第五話 『戦神の荒野』 その10


「お兄ちゃん、発見だあああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 ゼファーから地上に降りた瞬間だった。マイ・スイート・シスター、ミア・マルー・ストラウスが矢のような勢いで飛んで来ていたよ。


 兄としての義務だから……っ。


 両腕を開いて、ミアの飛びつきを受け止めるのさ!


「おいで、ミアッッッ!!!」


「兄妹、合体だああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「おうよ、来いッッッ!!!」


 ガシイっっ!!……そんな音がするほどに、オレとミアは強く抱き合うのさ!!ミアの両脚がオレの銅に絡みつき、オレの腕がミアの小さな背中を抱き寄せる。


 ああ、ミアの黒髪のあいだから生えたケットシーの猫耳が、目の前でピクピクと動いていたよ……っ。視界に入るだけで癒やされるし、腕と体でミアの存在を感じられて、最高の気持ちだ。


 『ミア成分』が、補充されている気になるし、実際、その通りのはずである。おそらく学問などでは証明されないかもしれないが、確信があるんだよ!!『ミア成分』は、必ずや実在し、オレの心を癒やしてくれるのであるッ!!


「えへへ。兄妹合体、成功さんだーっ!」


「……ああ。ミア。大きくなった気がするぞ……ッ」


 お兄ちゃん、今なら泣けそう。感動の涙さ。出せと言われたら、ガンガン流せる気がしているよ。


「そうかなー?」


「うん。そんな気がする!大きく、成長しやがって!!」


 ミアを高い高いしてやるのさ!


「わーい!!空、飛んでるー!!」


「ああ。飛行モードだ!!」


「そうだー。星に近ーい!!」


 見あげた夜空には星が幾つかキラキラしている。でも、ミアの方がキラキラしているのさ。星どころじゃない。ミアは、オレの太陽だもんッ!!


「お兄ちゃん」


「なんだい?」


「飛行モードは、お終い。抱っこモードがいい!」


「任せろ!!」


 何だって命令聞くよ。オレはミアをゆっくりと降ろした。ミアは脚と腕をオレの胴体に絡めてくれる……っ。


「『フロント抱っこモード』が、いちばん落ち着く……っ」


「……ああ。オレもだよ!!」


 ミアをフロント抱っこモードで抱えたまま、オレはゆっくりと歩き始める。仲間たちに会いたいからね。


「あはは。ミアちゃんに、ソルジェさまを先に取られちゃいましたっす」


 カミラ・ブリーズが、そこにいた。


 薄闇の下、『吸血鬼』の魔力に輝く、アメジスト色の瞳。月光のように金色の髪を、ポニーテールに結わえた、オレの第三夫人。カミラがそこにいる。微笑みを浮かべるよ。


「ああ。元気だったか、カミラ?」


「はい!元気でした!ソルジェさまも、元気でしたか?風邪とか引かなかったです?」


「引かなかったよ。ゼロニア平野は、けっこう温かいから……というか、『メルカ』に比べたら、熱いぐらいだよ」


「それは、良かったっす!……ソルジェさま。カミラは、さみしかったすよう」


 そう言いながら、カミラが近づいて来て、オレの左頬にキスしてくれる。


「おー。カミラとお兄ちゃん、ラブラブだー」


「はい。ラブラブっすよね、ソルジェさま」


「……で、出遅れてしまったカンジがします……っ」


 我が妹分、ククル・ストレガが、何だか口惜しそうにしているのが見えた。ぐぬぬ。と唸っているな。


「どうした、ククル?」


「は、はい。ソルジェ兄さん……っ」


 ククルがオレの側に近づいてくる。なんだか、仔犬みたいで愛らしい動きだった。


「ククル……『外』の世界は、どうだった?」


「……はい。帝国は、大きかったです。いいえ、帝国以外も、きっと大きい。『メルカ』の小ささを、知った気がします」


「世界を知るってのは、いいことさ。見聞は広まっただろ?……作戦ばかりだったかもしれないが」


「……はい!とても、タメになりました!」


 いい笑顔をしている。ククルは、大きな冒険を成し遂げたようだな。旅をすれば、ヒトは多くを知ることが出来るものさ。世界の広さも、残酷さも、喜びも。


「―――収穫は、大きかったようだな」


 子供扱いしていると怒られるかもしれないが……オレはククルの頭を撫でてやる。ククルは、なんだか恥ずかしそうに顔を赤くしていた。子供扱いはダメだったかな……?


