第五話 『戦神の荒野』 その12
マフィアの連中は、このキャンプから離れた場所にいるようだ。ヤツらはここから南に、自分たちのテントを立てているらしい。
……ある意味、納得がいく判断ではあるな。連中も亜人種で構成されている。長くつるめば、難民たちに本物の同情心が湧くだろう。それに、ここにいるマフィアの連中は愛想が良いらしい。
マフィアの中にも、詳細を知らされていない連中だって大勢いる可能性はある。理由を知らせない方が、円滑に仕組みが作用するからな。
残酷なことだし、悪人のやり口ではある。悪行のために、善意を利用するのさ。ここにいる『ザットール』の薬草医たちなんて、年寄りにも親切なようだしな……全てを演技でこなしているとは思わない。そこまで誰しもが器用な悪人にはなれないだろう。
……だが、確実に、悪意を実行しようとしている者がいるな。
キャンプの動向を、遠くから監視している男たちがいた。『見張り』……いや、『連絡係』だろうな。脚の速そうな馬に乗っている、細身のエルフ族たちだ。
おそらく難民キャンプの内部にも、マフィアの『スパイ』が紛れ込んでいるのさ。その『スパイ』は定期的に……あるいは異変を感じたときにキャンプを抜け出し、あの『連絡係』に報告を入れるのだろう。
あの『連絡係』は、辺境伯の軍勢と連動しているはずだよ。
一種の国境である、あの川を難民たちが渡ろうとした時、辺境伯の軍勢は駆けつけて来るのさ。
排除すべき『敵』だな。この連絡網を崩せば、辺境伯の軍勢にこちらの動きが伝わる危険が低くなる。ミアとカミラとククルの出番だった。『アルカード病院騎士団』での潜入ミッションを経た彼女たちは、連携バッチリだ。
ミアが索敵し、カミラが『コウモリ』で接近……あとはククルと力を合わせて敵を排除するという戦法だ。彼女たちは、しっかりと『連絡係』の排除を実行していく。情報を聞き出してから始末するように命じたよ。そつなくこなすだろう。
オレたちはオットーに案内されて、この難民キャンプのリーダーたちに会いに行った。ドワーフ族の男、エルフの老婆、巨人族の青年……彼らがこの難民キャンプの指導者たち……というか、まとめ役立った。
武装したオレに、彼らは警戒心を強めてしまったな。人間族の男であることも影響している。彼らは帝国の人間族から逃げて来たのだから。
おそらく、オレだけでこのキャンプに来ていたら?……囲まれて襲われていたかもしれない。
オットーは三つ目を開いて、亜人種であることをアピールしていたよ。この場所では亜人種であることを示した方がいい。とにかく、この三人のリーダーたちの信頼を獲得せねばならないからな。
持っている材料は、全て使う。オレたちが『自由同盟』に雇われた傭兵だということも明かし、人身売買の被害者であるケイトたち三人にも証言してもらった。
その後で、オレが先ほど語った悲惨な予測を、彼らに語ったよ。
リーダーたちは顔を見合わせた。三者三様といった表情ではあるが、疑念を持っていることは明らかだった。
「―――アンタたちの言うことは、分かったよ。でもねえ、彼らは、私たちに多くをくれたんだ。辺境伯の軍勢に、追われた私たちを、助けてくれた。その人たちを、疑う気には、どうしたってなれないんだよ」
エルフの老婆の言葉に、他のリーダーたちも同意した。
「そうだぜ。婆さんの言う通りだ。ワシらは、彼らに助けてもらっておるんだ。それを疑いたくはねえ……」
「……オレは、完全には彼らを信用してはいませんが……人間族である、あなたの方が信用出来ません」
頑ななものだな。気持ちは分かるがね。
「オレを信じないのは別にいいが、ケイトたちの言葉まで信じないのか?……名簿を見ただろ?顔の広いアンタたちなら、見知った名前ぐらい、あるんじゃないのか?彼らの直筆だぞ?」
「……それは……しかし……」
リーダーたちは押し黙ってしまう。彼らだって、オレがこんな嘘をつくメリットが無いことは分かっているはずだ。それに、証人たちであるケイトたちの存在を無視することは出来ない。
エルフの老婆が、オレを見て語り始める。
「……この子たちの言葉を、疑うことも……たしかに、難しい。でもねえ、私たちは彼らに依存している。頼り切ってしまっているんだ。食糧も、医薬品も……彼らからの援助が無ければ……どうにもならない」
「ああ。そうだろうな。そうなるように、マフィアどもは誘導したはずだから」
「……私たちはまとめ薬として、仲間の命を預かっている。『ヴァルガロフ』の人々と敵対した時……私たちには、先がないんだ。これは、このキャンプにいる難民全ての意見でもある。彼らとの敵対は、死活問題だ。納得するための材料がいるよ」
「……けっきょく、論より証拠か」
「可能性だけでは、判断することは出来ねえのが事実だぜ」
「ええ。そうです。皆を説得するにしたって、言葉だけでは足りませんよ」
「……ならば、すべきことは一つだな。証拠を見せる。婆さんはともかく、ドワーフ族と巨人族の若い衆、オレと一緒に、悲惨な光景を見に行くか」
そうだ。手っ取り早いぜ。
