第六話 『青の終焉』 その17


 『ゾーイ』が赤い瞳を輝かせながら、両手に宿した『炎』を躍動させる。螺旋を描く『炎』を、その長い腕にまとわせていく……ッ。『炎』を無理やりに収束させるための方式だな。つまりは、オレの『バースト・ザッパー』と同じだ。


 捨て身に近しい技巧……才能や知識はともかく、戦士としての痛みを知らない『ゾーイ』には加減が分からないようだ。錬金術師のローブが焦げていく。怒りに任せて、魔力を高めることだけに集中しているらしい―――。


「―――やめろ、『ゾーイ』!!そんなものを使えば、お前自身だって大火傷するかもしれないんだぞッ!!」


「かまうもんか、その『コルン』を焼き殺してやるんだあああああああああッッ!!ぜんぶ……ッ。ぜんぶ、燃えちゃええええええええええええええッッッ!!!」


 怒りの歌と共に、『ゾーイ』の魔力が暴走する……彼女の両腕で螺旋する業火が、爆炎へと変貌する。死を連想せずにはいられない火力が、彼女の腕の動きに連動し、ダンジョンの通路を焼き焦がしながら踊る。


 両腕を天井に向けて、錬金術師の繊細な指が組み合わされる。天井を爆炎が焼き尽くしながら走ってくる……とんでもない威力だが、隙が大きすぎるな。この大きすぎる隙を突いて、彼女を止めることも出来るんだが……。


 ムリに術を止めると、暴発で『ゾーイ』が死んでしまう可能性がある。それは許容出来ない。彼女は、最重要の『情報源』であるし―――ここで殺すべき存在ではないさ。それに、ククルも死なせるつもりはない。


「どきなさいよ、ソルジェ・ストラウス!!」


「……そいつはムリだな」


「……ソルジェ兄さん……私は、もう、かつての私ではないんです……っ」


 背中にかくまったククルが、小さく震える声で語る。『魔女の尖兵』と、今までのククル。二つの人格が交錯しているようだ。ときおり正気に戻れるようだな。


「わ、私は、罪を犯しました……ッ。だから、彼女に殺されるべきです……彼女に、殺されるのなら、私にとっては、相応しい償いです……ッ」


「そいつがそう言ってるんだから、アンタはどいてればいいのよッッ!!」


「いいさ。オレごと撃て」


「ば、バカにしてえええええええええええッッ!!いいわ、アンタも、殺してやるうううううううううううッッッ!!!」


 激情が業火を渦巻かせた。この広くはない通路を『炎』の突風が無軌道に走り抜けていく。完全な暴走状態にも見えるが、殺意だけはホンモノだ。衝動的な叫びと共に、『魔女の炎』が放たれていた。


 振り下ろされた『ゾーイ』の両腕に連動して、爆炎の津波が通路を灼熱で焦がしながら、オレとククルに迫ってくる―――『炎』は、『雷』を呑み込むが、『風』に踊らされるものだ。最大属性魔術の力学を思い出しながら、オレは両手に『風』を宿らせる……。


 竜の劫火を識るガルーナの竜騎士には、どんな爆炎だって読み切れるものさ。渦巻く爆炎の流れに沿わせるようにして、『炎』を誘導する『風』を放つ!!


 『ゾーイ』の放った爆炎が揺れて、逸れていく……直撃コースは回避した。だが、それでもこの狭い空間では、完全に回避することは不可能だったよ。


 渦巻く爆炎が古びたレンガの壁に衝突した。『炎』は牙のように突き立てられ、壁を穿ちながらも反射した。『ゾーイ』の強大な魔力は、灼熱を帯びた暴風となって、あたりかまわず焼き尽くそうと走り回った。


「ククル!」


「……っ」


 ククルの体を抱き寄せながら、二人して床に身を投げていた。コントロールを失った、ただの熱風だ。一瞬だけ、全身を焼き払われるような熱を浴びるが、『竜鱗の鎧』はその熱を弾いてくれる。


 背中にある竜太刀も、アーレスの霊験が機能し、所有者であるオレのことを『炎』から


守ってくれた。灼熱の暴風は過ぎ去り……ヒカリゴケが焼き焦げちまったせいで、暗がりが産まれていた。


 明かりとなるのは、皮肉なことに、この場所から光を奪った『炎』の残り。壁や床、そして天井に刻まれた赤熱が放つ、赤く不気味な光だけであった。


 焦げて赤く輝く場所を、『ゾーイ』はふらつきながら歩く。疲れているし、混乱もしているようだ。神経質に髪を掻きむしりながら彼女は叫んだ。少し泣いているようでもあるな。


