第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その31
その灰色の髪の青年は、口を開くこともなく、こちらを見つめている。壁に張りついたことは良い判断だった。本格的な乱戦に備えて、背後だけは守ろうという判断だ。冷静であり、及第点をやれる。
……可能ならば、最初に殺してやりたい敵だった。オレの目の前にいれば、竜太刀で斬り捨ててやっていたんだがな―――ヤツは、運もあるらしい。そして、キース。あの気に入らない呪術師は、床に倒れているままだった。
「……お前たち。よそ者なのか?……『ゴースト・アヴェンジャー』を、どうして連れている?」
会話で時間稼ぎか。ゆっくりとした口調でな。策に引っかかるのは得策ではないが、キースから出ている呪術は、ヤツに絡まっている。赤い『糸』は、あの人間族の呪術師に絡まり、まるで繭を形成しているようだった。
……気づいている。ヤツは、もう『外』に向かって呪いを放ってはいないようだ。あの呪術師を殺さなくとも、そろそろ『フェレン』の村人は正気に戻るだろう。口と胃袋の中に、隣人の肉が詰まっているという状況で、発狂しなければ良いのだがな……。
キースを即・殺さなければならない理由は、既に無い。まあ……あの呪術が、キースに向かっているような点を考えると、訊かねばならんこともあるな。
「……お前ら、キースを、捨てたのか?」
「……赤毛。どうして、キースの名前を知っている……?」
好奇心をつつくってのは、男相手には有効なコトが多いな。知りたがりが多いんだよ、男って動物は。コイツも、その知りたがりの一員らしい。
「あいつに呪いをかけられたときに、ちょっとこっちから覗き返してやったんだよ。ヤツの心をな。そうすると、色々と知れたよ」
「器用な呪術師だ」
「呪いは、村の者たちから、ヤツ自身に向かっているな」
『え?じゃ、じゃあ。村の人たちは?』
「大丈夫なはずだ。呪術と切り離されている……怪物化したヤツはどうにもならないだろうが、ヒトの形をしたままの連中は、意識を取り戻せるはずだ」
『よ、よかったですね!……あのままじゃ、グロくて悲惨過ぎますよ』
「団長。呪いは、ヤツに集まっているでありますか?」
「ああ。そうだ。『変身』するのかもな。それは、オレのせいか?……それとも、お前たちが、ヤツで何かをするつもなだけか?」
罪悪感はない。たとえ前者であってもね。オレがヤツに呪術がかかるように誘導した可能性はあるが、そうだとしても自業自得。ヤツには相応しい罰ってものだよ。
問題は、そうじゃない場合だ。
コイツらが戦力ダウンを覚悟してでも、する価値があった作戦なら?厄介なことになりそうだよ―――襲いかかるべきだが、情報も欲しい。『少々の厄介さ』なら、オレたち三人で、いくらでも対処が可能だからな。
「……お前は、呪いが目に見えるのか……?その、不思議な左眼で?」
「訊いているのは、こっちなんだがな」
「……お前だって、オレの質問はムシしただろ?」
「キュレネイは昔、ここらで拾った。それからずっとオレの大切な仲間だよ。教えてやったぞ?」
テロリストってのは、マジメな連中も多い。マジメというか、純粋さはある。取引しにくい相手ではないというのも真実だ。虐げられている少数派たちは、フェアに扱われることを望むものだから。
そう読むんだが、オレの取引に応じるかな?欲しい情報を与えたぞ?……お前は、どんなテロリストだろうか?
「キースには、役目がある」
「どんな役目だ?」
「そこまでは、教えない」
「そうか。オレたちに使うつもりか。キースに溜めている呪いは」
「ヒトの考えを、読んだつもりになるなよ」
「図星なのかな。でも、違うのなら、否定してくれ。推理の足しになる」
「……オレたちの作戦は終わった。アッカーマンと辺境伯の暗殺……失敗だ。お前たちはあのクズどもの敵なんだろう?……なぜ、あんな連中を見逃す?」
「ガキには分からん大人の事情ってのがあるんだよ。青二才、君は幾つだ?」
「……二十だ」
「……そうか。まだまだガキだな」
「……お前は、おっさん臭いな」
「ああ。なにせ、250才の古竜に育てられちまってね。ヤツの言葉遣いや考え方が染みついている。ヒトを小バカにして、そいつの腹を読むって行為が得意な竜でな。オレも、その話術の才があるようだ」
「ムカつくヤツだ」
「よく言われるよ。とくに敵にはね。で、お前たちは、何故、こんなことをした?」
「……正義を果たさない大人が、あまりにも多いんだよ。だからこそ、オレたちが成さねばならない」
「世の中を変えたがっているテロリストか。その結果として、大勢を死なせる。大した正義だ」
「……変革に、犠牲はつきものだ。過ちを破壊して、未来への糧にする。それは、おかしなことなのか……?これ以外に、この土地を変える手段など、存在するのか?」
「さあな。お前の事情や、お前の見えている世界など、知ったことではない。お前たちにはお前たちの、耐えきれない不幸があるのかもしれないが……この村の連中にも、今日、訪れるはずの幸せだってあったんだ。それを、お前たちは壊した」
ファーガソンは、今夜、とても美味しいハンバーグを褒めるはずだったのにな。黄色いスカートの彼女は、笑顔でピアノを弾いたのかな。
「……犠牲は、つきものだ」
「革命家気取りのテロリストらしい発言だな。お前たちの指揮官は、そのクソみたいな言葉で、お前たちのような考えの甘い青二才の若造を操っているのか」
「……オレを、怒らせたいのか?」
『ゴースト・アヴェンジャー』ってのは、キュレネイよりも全くもって感情が豊かだ。初対面でも、感情が把握出来る。それに、表情も多いな……。
「―――いいや。お前の感情なんて、どうでもいいよ。お前は、反省出来ないタイプの自己陶酔者だ。目的のためには、他のことを気にすることが出来ない。そうして作った不器用な純粋さで、お前は力を研いできた。キースは、そういうお前に惹かれたらしいな」
「……キース」
「そのキースをも、道具にして何が得られる?……お前は、本当に自分のしたいことを理解しているのか?」
「……理解している。マフィアも辺境伯も、殺すんだ!!オレは、『オル・ゴースト』のもたらしていた、調和を復活させる!!……よそ者のお前には、分からないだろうが……『オル・ゴースト』があったことで、救われていた者も大勢いたんだ!!」
「ほう。目を開けて歩いているのか?これが、救いたい者の行いか?……この村を犠牲にしたぞ。彼らは、悲惨なお前たちを助けてくれなかったかもしれないが……無力で、無害な、ただの田舎者だ」
オレは、怒らせたいんじゃない。オレが怒っているだけだ。この惨事を招いた、青二才のテロリストに。
「お前たちは、そんな彼らの人生を、道具として消費した。そして、今度は、お前の友まで道具にするか。下らん正義だな」
「……うるさい!!オレたちの正義に、口を出すなッ!!すでに、聖戦は始まったんだ。オレたちは、全てを捧げている。努力している!!『ルカーヴィ』の使徒となり、オレが、オレとして生まれた意味を全うするんだッ!!」
「……ムカつく言葉を、吐きやがるぜ」
ティートと同じ言葉。生まれた意味。ティートは、それを求めていたな。なんでか、このテロリスト野郎に……ティートの姿を重ねてしまった。ティートは、こんなクズみたいな男には、ならないはずだってのによ。
すまんな、ティート。ちがうよな。お前がなりたいものは、ガルーナの騎士だよな。テロリストなんかではない。
「……見せてやるよ。赤毛。オレたち、『ルカーヴィスト』の誇りを!!」
『ゴースト・アヴェンジャー』はダガーを構える。かなり低い位置だ。獣のような姿勢。地を蹴りながら得る運動量を、刃の軌道に変えやすくなる。攻撃性が上がるが―――その反面、防御はガタ落ちだ。
「捨て身か。それが、お前の選択か」
「そうだ!!『ルカーヴィスト』は、死を恐れない!!……オレたちが、恐れるのは、敗北だけだ!!散っていった仲間たちの死が、戦いが、命が……ムダになることだけが、オレたちの恐怖だ!!」
「……やめとけ。犬死にするのがオチだぜ」
「お前には、呪いが見えているのだろう!?この呪いが、オレたち使徒の全てを繋いでいる!!いいか、これは、信仰が生んだ絆だ!!『ルカーヴィ』が、オレたちを繋いでくれている!!だから、オレたちは自分の死にも……意味が見い出せるんだ!!」
「愚か者め……だが。お前たちには、死だけが相応しい。この村の者たちの無念を、竜太刀の鋼に込めて叩き斬ってやる。死にたいのなら、来やがれ、青二才!!」
「『ルカーヴィ』よ、この間違った世界を裁くために、オレの命を捧げます!!」
ヤツは死ぬ気だ。正確には、命がけで示すつもりらしい。自分たちの戦いの在り方を。命を惜しまない。巻き添えになる罪無き命のことも。仲間の命も。そして、自分自身の命さえも。
厄介な敵だ。死をも許容して動く?……抑止する手段の少ないタイプの戦士だな。殺さない限りは、止まらない。
『ルカーヴィ』への祈りが終わると、ヤツは動き始める。
命を捨てた、突撃だった。鍛え上げられた肉体と技巧で、オレを殺すために襲いかかって来る。『ゴースト・アヴェンジャー』は速い。だが、キュレネイの動きには、遠く及ばない。
だから。先手を取ったのはオレだよ。怒っている時のオレは速い。後の先。いわゆるカウンター。攻撃しかけてくる相手の出鼻に、一撃入れるんだよ。
「……ッ!?」
