第五話 『戦神の荒野』 その26


 カミラ・ブリーズは完璧な仕事をしていた。ストワーズ卿の部屋に報告を入れに来た兵士の首を、見事にへし折ってくれていたよ。


 おかげで、階下にいるストワーズ卿の側近たちは、まだストワーズ卿の死に気がついてはいない。


 彼らは南からの連絡が途絶えたことを疑問に思い、対策を取ろうとして準備をしているだろう。数名の兵士たちが、すでに南に向かっているかもしれないが……数十や、数百の規模となると、ハナシが別だ。


 レイ・ストワーズの命令がいる。だからこそ、下の連中はそれを待っている。ストワーズの死を知らないうちは、ストワーズが何かを、その優秀な頭脳で考え続けていると思うだろう……。


 オレはストワーズの首を左手で拾い上げると、右手で『炎』を呼んで、ヤツの顔を焼いたよ。


「……何を、なさっているんですか?」


「……ちょっくら、ストワーズの野郎を、『行方不明』にしてやりたくてな」


「『行方不明』……っすか?」


 ヤツの顔を焼きながら、不思議そうにしているカミラに命令するのさ。


「……なあ、カミラ。ストワーズの首ナシ死体と、その兵士……そして、さっき君が脚をへし折ったヤツを、この建物の屋上に、放置して来てくれるか?」


「わかりました!……その、彼は、殺さなくても……?」


「ああ。いいんだ。まだ失神しているしな。騎士は、約束を守るものさ」


「……そうっすね!ソルジェさまは、約束を守る方です!』


 そう言ってくれながら、カミラは『コウモリ』に化けた。二人分の死体と、あの四十路の兵士を連れて、窓から出て行った。


 オレは仕事をしなくちゃならない。顔が焼き潰れたストワーズの頭を、この部屋にあるヤツのベッドの下に放り込んだよ。これで、なかなかヤツの頭部は見つからない。見つかったとろこで、誰なのか分からんだろう。


 屋上には、鎧をまとったヤツの体があるが……あそこから、死体を降ろすのは難しいだろうな。今から、あそこにつながっているハシゴを、竜太刀で斬り裂いてしまうからね。


 まあ、屋上には、生きているヤツも一人いるし、そのうち誰かが気づくだろうが、ここまで長いハシゴを持って来るのも、ちょっと時間がかかることさ。


 そんな悪知恵を働かせつつ、斬撃を放ち、屋上へとつながるハシゴを斬り捨てる―――テーブルを足場に使われと、よく跳ねるヤツには届かれるかな?


 ……ということで、ストワーズが見下ろしていた地図を回収すると、テーブルをひっくり返して、その脚を叩き斬る。道具とは脆いモノだ。この一瞬で、テーブルはただの平たい板に成り果てていた。


「―――さてと」


 魔眼の力で、階下の連中の動きを探る。4階にいるのは、4人。3階にはいない。2階には3人、1階には5人か。上層の階ほど、ストワーズの側近も混じっているだろう。


 指揮系統の中枢が、この場所には集まっているのさ。


 いい場所だな。殺しまくるほどに、敵に混乱を与えられそうだぜ……ん。一人、獲物がやって来る。この場所に、ストワーズの判断を聞きに来るようだ。オレは、ドアを閉めて、壁に背中を預けるよ。


「ストワーズさま!!入りますぞ!!」


 ドアを開け放ち、赤い軍服を着た兵士が入ってくる。いや、コイツも騎士かもしれんが……死んでしまえば、誰でもなかったな。


 無人の部屋に疑問を浮かべた、その男を、背後から斬り殺していた。後頭部に斬撃を叩き込むことでな。


 即死した死体を、かつぎ、ストワーズ卿のベッドに持っていく。毛布をどかして、死体を寝かせる……床が、血とか脳みそのついた骨片で汚れているが、その死体に毛布をかけて、『寝ているストワーズ卿』に偽装してみたよ。


 色々な工作をするのさ。理想的には、レイ・ストワーズが誘拐されたかのように偽装したい。そうなれば、彼の部下たちは、必死に彼を捜索するだろう。時間が稼げるな。


 ……大忙しだ。そのまま、三人になった4階に降りて、一仕事をした。眼帯を取り、魔眼で、壁を透視してね。


 室内のどこに、灯りが置かれているかを把握するのさ。


 そのあとで、ドアを蹴破り、室内へと乱暴に入った。『風』を放ち、ランタンを吹き飛ばして闇を作る―――その闇のなかで、さらに走るよ。血肉に飢えた獣のように、素早くね。


 悲鳴を上げるのも、なかなか準備がいるもんだ。しかし、闇に紛れて走る猟兵の速さは、圧倒的なものさ。


 叫ぶ準備もさせぬ間に、一人、二人を切り裂いて……三人目には『雷』を浴びせて、瞬間的な麻痺を与えた。声を上げさせぬ間に、三人目を斬ることは難しかったから。最後の獲物に近づく。闇のなか、彼はこちらを認識することも叶わなかっただろう。