「……それが、お前の新しい妹か」


 背後から『虎姫』の声が聞こえた。有能な剣士だと教えていたからだろう。シアンは、琥珀色の双眸をつかい、ククル・ストレガの戦闘能力を分析しているようだった。


「……いい筋肉の付き方だ」


 気に入られているようだな。良かったよ。


「ああ。この子は、ククル・ストレガさ。双子の『メルカ・コルン』で……『コルン』ってのは……まあ、詳細は今度、話すが……ククルは、オレの妹分の一人だよ」


「は、はじめまして!!ソルジェ兄さんの妹分で、ククル・ストレガといいます!!」


 ククルは丁寧だった。シアン・ヴァティの前に行き、頭をペコリと下げていた。体育会系の頂点に存在するような、シアン姐さんはククルの筋肉に続いて、その従順な態度をも気に入ったようだ。


「……そうか。私の名は、シアン・ヴァティ……『虎』だ」


「『虎』?……その尻尾は、フーレン族の方ですね」


「……ああ。私の母国ハイランドでは、強さの証を立てた剣士は、『虎』と名乗れる」


 さすがにハイランド王国の武闘派な伝統が、外界から断絶された『メルカ』の地には伝わっていないようだ。オレは補足するようにつづけたよ。


「シアンは、その『虎』の中でも最強だ。『虎姫』と呼ばれているんだぜ?」


「スゴい!!なんだか、スゴそうです、シアンさん!!」


「……うむ。いい妹だな」


 腕を組みながら、何か大きな納得を手に入れたという表情で、シアン・ヴァティはうなずいていたよ。


「えー。ミアも、いい妹だよっ。お兄ちゃんに、甘えてあげてるもん!」


 ああ、ホント。いい妹だ。お兄ちゃんに甘えてくれるんだもんね。


「……あ。オットーさん!お、お久しぶりです!」


「ええ。お久しぶりです。元気そうで、何よりですよ、ジャン」


 ジャンは女性陣が苦手なワケじゃないのだろうが、オットー・ノーランを見つけると、彼の元にそそくさと近寄っていた。オットーは、安心出来るんだろうな。


 オレもミアをフロント抱っこしたまま、オットーのところに向かうよ。


「よう、オットー。ご苦労だった!いい仕事をしてくれたみたいじゃないか?」


「はい。どうにか無事に済みました。『アルカード病院騎士団』については、もう安心していい状況です」


 ニコリと微笑まれながら、そう報告を受けたよ。ああ、冷静沈着な彼に、そこまで言われたら安心する。ルクレツィアの依頼は、完全にクリアしたということだ。


 あちらさんへの工作は、完璧だったらしいな。


「……そうか。詳細は、また今度、聞くことにする。今は、次の作戦に取りかかろう」


「そうですね。状況は、かなり緊迫しているようですし……」


 オットーはあの細く閉じられた瞳に、より強い力を込めていた。表情が歪む。大きな懸念があるようだな……。


 状況は、オレが想像しているよりも、良くないのかもしれない……。


「……オレたちも、ここに来るのは初めてなんだ。ちょっと、情報交換と行こう」


「分かりました。それでは、こちらの焚き火にどうぞ。夜の荒野は、冷えますからね!」


 焚き火か。


 さすがは『探険家』のオットー・ノーラン。


 世界の辺境を旅して来たことで、どんな環境にも詳しい……そうだな。体調管理を舐めてはいけない。夜間に屋外にいるということは、体力を削る。


 暖を取りながら、ミーティングをすべきだ。健康でなければ、二流の剣士に殺されることだってありえるのだからな。


「ああ、ケイトたちも、こっちに来てくれ!オレの仲間を紹介するよ」