「なんで、なんで、私の名前を呼んでくれたナイトさまのくせに!……そんなヤツのことを庇うのよお!?ソルジェ・ストラウス!!」


「……いきなり、妹分を殺されそうになったら、庇うだろうが……ククル、無事か?」


「……わ、私を、抱きしめるな!!」


 ククルがそう言いながら、こちらの顔面目掛けて拳を突き出してくる。首を捻って躱していたが、上体を反らしたせいで、ククルが体の下から抜け出してしまう。あのまま寝技に入って、首でも締め落とせば拘束出来たんだがな……。


「危うく殺されかけたぞ。やるではないか、『ハーフ・コルン』!!」


「うるさい、今度こそ、お前を殺してやるんだ!!」


 『ゾーイ』が魔力を集中させる。あれだけの大技を放った直後に、まだ魔力が残っているのか。感心するほどの魔力の量だが……その『炎』の攻撃術は大ざっぱ過ぎるぞ。


 ククルは『ゾーイ』の稚拙な動きを鼻で笑いながら、獣のような俊敏さで先ほど投げ捨てていた弓を、前転しながら拾い上げる。器用な技巧が作用して、彼女が体勢を取り戻すときには、すでに矢を弓につがえていた。


「……ッ!?」


 『ゾーイ』が、その矢が自分を狙っていることに気がつく。己を殺そうとする鋼に魅入られる。体がこわばり、攻撃どころか回避も出来なくなってしまうのさ。『コルン』としての『知識』や身体能力があろうとも、『経験値』が足りない。


「くく!力は十分だが、しょせんは欠陥品だな!劣化した『コルン』など、処分してやるわ!!」


 ククルが……いや、『魔女の尖兵』が、矢を放つ。だから?騎士道の体現者として、その射線に割り込み。篭手を使って矢を叩き落としていた。


「邪魔を……ッ!?」


「な、なんで、今度は助けるのよ、私を!?」


「どちらも死なせるつもりはないからだ」


「……っ!?」


「ハハハ!付き合ってられんな。撤退させてもらうぞ!!」


 そう言い捨てて、ククルはこの場から風のような速さで撤退を開始する。


「あ……待ちなさいよ!!」


「君もな」


 首輪の外れた犬みたいに飛び出しそうだった『ゾーイ』のことを、オレの腕が捕獲していたよ。ああ、かなり力が強いな。さすがは、『ハーフ・コルン』か。


「ちょっと!?は、離しなさいってば!?セクハラなんだからね!?」


 まるで捕まえたばかりの子鹿みたいに、『ゾーイ』は跳ね回るようにして暴れてくる。力がそこらの男よりも強いから、肘にだけは注意が必要だな。彼女の動きを封じるために、彼女を抱き寄せて、その長身ながらも華奢な背中に取りついた。


「こ、こら、へ、変態セクハラ騎士!!」


「ああ。セクハラで訴えてくれても構わんから、とりあえずは落ち着け」


「お、男のヒトに抱きつかれて、落ち着いてなんて、いられないわよ!?」


「男慣れ出来ない事情は知っているが、とにかく大人しくしろ。傷つける気はないが、これ以上、暴れるなら双方のために君を気絶させるぞ」


「……あ、アンタごときに、そんなこと、出来るのかしらね!?」


「得意だ。戦場でヒトを無力化するのはな。屈強な戦士でも窒息させたり、壁にぶつけて失神させられる。いくらでもやって来た行為だ。だが、女性をムダに痛めつけるのは趣味ではない」


「……わ、わかったわよ!……抵抗しないから、離しなさいってば……」


「いや、離して欲しければ、ククルを殺そうとした理由を話せ」


 賢い女性の言葉を、鵜呑みするわけにはいかない。離した瞬間、ククルを追いかけて犬みたいな勢いで走られても困るからな。


 さっきの爆風のせいで、痛み止めで誤魔化していたはずの痛みがうずき出してきている。『ハーフ・コルン』の脚力に追いつける気もしない。負傷にダメージもある上で、鋼を装備しているオレでは、『コルン』たちと競走しても勝てないな。


