第五話 『戦神の荒野』 その27


 南下していくゼファーで道すがらに、ミアとククルを回収する。二人も大活躍してくれていたらしい。闇に紛れての狙撃は、一方的な攻撃力があるからな。


 ……そのまま南に向かう。『南の砦』には、馬を奪い、それに乗ったオットーと『略奪チーム』が待機していた。ゼファーに乗ったまま、彼らに質問する。


「武器と食糧は、全て奪ったか?」


「ええ。奪いました!槍、800、剣、700、弓が500に矢は無数です!馬車に乗せて、運ばせています!」


「よし、完璧だな。オットーたちは、このまま西に向かって、仲間たちと合流してくれ!後は、オレたちとゼファーで火を放ち……最後の工作も終わらせる!」


「了解です!みなさん、行きますよ!」


 『略奪チーム』が野太い声を上げて、砦の外へと走り去っていく。これで誰もいない。全員、川を渡り、ゼロニア平野に入った。北を見る。『北の砦』は、まだ、しっかりと燃えているな。


 あれだけの火災を鎮火するのは手間だぜ。指揮系統も破壊されている。上も下も大混乱のはずだ。あとは、こちらも火を放つ……魔眼で、兵士たちの宿舎を観察する。


 壁にも室内にも油がたっぷりとまかれている。宿舎の周りにも、大量の油だな。中の兵士たちは、まだぐっすりと睡眠中だ。


 リエルの毒薬は、いつにも増して効果的だが……薬物の効きには、個人差がある。目を覚まされると厄介なんでな。時間稼ぎとして理想なのは、眠りつづける限り眠らせておいてから、火を放つべきではある―――しかし、欲張って不確実性を高めるのも考えものだ。


「ゼファー!ククル!」


『うん!』


「『炎』を、放ちます!!」


 ゼファーが燃えさかるブレスを吐き、ククルとオレが『ファイヤー・ボール』を放っていた。またたく間に、兵士の宿舎が炎につつまれていく。


 難民たちの憎悪が分かるな。内部にまで、しっかりと油がまかれていたせいで、宿舎の内側も外側も火の海に沈む。仲間を虐殺されたことに対する報復としては、相応しいものがあるな―――オレの影に宿る、怨霊たちが喜んでいるのが分かる。


 ……ミアにヒトが焼け死ぬ叫びを聞かせるのは、教育に良くない。


 ゼファーの固いウロコを鉄靴の内側でやさしく叩き、この場を去ることを指示した。ゼファーは黒い翼を広げて、焦げ臭い煙が漂う夜空へと飛び立っていたよ。


 難民たちを追いかける……これ以上の妨害工作をするよりも、今は、とにかく彼らの護衛に徹したい。辺境伯軍の動きを、全て掌握しているわけじゃない。


 追いかけて来る敵だけではなく、北に向かう辺境伯への援軍やら、あるいは何らかの命令を受けて、それなりの大部隊が南下して来る可能性だってあるさ。


 この荒野は、戦場と化している。偶発的に、敵の軍勢と遭遇することだってありえるわけだよ。守らなければな。


 西へと向かう難民たちの行進は、速度を上げている。急ぐべきだ。西へと走り抜けなくてはならない―――『合流するのだ、より多くの仲間たちと』。そうなれば、もはや、我々は無力ではない。武装した我々は、強力な軍団となる……。


「……お兄ちゃん。川が、燃えてるよ!」


 ミアの言葉に、ゼファーの背にいる全員が、その方角を見た。たしかに川が燃えていた。『北の砦』の連中が、川に油を流して火を放ったのだ。『南の砦』も襲撃されたことに気がついたようだな。


 南北の砦が攻撃し、混乱にあるのなら?……難民たちが、その機会につけ込み、一気に川を渡ろうとするかもしれないと判断したのかもしれん。


 好都合だ。対策を取れば、ヒトは安心してしまうものだからな。難民への対策はしたという認識は、ヤツらの心のなかに残存しつづける。そうなれば、ヤツらの想像力や思考から、難民たちの姿は消えてくれるだろう。


 数十分でも、数時間でもいい。わずかな時間稼ぎになれば、それで十分だ。出来るだけ、敵から離れるべきだよ。


 ……難民たちの行進は足早になり、深夜も続く……深夜1時を回る頃、西に仲間の気配を感じる。射殺された辺境伯の心配たちが、そこら中に転がっていたな。


 未熟な兵士たちが、『彼女』に挑んだ結末だった。リエル・ハーヴェルの仕業だ。オレはフクロウで教会にいる仲間たちに命令を送っていたからね。


 リエルとガンダラ、そして、8人のストラウス隊……弓と槍を使える難民たちだ。およそ50人ほどの戦力だっただろうが、新兵100人を狩るのには十分な戦力だ。


 まずはリエルが早馬で、あの殺戮の丘にいた敵兵を挑発したのだろう。『風』のエンチャントを帯びた矢は、荒野の夜空を遠く飛んだのさ。数人射殺して、挑発する。矢が切れたフリでもしたのか、あえて矢を外して、腕が良くないフリでもしたのか……。


