第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その30


 その書斎は、嫌味なほどに広かった。帝国貴族の趣味だろう、その無闇に広い書斎の壁には、獣の首が飾られている。剥製だ。鹿が多いな。無数の猟犬に追わせて、脚に噛みつかせる。倒れた鹿に馬で近寄り、矢で仕留めるのさ。


 犬を上手く扱うことが、その狩りの楽しみどころでもある。しっかりと躾けた狂暴で従順な猟犬どもを使いこなす。それが、貴族としての自尊心を満たしてくれる行いなのだろうかね?……よく分からんし、どうでもいい。


 この場所が広いのなら、動きやすくていいだけだった。


「だ、誰だ!?」


 こちらのセリフだと思ったが、まあ、どうでもいい。ジャンの巨体から飛び出したオレの目の前にいたのは、黒髪のハーフ・エルフ。キースに呪われたとき、魔眼で見た青年だ。奇遇だな。よくよく縁があるらしい。


 ハーフ・エルフはサーベルの使い手のようだった。彼と戦っていたのは、あの執事の老人だ。槍は持てなくなったとしても、軽量のレイピアとマン・ゴーシュの二刀流ならいけるらしい。攻めることは、難しいだろうが、受け流し、時間を稼ぐことは出来るか。


 竜太刀と共に、そのハーフ・エルフに接近する。ヤツはオレに『雷』を放とうとして左手を伸ばす。ハーフ・エルフの魔力は強い。『雷』を至近距離から喰らえば、呪文無しの反射的な一撃でもダメージを負うかもな。


 だが。


 『雷』は当たらんよ。『雷』よりも速く動けるわけじゃないが、そのマヌケに伸びた左腕を、竜太刀で斬り裂くことならば容易いことさ。


 ザギュシュアアアアアッッ!!肉を切り、骨も断つ。竜太刀の鋼に斬られたハーフ・エルフの左腕が、『雷』を明後日の方向へと放つ。貴重な本が収められていそうな書棚を、『雷』が焼き焦がしていく。


 まってくもって―――助言してやりたいほどの未熟だ。スピードのある剣士を相手に、接近戦で魔術など使おうとするべきではない。サーベルで、防げば、もう少し、長生き出来たかもしれんぞ。どうあれ、次の瞬間には、殺していたがな。


「オレの腕が――――――――――」


 頭から、腹の近くまで。竜太刀の斬撃は残酷な軌道を描き、そのハーフ・エルフを切り開いていた。爆発するように血が噴き出し、貴族さまの優雅な書斎を血の雨で汚していた。


 ハーフ・エルフの死体が倒れて、こちらを見ている執事と目が合った。


「……ストラウス……!?しかし、髪の色が!?」


「……こっちが本物の色だ」


 戦場を見回す。キュレネイは……まだ、殺せていなかった。バカな?何をしている!?一瞬、怒りと失望を覚えたが、彼女にも理由はあった。目の前にいるのは、黒い肌をした巨人族の戦士たちだった。


 どちらかが、アッカーマンなのだろう。両腕にサーベルを握った巨人族は、上半身が裸だった。もう片方は高級そうなローブに身を包んだ、長剣の使い手―――キュレネイならば、どちらも一瞬で殺せるだろうが。どちらがアッカーマンなのかは、分からない。


『ふ、服を着ていないのが、アッカーマンだよ!!』


 ジャン・レッドウッドがアドバイスをくれた。最高のタイミングだったよ。


「了解。こっちを、殺すであります」


「な、なんだ、お前ッ!?」


 長剣使いの懐に、すでにキュレネイが飛び込んでいた。キュレネイの長い腕が槍のように伸び、巨人族のアゴを真下から打ち抜く。脳震とうに襲われた巨人族の巨体が、ぐらりと崩れ始める。それを、キュレネイはとんでもない早業でブン投げていた。


 ヤツの襟元と袖を掴みながら、背負って投げる―――いいや、落とすと言ったほうが精確だっただろう。意識の消えた顔面を、床に向かって墜落させるのさ。いかに巨人族の太く筋肉質な首だったとしても、あれだけの速さと自重が加われば、簡単にへし折れる。


