序章 『雨の降る町で……。』 その4



 馬飼いの農夫は、しぶしぶながらもこちらの条件を飲んだよ。他に手段は無いと判断したのだろう。


 契約が成ったからには、傭兵サンは仕事をするよ。借りている部屋へと戻り、竜太刀を背負う。ああ、ちなみに『竜鱗の鎧』と『竜爪の篭手』は『メルカ』にある。『メルカ』の鍛冶屋とルクレツィア・クライスが、修理をしてくれているのさ。


 『魔女の地下墓所/アルテマのカタコンベ』での戦いで……というか、落盤に巻き込まれたとき、あちこちに傷が入ってしまった。


 少々のダメージが入っている方が、使い込んでいるような感じがして、そっちの方がベテランらしいし、荒々しくてカッコいいかなあ……と、考えていたのだが。ホムンクルスたちの美学には反する考え方だったようだ。


 彼女たちに、修復してもらえるそうだ。


 錬金術や、『メルカ』の祝福も追加してくれるらしいぜ?……何か、新しい機能でも増えてくれたなら、面白いんだがな。ルクレツィアが絡むんだから、そういうコトも大いに期待出来るね―――まあ、今は、オレの装備よりも、彼女とゾーイにはすべきことがある。


 何か?


 もちろん、『アルテマの呪い』を、全てのホムンクルスの体から除去することだ。『アルテマ』は滅びた。そのため、呪いが『更新』されることはない。だが、今もホムンクルスたちの身に宿る呪いは、解呪されるまでは残存する。


 だが、それは大した問題ではない。


 解呪の仕方も、すでに発見されているのだ。薬一発で治る。ルクレツィアとゾーイは、『メルカ』で、その最後の解呪作業にあたってくれているのさ……。


 我が妻たち、リエルとカミラもその作業を手伝っているんだよ。リエルは薬草医としてのスキルを向上させたがっているし、カミラは『闇』の、より精密な操作を覚えたがっている。


 『闇』を使いこなせば、呪術をも簡単に除去出来るはずなのだ。数十世代に渡って、血に融けた呪いは、解呪することが出来ないが―――それは、ルクレツィアから言わせれば、技巧と知識の少なさゆえのことらしい。


 カミラ・ブリーズの『闇』……あらゆる魔力を『喰らう』能力。それを鍛えるために、カミラは根深い呪術の解き方を学んでいるんだよ。勉強熱心なヨメたちで、旦那サマは鼻が高い。


 ミアには……休息を与えている。


 まだ13才だからな。14才の錬金術師見習い、コーレット・カーデナと共に、休日を与えているのさ。だが、何かお手伝いをしたがっているかもしれないな。狩りとか?……高地での戦いをマスターしたがっている可能性は大きい。


 『竜騎士の呼吸』を覚えれば、どんなに高い山でも呼吸が苦しくなることはない。ミアはオレに次いで、その呼吸法の使い手ではあるが……まだ極めているというわけじゃあないのさ。高地で走り回ることで、その呼吸法を研究しているかもしれん。


 おそらく、ミアは気にしている。『アルテマ』との最終決戦の際、ミアは『完全無音の暗殺舞踏/フェアリー・ダンス』という奥義を使った。『アルテマ』の身から放たれた無数の触手を切り裂いて回った必殺技だな。


 しかし、その反動は大きく……その技巧を放った後のミアに、戦闘を継続するほどのスタミナが残ってはいなかった。カーリーン山の山頂近くでの大技だ。ミアの体は、空気を喰らい尽くしていたのさ。


 失態だと感じているはずだ。ミアは、誰よりも猟兵としての誇りを有した子だからな。


 克服すべき課題を得た今……ミアは、早朝からランニングとか、カーリーン山の山頂氷河の冷たい風を、効率的に肺へと納めるめに、山を見つめ、風と語りながら『竜騎士の呼吸』の修行をしているかもしれない……っ。


 お兄ちゃんの勘は、よく当たるからね。


 とくに、戦いのコトに関しては。


 なんだかミアに会いたくなってきた。がんばるミアを心に思い浮かべると、シスコン・ハートが昂ぶっていけない。


 だが……今は、依頼を片づけなければな。気になることもあるし……。


 さて、装備は十分。食糧と、各種の毒消しと傷薬の入って医療パックは持って行くよ。モンスターの生息する場所は危険だ。オレ以外にも、使ってやるべき者が出ないとは限らない。