「……なによ、アンタは、こっちの事情も知らずに、私の『正当な復讐』を邪魔したってわけ?」


「妹分も護衛対象も、どちらも守るのが騎士道だからな」


「アレは、アンタの妹分とやらではないわよ。もう、ククル・ストレガは、アルテマのしもべに過ぎないわ」


「そうは思わん。ときおり、今までのククルに戻る」


「……え?」


「洗脳が薄いんじゃないか?」


「そんなバカなこと……ここは、『ベルカ』の土地よ?『ベルカ・コルン』の怨念が宿る土地。あの兜が外れて、『私のあげた薬』も効果が切れた今、あの子は、もうアルテマのしもべしてかないはずよ……ありえないわ」


「現に、オレのことを今までみたいにソルジェ兄さんと呼んだぞ」


「……どうして?」


「こちらが訊きたいところだぞ?君には、偉大な知恵が宿っているはずだ」


「そ、そうだけど。でも、ありえないわ!少なくとも、私が継承したり、調べた知識においては、『コルン』たちの脳内の呪術が完成したら、それまでの自我なんて消え去るだけ」


「自我が消える?」


「そうよ。『コルン』ってのは、奴隷で、戦士なのよ?……戦闘と奉仕と、分身体の出産、それだけの行為しかしなくていいし、他のことは一切、考えなくていい」


「何とも味気ない人生だ」


「命令に従うだけの人形になるのよ。そっちの方が、使う側には都合がいいでしょ?」


「だが、今のククルは、オレのことをソルジェ兄さんと呼んでくれる」


「……変ね。そんなはず、無いんだけど。何か、変なのかしら、あの『コルン』……」


「……理由になるかは分からないが、ククルは、双子だ」


「え?『コルン』に双子なんて、産まれるわけがないでしょ?子宮にそんな機能、つけられてないはずだわ」


「詳しくは知らないが、『メルカ・コルン』には近年、双子が産まれるらしい」


「……どうして?」


「ルクレツィアは……『メルカ・クイン』は生命に不変なものなど無い、そう言っていたぞ。いわゆる『進化』だと……」


「……『人体錬金術』でも、使ったの?」


「そこまでは把握していないが、『メルカ・コルン』には双子が産まれる。そして、ククル・ストレガも双子として産まれた娘の一人だ」


「他には、ないの?」


「他?」


「双子として産まれただけでは、呪術をキャンセル出来てる理由にはならない。もっと、あの個体が『特別』な理由は無いの?」


「……ククルとククリは、どんなに遠く離れていても、意思の疎通が出来るな」


「……思念を共感する能力が、強いってこと?」


「専門的な言葉では対応できんぞ」


「遠くまでって、どれぐらい?」


「軽く200キロは離れていても通じているようだが」


「はあ!?……なによ、それ。脳みそ、どうなってるのかしらね……」


 解剖して観察してみたいとか言い出す前に、会話を進めよう。錬金術師さんたちは好奇心が乱暴だ。


「その能力が、ククルを『魔女の尖兵』になることを防いでいるのか?」


「……まあ、ありえるわね。補完されて、押しつぶされるように上書きされた『記憶』と『感情』……でも、あの子が双子の片割れからも自分の人格を裏付けする情報を常に受け取っているのなら、それに矯正されるような形で、人格の消滅を防いでいるのかもね」


 なんだか難しいことを言ってくれるが、オレにとって都合の良いハナシだってことは分かる。つまり、双子の片割れであるククリが、ククルを助けているようだ。


「……じゃあ、彼女をククリのところに連れて行けば?より多くの『人格を裏付けする情報』ってのを得られるんじゃないか?」


「……その片割れが、アレをククルだと認識しようとすれば、ククルを裏付けする情報が入るでしょうよ。そうしたら、自我を再構築するかもしれないわ。ああ、錬金術師じゃないアンタのために、一般的な言葉を使えば、元に戻るかもってこと」


「なるほど!いいアドバイスだ!」


「……でも。あの子が元に戻ったからって、私が許すとは限らない。ていうか、許さないし」


「なぜ、そこまで殺意を向ける」


「……ククル・ストレガが、あの『コルン』が、マキア・シャムロックを殺そうとしたからよ」

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