 四人の『ルカーヴィスト』の内の、二人を殺した。


 あとは……『灰色の血』と、呪術師キースだけだ。キースを見つける。書棚の近くで、うずくまっている。重傷を負っているのか?……分からない。『灰色の血』は、こちらの襲撃を不利だと考えたのか、素早く壁際に逃げてしまう。


 軽やかな動きだ。


 かなりの使い手。3年前のキュレネイ・ザトーと互角か、それよりは少しぐらい上かもしれない。『ゴースト・アヴェンジャー』だ。灰色の髪と、赤い瞳の青年だった。得物はダガー二刀流……『戦鎌』は、この任務に不向きだと持って来なかったのか。


「……なんだ、仲間か?」


 アッカーマンにそう声をかけられる。細身の巨人族。手の指には、無数の指輪があるが、サーベルに隠れて見えにくかったよ。ガンダラに似ていると言えば、ガンダラに怒られるか。四十ぐらいの長身、巨人族にしては細身だ。耳にも金に輝くピアスがついていた。


 ……上半身裸なのは、ついさっきまで眠っていたからだろうかね。胸と腹には大きなタトゥーが入っていた。『翼の生えた車輪/ゴルトン』の紋章だったよ。


 蜘蛛のように長い手脚と、サーベルの二刀流……防御力と運動能力の高さを感じさせるスタイルだな。全盛期は、もっといい動きをしていたんだろうが……やや年を取り過ぎている。


「―――無視か?カンジ悪いぞ、お前のとこの部下」


「……ふーむ。私の部下に、こんな下品な赤毛などいたものかね?」


 辺境伯ロザングリード。金色の長髪の男。コイツも四十代だろう。赤いコートと白手袋をはめた手に持つ、豪奢な細工の施された黒いステッキが印象的だな―――仕込み杖か。鋼の刃が、中に入っているようだ。


 思っていたよりも、人懐っこい顔をしている。酒場でモテそうな愛嬌ある男前。オレと方向性の違う色気がある中年紳士殿だな。人身売買の組織を作ったり、部下を死なせて遊ぶような趣味を持つ男とは、第一印象では考えられないだろう。


 シャーロン・ドーチェのような、つかみ所の無さを感じる。苦手なタイプかもしれない。友情を築くには愉快な相手だが―――敵に回すと、シャーロン・ドーチェのように顔と手が全く一致しないヤツは、オレの苦手とする敵になっちまう。


「……オレは、アンタの部下じゃない」


「……では、誰だと言うのだね?」


 ほら。面倒なヤツだ。情報を知りたがっている。コイツに関わると、蛮族のオレは口を滑らせてしまいそうだよ。だから、無視しておこう。とりあえずは、顔を知れたし、今はそれで十分だ。


「……お前、アッカーマンだな?」


「ああ。そうだが……?」


「ジジイと辺境伯を連れて、『フェレン』から逃げろ。農民が化けた怪物だらけだ。兵士も騎士も、全滅寸前……死にたくなければ、さっさと逃げるんだな」


「ほう。私を助けるか。君は、どこの回し者なんだろうね?」


 辺境伯ロザングリードは、値踏みするような瞳でオレを見ている。イヤな視線だ。アッカーマンも命令されるのが嫌いなのか、動こうとしない。ヤツは……久しぶりに戦ったのだろう。もっと戦いたがっているようだな。


「せっかく、調子が戻って来ているんだぜ?……それに、テメーらが、こちらにつくのなら、楽勝だろ?……誰だか知らねえが、腕は立ちそうだぜ、犬使い?」


「ジャンは、オオカミだよ」


「……ああ。どっちでもいいが、お前は……テッサんとこを襲ったバカか?……腕を売り込むには、いいタイミングじゃあるぜ。『ゴルトン』に来ねえか?」


 コイツも面倒なヤツだ。欲深い男らしいが、頭は切れるらしいしな。おそらく、この場にいる中では、間違いなく頭のデキで一番だ。あの面倒くさそうな辺境伯を、ハメかけていたってか。


 ……そうなると。この落ち着きとフレンドリーさは……裏があると考えてもいいのかもしれない。間違っても、背中を預ける気にはならんな。コイツは、オレたちがあの『灰色の血』に戦いを挑めば、オレたちを襲う可能性がある。


