第二話 『背徳城の戦槌姫』 その37


 疲れていたし眠たかった。それでも、シアン・ヴァティとの約束は絶対だった。戦いが足りないために、『虎』の血が騒いで眠れなかったのだろうよ。十手限定の試合だったから、ものの数秒で終わっていたが、濃密な時間ではあった。


 鋼をぶつけ合わせたのは十回だけだが、その度に全霊と全力を捧げていた。血肉が燃えて、体が爆ぜるような瞬間の連続だったな。竜太刀と双刀が衝突し、火花と鋼の歌が響いていた。


 剣士にしか理解出来ない快感さ―――実力の伯仲した刃で競り合いを楽しめるというのは。わずか数センチ先にまで、自分を死に至らしめることが出来る鋼が迫り、肌は凍てつくような緊張に晒される。


 感動的な『対話』だよ。オレたちは、剣術を愛している。自分が研ぎ上げてきた技巧も好きだし、相手の技巧も大好きだ。死を肌に感じながら、沈黙する深夜の星々の光に見物されながら、剣士と剣士は鋼で語らい、じゃれていたんだよ。


 もちろん。


 遊びの一種だが、ふざけちゃいない。お互い、殺す気で攻撃している。


 『マドーリガ』たちには出来ない、鋭さ全開の殺人技巧。100%同士の力と速さと技巧と殺意が融けている攻撃だ。炎のように激しく、風のように素早く、雷のように鋭い。お互いの命を破壊するに足る、攻撃の数々だ。


 剣士の体は大地を蹴り抜き、風を貫く。鋼が歌い、熱を帯びた血潮が体を駆け巡り、殺意に満ちた貌でお互いの全てを観察し……心も体も、全てを刃を振るためだけに存在させている。


 お互いの全てをぶつけ合うことで、オレたちは抑圧から己の剣術を解き放ってやれる。今夜は……あまりにもぬるい戦いだったから。手加減をする戦いというのは、つまらないもんだよ。


 殺意を帯びない技巧。そいつが、オレたちの本能を狂わせるような気がしていた。腕が鈍ってしまいそうだ。戦場で真に必要な『殺し』の動作が濁ってしまいそうな気がしている。


 殺意なき剣など、何の価値もないゴミだからな……今のオレたちは、穢れている。不殺という愚かな抑圧に、戦士の魂や技巧が汚染されているような気がしていた。耐えがたい自己嫌悪と不安感だよ。


 真の戦士であるということは、最高の殺し屋であるということだ。それなのに、殺し方を鈍らせるような戦いを演じてしまった。証明したかった。自分たちが、ちゃんと殺戮者であるか、本物の剣士であるかをね。


 ……この十手で、オレたちはお互いを証明出来た気がする。たった十回だが、全てに殺意が込められていたし、それでも、お互いが生きているということは、鈍っていない証であったからな。


「……十手使っちまったな」


「……ああ」


 シアン・ヴァティと睨み合いながらも、同時に武器をしまい込む。オレは唇を歪ませて微笑んだよ。殺し合った後は、ニッコリと笑顔を見せ合うもんだろう。でも、シアンは笑うことはない。だが、尻尾をシュピンと振り抜いていた。満足したんじゃないかな。


「……全力を出せる相手は、いいな」


「そうだな。君は、しばらく訓練教官だったよな?」


「ああ。だから、弱い者ばかりが相手だった。殺すわけにも、いかんしな。殺意を引き出せることも、出来ん……」


「追い込まれた鋼は、鈍いもんだ」


「それでも、殺意は宿っている。命を捨てて、攻撃に転じる。醜く鈍いが、好きだ」


「『虎』らしくて、いい言葉だよ。どこまでも君らしい愛の告白だ」


 サディスティックで、戦いを愛している。己の獲物となって死に行く者を、シアン・ヴァティはリスペクトしているのさ。何とも肉食獣のような傲慢さ、それが剣聖シアン・ヴァティってヒトだ。


