第四話 『祈る者、囚われる者』 その12


「『ルカーヴィ/殲滅獣』の『召喚』……?戦神バルジアを、呼び出す?」


「……あくまでも宗教的な意味だと思います」


「思います……か。歯切れの悪い言葉だな」


「……すみません。実際のところ、私たちもその血筋の意味を理解しかねているんです」


「戦神か、あるいは、それに匹敵する『何か』を、彼女なら呼び出せる?」


「そんな力が、あってもおかしくありません。『ヴァルガロフ』にも、禁じられ、封じられた儀式の数々はあります。かつて、呪術による闘争も起きた」


「呪術による闘争か。明確な『武器』ではあるからな」


「ええ。幾度となく支配者が代わりながらも、この『ヴァルガロフ』が事実上の独立を勝ち得て来たのは、マフィアの持つ力が大きい」


「だろうな。事実、ファリス帝国に組み込まれた今でさえ、あの土地は帝国の法律をはね除けて暮らしている」


「はい。それについては、誇らしくもあります」


「……アレを、理想郷とは、呼べんがな」


 シアンの評価は正しい。悪徳が蔓延る街ではあるからな。さすがにニコロも否定することは出来なかった。


「そうですね。退廃を極めてはいますから……でも、この土地で独立を貫くことは、とても難しい」


「……それは、理解してやろう」


「……君らは、この土地を守ろうとはしている。自分たちなりの形ではあるが、たしかに必死に自由と欲望を求めて、実践しているように感じるよ」


「はい。だから、『全て』を投入しました。自警団としての戦力、犯罪で得た潤沢な資金、戦神教徒としての結束……そして、『オル・ゴースト』の行った戦神の教えに対する研究さえも」


「戦神の教えに対する研究?……そいつが、君らの呪術体系の基礎になっているのか?」


「そうなります。呪術は、幾つか継承されています」


「……『ウォー・ウルフ』と、言ったか」


「よくご存じですね、さすがはシアンさまです」


「ふむ。『ウォー・ウルフ』。『マドーリガ』の闘犬たちに使う呪術だと、闘犬酒場のオッサンどもが語っていたな?」


「アレも、『オル・ゴースト』とドワーフたちの共同研究の果てに生まれた呪術のようです」


「具体的には、どういう呪術なんだ?」


「闘犬たちを強化するんです。生命力を、戦闘能力に変える呪術を刻む……代償として、闘犬も死ぬこともあったそうですが、一昼夜のあいだ、数倍の力と、数倍の速さを得るそうです」


「ただでさえ狂暴なのに、より強くなるのか。通常の闘犬でも、あいつらの群れに襲われたら、兵士の集団でも危険だろう。それを魔術で強化するのかよ……」


「ええ。『ウォー・ウルフ』を施された闘犬たちは、決して怯むことなく、死ぬまでは敵に殺意と攻撃を実行しつづけるようですね」


「……ふん。戦士としては、最高だ」


「シアンに同意だ。そんな闘犬の群れなら、軍隊の一翼を担ってもおかしくはない。短時間なら馬より速いし、闇に紛れて襲撃させるのにも適している。使い方次第では、戦の行方を左右しかねないな」


「はい。闇のなかで吼える300匹の闘犬の雄叫びに、2000の軍隊が夜も眠れなかったとか。そこを、ベルナルド・カズンズの率いる500の自警団で襲いかかり、寝不足の敵を殲滅した……そういう史実もあります」


「なるほどな。敵兵を不安に落とし入れる。そういう戦術にも使えるわけか。たしかに、夜中、狼の声を聞くと安眠しにくくなるものだ」


「ベルナルド・カズンズの偉業の一つですね」


「英雄の功績にも関わっているわけだ。ふむ、呪術の存在は、この土地と根深い関係にあるものなのか……」


「戦神バルジアが、状況に応じて姿を変える神であることも、呪術研究の動機になってもいたようです。肉体を『変異』させる……そのことに、『オル・ゴースト』は研究熱心でした」


「姿を変える戦神の性質を、研究することで……『ウォー・ウルフ』を完成させた?」


「そうだと考えています。能力や姿形を、『変える』。神官たちは、その伝承の『根拠』を求めて、生物の『変異』に対して熱心に研究を積んできました」


「……その結果が『ウォー・ウルフ』。そして……『フェレン』の村で使われた『シェルティナ』か」


 肉体を変異させ、強化する。それが、この土地の呪術が……『姿形を変える戦神』を研究した結果というわけだ。おそらく、神官どもは『変異』にまつわる呪病の症例なんぞをかき集め、それを研究していった。