 読まれていそうだな。


 この状況が単純な敵味方の関係ではなく、三つどもえだってことに。『ゴースト・アヴェンジャー』と巨人族の戦士を単独で相手にしても、死ななかった男か。背中を見せたく無い相手だ。


「……ストラウスよ。あとは、その男一人。仕留めれば、それで終わりだ」


 執事のジジイまで、やる気かよ。まったく、好戦的なオッサンどもだ。


「……巻き込まれて死にたいのなら、ハナシは別だがな……ヤツは、まだ何かを狙っているぞ。それに……オレは、『ルカーヴィスト』を殺したら、お前たちを斬るかもしれん」


「……なんだと?ストラウス、貴様は……ッ」


「少なくとも、アンタたちの味方じゃない。察しの良い悪人ども。あんまりオレに関わらない方が得だってことには、気づいた方がいいぞ」


「そうらしい。アッカーマン。退くとしよう。君の演技では無さそうだ」


 ロザングリードは、この『フェレン』が潰されたことを、アッカーマンの策略と考えていたのかのような言葉を使う。この悪人どもの作りあげる人身売買の組織……運河を利用出来るのは貴族の特権。


 運び屋のアッカーマンからすれば……運河なんて機能しない方が儲かるのかもしれない。『翼の生えた車輪/ゴルトン』は、あくまで馬車を使う組織だからな。あまり、組織の流儀に逆らうことを、アッカーマンも好まないだろう。


 テッサ・ランドールの父親も、このアッカーマンの後ろ盾の一人だろうが、かなり敬虔な戦神教徒。アッカーマンのやり方が『掟』に余りにも背くのならば、娘にコイツを狩れと命じるかもしれない。


 この襲撃を、ロザングリード卿はアッカーマンの自作自演かどうか、確かめるために動かずに見物していたのかもしれない。厄介な中年貴族だよ。


「……へっへへ。演技で、自分の部下まで殺さないぜ?……オレはなあ?」


「……あの賭けは、君に乗せられてしまっただけだよ。私の不名誉を集めて、何を企んでいるのか。興味深いね」


「オレはいつでも辺境伯サマの味方だよ……守ってあげたでしょうが?」


「……おしゃべりしてんな。こいつは交渉。皆で納得出来るオチは、アンタらが撤退、オレはコイツをぶっ殺す。それだけだ」


「……ストラウス……ッ」


 執事の爺さんが、オレを睨んでいる。どういう感情かね。騙されたか?……そう感じるほどの信頼はないだろう。とはいえ、吉報の一つぐらい土産にくれてやろう。


「『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』は、仕留めておいてやったぞ」


「……なに!?」


「兵士は、2人死んだが、他は無事だった。報酬として、金貨20枚分、この城を略奪させてもらう」


「ほう。アレを仕留めたか……厄介な敵だ。あの『灰色の血』とつぶし合って死んでくれるといいが」


「……いいや。オレは、欲しいぜ、その腕が。金が欲しくなったら来やがれよ?……『ゴルトン』は、お前に城が5つは買える金を出すぜ」


 端的な悪口と、魅力的な誘い文句を残しながら、二人の大悪人と老練の執事は、この場所から退却していく。


『……こ、これで、いいんですか?』


「当然であります。敵に挟まれることは、あまりにも不利であります。あの三人は、それぞれ手練れ。背を向けるべき敵ではありません」


「ああ。それに……覚えたな、ジャン?」


『え?……は、はい!!』


 そうだ。辺境伯ロザングリードの臭いを、ジャンは覚えた。この土地のどこに隠れようとも、好きな時期に暗殺することは可能ってことさ。ゼファーが戻れば、ヤツの暗殺を好きなタイミングで行える。最終的に、戦況をコントロールするのは、オレたちだ。


「―――さて。かつての同胞。覚悟するであります」


 キュレネイ・ザトーは、壁に追い詰められたフリをしている『灰色の血』に対して、その言葉と殺気を向ける。『ゴースト・アヴェンジャー』の一人か。生かして捕らえても、情報は吐かんだろうな。殺すだけでいいってのは、かなり楽な戦いだが……。


 何かを狙っているトコロだけは、注意したい。


 クソ。あのオッサンどもに、時間を潰された気もするな。オレたちの共倒れを狙っているんだろうね、ロザングリードのヤツは。まあ、いいさ。目の前の敵から、始末していこうじゃないか。

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