第五話 『戦神の荒野』 その24


 『コウモリ』は、まっすぐとその部屋に急いだよ。『南の砦』よりも立派な、『北の砦』のボスの居城にな……。


『あの建物っすね?』


『ああ。偉いヒトってのは、いちばん高いトコロに陣取るものさ。あそこからなら、砦を見渡すことが出来る……指示を出すには、悪い場所ではない』


『……では、一番上の五階に?』


『ああ。物見台としても使うだろうからな……』


 背の高い、ちょっとした塔のような作りだ。屋上にも出られるのだろう。あそこからなら、昼まであれば10キロ先だって見渡せるだろうな。


『じゃあ。屋上から入るっすか?』


『……いいや、窓から入ろう』


『はい……でも。うーん。窓が、閉まっていますっ』


『コウモリの羽で、ガラスを叩こう。音がすれば、気になって開けるさ』


『たしかに!……やってみるっすね!!』


 『コウモリ』の一匹が、窓ガラスを羽根でペシペシ叩いた。室内の男が動くのが、無数の視界の一つに見える。赤毛のヒゲを生やした中年の騎士だ。鎧を着ているし、腰には剣を下げていた。


 南のヤツに比べると、レイ・ストワーズ卿は戦士として優れている。


「ん……?」


 騎士は首を傾げながら窓を開いていた。部下に小石でも投げられているのかと、考えたのかもしれない。嫌われ者の指揮官なら、そういうコトをされる夜もあるだろうからな。


 レイ・ストワーズが嫌われ者かは知らないが―――窓を開けてくれたのなら、問題はない。『コウモリ』は、一斉にその窓から、ストワーズがいる部屋へと侵入していく。


「な、なんだ!?」


 ストワーズは、オレたちが化けている『コウモリ』に怯えることはなかったが、ワケが分からないという顔をした。室内を無数の視線でくまなく探る。なかなか広い。敵の数は一人だけで―――外からの見た目の通りに、この部屋は天井が高い。


『……カミラ。天井に張りつけ』


『わかりましたっ!』


 『コウモリ』の群れは、薄闇をまとう天井に張りついていた。卓上ランプの灯りも、あまり届くことはない。うむ。『コウモリ』に化けているせいか、なんだか、この暗さが落ち着くな……。


「ど、どうなさいました、ストワーズさま!?」


 部下の兵士が、慌ててやって来た。ドアをノックすることもなく入室し、サーベルを抜いていた。いい対応だ。緊急事態かもしれないときには、礼儀よりも優先すべきことがあるってものさ。


 ストワーズは緊張に満ちた部下を見て、苦笑する。


「ハハハ。それが、コウモリの群れが、入って来てな」


「コウモリ……ですか?あの。たいまつで、追い払いましょうか……?」


「いや。かまわんでくれ。少し驚いてしまったが、窓を開けっぱなしにしておけば、そのうち出て行くだろうよ。持ち場に戻りたまえ」


「イエス・サー!」


「ああ。そうだ、異常はないかね?」


「ありません!」


「ふむ。よろしい。では、戻れ」


 ストワーズは、部下を横柄な態度で扱うタイプではなさそうだな。兵士は礼儀正しい動作で、部屋から出て行く……いい練度を感じる。『南の砦』より、かなり上だな。


『……ソルジェさま、どうなさいますか?』


『……このまま、状況を見守る……コイツらの練度を、逆手に取ろう』


『練度を、逆手に?』


『ああ。あの倉庫は油まみれだ……見張りもバカじゃない。あれだけ油の臭いがすれば、すぐに気づく。気づけば……ここに誰かが報告に来るさ』


『なるほど!』


『まあ、それよりも先に、南との連絡が途切れたという報告が来たら、殺すがな』


『了解っす。とにかく、待機っすね?』


『ああ。そうしてくれ』


 天井に張りついたまま、『コウモリ』に化けた猟兵夫婦はキイキイ鳴いていた。ストワーズは煩わしそうだったが、動物相手に怒れるほど、彼もヒマではないようだ。


 ふう、とため息を吐くと、部屋の真ん中にあるテーブルへと向かう。卓上には広げた地図があるな……北部の山岳地帯の地図だ―――その地図には、幾つかの黒い線が引かれてある。地図に羽根ペンで描いたのさ、おそらく、この騎士が直々に。


 ロザングリードからの要請があれば、あの線で示した道のどれかを、城塞の外に待機させている騎兵と共に駆け抜けるつもりかもしれない。いい情報だな。援軍が到着する地点が分かれば、本隊の動きも想像がつく。


 ……『北の砦』から、北に向かって進む線は、五つに分かれているな。それぞれの線は鋭角的に何度か曲がり、それぞれ目的地が違う。


 五つの地点のどれか一つに全員で向かうのか、あるいは戦力を五分割して、それらの全てに向かうつもりなのか?……オレは後者だと思うよ。


 一カ所に戦力を集中させても、山岳地帯での戦では効果的に戦力を発揮出来ないから。200騎の援軍なら、40騎ずつ、北部の山岳地帯をカバー出来る。五つの線は、山岳地帯から南東へと抜ける道を押さえるようだ。


 ……つまり、コイツらは逃げ道を断つ部隊か。辺境伯は、山岳地帯の南東に『逃げ道』を開けておくつもりかもしれない。


 『ルカーヴィスト』の全員を狩るのは、さすがに時間がかかる。戦意の低い敵は、その『逃げ道』から逃し……ストワーズの部隊で狩り尽くす。ロザングリードの本隊は、戦意の強く、向こうから襲いかかって来そうな、攻撃的な性格の敵と戦える。