 猟犬や狼をかけ合わせて闘犬を作る過程もそうだし……いや、下手すると、『灰色の血』を『作る』ことも、研究の一環だったのかもしれない。ヒトや動物の『形』が変わることに、深い興味を持っていた。


 信仰とは、おそろしいまでのモチベーションを発揮することがある。


 ベルナルド・カズンズが『灰色の血』を特別な地位に就けたのには、四つの種族が支配する『四大自警団』の力を抑止するためだけではなく、戦神の信徒であるカズンズにとって、自分たちが創り上げた『灰色の血』に宗教的な尊さを感じていたから?


 ……テッサ・ランドールの父親も、ケイト・ウェインと自分の子供を使って、『灰色の血』を生み出すための計画を練っていたらしいしな。


 『灰色の血』を『作る』という行いは、オレたちには理解出来ないほど戦神教徒や四大マフィアにとっては大事なのか。


 思えば、『ヴァルガロフ』の混血や、『外からの血』を歓迎する姿勢も……もしかすると、異種族間の婚姻や、同種族でも異なる流れの血が混じることで―――人間族にも赤毛や黒髪がいる―――『ヒトの形』が変わることの『研究材料』になるからなのか?


 ……欲望が肯定してくれている悪人の街ならではの自由だと考えていたが、もしかすれば、その背景には宗教的な要因もあったのかもしれない。


 神学に保証された、多様性。


 神官どもの宗教的な研究意欲が、この土地の人種的な寛容さの根源なのかも?


 ……なんだか、犯罪都市、『ヴァルガロフ』の裏の顔を、少しだけ垣間見てしまった気がするよ。ここは、かなり戦神の宗教に傾倒してしまっている土地だな。


 よそ者のアッカーマンや、テッサ・ランドールのような若い世代はともかく、ベテランどもはかなりの信仰心だよ。この土地は、欲望だけでなく、宗教にも囚われているというのか……。


 『マドーリガ』の『ウォー・ウルフ』。


 『ルカーヴィスト』の『シェルティナ』。


 この土地に来て四日しか経っていないのに、二つも『戦争用』の呪術の存在を知ってしまったし、片一方に関しては実際に味わってしまっているからな。他にも、どんな危ない呪術があるのやら、分かったものではない……。


 なんだか、ため息が出そうだよ。晴れ渡った空の青を見て、どんよりとする心を浄化してみる。考え込むオレの顔を見てはいないだろうが、沈黙に何かの気まずさを感じ取ったのか。ニコロ・ラーミアは、オレに質問をしてくる。


「あの。ソルジェさまは、もしかして『シェルティナ』と遭遇したのですか?」


「……つい昨日な。『フェレン』の村で大暴れしていた。オレたちが退治したがね。君たちの情報網にも、引っかかっているのか?」


「もちろん。昨夜、『ヴァルガロフ』に戻ったアッカーマンが、方々に報告していたようです。辺境伯が『シェルティナ』に襲われたと……あなた方については、話していませんでしたが」


「だろうな。オレたちの活躍はいらないハナシだ。辺境伯と『ルカーヴィスト』を戦わせるつもりらしいから。謎の勢力が『ルカーヴィスト』と戦っているなんてのは、アッカーマンからすれば、宣伝するメリットのない情報だろうよ」


「そうでしょうね。アッカーマンは、『ルカーヴィスト』からすると最大のターゲットですから。辺境伯が『ルカーヴィスト』と戦ってくれるのなら、彼の身は、より安全になるでしょう」


「状況を最大限に利用するとすれば、そうなるだろうな。色々と、裏で悪事もやっていそうだから」


「アッカーマンは、かなりの切れ者ですからね」


「……そうだが。ハナシが脱線しているな。アッカーマンより、呪術のハナシ。『シェルティナ』を作れるのなら、『あれ以上』を作る呪術もあるのかね?」


「把握しかねております。ですが、あったとしても不思議ではありません」


「『それ』を、ヴェリイ・リオーネは呼び出すことが出来る?……『戦神バルジアの暗殺巫女』という血を持つ者ならば?」


「……伝わり聞くハナシでは、そうです。だからこそ、『ルカーヴィスト』は彼女を脅したんですよ」


「つまり、事実うんぬんの前に、彼女の血が持つ影響力を考慮してか?」


「はい。『ルカーヴィスト』にとって、『ルカーヴィ』を召喚出来る『暗殺巫女』の存在は、かなり厄介ですからね」


「だろうな。堕落した信徒を抹殺する裁きの獣……つまり、四大マフィアを潰すために、『ルカーヴィ』を利用している『オル・ゴーストの残党』どもにとって……『ルカーヴィ』を呼び出せる巫女が、『敵/四大マフィア』にいるのは不都合だ」