ジャン・レッドウッドの究極の嗅覚は、死体の山の臭いを嗅ぎ取っているのだから。
「……真実を知るのが、怖いのか?……このまま、指をくわえてマフィアと辺境伯の好きにさせていたら、全員、殺されるか奴隷として帝国に逆戻りなのかのどちらかだ」
「……分かったぜ。赤毛の兄ちゃんよう。見せてもらおうじゃないか、証拠ってのを」
「そうですね。決定的な証拠を見せてもらえるのなら、オレは意見を変えることが出来ますよ」
ドワーフ族と巨人族は、オレの挑発に乗ったわけでもないだろう。この二人は冷静だ。気にはなっているのさ。自分たちの運命がかかっているからな。
「分かりやすくていい返事だ。婆さん、二人を借りていいな?」
「うむ……二人とも、見届けて来ておくれ。この赤毛の人間族の言葉が……真実でなければ良いのじゃが……」
「誤解するなよ?オレ自身だって間違っていて欲しいことではある。アンタたちに死んで欲しくて、この土地で動き回ってきたわけじゃないんだ」
間違いであればいい。だが、ジャン・レッドウッドは断言しているし、今も否定の言葉を一言だって口にすることはないんだ。あの気弱なジャンが、自信に満ちている。気まずそうな表情にこそなっているが、ジャンの鼻は、すでに死者の山を見つけているのだ。
否定は出来んよ、ジャン・レッドウッドの力を、オレは信じているのだから。
「間違っていて欲しいとは、願うよ。願うが……それだけでは、ヒトを救う力にはならないだろう。行動を伴わなければ、戦わなければ、誰も救えやしない」
「……そうだねえ。しかし……」
「なにか、疑問でもあるのか?」
「……ちょっとした、好奇心ってヤツだよ。どうして、アンタは私たちに死んで欲しくないんだい?」
心を覗くように、エルフの老婆は年老いた瞳でオレを見つめて来る。この婆さんには、このオレが胡散臭く見えるのかもしれないな。
「そんなことを知りたいのか?」
「ああ、知りたいよ。不思議だからさ!……人間族のアンタが、亜人種である我々を、どうして助けようとするんだい?」
「二つある。一つ目は単純だ。『自由同盟』が、戦力不足だからだ」
「たしかに、分かりやすいよ……私たちを、兵士として使いたいんだね?まあ、私はかなりの年寄りだから、対象にはならないのだろうけれど」
「ヒドく身勝手な理由に聞こえるだろう。実際、弱みにつけ込み兵士として利用しようとするのだから……善良な行いとは、とてもじゃないが言えない」
「素直に認めるんだね、自分たちの邪悪さを」
「ああ。認めるよ。『自由同盟』は軍事同盟であり、人手不足だからって、難民のアンタたちを兵士にしようとしている……それでも、ファリス帝国を倒すには、アンタたちに頼るしかない。それが現実だ」
ファリス帝国は大陸のほとんどを制圧している。徴兵可能な兵力が、どれだけ温存されているか分かったものではない―――戦力が、どうしたって足りないんだよ。
「……だろうねえ。『自由同盟』は、帝国に比べると、まだまだ小さい……」
「ああ。だから、皆に力を貸してもらうしかないんだ。オレの欲しい世界は、帝国が存続している限り、実現はしないからな」
「アンタの欲しい世界?」
「『誰もが生きていていい世界』。それが一つ欲しい」
「……ふむ。それが、アンタのもう一つの理由かい?」
「そうだ。オレは、ガルーナの出身だ。かつて、そこにはあったぞ、誰もが生きていていい場所がな」
「色んな人種の、共存する世界か……素敵な世界だが。実現は、遠そうだねえ……」
「理想というものをあきらめるか、それとも追及するか。ヒトに出来る選択なんぞは多くは無い」
「ほう。夢見がちな若者の言葉だ。あきらめなければ、いつか願いは実現すると?」
「あきらめちまうよりは、いい生きざまだろう。必死にそれを追いかけて、戦い抜く。途中で死んじまうかもしれないが……意志は残る。ベリウス陛下を、オレが継ぐようにな」
「……『魔王ベリウス』……懐かしい名だねえ。竜騎士たちが仕えた、『亜人種びいき』の王さまだ。アンタが、それを継いでくれるのかい、ソルジェ・ストラウス?」
「ああ。婆さんも、いつかオレのガルーナを見に来いよ。いい国を作って、待っていてやる」
「……見たいもんだねえ。でも、私が本当に見たいのは……その国じゃあない」
「分かっているさ。アンタの故郷だろう」
「そうだ。戻りたいのさ。生まれて、育って、生きた土地に……」
「分かるよ。オレも、故郷を失った立場だからな。安心しろ。帝国を倒した後、アンタは自分の故郷に戻れるはずだ」
「……竜騎士よ。立ち止まらせて、悪かった。そいつらを連れて、証拠とやらを見つけてみせな。私は、その『狭間』の嬢ちゃんたちを、頭の固そうな連中に合わせてやるさ」
「手伝ってくれるのか?」
「……準備はしておくべきだろう。アンタたちが戻って来たとき……場合によっちゃあ、すみやかに動かなくてはならないだろうからね。深夜に……『ゴルトン』の馬車は来るよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます