第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その17


「おっしゃあああああああ!!任せろ、ストラウス隊長おおおおおおおお!!」


 弓使いの矜持を示すために、そして、『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』の注意を分散させるために、クリスは叫びながら矢を放っていた。馬上の弓使いが放った矢は、空虚な戦場の宙を射抜き、あの醜く巨大な長い首に命中していたよ。深々と、肉に突き刺さっていく。


 『カトブレパス』が痛みにもがいていた。致命傷ではないのかもしれないが、体を深く傷つけられたなら、少しはダメージが入るのだろう……それに、ヤツ自身の行動が墓穴を掘ってもいるようだな。


「あ、あいつ。水に隠れて、毛皮を濡らしちゃったから……毛同士がくっついていて、頑丈さが下がっているんだ!!」


 ジャンが主張するよ。そうだ、毛皮は水を含むと『頑丈さ』を失うもんだ。太い毛が立ち並んでいるからこそ、攻撃を邪魔する。


 だが、その毛が水を含んで密着してしまえば?……毛が立つこともなく、垂れ下がってしまえば―――?攻撃を喰らいやすくなるのさ。我々は毛皮という皮膚を持っていないが、ジャン・レッドウッドは巨狼モードを持っている。ジャンの主張の説得力は大きかった。


「弓隊、撃ちまくれええええええええええええッッッ!!!射殺して、弓の強さを証明するのだあああああああああああッッッ!!!」


 リエル・ハーヴェルがいたら、強烈に衝動されていそうなセリフを弓使いは放ち、言葉だけではなく、もちろん矢も乱射していく。弓兵の男って、ときどき馬鹿にされるんだ。接近戦・肉弾戦というスタイルを生業にする他の戦士たちから、敬意を払われないことだある。


 臆病者とか卑怯者って呼ばれるんだよ。危険に身を晒しながら、その背中に仲間を庇うというスタイルではないからね。誰かの盾になる職種ではない。オレは弓も使うから、弓兵を非難することはないが……クリスくんは、からかわれたことがあったのかもしれん。


 弓使いたちは、情熱を爆発させていた。馬上から、短弓の矢を撃ちまくっているよ。水面に潜り、素早く動いているヤツの首を狙うわけじゃない、背中に対して弓兵たちは矢を刺してくれていた。


 オレの作戦を実行してくれている。あの巨大なコブ……長大な首を動かすための、筋肉の塊を狙い撃ちさ。そこにつけた、殺された兵士たちの斬撃と、オレとキュレネイの『風』の傷口。それを目掛けて矢が飛んでいく。


 水に隠れた『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』。その選択は、ヤツにとってはサイアクに近いものになっていた。濡れた毛皮は防御の固さを減弱させてしまい、水中では馬よりも速い爆発的な瞬発力は発揮出来ない。


 弓矢の雨は、ヤツに致命傷を与えることはなさそうだが、それでも有効な打撃となってヤツの肉体を破壊することに貢献していた。その反面、剣士たちはフラストレーションを溜めていく。自分たちの出番が、まだ来ないからだ。


 だが。出番はすぐ来るはずだ。『カトブレパス』のヤツは、水中を右に向かって泳いでいる。つまり、こっち側の岸に上陸しようとしていた。陸へと這い上がり、オレたちに報復を果たすつもりのようだ。


「クソ!!クリスたちに、いいところを持っていかれちまう!!」


「……オレたち、何のために、前列にいるんだよ!!」


「焦るな。『カトブレパス』が上陸してきたら、突撃していく。弓隊とは違って、オレたちは黙るんだぞ?」


「あ、ああ」


 理解して無さそうな顔をした男と目が合った。眼が泳いでいる。ガキの時分、理解してない計算式の問題を出されたとき、オレもきっとこんな間抜けな顔をしていたんだろうな。


「声を出せば、その後、息を吸い込む必要がある。ヤツの毒息を吸い込みたいか?」


「い、いや。そうじゃねえ、黙っておくべきだな……っ」


「今は、むしろ、しゃべっていろ」


「ど、どうして?」


「ヤツの気を分散させるためでもあるし……オレたちが『おしゃべり野郎』だとヤツが認識してくれているのなら、毒息を吐こうとしてくれるだろう」


「毒息を、浴びたいのかい?」


「度合いの問題だ。ヤツに噛みつかれて、頭を食い千切られたり、瞳を覗き込まれて心臓を破壊されるよりは、息を止めるだけで回避出来るかもしれない攻撃の方が、まだマシだろ?」


「た、たしかにな……隊長、よくそんな細かいコトを考えているもんだな」


「戦場はクソ楽しい場所だが、狡猾さと冷静さもあった方がいい時もあるさ」


「……ははは。アンタと仲間側で良かったぜ!!よし!!突撃するまでは、おしゃべりしようぜ!!」


「来いよ、クソ『カトブレパス』ちゃんよお!!」


「臭い息を、浴びせてくれよお!!ギャハハハハハ!!」


 ああ、安酒を提供することを専門としている酒場にでもいるかのようだった。オレの大好きな庶民的な酒場の雰囲気だ。育ちの悪さを示すような、口汚い罵り声を、戦士たちは『カトブレパス』に聞かせていく。


 ……オレの説が当たっていてくれればいいんだがな。どんな生物だって、複数の行動を同時に選択することは、ほとんど不可能なはず。上手く、毒の息に誘導出来れば、突撃するリスクが下がるんだがな。


「じょ、上陸するぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「ヤツが、地上に、這い上がって来るうッ!!」


 『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』の巨体が、地上にやって来る。大量の水を含んだ毛皮は重たそうだった。ヤツの動きは、素早くはなかった。あえてゆっくりと動いているのかもしれないし……ダメージが蓄積した背中の筋肉が、ヤツの動きを鈍らせているのか。