「ハイランド王国軍の指導に、お前の『バガボンド』たちの指導……そして、アリューバの貧弱な陸上戦力への指導……色々と、やらされた」


「面白かったか?」


「…………得る物は、あったさ」


「そいつはいい」


「だが。剣士としては、鈍るような気がしていた。一人稽古の時間は、いつもよりも長くなった。だが、私は、鈍ってはいないようだ」


「いつも通りのシアン・ヴァティだったよ。いや、いつもよりも……オレは、読まれている気がした」


「……教官職で、獲得した視点だろう。相手が、『何』を考えているのかを、理解しようとした。『虎』らしくは、ないがな」


「悪いコトじゃない。攻撃性だけが、強さじゃないさ」


「……そうだな。長よ。お前は……テッサ・ランドールに力負けしそうになったのか」


「……さすがはシアン教官殿だ」


 見破られたよ。いつもよりも、オレの動きを観察しようとする意志を感じてはいたが、実際そうだったらしい。彼女とは、言葉よりも鋼を交わした方が深くお互いを把握できる。いい関係性だよ。


「太刀筋に、力が込められていた。重心も常に、前へと傾いていた。まあ、ムダというか、意地のような。威力は、増していた。いつもより踏み込みが強く、より攻撃的であろうとしていた」


「テッサ・ランドールの腕力は、ドワーフ賊の『狭間』らしく、桁違いだったんだよ」


「それに、憧れたか」


 恥ずかしいぐらい、色んなコトがバレちまう。そうだな。アレは、嫉妬だよ。テッサ・ランドールの持って生まれた才能。鍛錬では得られぬ血と肉に宿った資質にね。明らかに、彼女はオレより筋力の面で優れている。


 うらやましくて、しょうがない。


 だから、技巧にパワーを求める願望が出てしまっているのさ。


「……どうしたってよ、腕力自慢としては、認めたくなくてな。自分よりも、腕力に秀でていた存在を見つけた時は、もがいてしまう」


「それは、いいが……」


「……分かってる。感情に呑まれているな。冷静さを取り戻していたつもりだが、心がまだ身構えてしまっているようだ。なんとも、未熟なことだよ」


「分かっているのなら、問題はなかろう」


「君に言われると、安心できるよ」


「……私は、素晴らしい教官だからな」


 自信満々にそう言い切っていた。シアンは、オレに背を向けて、キュレネイとリエルが組み立てた大きなテントへと向かって歩く。女子用のテントだよ。


 あれを組み立てる手伝いをするよりも先に、剣士としての欲求を満たしていた。コレが終わったら手伝おう考えていたんだがね……猟兵女子のサバイバル能力の高さと来たら、脅威的だ。屋外生活をさせ過ぎて来たせいだな、経営者として心苦しい。


「……長よ。さっさと、寝るぞ。男どもに、あのテントに近寄れば、斬り殺すと伝えろ」


「ああ。ジャンもギンドウも、自殺願望を持っちゃいないさ」


 肩をすくめながら、そう言ってみた。シアンは見てもくれなかっただろうが、場を和ますユーモアを実践するのも、団長の仕事だ。皆の仲を、友好的に保つべきだよ。


「……稽古は終わりましたか」


 ガンダラが闇のなかから巨体を現していた。静かな巨人に、オレは質問をする。


「テムズ・ジャールマは元気だったか?」


「……ええ。魔力を抑制する薬物のせいで、やや頭痛がするそうですが、元気に縛られていました。ストレッチをさせた後で、再び、拘束しましたよ」


「反抗的な態度は取らなかったか」


「取れば、殺せと命じるおつもりですか?」


「無表情で怖いコトを訊くなって。そんなつもりはない。それで、ヤツをどうする?」


「……しばらく様子見しましょう。彼は解放するわけにはいきません」


「負担になっているか……」


「いえ。有益な情報もありますよ」


「……有益な情報?」


「テムズ・ジャールマは帝国軍での待遇に不満を募らせ、そこから離脱した後、この『ヴァルガロフ』に流れて来た。親戚を頼ってのことだそうです」


「親戚か。どこのどいつだ?」


「リオン・ジャールマ……バルモアの毛皮商人のようです」


「毛皮商人か。バルモア連邦には、獣が多く生息している未開の島も多いらしいからな」


「リオン・ジャールマも数多くいるバルモア毛皮商人の一人で、彼は『ヴァルガロフ』の東地区に店を構えていたようです」


「……羽振りが良さそうだが、そいつのところからは追い出されたのか?」


「追い出されるより以前に、テムズ・ジャールマが訪ねていったとき、すでにリオン・ジャールマは亡くなっていた。心臓病だったそうです。彼の死後、その家族は故郷へと戻っていたようです」