 『雷』に痺れる舌で、震える声を作り、彼はオレに問いかけて来た。


「……だ、だ、だれええだあ……?」


「君の、敵だよ」


 シンプルな言葉と斬撃を連動させて、闇のなかで死を作った。


 そのあとで、室内の灯りに『風』を放ち、5階から降りて来たカミラと合流する。


「……このまま、ここの全員仕留めるっすか?」


「いいや。中心人物は死んだだろう。下のヤツらは、中間管理職さ。指揮権はあっても限定的なはずだ。親玉も行方不明だから、時間は稼げるだろうよ」


「分かりました。指示を、下さい、ソルジェさま」


「ああ……まだ。混乱させるぞ」


 ゼファーは、こちらに帰って来ている。はるかな上空を、王者の気風を放ちつつ旋回しているのだ。窓から顔を突き出して、オレは魔眼で獲物を呪う―――『ターゲッティング』だよ。


 狙ったのは、兵士たちが物資を運びだそうとしている、あの『油樽』で一杯の倉庫の屋上だ。あそこに、金色の呪いを刻みつけた。


 ゼファーに命令し、上空から、そこへと火球を放つ。劫火の流れ星は、『ターゲッティング』に誘因されて、威力と速度を上げながら、あの屋上を焼き払いながらブチ抜いた。


 火球が、『油樽』満載の倉庫の内部を、灼熱を帯びた爆風で吹き飛ばした。運び終えていなかった『油樽』が壊れて、油が大量に飛び散っていく……空気と混ざった油たちが、まだ宙に残存する灼熱に発火した。


 爆発ではない。爆発的な勢いで、炎の津波が、あの倉庫の周囲を焼き払っていく。何十人もが炎に呑まれて、のたうちながら叫んでいた。地獄絵図だな。


 体中を火に包まれた男が、地面を転がっていた。発想はいいが、転がった先が悪かった。爆風で吹き飛ばされて、壊れた『油樽』……そこから漏れた、油の池に、彼は突っ込んでしまったよ。


 さらに、大きく火災が広がる。


 かなりの混乱だ。南からの連絡が途絶えたどころではあるまい。城塞の内側に、とんでもない勢いで炎が暴れている。夜空をオレンジ色に染めながら、焦げ臭くする。


 あの倉庫の中に火をつけたとしても、ここまで燃えるはずがなかった。扉をしめれば、それですぐに消える。空気と混ざらなければ、油はそう燃えないからな。油で鶏を揚げたことがある者ならば、当然、誰もが知っていそうな知識だ。


 ……しかし、ゼファーの火球で、倉庫自体が崩れてしまったことが、この火災の最大の原因だろう。空気穴がたくさんあり、そこから空気が入ってよく燃えた。爆発的な炎が広がり、城塞の外に待機している者たちも、わらわらと城塞のなかに集まって来る。


 だから?……兵士の姿をしたオレも、その中に混じることにするのさ。


「……カミラ。『コウモリ』になって、オレの上空をついて来てくれ」


「は、はい!お気をつけてッ!危ないときは、上空に、運びますね!!』


 オレを心配してくれる、やさしいカミラ・ブリーズが『コウモリ』の群れに化けた。『コウモリ』が、オレの周囲を包むように跳んでいる。カミラを感じるが―――より多く、この場所に混乱を招かなければな。


 『インビジブル/風隠れ』を使う。体重と気配を消してくれる、『風』の補助魔術さ。そのまま、三階から跳ぶよ。闇のなかで、地面へと向かう。迫る地面に足の裏が衝突する。まったく、問題はない。『風隠れ』の体重軽減のおかげで、脚への負担はほぼゼロだ。


 眼帯で、左眼を覆い隠し……そこら中にいる、敵兵に混じる。誰も、オレを疑わない。同じ鎧を身につけているからな。薄暗い闇のなかではな。そのまま、敵兵の群れを突破して……目当ての場所にたどり着く。


 『油樽』を含み、あの倉庫から運び出されていた、物資の集積だ。誰もが、燃える倉庫に視線を向けているなか、その背後で、オレは『油樽』を竜太刀で斬り裂いていた。


 二つ三つの『油樽』を壊すと、油はスゴい勢いで、物資がまとめて置かれた場所に広がっていく。


 オレは、そこから離れると、物陰から『ファイヤー・ボール』を放った。爆発が起きる。地味な付け火だが、更なる混沌を産み出すことには成功している。ゼファーも、強烈な火球を連発で放ち、疲れているはずだからな。


 『ドージェ』も単独で、仕事をするべきなのさ。ちょっとでも、混乱してもらわないと困るからね。難民の背後を、守るには……時間が一秒だって多く欲しい。火事を消せと、兵士たちが怒鳴っている。水を持って来いと。


 そうでなければ、せっかく運び出した物資まで燃えてしまうからな。いい時間稼ぎにはなったが―――さすがに、敵兵が周囲に集まりすぎている。これ以上の攻撃は、難しそうだ。


 体力も魔力も、まだ使い過ぎるワケにはいかない。難民たちの移動の、フォローをしなければならんのだからな……。


 オレは、上空にいるカミラを呼んだよ。


「カミラ!オレを、連れて、ゼファーのところまで運んでくれ!!」


『はい!!おまかせくださいっす!!』


 『コウモリ』の群れに抱かれながら、自分も『コウモリ』の放つ『闇』に融けていく。一瞬の後には、オレとカミラは融け合って『コウモリ』の群れに化けていた。


 カミラは上空高くへと向かい、砦の上空で旋回しているゼファーの背中に取りついたよ。ヒトの姿に戻った。


『おつかれ、『どーじぇ』、かみら!!』


「……ああ。南に戻る……どうにか妨害工作は、施した。あとは……『南の砦』にも、火を放つぞ!!」

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