 その場所には……流れ者の、『狭間』の子たちがいるらしいしな。馬を食べているのなら、肉の少ない、やせっぽっちな子供を補食しようとはしないだろうが……状況は不明だ。とりあえず、その場所に向かおうじゃないか。


 化け蟹退治には、武装は竜太刀だけで十分過ぎるだろう。


「……今日も頼むぜ、アーレス?」


 背負った鋼に、そう語る。鋼のなかに融けている、我が愛竜アーレスの『角』と魂に語ったつもりだ。


 竜太刀の刃が、心なしか熱を帯びたように感覚する。暴れたがっているのかもしれないな。昨夜は……あまりにも、相手が弱すぎたよ。それに、奇襲だったしな。


 変な毒薬を使ってくるかもしれない錬金術師相手に、マジメに戦うのもリスクだと感じたからね。奇襲で安全に処分させてもらったよ。後悔はしていない。ただし、物足りなさは残っている。


 ストラウスの血が、もっと戦いたかったと疼いているんだ。おそらく……竜太刀に宿っているアーレスの魂も、戦いを渇望しているのだろう。竜は、オレたちと同じぐらい戦いが好きだから。


 ……『紅き心血の派閥』の連中よりは、『馬喰いの大蟹/ホース・イーター』の方が、楽しませてくれそうだ。まあ、現地へと向かおう。


 装備をととのえたオレは、部屋を出て、酒場の出口へと向かった。


「遅いぞ、兄ちゃん」


 そこには武装したガントリー・ヴァントがいたよ。彼だけじゃなく、ククリとククルも、あの馬飼い農夫の隣りにいる。彼女たちも、剣と弓を装備していた。


「みんなで行かなくても、大丈夫だぜ?……こんな雨の日に、沼地にモンスター退治なんてよ?」


 尖塔が生えた『ホロウフィード』の町の空は、濃くて分厚い灰色の雲におおわれているのさ―――雨は、強くはないけれど、よく降っている。こんな日に、好き好んで外へと出かけるものじゃない。


「オレだけでも、おそらく問題はなかろう」


「ううん。ソルジェ兄さんだけに負担をかけられないよ!」


「それに。その子供たちも気になりますし……」


 ……なるほどな。


 ククリとククルには、もっと素晴らしい『外』の世界を見せてやるつもりだったのに。世界の残酷な側面ばかりを見せることになっている。


「……『狭間』のガキなんて、どうでもいいんだ。私の馬たちを助けてくれ!」


 田舎町の素朴な農夫は、彼なりに自分の暮らしを守るために必死なだけだ。


 彼は平均的な帝国人でああり、決して特別に性格が悪いわけではない。帝国人の世界観では、亜人種も……その亜人種と人間族のハーフである、『狭間』と呼ばれる存在も、取るに足らない価値しかないのさ。


「ヒドい言い分だよ、このオッサン」


「子供を見捨てていて、大人として恥ずかしくないんですか?」


「……『狭間』の子だぞ?……なんで、そんなものを助けにゃならん。連中は、手癖が悪く、恩知らずだ……私の家のニワトリ小屋だって、荒らしているんだ」


「他に食うモノを与えてやらないからだ」


「……そんなに、『狭間』のガキどもなんかに施してやりたければ、アンタがしてやればいいだろう、赤毛の戦士殿が」


「そうするつもりだ。さて、案内しろ」


「……アンタ、腕は、大丈夫なんだろうな?」


「お前の体のどこかに、斬って欲しい場所があれば、教えてくれ。そこをお望みの通りの角度と深さで、切り裂いてやろう」


「わ、わかったよ!!うたがわん!!」


「疑う必要はない。オレも強い。オレの仲間たちもな」


「そうだぜ、馬飼い野郎。蛮族鍋の具にされたくなけりゃあ、さっさとモンスターの居る場所に案内しな」


 ガントリーが馬飼い農夫のケツを大きな手で叩きながら、そう言っていたよ。蛮族鍋の具にもなりたくないらしく、馬飼いの男は、足早に雨でぬかるむ道を走りはじめた。酒場から西へと向かう道をな。


「こっちだよ!ついて来てくれ!!とにかく……『馬喰い』を、仕留めてくれよ!!」


「了解だよ、クライアント。さて、みんな、行こうか」


「うん!」


「はい!」


「ロビン!!部屋で寝てろよ!?変なモノを喰って、胃をまた悪くしてるんじゃねえぞ!!」


 ガントリーが酒場に向かって吼えていた。


 酒場の二階にある客室の窓から、ロビン・コナーズがこっちに向かって手を振っていた。


「毒消しと傷薬は、色々と用意しておくからね!!気をつけるんだよ!!」


 ……錬金術師の先生は、色々と気が利くな。


 毒消しを大量に製造か……胃が悪いのに、いい協力的な態度だよ。


 コナーズのサポートの厄介にならぬように気をつけなくてはな。


「急いでくれ!!私の馬が、また食われてしまうかもしれないんだからなあ!!」


「わかってるよ」


 オレたちは移動を開始する。もちろんだが、鋼を身につけていても、馬飼い農夫に遅れを取ることはない。


 双子たちは、空気の薄いカーリーン山の頂で生まれ育って鍛えているし……ガントリーは、ぬかるむ地面を気にせず走れるパワーがあった。


 彼の場合は、スタミナについて課題を感じるのだがね。まあ、檻のなかでの監禁生活で落ちた体力を回復させるには、いいリハビリになるだろう。これぐらいの走りなら。


 馬飼い農夫の背中を追いかけて、オレたち四人の雇われ戦士たちは『ホロウフィード』の灰色の町並みを駆け抜けていく。


 彼の牧場へとつづく道は、あの廃墟と化していた協会跡地の近くも通る。


 当然ながら、無人だった。


「……ここにいた連中に、アンタは助けを求めなかったのか?」


 オレたちの殺人事件の目撃者かもしれないからね、ちょっと質問をぶつけてみたよ。場合によれば……沼地にヒトを埋めることになるかもしれないな。


「……行ったよ。若くて、丈夫そうな兄ちゃんたちもいたからさ。でも、いない。どこかに出かけているようだ」


「彼らは、どんな連中なんだい?」


「教会の関係者なんだろうが……よくは知らない。愛想は悪くないんだが、あまり私たち町の者とは、関わろうとはしなかった……酒場にも、顔を出さなかったしね」


「そうか。それじゃあ、本題に入ろうか。『馬喰いの大蟹/ホース・イーター』についてだが……それは、どんな形をしているんだ?」


「デカい蟹さ。そして、馬を好む。馬以外にも、大きめの肉なら、何でも食べる」


「家畜を襲うモンスターってことね?」


「そうだ。ま、まあ……家畜だけではなくて……その……」


「ヒトも襲うのね?……初めに伝えるべき説明ですよ」


「……そ、そんなことを言ったら、断られるかもしれないだろう!?」


「まあ。一般的な流れ者の戦士はそうだろうが、この兄ちゃんの一行は、そうでもないんだぜ」


「あ、アンタら、名のある戦士なのか?」


「そんなところだ。名乗っていなかったな、オレはソルジェ・ストラウスだ」


「……聞いたことがない名だ」


 この平和そうな田舎町には、侵略師団を三つも潰した蛮族の魔王サマの名は伝わっていないのか。ショックだね。もっと有名になる努力が必要かもしれん。隠密任務ばかりしていると、騎士としての名声は得られそうにないな。


 まあ、名声など……どうでもいい。帝国を滅びへと誘えれば、名誉少なき、影の道でも進む。だが……おそらく、有名にならざるを得なくなるだろう。帝国領土への侵攻の、一番槍は……オレとゼファーが務めるだろうからな。


「そのうち、有名になるだろうから、覚えておくといいぞ。帝国人が、永遠に忘れられない名前の一つになるさ」


「あ、ああ……私は、ジャック。ジャック・シモンズだ」


「よろしく、シモンズ。それで……『馬喰いの大蟹/ホース・イーター』は、どんなモンスターなんだ。知っていることがあれば、全て話せ」

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