「は、はい!ケイト・ウェインです!よろしくお願いいたします、『パンジャール猟兵団』の皆さん!!」


 ……ケイトはマジメだな。それだけに、期待していいだろう。彼女の存在が、きっと、この難民キャンプの人々を説得することに役立つはずだ。


 オレたちはオットーの起こしていた焚き火を、囲うように座った。夜の闇のなかで、オレンジ色に踊る炎は温かい。やや、熱いぐらいだが……油断は大敵だ。この場所は、あの教会よりも高度がある。


 ゼロニア平原は、東に進むほど、わずかながらに高さがあるのさ。そして、バシュー山脈から吹く、冷たい風も体温を奪うだろう。


 いい環境ではない。


 だからこそ、皆が寄せ集まり、この地にキャンプが出来た。そこに『ヴァルガロフ』のマフィアどもが、偽りの援助を申し出ているというわけか―――狡猾な悪人どもだよ、全くな。


 だが、ここに持ち込まれている物資の多さはありがたい。そのおかげで、ハント大佐をオレの策に引きずり込めたような気もしている。


 周囲を見渡す。


 ……獣もモンスターの気配も無い。肉を狩れないのはマイナスだが……狂暴な獣やモンスターがいないという点は、野営地として優れている。


 ヒトが居着けば、その土地は住みやすさが上がることも多い。破滅をもたらすこともあるが、その直前には一時的にでも整理される。ヒトは環境を改造し、支配していく動物だからな。


 ……ここは、多くの難民たちの手が入ったおかげで、『拠点』とするには、十分な場所になりつつある。


 マフィアが持ち込んでくれた、フェルト生地のテントもあるし、川があるから飲料水には困らない……。


 さて。ビジネスと行こう。


「……オットー、現在、難民キャンプには、どれぐらいヒトがいるんだ?」


「老若男女、健常者と病人を合わせて、2万6000人です。徴兵可能年齢者は、1万と1000人」


「子供も老人も、病人も、多いんすよ」


「2万6000?……私がいたときは、3万5000以上はいたはずです……」


 ケイト・ウェインが顔色を青ざめながら、そう語る。


「……い、一万人近くが、たった数日のあいだに……?」


「……『ゴルトン』の輸送能力を、舐めていたかもしれんな」


「―――ちがうの。朝から、色んなヒトにハナシを聞いてきたんだけど」


 オレの脚の間に座っているミアが、焚き火をじーっと見つめながら語り始める。口調から分かるよ、お兄ちゃんは。悲しい物語を聞くことになりそうだった。


「『ヴァルガロフ』の『ボランティア』は、二日前から、老若男女、あと病人とかも……分け隔てなく運んだってさ。家族単位で、こっそりと国境線である川を越えさせてくれた」


「……そいつは、ヒドいことだな」


「え?ど、どういうことですか……?」


 善良なケイト・ウェインは、その物語の裏側に気づけない。悪いコトじゃない。彼女の善良さの証でもある。オレは、ミアの頭を撫でてやる。ミアは、報告を続けてくれる。


「スゴいペースで、一晩のあいだに、巨人族が操る馬車が来る。どんどん、乗せてもらえる。みんな、喜んでいたって。拝みながら、それに乗って……西へと消えて行く」


 ここから先は、オレが説明した方がいいだろう。ミアには酷だ。それに、ケイト・ウェインも、巨人族とドワーフ族の男たちも、オレからの説明の方が受け止めやすいだろう。


 ミアが悲痛な叫びを浴びせられ、彼女たちに問い詰められる状況は……お兄ちゃんとして予防したいことだ―――。

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