第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その38
「……アッカーマン。サイテー・オブ・サイテーね?どういう人物だ?」
「性欲を始め、さまざまな欲望が過剰な男。しかも暴力的なのに、頭も回る。アイツ、時代錯誤のハーレムなんて作っているのよ?気に入った女奴隷たちを薬漬けにして!」
「サイテーなヤツだな」
「……躊躇いなく、自己批判みたいなセリフを吐けるのね?」
「どこが自己批判だ?」
「アナタのところの家族構成と似てない?」
「一夫多妻制のことを言っているのか?……オレのは違う。オレのヨメは奴隷じゃない。それに薬漬けになんてしちゃいない」
「そうだ。そんなおかしな組織と一緒にされてたまるものか」
「……この夫婦も、ちょっと変なのね」
「イエス。団長とリエルも、ちょっとおかしいであります」
ウソだろ!?……キュレネイ・ザトーに、そんな風な誤解を受けているなんて……?
「オレの一夫多妻制は、愛しかないぞ?」
「はいはい。分かりました。スケベは皆そう言うのよね!」
「スケベなのは認めるが、アッカーマンとやらと同じではないだろ?」
「……まあ、そうね。言いすぎたわ」
「―――それで。そのアッカーマンという巨人族の面汚しは、難民たちに何をしているのですかな?」
マジメな巨人族は、かなり怒っている。ガンダラは冷静な男だ。今も、紳士的な態度とほとんど感情のない顔を作ることを忘れてはいない。だが、彼の仲間であるオレたちには、ガンダラが隠しきれないほどの嫌悪感をアッカーマンに抱いているのが理解できた。
ガンダラも、自分の種族に誇りを持っている男ではあるのさ。冷静であるし、巨人族の奴隷たちの半分ぐらい……『秩序派』という連中が、帝国軍に逆らわずに従い続けていることに対して、強い拒絶と否定の感情を持ってはいるが。
その穏やかにして知性の高い、己の種族のことをガンダラは誇りに思っている。いつもより、やや白目の部分が多い瞳になりながら、オレの副官殿は、新たな協力者である、ヴェリイ・リオーネを見つめていた。
ヴェリイは、ガンダラの感情の変化を悟れないのか、悟った上で、表情に出さないだけなのか……冷静なまま返答する。
「―――アッカーマンは、辺境伯と組んだの。ゼロニア平野に東から流入して来ていた難民たちを、辺境伯の自前の騎士団が追い払っているの」
「……ふむ。難民を西側に逃がさないように、せき止めているのだな?」
「そうよ。でも、それは、ある意味ではロザングリードの演技ね」
「実際は、領内に入れているってのか?」
「もちろん。表面上では、難民たちを拒んでおく。それからはアッカーマンの出番よ。あの男は、ゼロニア領への侵入を拒まれた難民たちに、手を差し伸べるフリをする」
「……趣味の悪いハナシになりそうだぜ」
「はい。サイテーの予感がするであります」
「アッカーマンは、荒野に難民たちのためのキャンプを作り、食糧と、医薬品を与えつつ……夜ごと、ゼロニア平野への侵入をサポートしている―――というウソをついているわ」
「どんなことをしているのです?」
「……騎士団の裏をかくように、北側のルートを通らせている。荷馬車の荷物に、難民たちを押し込んで、北へと向かわせるの。騎士団の包囲を越えさせて、そこで安心させるのよ」
「……ふむ。その後に、本性を現すわけだな」
「ええ。信頼を築いた後でね。従順になった難民たちを、選り分けるのよ。帝国が求めている労働力に相応しい難民たちは、ロザングリードに渡すわ。ニーズに合わせて、色々な人材をロザングリードに渡している」
「帝国内での奴隷売買は、貴族の特権だったよな」
「ええ。辺境伯は、その特権を用いて、難民たちを正規の奴隷としても輸出しているし、法律が許す数以上の奴隷も、違法な状態で輸出しているのよ。帝国側は、逃亡奴隷が多すぎて、労働力が足りないからね……辺境伯のヤツを取り締まる意志はないわ」
「……全員、帝国へと送り返しておるのか?」
「いいえ。そうじゃないわ。ゼロニア領内にも、難民たちは供給されている。若い女は性奴隷にするために、『マドーリガ』へ売られている。『ザットール』は麻薬の生産量を増やすために、北部の畑で働く奴隷を求めているのよ」
「点と線がつながる感じだな」
「想像はしていましたが、なるほど。そのようなルートがあるわけですか」
「……むー。難民たちは、アッカーマンの行いに、気づいていないのか?」