 どちらにせよ。


 すべきことは、すでに決めているのだ。


 地上に這い上がり、体毛にからむ水気を払うために、ヤツは犬みたいに体を震わせていた。近くにいれば、嫌な気持ちになれる雨を浴びられるだろう。魔物の腐臭をまとった血が混じった雨を浴びるってのは、良くない出来事だ。


 それも、毒やら呪いだらけの『カトブレパス』の血を浴びるか。深刻な不健康を体に発生させてしまいそうだようなあ。オレは、そういう目に遭うのはゴメンだよ。だから、一瞬だけ時間をおいて……オレは馬と仲間たちに命じるのさ。


「突撃するぞ!!オレに続けッ!!」


「ヒヒヒヒイイイイイインンンッッ!!」


 興奮した馬が歌い、その強靭な脚力を解放する。オレの馬は勇敢だった。『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』は、まるで小型のクジラみたいに大きい。黒くて歪んでいて、少なくとも、馬の3倍以上には巨大だよ。


 それでも、この勇敢な馬は怯まない。


 感受性が良くて、若さゆえの向こう見ずさがある。そして、プライドが高い。コイツは自分もすっかりと戦士の一員であり、しかも戦士たちのリーダーの一人であることを主張したいのだ。あふれる若さと、強靭な力を信じているのさ。過信に近いほどに。


 だからこそ、この馬を選んだ。


 だからこそ、オレから突撃するのだ。


 馬は、群れる生き物だからな。先頭の馬が敵へと突撃出来るのなら、他の馬も必ず突撃する。そういう獣なのさ。この攻撃、オレが一太刀で決められるとは限らない。馬は、オレの理想を完全に体現することはないからな。


 『カトブレパス』に斬撃を回避される可能性は、少なくない。背後に続く者たちの斬撃も頼らざるを得ないのだ。


 ゆえに。


 群れに、一つの意志と攻撃を実行させるために。オレと愛馬は『カトブレパス』の巨体目掛けて突撃することで、作戦を仲間たちに遂行させるんだ。


 『カトブレパス』が、こっちの突撃に気がついた。


 ヤツの黒くて歪んだ体が動く。あの3メートルの長さを持つ垂れた首を、突撃してくるオレに向ける。オレはヤツの背中を見ている。瞳を覗き込まれないように、注意しながらね。なかなか、不安の残る突撃だって?……そうじゃない。


 オレは信じている。


 自分の作戦と読みもだし―――猟兵の絆と連携をな。


「援護するであります」


 『カトブレパス』の地を這うような位置で伸びる垂れ首に、キュレネイ・ザトーの『雷』は放たれていた。地面を伝って、あの巨大な首に電流が流れていく。動きを制限するためだし、ヤツの意識を分散するためでもある……。


『ぎゅういいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!?』


 雷光と電流に『カトブレパス』が怯み、オレはその怯んだ『カトブレパス』の首目掛けて、竜太刀の斬撃を放つ―――だが、ヤツは、脅威的な瞬発力を見せていた。あの巨体であるにも関わらず、とんでもないスピードの横っ跳びを見せつけやがる。


 長すぎる首をもつアンバランスな肉体をした生き物とは、思えないほどの瞬発力だった。おかげで、ヤツの首を少ししか切り裂けなかった。もう数センチでも深ければ、この一撃で終わっていたのだろうがな。初めて組む馬とでは、やはり誤差が出る。


 オレは、この馬のことを読み間違っていたよ。勇敢すぎた。『カトブレパス』相手に減速するどころか、加速しやがった。想像以上の闘争心だ。馬よ。お前は理解が出来んだろうが、この失敗はオレがお前の闘争心を低く評価してしまったせいである。


 怯むと思い、一瞬よりも短い時間、オレはお前を疑った。この失敗は、オレの責任だ。気高いお前は悪くない……オレたちには、お互いを知る時間が、わずかに足りなかったようだな。


 屈辱的だ、決めることが出来たというのにね。


 横っ跳びして、空中にいる『カトブレパス』。ヤツが、オレをにらみつけようとしたのか、その長い首をぐねぐねと動かしている。見ない方がいいが、見ちまっていたよ。何という柔軟性のある首か―――。


 残念だ。オレが断ち斬るべき首だったというのにな。だがね。失敗したままでいるほど、オレもあきらめは良くない。


 竜太刀の斬撃を浴びた首から、大量の血の雨を放つ『カトブレパス』はあの長い首を動かした。血霧の向こう側から、オレ目玉を覗き込んで、呪いをかけようってことか?ふん。にらみつけるのが……『呪眼』が、お前だけの専売とは思わんことだな。


 『雷』を左の指に溜めながら、オレは『カトブレパス』の頭に顔を向けていた。意地っ張りってのは命知らずなもんでね。負けた瞬間、もう一回、勝負がしたくなった。ヤツの目を睨みつけていた。頭部の真ん中にある、巨大な眼球をね。


 左の魔眼で、『カトブレパス』の邪悪な瞳を睨んでいたよ。『ターゲッティング』を刻みつける。ヤツの赤く濁る瞳にな。呪印を刻むと同時に、左の指から『雷』の矢を解き放っていた。


 『カトブレパス』の心臓破壊の呪術が始まる。胸の奥に、強烈な痛みを感じるが―――次の瞬間、その不快な呪術は消え去っていた。『カトブレパス』の瞳を、『雷』が焼きながら貫いていたからだ。ヤツは必死にまぶたを閉じやがる。


 ……ふん。呪術の『早撃ち』勝負でも、オレのがずっと上のようだな。こいつで一勝一敗、引き分けだ。馬よ、オレたちは負けちゃいない。

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