第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その26


 悪霊どもに壁やら天井やらを攻撃されながらでも、ロビン・コナーズとコーレット・カーデナは仕事をし続けたらしいな。コーレットはともかく、コナーズはさすがベテラン。オレはベテランの職人芸を見るのは、嫌いじゃないよ。


 『集会場』に向かうよ。錬金釜のなかからは水色の輝きが放たれていた。コナーズは一仕事終えたというメッセージを放つ、疲れた中年の顔になり、錬金釜のすぐ側に置かれたイスに座っていたよ。


「……お疲れ。仕事を完遂したようだな」


「……ああ。ストラウスくんの方も、モンスターの群れを追い払ったんだね?皆、無事だったのかい?」


「どうにかな。建物は、相当、痛んじまったが」


 この『集会場』の壁もあちこちに穴が開いちまっている……『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』の、指やら牙、あとは錆びた武器によるものだな。ヤツらは壁に張りつきながら、壁に対して全力の攻撃を叩き込んだようだ。


 内側からの『反撃』によるダメージも壁に刻まれていた。槍で中から突いて、悪霊どもを攻撃したようだ。その代償として、壁にはもちろん、槍で穿った穴が開いてしまっていたよ。


 美しかった内装も、壊されてしまったな。『メルカ』は白を基調として、花やそのモチーフを好む。この『集会場』の壁にも、花の模様が織り込まれた飾り布があるが……外と内側からの攻撃の結果、あちこちがズタボロになっていた。


「……まあ。壊れても、モノは直すことが出来るでしょ?」


 前向きなゾーイの発言に、この作戦の立案者であるオレとしては、大いに救われたな。


「それで……『対アルテマ薬』が完成したというハナシだが?」


「ああ。完成したよ。その効能は、一瓶で20時間ほどかな」


「つまり、その窯の中身を一口飲めば、ほぼ丸一日は『アルテマ』からの呪いも、洗脳も受け付けないというわけか?」


「理屈の上ではね……『アルテマ』という存在は、『魔女の分身/ホムンクルス』に対して、『ゼルアガ/侵略神』の構築した、共感能力を利用して『呪い』や『知識』を送りつけてくる」


「そうよ。知識はともかく……『魔女の尖兵/アルテマ・コルン』に洗脳される『人格情報』と、私たちにとって致命的な、『アルテマの呪い』を送りつけられるのだけは避けたいところね」


「それで、難しいコトはよく分からないんだけど、その薬さえあれば、大丈夫なんだよね、ゾーイちゃん?」


「ええ。そうよ、ミアちゃん。この薬は、私たちの体内にある、共感能力に一時的な変異を誘発するわ」


「へんい?」


「つまり……とても簡単に言うと、『心の鍵穴』を変えるの。『アルテマ』が私たちの心に入ってくるためのドアに、今までと違う鍵穴にする。『アルテマ』は、入って来られなくなる」


「そうなんだね!」


「わかった?」


「…………うん!」


 お兄ちゃんは、そのニコニコ・フェイスの裏に隠されている感情に気づいているけど、あえて何も言わない。カミラが、感心している。あのアメジスト色の瞳を見開いて、尊敬の眼差しをマイ・シスターに向けていた。


「すごいっす!ミアちゃん、自分は、まだよく分からないっすよ」


「え、えへへ!」


 ミアが笑って誤魔化そうとしているから、助け船を出すよ。


「―――とにかく、その薬があれば、大丈夫ってことだ!」


「そういうことよ。これでダメなら、もう手は無い。少なくとも、『アルテマ』が来るまでに、対策を思いついて薬を製造しようとしても時間切れ」


「つまり!もう覚悟を決めるしかねえってことだなあ!!ガハハ!!戦士にとっては、楽でいい状況認識だ。オレは……ちょっと寝るぞ?コナーズの薬も、切れちまったし」


 ガントリー・ヴァントは『集会場』の床にゴロンと仰向けになると、すぐさま寝息を立て始めた。年寄り犬みたいに、すぐ寝ちまったよ……まあ、戦場では睡眠時間の確保に貪欲であることは素晴らしい。


 ……何より、『戦士の薬』……コナーズがご執心だった、眠らず働けるようになる薬に頼らないというのは、いい心がけだな。追加の薬を求めていたら、オレはガントリーのことが心配になったところだ。


「ガンちゃん。寝付きいい!」


「でも、床で寝るのは、どうなんすかね?」


「この男も疲れているのだろうし、ここには護衛をつけておきたいとこだ。丁度いいではないか。なあ、毛布を持って来てやれ、コーレット」


「わ、わかりました、リエルさま!」


 愉快な人間関係を垣間見えるな。コーレットは、まるでリエルの下僕であるかのように、リエルの命令に忠実な娘である……どれだけ、あの地下のダンジョンで、彼女はリエルに迷惑をかけたのか。


「じゃあ。この薬を、瓶に詰めて、みんなに配ります!」


「錬金術師殿、作業の手伝いを頼めるだろうか?」


 オレの妹分たちが、コナーズに協力要請だ。仕事中毒者のコナーズは、疲れた顔をしているが、すくっと、よどみなく立ち上がり、錬金釜へと向かうのだ。


「私も手伝うわ」


「……ええ。猫の手も借りたいところですから。あなたの手でも借りたいですね」


「あら。ずいぶんな言い方ね?」


「二人ともケンカはダメ!ケンカは、敵を殺した後で!!」


 ゾーイとククルの視線が交差して、お互いを睨み合う。なかなか良好な人間関係とは言えない二人だな。だが、ミアが彼女たちの腰をに両腕を回して、抱き寄せていたよ。


「み、ミアちゃん?」


「ゾーイちゃん、ククルちゃん。ケンカしないの。私たち、仲間ー」


 乙女たちの胸に顔を左右からはさまれた状態で、ミアはそう言っていた。


「わ、分かってるわよ!……自分の命も、おじさまの仇もかかってるんだから、仲間割れなんてしている状況じゃないものね!」


「そうですね……ゾーイを許せない気持ちは、封印しておきます。ゾーイ」


「……なによ、ククル?」


「作業の手伝い、お願いいたします」


「分かったわ」


 ……いい仕事だな。ミア……って?ククルとゾーイの胸に左右からはさまれた体勢で、眠ってしまっている……。


「ミアちゃん、寝ちゃってるの?」


「ガントリーさんと、いい勝負じゃないですか……」


「よほど寝心地が良い場所なんだろうよ」


 そんなことを言いながら、オレはミアの腰と膝の裏に腕を回して、彼女のことを抱き上げた。どこか、ベッドに運んで寝かせよう。


「仮眠が取れるものは、とっておけ!朝陽が昇ると同時に、選抜されている者は『砦』に移動を開始するぞ!……ああ、オットー、相談がある」


「はい、何でしょうか?」


「『金羽の鷲獅子/ロイヤル・グリフォン』。『雷』を無効化するモンスターが、あっちの味方をしているようだ」


「ふむ……それは、難敵ですね」


「ゼファーで対応するしかないが、いい『狩場』があるかどうか、ルクレツィアと相談したい……いっしょに来てくれるか?」


「もちろん」


「それでは、ソルジェさま。自分がミアちゃんをお預かりするっす」


「ああ。頼むぞ、カミラ」


「いえいえ。自分、その作戦会議に、まったく貢献出来そうにありませんっすから。ほらほら、ミアちゃん、こっちですよー」


「むにゃむにゃ……カミラちゃん……っ」


 オレはミアのことをカミラに渡す。ミアは、オレの腕のなかで器用に身を転がして、カミラにガッシリと飛びついていった。カミラは、夏のセミのものまねでもしているみたいなミアに、ガッシリと抱きつかれていたよ。


「……がったい……かんりょう…………っ」


 満足げなつぶやきを残して、ミアは夢の世界へと旅立っていた。カミラはミアを抱っこしたまま、ゆっくりとこの『集会場』に幾つか急設されている仮眠室へと運んでいく。


「カミラ。君も休んでおけ」


「はい。そうします。2時間でも、眠れたら……かなり違いますもんね」


 ……シビアな睡眠時間だな。スケジュールが過密だよ。この任務が終わったら、思いっきりダラダラしたい。そんな願望が湧いてくるが、そんな日を迎えるためにも、気合いを入れるべきだな。


「よし。作戦会議だ。ルクレツィアのところに行こう。情報を共有して、『ロイヤル・グリフォン』対策だ。リエルも来てくれるか?」


「うむ。あの金色の風切り羽を落とすのは、私の矢が最適だろう」


「……そうだな。空中戦は、ゼファーとお前に任せることになるな」


「ああ。空は任せろ。日の光のなかでは『メルカ・コルン』の弓兵たちも、飛行型の『ホーンド・レイス』を容易く迎撃するに違いない……ソルジェよ、お前は、『アルテマ』狩りに集中すべきだ」


「そうだな。ヤツは逃がすつもりはない」


「それでは、ソルジェ兄さん。行こうよ。私が、長老のところまで案内するから。私も、この薬が出来たことを、報告しなくちゃだし。『プリモ・コルン』として!」


「ああ。頼むぞ、ククリ」


「うん。こっちだよ!」


 ククリに引率されて、オレたちはルクレツィアのもとへと向かったよ。『集会場』を出ると、ルクレツィアと年長の『コルン』たちが、『ホーンド・レイス』の残した物質を調べているところであった。


「……邪魔するぞ」


「え?ああ、ソルジェ殿。見事な作戦と、いい腕だったわね。100匹のモンスターを相手に、死傷者ゼロよ。軽傷者はいるけど、戦闘にも支障がないレベルだわ」


「そうか……まずは、ククリ?」


「うん!長老、『対アルテマ薬』が、完成したよ!」


「まあ。朗報ね!」


「今、ククルとゾーイが瓶に詰めてくれている。終わり次第、みんなに配るね!」


「そうしなさい」


「みんなに、教えてくる。武器とか……ああ、『砦』に運ぶ爆弾の準備もいるし」


「爆弾……ああ、コーレットのか?」


「そうだよ。コーレットと……じつは、私も作ってた!」


 少女同士は仲良くなるのが早いな。あの錬金術の作業をしながらも、コーレットは爆弾作りもこなしたのか……意外と有能かもしれないな。


 それに、もっと意外だったのは―――。


「―――ククリも錬金術が……というか、爆弾を作れるんだな」


「うん。私たち、『メルカ・コルン』は、火薬が好きなんだ。夏はね、花火を作るの。夏の風物詩!……冬は、雪崩が起きるからダメだけどね」


「花火か……なるほど、爆弾の一種か」


「そうだね。威力を上げてるから、楽しみにしてて」


「ああ。頼りになる妹分だぞ」


 オレは妹分の頭をナデナデしてやる。ククリは、元気な顔で笑っていたよ。


「じゃあ!行ってくるね、ソルジェ兄さんたちも、がんばって!!」


「―――懐かれたものね」


「義兄妹だからな」


「ウフフ。ソルジェ殿はフェイスのわりに色男ね」


「フェイスのわりにとか言うんじゃない。それで、一つ、相談がある」


「何かしら?……その表情だと、良くない話題なんでしょうね」


「残念ながらな。『ロイヤル・グリフォン』が出た。ルクレツィアよ、君は、ヤツの生態に詳しいか?」

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