよう!?」


「……カウンター狙いの相手に、攻撃するってのは良い策じゃない」


「でも。い、いくらなんでも、このままじゃあ……相手のペースになりすぎですよ!?こ、攻撃もしなくちゃ、まずいですって!?」


「……そいつはそうなんだが」


 テッサ・ランドールの猛攻に、シアンは距離を保つことを選んでいる。その理由は二つ。当たれば即死の戦槌の威力から逃れるため。もう一つは、『雷』対策だ。


「不用意には、近づけん。『雷』を放つ可能性があるから」


「あ、あの、いきなり出たヤツですね……っ」


「戦槌の打撃、体術のカウンター……そして、『雷』。それがあるから、シアンは接近戦を選んでいない」


 実際、あんな命を削る魔術は、何度も使えるものじゃないが―――もう一度ぐらい、使える可能性は排除できない。初っぱなに見せたのは、いい判断だ。駆け引きを成立させている。


 いつ使うか分からない『雷』の放射に、シアンは警戒する必要が出て来ているからな。あの命がけの自爆技を使ったことが、彼女の盾として機能し、シアンから攻め込むタイミングを奪っているわけだ。


「だからシアンは攻めない。避けることで、テッサ・ランドールの体力が落ちるのを待っている」


『つかれたら、よわくなるからだね!』


「そうだ。疲れて鋭さが消えるのを待っている……しかし、そいつもテッサ・ランドールは理解している。だから、言葉で煽りながら攻撃を誘っている。自分が元気な内なら、いいカウンターを当てられるからな」


 その上で、壁に追い込むことで、シアンが攻撃するしかない状況を作ろうともしているのさ。言葉などに、反応しない可能性はある……だが、色々とやってみるものさ。何かアクションをされたら、大なり小なりヒトは気になるものだからな。


 ……ヒトは感情を完全に消すことは出来ない。キュレネイ・ザトーのような人物は、例外的だ。言葉で挑発して、少しでも相手の集中力を乱せればいいと、テッサ・ランドールは考えているし、それは、わずかではあるが、確実に有効ではあるというわけさ。


「……そもそも。カウンター狙いってことも、シアンにはバレているさ。オレにバレるぐらいなら、シアンにもバレる」


 なにせ、呼吸の音も聞こえる距離で、お互いを睨みつけ合う当事者同士だからな。達人同士、お互いの動きに隠れている意味には、肌で気づけるはずだぞ。


「戦術がバレているのなら、あえて言葉でも教える。そうすることで、テッサ・ランドールは、シアンを守りに追い込んでもいる」


『まもらせてる?こうげきして、ほしいんだよね?』


「そうだ。カウンター狙いだからな。でも、テッサの狙いはそれだけじゃない。シアンのスタミナを削りたくもあるんだよ。シアンが避けつづけるのなら、シアンの脚も疲れてくるし……いいポジションも取られつつあるな」


「じゃ、じゃあ、シアンさんは、敵のペースにハメられているってことですか!?」


「……そういう見方も出来る。シアンに『自分が予想出来ない行動』をさせないために、読まれている手の内を、あえて言葉で『教えてもいる』。すり込んでいるのさ、シアンに、カウンター狙いである自分を教えることで……攻めさせず、回避させつづけてもいる」


「な、なんだか、スゴいヒトですね、テッサ・ランドール……っ」


「ああ。駆け引き上手だ。読まれていることを逆手に取り、『自分の予定』に相手を引きずり込む言動を貫く……そうすることで、『予想出来ない敵の行動』ってのを減らしていやがる」


 そもそもだが、シアンの方が機動力もあるし、戦術の幅が広い。この広い荒野という戦場を、縦横無尽に使われたら?戦場を走られながら、城塞の高低差を使われたら?……重たい戦槌を担いでいるテッサ・ランドールの体力の方が先に尽きるさ。


 だが、彼女は自分の考えをシアンに認識させることで、シアンの動きを制限している。攻めさせずに、回避させて疲れさせながらも、壁に追い込もうとはしていた。


「参考にするのは難しいが、そういう駆け引きも武器として使えるってことさ」


「ぼ、ボクは、マネできそうにありません……っ」


「そうだろうな。だが、もしも、そんな状況にハメられたとき、猟兵がすべき方法とは何かを、シアンは教えてくれるだろう」


『きりふだを、つかうの!?』


「多分な。そのために……あの壁際に追い込まれた。いや、正確には、シアンもあそこにテッサを誘導している……」


「え?」


『おいこまれた、ふりを、していたの?』


「そうだと思うぜ」


 ……シアン・ヴァティが、ついにその背中を城塞につけていた。両者はそれぞれ攻撃と回避を貫いたせいで、疲労している。お互いの目的は果たしている……体力を削り、壁に誘導することに。


 ……勝負は一瞬で決まるだろうよ。知っているよ、シアン。君が最も得意な攻撃。そいつは後の先……つまり、カウンター。君も、カウンター狙いだろ。勝負は、一瞬でついてしまいそうだ。

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