 彼女は敵に追いかけられながら、東へと向かう―――敵を誘導したのさ。新兵どもは馬を速く走らせて、彼女を追いかけた。しかし、不幸は新兵どもに忍び寄る。馬を操ることに長けたストラウス隊は、その背後から密かに襲っていた。


 敵の新兵どもは、闇のなか、ひそかに数を減らしていたのさ。背中を矢で射られ、背後から現れた戦士が振り回す鋼に殴打されて、死にながら落馬していった。


 未熟者どもは、仲間が減っていることにも気づかぬまま、リエルを追いかけつづけたらしい。そして紋章地雷を仕掛けた場所に、新兵どもの群れは突っ込んだ。


 馬の脚を『雷』が焼き、落馬して大勢が死んだのさ。そこが、ヤツらの終焉の地となった。その地雷原の北には、難民の戦士たちが潜んでいた。弓が射られて大勢が仕留められた……新兵は混乱し、弓矢の脅威から逃げようと南に走ろうとしたようだが。


 地雷原の西に身を伏せていたガンダラたちは、その機会を逃さない。


 新兵どもの側面から投げ槍を放ち、大勢を串刺しにした。北と西からの矢と投げ槍、二つの方向から、敵に向かって誤射を気にすることなく、戦士たちは攻撃を放ちつづけたようだ。


 その攻撃を浴びて、壊滅状態になり、散り散りに逃げ出した敵の残りは、リエルやストラウス隊に、一人ずつ狩られていったというわけだ―――こちらの筋書き通りに、踊ってくれる。若くて血気盛んなガキってのは、そんなものさ。


 難民たちの先頭を歩いていたシアンが、リエルとガンダラと合流する。リエルがオレたちに手を振り、ゼファーは『マージェ』に歌を捧げた。


『がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 難民たちは、馬に乗った戦士が味方についたことを喜び、難民の戦士が同胞たちの仇を討ってくれたことを讃えてもいた。


 行進は活気づき、西へと向かう速度が上がる……東の果てから―――騎兵の群れ、150騎が迫っていることに気がついたのは、そんなタイミングだったよ。時間は稼げた方かもしれんな……。


 大量の足跡を、消し去ることは出来ん。追いかけられのは時間も問題だった。その来るべき時が、来たようだ。


 オレは行進の先頭に降り、仲間たちに状況を説明した。シアンは自分の戦略を用いる機会だと喜んだ。この行進の最後尾は、対騎兵用の武装をした戦士たちだからな。武装は貧弱だが、人数も多い。


 シアンは最後尾へと駆けていく。ガームルたち、巨人の槍兵を指揮しに行く。


 ガンダラは、弓兵と槍兵を指揮し、南側の護衛となるように配置した。北側は他の『パンジャール猟兵団』だ。リエル、オットー、ジャン、ミア、カミラ……そして我が妹分ククル・ストレガ。もちろん、オレとゼファーも、北側の守りだ。


 地上に降りて、盾となる。難民たちを混乱させないためでもあるな。竜と猟兵が側面を守るんだ。安心するだろうよ。ここで怖いのは、隊列が乱れてしまうこと。その目的を果たすために、敵兵は弓矢じゃなく突撃をしてくるんだ。


 殺戮のためでなく、行進のペースを破壊させるための突撃専用の集団さ。


 騎兵で切り裂くように隊列を乱して、散り散りにさせる。そうなれば?……難民たちの移動速度が半減する。東から追いかけて来る敵の増援は、容易く追いつけるのさ。


 ……罠を用意しているヒマもない。こちらは素人集団だから、シンプルな策しか実行出来ない。敵は新兵どものように、マヌケでもなく練度が高い―――生きて返すワケにはいかないな。二度目は通じないさ。


 ……敵は、三方に分かれる。およそ五十騎ずつか。弓を装備して来なかったことは、こちらとしてはありがたいね。舐めててくれて、ありがとう。あの有能な指揮官を生かしておけば……君らは軽装のまま、弓で攻撃して来たかもな。


 北と南と背後から、騎兵たちは突撃してくる。重装騎兵。難民の群れなど、容易く切り裂ける威力を持っているが。背後から攻撃してくるのは、ある意味では合理的。ここが最も弱い群れだと考えている。


 歩くのが遅く、体力の低い連中が集まっている……そう解釈したのさ。


 そこを攻撃すれば?……その弱い部分を守ろうとする者も現れるだろうして、仲間を見捨てて逃げようとするヤツらも出てくるだろう。そうなれば、群れは分断していく。


 まとまりを崩した群れの間を、騎兵が駆け抜けて居座れば、難民の行進は止められていく。散り散りにするために、ここから攻撃するつもりだ。


 騎兵どもが槍を構えて突撃してくる……まずは、飛び道具の洗礼をヤツらは浴びた。南側を攻めようとした連中は、ガンダラ率いる戦士たちに矢と投げ槍を浴びせられて。北にいる連中はゼファーの劫火と、オレの魔剣、リエルとミアとククルの魔術をぶつけられる。