「ヤツのキャンプ地は、医療も食糧も提供しているからね……それに、酒と麻薬も。困窮者を依存させる。私たちの、いつものやり口ね」
「……つまり、ヤツのキャンプと行いには、四大マフィアのうち、三つの組織が絡んでいるわけかい?」
「そうなるわね」
「しかし、『アルステイム』だけが排除されていますな」
「ええ……そうよ。だからこそ、疑念を深めることにもなった。辺境伯と、他の三つのマフィアが組んで儲けまくっているのに、私たちは指をくわえているだけ?……『アルステイム』の幹部は……何で、黙っているのかしらって」
「幹部たちに理由を聞きに行ったのか?」
「……命知らずなことにね。でも、実際は、屋敷の廊下で『ボス』に出会って止められたのよ。同じことを幹部たちに報告した同僚たちは、皆、暗殺指令が出ている教えてもらった」
「……暗殺指令ね」
つまり。『ボス』とやらは組織の『裏切り者』を消す係か。まあ、今度ばかりは裏切ったのは部下ではなく、上司たちの方だが。そして……そんな『ボス』と面識があるということは……。
「貴方も、その『ボス』も、組織の『暗殺者』ということを、教えてくれているつもりですかな?」
「……ええ。うっかりと話しちゃったワケじゃないのよ?」
「そんなことを疑っちゃいないさ」
アホなヤツと思われるのを、彼女は嫌ったようだった。高いプライドをお持ちで何よりさ。
「それで、君はどうした?」
「……『ボス』と同じく、仕事をする『フリ』をしたわ。暗殺の依頼が出ている連中と接触して、殺すフリをして、何人かを助けたわ。彼らは、『アルステイム』から隠している。彼らは、皆……共通していたの」
「アッカーマンのキャンプに対して、幹部に文句を言ったこと……ですか?」
「そうよ。だから、私も『ボス』も動くことにした。四大マフィアが、三大マフィアになりそうだから、止めなくちゃならないって。私たちみたいな悪人は、孤立したら破滅よ。世間に協力を求めることも出来ない立場だからね……孤立させられるということは即ち」
「死を意味するわけですな。暗殺と情報の奪取を生業にしている、スパイのような貴方には、その危機が、よく分かった……」
「ええ。だから、『ボス』と共に行動を開始した。敵情視察と……戦力の確保、それを成すために……あちこちを巡っている。20人ほどの同僚たちが、駅馬車に乗って、幹部の裏切りを示す証拠と……それに対応する戦力を確保しようとしているわ」
「駅馬車には、スカウトのお姉さんがいっぱいか」
「お兄さんもいるけどね。女の方が多くはいる……事情を知らずに、いい戦士を見繕えってだけ指示してる娘もいるわ。水準以上を見つけたら、すぐに集めろってね」
「……オレたちは、試験にパスしたか」
「……ええ。私よりも強い連中が、四人もいるのよ?……まあ、初めは……私のことを殺しに来た、暗殺者かなとも考えちゃったけどね」
「暗殺者は、目立つ意味がない。君のように、一人で殺す」
「……そうね。でも、意味が分からないもの。凄腕の戦士をお与え下さいって、戦神さまに祈っていたら、いきなり四人も現れるなんてね……罠だって思うでしょ!?」
「都合が良いことが起きているときは、罠に踊らされているものだってことか」
「そうよ…………」
「安心しろ。罠じゃないさ。オレたちにとっても、都合が良すぎる相手だからな」
「私のことを、罠だと疑っている?」
「いいや。オレたち四人が、あのとき、あの馬車に乗るのを予測出来た者は一人もいないだろう。偶然を使う罠は、あまりにも効率が悪いし……君がオレたちを罠にかける理由もないからな。疑っちゃいない」
ウソを一つも口にしていないとは思ってもいないけどね。
君を知るほどに、ありえない言葉と行動があるよな。そして、それを補完するロジックは一つだけしかない。でも。そいつは……今のトコロ、無害なウソだから、放っておこう。
きっと、ガンダラは気づいている。オレが気づけて、ガンダラが気づけないことなんてあるわけがないから。
リエルは、マジメだから気づいていないかも。
キュレネイは……たぶん、気づいていそうだなあ。
この子は、時々、オレよりも勘がいいんだ。野性が生きているというべきか……知識の蓄積がもたらす計算などではない手段で、この子は真実を、いきなり把握しちまうのさ。
ああ。キュレネイを見ていたら、目が合ってしまった。
「団長、仕留めますか?」
理解してるっぽい!!大変なコトになる前に、釘を刺しておこう。
「必要がない。ダメだ」
「了解であります」
「……今の怖い会話、何?」
「気にするな」
「イエス。気にする必要がないことであります」
「……ホント?私、アナタたちが思っている以上に、ナーバスなのよ?変な言葉を口走らないでもらえるかしら?」
「分かったよ」
「分かりましたであります」
「―――それで。団長」
「なんだい、ガンダラ?」
「今後の方針は、いかがいたしましょうか。ヴェリイ・リオーネの情報を信じるのなら、私たちの目的と、彼女の目的には共通している部分が見受けられます」
「……そうだな。敵は、アッカーマンとやらか」
「難民の敵は、アナタたちの敵って法則なのね?」
「そういう理解でいい。君にもオレたちにも、このアッカーマンが邪魔そうだってことは、理解出来たよ」
「……今夜にでも殺すつもり?」
「いいえ。それは早計ですな。アッカーマンを排除したところで、組織の全てが死ぬとは思えません。それに、辺境伯ロザングリードの騎士団が、アッカーマンや『ゴルトン』の不在につけ込み、より露骨な行動に出る可能性もある」
「そうね……ロザングリードは、この機に大きく稼ぎたいでしょうし、四大マフィアの全てを弱体化させたいという本心もあるでしょうから。麻薬の増産は、ロザングリードにはリスク。帝国内で、大量の麻薬が出回れば、地方長官としての無能さを追求されるかも」
「……奴隷売買にのみ、集中したいのが本音か?……アッカーマンを殺しちまうと、この状況の主導権、それを掌握出来るのはロザングリードだけになるのか」
「下手に組織を破壊すると、ロザングリードに資する可能性もある……多くの野心家が絡み合うことで、現状はある程度、『遅く動いている』はずです。ロザングリードの私兵どもだけで状況を掌握すれば……事態が悪化する可能性は高い」
「……どうすればいい?」
「……より多くの情報を見つけるべきでしょう。行動の選択は、その後ですべきです」
ガンダラはそんなクソみたいな価値しかない言葉を口にしながら、右目をウインクさせやがったな。何とも、気持ち悪い一瞬だ。彼が正気ならば、絶対にしない行動だな。もっと、他に『合図』があると思うのだがね……。
まあ、その位置なら、ヴェリイ・リオーネには見えないか。あと、オレの愛するエルフさんにも見えないね。
「ガンダラ!なんだ、そのつまらん答えは!!それでも、『パンジャール猟兵団』の頭脳なのか!!」
「リエル、団長の意見を聞いてください」
「ぬ?」
「……ああ、リエル。いいんだ。ガンダラの言うことは、もっともだ。落ち着け。ほら、座れって」
「……ぬ、ぬう?」
納得出来ていないか。まあ、後で事情は話そう。オレはヴェリイを見た。赤い髪のケットシーは、オレを静かに見つめている。
「……夫婦ケンカは終わっちゃったの?」
「残念そうに言うなよ?……そもそもケンカじゃない。まあ、状況はこんなトコロだ。オレたちの言葉と立場から、君ならもう分かっていると思うけど、オレたちは難民が欲しい。西へと脱出させてくれたら、何も文句はない」
「じゃあ。そのために必要な情報を提供すれば、私の殺して欲しいヤツとか、壊して欲しいモノを処分してもらえる?」
「もちろんだ」
「……どんな情報が欲しいの?」
「アッカーマンの情報だ。ヤツらが難民キャンプで提供している品を知りたい」
「三大マフィアの具体的な協力体勢ね……?」
「そうだ。同じマフィア同士、情報を探るのは長けているだろう?……辺境伯の方は、オレたちに任せろ」
「え?何か、あてでもあるの?」
「オレは人間族だからな。ヤツが私兵の数を増やしたがっていそうなことは、君の言葉から理解出来るよ。だから、状況によっては、オレはヤツらに『雇われる』つもりだ」
もちろんフリだがね。
帝国人に魂までは売らないよ。
「敵を知るには、手っ取り早い行いだろう?……敵のなかに飛び込む。新人で腕の立つ男なら、ヤツらも重宝してくれるかもしれんし、色々細かい事情もレクチャーしてくれるかもしれない」
「……なるほど。いい手かも。腕前を見せれば、ロザングリードのスカウトマンも食いついてくるはずね……でも。危険じゃないの?」
「ある程度はな。だが、そいつはお互いさまだ」
「たしかにね」
「あとは、いい宿屋を教えてもらえるか?……それに、君への連絡手段も」
「分かった。宿屋に向かいましょう。連絡手段は、道すがらね」
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