 ……『ルカーヴィスト』も数が減れば、不安に駆られる。弱ったあげくの突撃よりは、強さを維持したままの突撃の方が、まだ勝率はあると、ゲリラ兵は勘違いするものさ。ああ、ガルフと出会う前にいた、山岳エルフのゲリラ組織の末路を思い出す。


 あのときも、臆病風に吹かれた仲間が逃げた。逃げたと思っていたが、そうじゃなかった。帝国軍があえて、『逃げ道』を開けていたのさ。正確には、『逃げさせられた』。コントロールされたんだよ、マヌケな話さ。


 そんなことにも気づけなかった。目に見えて戦力が減っていく中、ゲリラのリーダーは全員に突撃を指示した。オレも迷わず賛成した。当時は今よりアホだったから。


 竜太刀を振り回し、エルフと共に敵への群れに突撃した。オレ以外、皆、死んだ。敵も死んだが、オレたちも終わりだった。


 その戦場を後にして、森のなかで傷が治るのをしばらく待った。獣のように潜んでいたよ。野生動物を殺しては、その肉を喰らうサマは、本当に獣そのものであっただろう。


 しばらくしてウワサが伝わって来た。あのとき、逃げた仲間たちは、帝国軍の待ち伏せに仕留められていたそうだ―――帝国軍は、山岳に居座るゲリラを、決戦に引きずり出すために、オレたちの戦力を割ったのさ。


 帝国からしても、主力が全滅したのは、想定外の損害だったかもしれないが……こちらも滅んだからな。あとは、待ち伏せしていた部隊が、その土地を制圧すれば良かった。


 抵抗運動は消滅し、帝国の領土はまた広がったという、痛ましい負け戦の記憶さ。


 ……たくさんのみじめな敗北が、オレを成長させてくれてはいるな。あの地図を、天井から見下ろしているだけでも、それなりに戦場が見えてくるのだから―――。


『―――ソルジェさま、誰か、来るっすよ?』


『……ああ。慌てて階段を上がってくる。どっちかな……?』


『……備えるっすね……』


 集中力を宿したカミラ・ブリーズの声を聴きながら、オレも目の前にある状況に意識を集中させる。


『……南についての報告であれば、ヤツらの背後に回り込め。直後に、両者を殺す』


『……はい……っ』


「ストワーズさま!!大変でございますッ!!」


 ノックをすることもなく、さっきの兵士が侵入してくる。礼儀を失するほどの、緊急事態か……。


「どうした!?」


「そ、それが……」


 ―――どちらだろうな。


「そ、それが、倉庫で油がもれてしまっているようなのですッ!!」


「なんと……」


「る、『ルカーヴィスト』の工作である可能性も、考えられます!!」


「ふむ。何か、他に異常は?」


「屋上にいるはずの見張りの兵士が、一人消えて……一人、殺されていたようです!!裏切り者が出た可能性もありますが……」


 ベテラン兵士が、不名誉な誤解を受けているな……。


「……敵が、侵入した形跡はあるのか?」


「い、今のところは、どこにもありません。ですが……油の樽のフタが、抜かれていたようです……っ」


「食糧を、焼くつもりなら……すぐさま火をつけそうなものだがな……」


「と、とにかく、現在、倉庫の周囲にある油入りの樽を、移動させています!……このままでは、もし火を放たれた場合、倉庫と……食糧の多くが失われてしまいます!!」


「……食糧と油の備蓄は、難民どもに対する備えだけが理由ではない。ハイランドのフーレンどもとの戦に備えてのことでもある!!」


 帝国軍の国境警備隊が、フーレンの夜襲で殲滅させられたことを考えていたのか。夜の戦でも、平野に火をつけてでも灯りを作れば、無いよりは、はるかにマシだ。


「……敵の放火に細心の注意を支払いながら、倉庫から物資を運び出せ!!……眠っている宿舎の兵士も、起こしても構わん!!」


「ぜ、全員ですか!?」


「ああ。全員だ!!急いで、叩き起こせ!!」


「イエス・サー!!」


 ……いい命令が出たな。まだ、しばらく時間が稼げそうだよ。寝不足の兵士がたくさん出来ちまうな。深夜に起こされ……火だるまになる危険を覚悟しつつ、倉庫から物資を運び出すってか。


 くくく!……なかなかに疲れる仕事だろうな。『南の砦』に救援を出せとか言わないのは、あちらの指揮官と仲が悪いからか、それとも、要請を断られると感じているのか?


 あるいは、『南の砦』の戦力の少なさを、このストワーズも理解しているからかな……この攻撃が陽動で、『南の砦』を『ルカーヴィスト』が攻める可能性ってのも、コイツなら考えていそうだよ。


 ……攻撃されている可能性にある今も、冷静だ。慌てる様子もない。敵ながら、いい指揮官だ。


 しかし、眠っている連中を叩き起こすだけでは、少々、つまらんな。城塞の外にいる、辺境伯の援軍……あいつらにも、疲れてもらわなければな。難民の行進を、背後から騎兵に攻撃されるのは、楽しいことじゃない。


 だから、働いてもらおうか。


 夜の荒野を、全力疾走してもらおうじゃないか、あのお馬さんたちにはね。この賢そうなレイ・ストワーズ卿が、『南の砦』に連絡を入れようとしないということは……この攻撃が陽動だと考えているからだろうよ。


 ……南に、頼ることはない。そうだというのなら……ここより『北』で異変を起こしたとしても、南にではなく……自分で対応しようとするだろう。そして、今から戦場に行こうと覚悟を決めている騎兵たちは、血気盛んなものさ。


 ……そろそろ、出番だぜ、ゼファー?

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