「ええ。現状はともかく、『ルカーヴィスト』が動き始めた時、ヴェリイ・リオーネさまが、その身分を公表すれば、『ルカーヴィスト』を抑止する力になったでしょう。『ルカーヴィ』に仕えるべき巫女が、マフィア側にいるのなら?」


「自分たちの正当性が、かなり疑わしくなる。新規の宗教組織とすれば、とんでもないダメージになるだろうな」


「組織が分裂するかもしれないほどです。ヴェリイさまの存在は、彼らにとって、自分たちの教義を揺るがす可能性すらあった」


「……なぜ、彼女はそうしなかった?……巫女が『アルステイム』にいると宣言すれば、大嫌いな『ルカーヴィスト』どもを、あっさり止められたんじゃないのか?」


「理由もあります。アッカーマンや、テッサ・ランドールのような、現在の『ヴァルガロフ』の有力者たちは、戦神の教えとベルナルド・カズンズの敷いた『ルール』を嫌っていますからね」


「……連中が嫌う、『古い体制』の一部。つまり、巫女だと知られれば、マフィアどもに、殺される。復讐を遂げるよりも、先にな」


 シアン・ヴァティはそう語ったよ。彼女はいい教師の側面を持っている。


「なるほど。たしかに、そうだな。『古い体制』そのものを、アッカーマンもテッサ・ランドールも排除したがっている。ヴェリイを生かしておく必要もないか。彼女が、『ルカーヴィの巫女』なら、それを処刑することは『ルカーヴィスト』のダメージにもなるだろうしな」


「はい。それに、『ルカーヴィスト』が結成された当時、彼女は身重でしたから。死ぬ危険を選ぶことは出来なかった。表舞台に立つことを、彼女は望んでなんていなかったんですよ」


「……彼女の恋人を『ルカーヴィスト』どもが殺したのは、『目立つな』という脅しだったわけだな。次は、お腹の子か、あるいは彼女そのものを殺す……マフィアらしいクソみたいな発想だぜ」


「……はい。本当に、残酷で、最低な手段です……でも。有効な脅しになるはずでした」


「しかし、彼女は流産した。彼女が自分よりも愛する命は、もうこの世にいない」


「きっと、『ルカーヴィスト』たちも想定外の事態ではあったでしょう。脅しのロジックが消えてしまったんですから。でも、彼女は『暗殺巫女』であることを宣言することはなかった」


「シアンの言った通りか。『復讐を果たすよりも先には、死ねない』ってわけだ」


「そうです。彼女の目標は、『首狩りのヨシュア』。彼を殺すまでは、死ねない。その選択が、『ルカーヴィスト』に勢力拡大の猶予を与えてしまった。もちろん、彼女の宣言は死を意味しますし、彼女の宣言を誰もが信じるとは限りませんが……」


「……彼女を『使わなかった』ことを考えると、『アルステイム』ですら、彼女の身分を知らないわけか?」


「『暗殺巫女』は秘匿された血筋……私のような護衛戦士の家系と、巫女の家系しか詳細を知りません。例外だったのは、『オル・ゴースト』の大神官と、彼の周辺にいる最高幹部たちだけ」


「アッカーマンにも、テッサ・ランドールにも知られていないのは、そのおかげか。『バルジアの暗殺巫女』とは、かなりの身分なわけだ。それを、オレたちに教えていいのか?」


「……はい。ソルジェ・ストラウスさまと、手を組む。それが、ヴェリイさまと、彼女の『ボス』の考えです」


「オレと組むことが、どんな意味になるのかを、理解してのことだな?オレは、『自由同盟』の傭兵なんだぞ?」


「ええ。『アルステイム』を掌握出来たら、我々は全力で貴方に従います。『自由同盟』と通じること……それが、我々の生きる道となります。その対価として、ヴェリイさまが貴方に求めることは、ただ一つ」


「……『首狩りのヨシュア』を殺せか」


「いいえ。生かしたまま連れて来て、彼女に殺させる、ですよ」


「……可能な限り、努力はするさ。愛する家族を殺された者の気持ちは、オレには痛いほどよく分かるからね」

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