 ああ、北については、難民ケットシーたちの『投石兵』の力もあったし、南側は、難民エルフの木の矢も放たれていた。側面を守護する、射撃部隊さ……殺傷能力は高くはないが、数が集まれば、突撃の出鼻を挫く威力にはなる。


 ……南北の突撃騎兵は、こちらの射撃をモロに浴びて、突撃を果たす前に崩れていく。ヤツらには、想定もしていなかった威力だからな。


 背後の突撃は……巨人族の根性が試されていた。長い槍を構えて、密集し……騎兵の突撃と力勝負だ!


「槍を放すなッ!!馬を、受け止めろおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 シアン・ヴァティの歌が、巨人族の槍兵たちに力を与える。巨人族でも力自慢の連中が、長い槍を構えていた。その戦士たちの背中を、同じく巨人族の男たちが支えている。巨体ゆえのリーチ、そして体重と、密集が生み出す力。


 もしも、夜の闇でなければ……騎兵たちも気づいただろう。その肉体の壁が持つ、脅威的な頑強さに。衝突の瞬間……巨人族の戦士たちは、力と体重を発揮した。突撃してくる馬の胸に、突き出した槍が刺さる。


 馬が死にながらも進むが、それは一歩だけのこと。死体が動くのは、せいぜい一歩だ。


 木製の槍は強くはないが、巨人族の手は大きいからな。三本まとめて縄でがんじがらめにした木の槍は、杭のように頑丈で、二本は折れても三本目は折れなかった。


 腕の長さの違いがモノを言ったな。騎兵の長い突撃槍は、巨人族にギリギリで到達しなかった。馬の突撃が止まった瞬間……ジャンを筆頭に猟兵たちが全員で突撃していったよ。


 シアンも叫んでいた。牙を剥き、この絶好のチャンスを逃すなと、自身も戦場に踊り出ながら闘志に破裂しそうな猛々しい声で歌う!!


「ドワーフどもッ!!出番だ、打ち殺せッッッ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「ヤツらの頭を、叩き割れえええええええええええええええええええええええッッ!!」


 最後尾に陣取っていたドワーフの男たちが、棍棒を片手に敵へと殺到していった。巨人族の壁の間から短躯の怪力戦士たちが、獲物へ目掛けて襲いかかる。


 落馬した騎兵に、それらの攻撃を受ける術はなかった。帝国の重装騎兵は己の過ちに気がつき、後退しようとするが……シアン・ヴァティと、ジャン・レッドウッドに背後へと回り込まれていた。


「……行くぞ、ジャン!!」


『はい!!シアンさんッ!!』


 騎兵に突撃していく二人は、容赦ない。シアンは恐るべき神速を帯びたまま跳躍する。騎兵の槍を飛び越えながら、その首を踏みつけてへし折っていた。足蹴にしたその死体を踏み台に、再び飛んで、近くにいた馬上の兵士に斬撃を叩き込む。


 地上に降りた瞬間、今度は影のように低く走りながら、馬の脚を切り裂き兵士を落馬させた。ああ、とんでもない速さ、そして技巧の高さだよ―――オレには出来ぬ圧倒的な機動力で、『虎姫』は戦場を掌握していた。


 ジャン・レッドウッドもスゴかった。技巧はないが、強烈な身体能力を使った。巨狼が狙ったのは馬ごとだ。馬の倍以上はあるからな。怯えた馬の首に噛みつくと、力尽くでブン投げていた。兵士ごとな。


 高さ4メートル以上からの落馬だ。兵士だけでなく、馬も死ぬよ。ジャンにだけ出来る戦い方だった。あの豪快な動きは、ヒトにはムリだろ。ゼファーに近いが、地上でのスピードだけなら、ゼファーよりも上だな。


 二人の猟兵が、騎兵の退路を断ち切った。そのおかげで、ヤツらを取り囲むのは簡単だったよ。降伏勧告を、ヤツらは受け入れた。


 殺さなかったのは人道的な理由からではない。馬と、ヤツらの武装を無傷で手に入れるためだ。少しでも物資が欲しいからな。それに命がけで抵抗され、負傷者を出すのもつまらん。


 武装と馬を奪った後で、ヤツらの脚の骨を折り、手の骨を砕いたよ。そのまま荒野に置き去りだ。


 死体ではないから、仲間が回収する―――回収しなくてはならない。ヒトを一人運ぶのにも、手間と労力はかかる……敵へのダメージを優先するには、この判断も悪くないさ。時間を稼ぐ。少しでも、多くの時間を稼ぐんだよ。


 ……そのためには、何でもするさ。そう、まだまだ、策を使う……今夜は、かなり疲れているが、まだオレにはすべきことがある。『彼女』に、会いに行かなければな。

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