竜太刀の斬撃を、ヤツの体に浴びせていた。斬られるその瞬間、ヤツは躱そうともしたし、ダガーの刃で防ごうとした。どちらの動きも一流だ。それらを組み合わせた動きだから、本当に達人に近い動きだったよ。
だが。そんなものを超越する速さと鋭さというのもある。竜太刀の鋼が、ヤツの体を深々と刻む。致死性の深度で、若い体は破壊される。分かっていたことだ。力量差は明確。しかし、だからこそ、ヤツの戦いはここからが本番だった。
斬られても人体は動くことが出来る。切断された筋肉は動かないが、それ以外の筋肉は動けるからな。解剖学の知識があるヤツが、コイツらに仕込んだらしい。背中の筋肉に依存した、胸筋と腹筋を使わない攻撃方法。
腕を伸ばし、踏み込むことで全身を前に崩しながら、広背筋を使って、ダガーを持つ腕を絞る。抱きつくようにしながら、オレの首目掛けて攻撃を続行する。武術の達人でも、おそらく知らない動作だ。武術とは言わんな……これは、暗殺術の極みだ。
死をも許容した攻撃ではある。剣術家なら、油断するところだよ。胸筋と腹筋を断たれて、刃を振るう戦士はまずいないからな。暗殺者の恐ろしいところは、それでも動けるための技巧を有しているということさ。
ヤツの体が、命を失いながらも機能した。
両手のダガーが、牙のように、オレの首を目掛けて放たれる。素晴らしい職人芸だ。暗殺者の技巧を肌で感じることは、極めて勉強になるな。己の体を、どこまでも知り尽くしている―――武術ではなく、学術がいる技巧だよ。
しかし。それに付き合ってやる義務もないのだ。首に突き刺そうと落下してくるダガーを、かいくぐるように踏み込む。右肩でヤツに当て身を喰らわした。ヤツの伸ばした腕に握られていたダガーが、オレの頭の後ろで空振りしながら、交差する。
「……クソ」
オレのすぐ目の前に『ゴースト・アヴェンジャー』の顔はあった。タックルで吹き飛ばすことはしなかった。距離を開けば、もう一度ヤツにチャンスを与えることになるからだ。
腕を伸ばす攻撃は出来るんだよ。間合いを開けば、コイツはそれを狙うだろ。だから、体重を浴びせて、ヤツの動きを制圧しているだけ。
泡立つ血をテロリストは口から吐いていた。憎悪に歪む貌が、こちらを睨みつけている。胴体からの出血は止まらない。ドボドボとヤツの体から命の赤が垂れていく。
「……暗殺者の技巧は、素晴らしい。お前の戦い方が、お前たちの組織の性質を物語っているよ。医学も投入した、なかなかの流派だ。感心はする。お前たちの技巧そのもには」
「……どうして……ここまで、動きを……突き飛ばせただろ……?」
「そうされることまでは、武術の達人ごときでもやれる。反射だけでもやれるさ。でも、暗殺者なら……そうされることを予測する。お前の真の最後の狙いは、突き飛ばされるときに出す、後頭部への一撃だ。頭蓋骨の湾曲に刃を沿わせるようにして、切るはずだった」
オレは合理的なことをしているよ。ヤツの体を、どう壊しているかまで判断している。この抱きつかれているような体勢こそが、絶対の安全圏。ヤツから攻撃力の全てを削ぎ取ったような状態。
時間を待てばいい。竜太刀の傷は深く、無数の動脈を切断している。失血死をさせるんだ。その慎重な作戦も、あと十数秒以内に完結するだろう。
「……むかつく……っ」
「よく言われる。暗殺者よ。悪くない戦い方だった。お前たちの組織との戦い方、お前のおかげでよく知れた。おかげで、オレは仲間に上質なアドバイスが出来る」
「…………まだだ……そんなに…………しりたいなら…………おしえてやる……おれたちが……どんな……せんしなのかをな―――――」
魔眼で見ていた。失血のあげく、拍出する血を失い、静止する心臓を。『ゴースト・アヴェンジャー』の死体は、ゆっくりとオレの体に身を預けるようにして床へと沈んだ。暗殺者とのハグは終わり、生温かい血の水たまりを踏みながら……最後の獲物に顔を向ける。
呪術師キース。
ヤツの体が、泡立ち始めるのを見ている。呪いが完成しようとしているらしい。コイツも化けるようだな。見る価値はある。『呪い追い/トラッカー』を行うための、情報にしたいのだ。コイツらだけが使える呪術ではない。
教えた者がいる。この呪術を他の土地でも使おうとすることを、オレたちは防げないかもしれないが―――もしも、その場に遭遇したとき、『呪い追い/トラッカー』で、呪術師を特定・追跡するためにも……コイツらの呪術を把握しておきたい。
悪いな、キース。
戦う前に殺してやるべきだったろうな。みじめな時間や、苦しみの時間は、長くないほうが良いものだろうが……今日のオレは、怒っている。お前たちへの慈悲はやらん。せいぜい苦しみ、情報を寄越せ。それが、お前たちが背負うべき罰と、唯一の贖罪の道だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます