第六話 『青の終焉』 その18
「ククルが、シャムロックを殺そうとしただと?」
それは想像もしていなかった事件だ。いや、そうだな。違うはずだ。ククルではなく、『魔女の尖兵』としての人格がやらせたことだろう。
何のために?
おそらく、この『ゾーイ』を利用するためか。この子の火力なら、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』に対しても、かなり有効な火力になる。
「……シャムロックは無事か?」
「生きているわ。どうにかね。右の腎臓を抉られていたから、私が手術した。出血が止まらなかった場所は、焼いて取り繕ったわ。重傷だけど、命に別状はないはず」
「なんというか、さすがだな」
「……わかったでしょ?だから許せないの。シャムロックおじさまは、私やシンシアにとっては、父親代わり……ていうか、シンシアからすると、もっと深い愛情があるかも?」
「君をダシにして、出張先に現れるほどにか?」
シャムロックが『ゾーイ』を消すために、色々な賢者や学者に相談しに行ったら、『シンシア/ゾーイ』がいた。シャムロックは『ゾーイ』の犯行だと信じて疑わなかったようだが……オレは他人なんでね、客観的に見れるのさ。
若い娘に追跡される男か?
それの理由が、悪意だけとは限らない。
「……イヤな男ね。男で野蛮人のくせに、勘が鋭いわ」
「野性の勘が優れているんだろう」
「とにかく。いい加減、離しなさいよ?」
『ゾーイ』が暴れる。ククルと似ていて、かなり筋力が強い。だが、戦士として鍛えているわけではないからか、『ハーフ・コルン』だからなのか、ククルほどの力ではなかったよ。
子供みたいにバタバタと暴れるが、そんな動きでは猟兵の拘束を解けやしない。
「……アンタが邪魔したとしても、あの子を追いかけていって殺してやるんだから!」
「そんな言葉を聞いて、自由にすると思うか?」
この子は、知性の高さの割りに、判断力がない。もっと上手に嘘をつけばいいのにな。しかし、シャムロックよ?たしかに、『ゾーイ』は衝動的で攻撃的だが……邪悪という印象ではない。
バタバタするのに疲れたのか、『ゾーイ』は荒れた息になりながらグッタリとした。不機嫌そうに口を尖らしたまま、小さな声でつぶやくように問いかけて来たよ。
「アンタさ……アイツを、元に戻したがってるの?」
「もちろんそうだ。妹分だからな」
「はあ。そうなんだ……」
「何故、ガッカリする?」
「……アンタの勘、自分には働かないワケ?」
「どういうことだ?」
「何でもない!とにかく、離して。いつまでもこうしてても状況は解決しないでしょ?」
「……お前のためでもあるんだぞ、『ゾーイ』」
「え?」
「この狭い場所で戦ったからこそ、お前でもククルを追い詰められた。もしも、もっと広い場所で戦っていたら、未熟なお前の戦闘技能ではついていけない。殺されるだけだ」
「そんなの、やってみないと分からないわよ?」
「ククルが退いた理由は、より戦略的に有利な状況で戦うためだ。あそこには、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』がいる。特大の『樹霊』がな」
どうやら、あのモンスターが『ベルカ・コルン』の脱出を阻みつつ、『アルテマの死体』……その中にある『星』を守っているようだな。ククルの……いや、『魔女の尖兵』の目的は、あのモンスター排除か。
「ククルは、お前を『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』にぶつけるつもりだろうよ。おそらく、アレはお前を獲物だと考えている」
「……でしょうね。アイツは、私たち『ベルカ・コルン』を外に出したくないのよ。『星』を持ち出す可能性もあるし……『メルカ・コルン』と接触して、『アルテマの奴隷/魔女の尖兵』にしたくないから……」
「……『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』の内部にも、『ベルカ・コルン』が入っているのか?」
「300年前に、入れたはずね。知性と魔力を強化するために。それまでは誘拐して来た人間族を『核』にして、『星』を守る存在にしていたの」
「『星』を守っていた?」
「正確には、封印していたのよ。誰にも触れないようにしていた。たとえ、『ベルカ』が滅びたとしても、永遠に『星』が自由にならないように……」
「埋めれば良かったんじゃないか?」
「地下を伝って逃げられると厄介だわ。それにね、いつか『星』を本当に倒せる手段が見つかったとき、その手段を『星』に送り届けるつもりでもあった。そのために封じながらも、道を残したのよ」
「……イース教徒に邪魔をされちまったわけだ」
「うん。あと何世代か『人体錬金術』を強化出来れば、『星』を殺せる『モンスター』も作れたはず。そうすれば、『メルカ』を滅ぼして、『ベルカ』は世界を支配するために山を下りる計画だったのよ?」
「モンスターの軍団を従えてか……」
なんというか、やさしい性格はしていなかったようだな、『ベルカ』の人々も。ヒトらしいとも言える。
過剰なまでの軍事力があるのなら、領土を拡大し、支配を広げる。史上最も知性の高そうな国家も、ヒトの習性からは外れないと来たか。
「……そっか。あそこに行くと、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』に襲われるのね。でもさ、アンタが戦ってくれているあいだなら、私はククルと戦えるわよね?」
「オレのメリットがない。ククルもお前も死なせるつもりはないんだ」
「ケチ!」
「ケチじゃない。良識的な判断だ。それに、あそこにはアルカード騎士どもいるぞ」
「ゲッ。サイアク!」
「顔見知りか?」
「ちょっと、アンタさ、私があいつらを呼んだとか考えてる?」
「少しな」
「誤解よ。おじさまも言っていたでしょ?……情報を流していたのは、マニー・ホーク先生。私は、それを妨害したかったぐらいよ。ククルの姉の腹に、おじさま愛用の暗殺モンスターを仕込んだの、誰だと思ってるの?」
……それについては、かなりの怒りを覚えるのだが。まあ、今は追求しないでおこう。護衛対象に殺意を抱くようなことになりかねん思考を、深めるわけにはいかないな。
「……しかし。どうして、ホークがこの土地に詳しい?」
「……ホーク先生には、昔からシンシアについて相談していたからよ、うちの死んだ両親とかもだし、おじさまもね」
「お前の両親も相談していた?」
「シンシアの心の主治医の一人。あの人ってば、呪病研究の大家なのよ?」
「有能な男ではあったわけだな」
ゼファーの血肉になってくれて光栄に思うことにしよう。
「そうよ、呪病研究者の中ではトップクラス……私が芽吹いたのは5才、おじさまの娘が死んだ頃ね。百科事典を速読する5歳児を、天才だって喜ぶばかりが親の仕事じゃないみたい」
「心配されたか」
「まあね。異常ではあるもの?辞書を暗記する子供とかね……正直、心を病んだ子たちが入院してる病院に、そういう子たちが何人もいたし?」
思い出は美化されがちだな。シャムロックは、自分の妻がシンシアを心配していたとしか考えていなかったが―――アレンビー夫妻も、娘の異常な知性を心配してもいたか。
「……とくに、パパは私が『叡智』だけじゃなく『呪い』も継承しているんじゃないかと心配していた。当たっていたわね。だからこそ、呪病研究の大家であるホーク先生と連絡を取り合ってもいたのよ。実際に会っていたのは、8才から10才の頃ね……計、4回の面談ね」
「シャムロックは知らないのか?子供の頃に、ヤツと君らが接触していたことを?」
「きっと、知らないわ。ホーク先生は、患者の情報を厳密に管理するし、パパはおじさまに心配かけたくなかったみたいだしね。おじさまは、出世街道まっしぐらで、仕事の邪魔をしたくなかったんじゃないかしら?ああ、私たちも言ってない」
「どうして?」
「なぜなら、ホーク先生が『話すな』って言ったから。一種の暗示的な呪術ね。先生、おじさまが怖かったんじゃないの?おじさまは、シンシアを守るためには何でもしちゃうから。リザードマンだけじゃないのよ、おじさま御用達の暗殺用モンスター」
「複雑な幼少期と、やたらと濃い人間関係の持ち主なんだな」
「そうね」
「……それで、君らとホークが出会った、4回の『治療』……そのとき、シンシアから、マニー・ホークは『叡智』に関する情報を聞いていたわけか」
「そうよ。シンシアは素直でいい子ちゃんだから、訊かれたら何だって答えちゃうわ」
「……悪気無く、さまざまな情報を話してしまうかもしれないな」
まるで『辞書』のようだった。シャムロックは、当時の彼女をそう語るぐらいだしな。ホークがアレンビー夫妻と連絡を取り合っていたなら、シンシアを『辞書』として使えることも把握していたか……。
「10才のときにはね、私が体を支配している時もあって、そのときホーク先生に情報を提供したこともあるの」
「何を話した?」
「高度な錬金術についてね。アンタには意味が分からないほど難しいわよ」
「じゃあ、聞くのをやめておく」
「先生、飴玉くれるの。子供を操るのが上手なのよね。ていうか……面白い『研究素材』が好きなのよ、私とか、あのドワーフとか」
「自分を『研究素材』と呼ぶもんじゃないぜ」
「あら?そんなこと言われるの初めてね」
「シャムロックはお前には厳しかったようだな、ゾーイ」
「ま、まあね……嫌われちゃってるのよ。おじさまが好きなのは、シンシアだけだもん」
ゾーイが沈んでしまった。シンシアほど『愛している』わけじゃないようだが、ゾーイもシャムロックを父親代わりには考えて、大切にはしているようだな……。
オレは首を右に捻って、通路の奥を見た。
長話をしながらも警戒は怠ってはいない。むしろ、ククルにそそのかされて、アルカード騎士の連中が来るのを待ってもいたんだがな。
連中は、『シンシア/ゾーイ』を殺したくないようだが―――こっちはいくらでも殺せるからな。彼女を盾にしながら攻撃も出来るってことさ。
通路に雪崩込んできたら、オレの呪眼とゾーイの『炎』の合わせ技で、焼き殺してやるつもりだったんだが……来やがらない。
『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』との戦闘がタフ過ぎて、他のことに戦力を割けない状況なのかもしれないな……ならば、これ以上、ここで時間をつぶす意味はない。
「……とりあえず、シャムロックのところに連れて行け。オレには『造血の秘薬』があるんだ」
「なにそれ?」
「エルフ族の秘薬さ。出血で失われた血液も、いくらか回復出来る」
「いい薬ね!ザックリやられちゃった、おじさまには必要なお薬だわ!」
「そうだ。離すぞ、いい子ちゃんだから、大人しくしろ?あの戦場に犬みたいに突っ込んでも、ククルに殺されるか、半殺しにされて、お前を『聖女』にしたいアルカード騎士どもに捕まってしまうぞ?」
「『聖女』ね?……素敵な響きだけど、遠慮しとくわ。頭のおかしい騎士団に関わり合いたくないもん。私を利用しようとしている錬金術師の派閥なんかにもね……」
「いい考え方だ。さあ、シャムロックのもとに案内してくれ」
オレはゾーイの拘束を解いた。自由になったゾーイは、わざとらしく、拘束されていたせいで『肩が痛い』と文句を言っていた。
だが、ためらいなく両腕をくるくる回しているところを見ると、大した痛みは無さそうだ。甘えてるのか?23才だぞ?
「急げよ?」
「わ、わかってるわよ!こっちよ、ついて来なさい!」
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