「……そのハナシが、どう有益だっていうんだ?」


「ここからが有益になりますよ。テムズ・ジャールマは、リオン・ジャールマの店を買い取った、エルフ族の商人から情報を得ています。そのエルフはリオンとかなり親しかったようで、遠方からの流れ者であるテムズ・ジャールマに手厚かったようですな」


「それで、どんな情報だ?」


「辺境伯ロザングリードが、馬を操れる人間族を探している。『ヴァルガロフ』から南東にある『フェレン』という農村に行けば、雇ってもらえると。彼が帝国軍の脱走兵であることを、そのエルフは知らなかったようですね」


「だろうな。脱走兵にお勧めする就職先としては間違っている」


「ええ。辺境伯の仕事の一つでしょうからな、この土地をうろつく帝国軍からの脱走兵を捕まえるということは。テムズ・ジャールマが辺境伯の仕事をするはずがない」


「……しかし。農村に、馬を操れるヤツだと?……おかしなハナシだ。ゼロニアの枯れた土地には、馬車で運ぶような作物など、ほとんど無さそうだ。ということは―――」


「―――ええ。『フェレン』には、馬車がいる『特別な事情』が生まれている。辺境伯の仕事は、それなりに多いでしょうが……運び屋である『ゴルトン』を使わないとすれば、ゼロニアの領域の『外』に運びたいものでしょう」


「……捕らえた難民たち。つまり、帝国内に奴隷として売りさばこうとしている人々が、その村にいる可能性があるわけか」


「この『フェレン』という場所から、南に400キロほど南下することが出来れば、『アルトーレ』という都市に辿り着けます。そこからは、南にも東にも商業用の通路が伸びている。何より、奴隷市も盛んです」


「……確かめる価値がありそうだな」


「ええ。団長、ジャン、キュレネイ……見た目が人間族であるこの三人で、『フェレン』に向かって欲しいのですが」


「……ガンダラ。この情報、さっき知ったわけじゃないな?」


「ええ。昨夜の時点で知っていましたよ」


「黙っていたか」


「団長がテムズ・ジャールマを追い込みすぎていましたからな。彼が、助かりたい一心で空想を話している可能性もありました」


「……オレが反省すべき点だな」


「ですが、今夜の彼も、全く同じ情報を吐きました。詳細なところまでが、全て一致している」


「咄嗟についた嘘ではなさそうだな」


「そう判断しました。彼が特殊な訓練を受けたスパイのような人物でも無い限り、あんな嘘はつけない」


「疑り深く冷静なガンダラがそう判断するなら、真実を彼は話していたんだろう。オレもお前の考えを支持するよ」


「光栄ですな。そして、『ホテル・ワイルドキャット』の従業員に聞いたところ、バルモア人の毛皮商は実在していましたよ。名前も、外見的な特徴も一致していました」


 完璧じゃないか。そこまで一致すれば、真実としか思えない。


「……さらに、『フェレン』という村の近くには、辺境伯の城はあれど、他には何もない貧村らしいですな」


「『ヴァンガード運河』の支流からもか?……陸路を使う南のコースも魅力的だが、運河も輸送力がある」


「ええ。『フェレン』の周辺の地図がこれです」


 ガンダラの大きな手のなかに、小さな地図があったよ。魔眼の力で、闇は妨げにはならない。オレはそれを確認したよ。『フェレン』。そう書かれたポイントの近くに、運河の支流はコッソリと伸びていた。


「ほぼ整備されていない、天然の川らしいですが、船を浮かばせることは出来るそうです。『アルステイム』のケットシーたちに、嘘をつかれていなければ」


「信じるに足る情報だ。この地形なら、たしかにここらに川が発生していそうだ……あいかわらず、仕事が早くて、助かるよ」


「黙っていて、すみませんでした」


「いや。オレがテムズ・ジャールマを脅しすぎていた。アレは、よくない尋問だった。ガンダラ。明日の朝に、オレたちは『フェレン』に向かう。いい作戦をくれた」

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