第六話 『青の終焉』 その4


 その祈りの声を聞きながら、オレは攻撃を放つ。振り落とされた竜太刀は、まるで凶刃無比な竜の牙のように。彼の心臓を鎧ごと貫いていた。


 あくまでも、慈悲深い行為をオレは選択したはずだったよ。だが、戦場の慈悲は、あまりにも残酷で、子供の心にはショッキング過ぎたのかもしれない。


 眼鏡をかけた茶色い髪の学生は、ガクガクブルブルと震えながら、オレのことを見つめていた。


 どうにもこうにも、シスコンだからかね?……いたいけな女子に恐れられると、心が痛む。


「……聞いていただろ?オレは、君の上司であるシャムロックに雇われた。任務は、シンシア・アレンビーの確保と……学生の保護だ。君は、学生か?」


「は、はい!!が、学生です、罪もなければ汚れもない若者です!!まだ、死にたくないですっ!!」


「死なせることはない。オレの側にいれば、守ってやる」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ。約束だ。君の名前は、何だ?」


「コーレットです!コーレット・カーデナ!14才の、学生なんですっ!!」


「14才か。若いというか、子供だな」


「は、はい……私、頭は良い方でして……飛び級で、錬金術師の学校に入れたんですが、実家がなにぶん、その、貧乏なもので……」


「こんな場所にバイトか?」


「はい……お給金も良いですし、それに、錬金術の現場にも参加できますし……私、貧乏人のくせに、天才だから、大学の同期に、ハブられて、アトリエにも入れないんですう!!」


 たしかに苦学生だが、ときどき自己主張が強い女子だな。


 まあ、いい。


「……天才錬金術師の卵のコーレットちゃんよ、ちょっと、こっちに来い」


「は、はい?」


 オレはコーレット・カーデナを引き連れて、あの煮立つ錬金釜の元に行く。


「コイツは、今、どんな状況だ?」


「え?えーと……たぶん、『炎』の魔力比率が臨海寸前っていうか……素人の方に分かりやすく言えば、爆発寸前ッッッ!!?ひええええ!!!レイプ回避したのに、死んじゃう!!!」


「パニクるな。中和できるか?」


「は、はい。この色と、臭いなら……こ、この薬で、時間稼ぎは可能です!」


 そう言いながら苦学生はローブの内側から取り出した薬瓶の中身を、その錬金釜の泡立つ紫色の溶液のなかに投入していく。


「……ほう。言うだけのことはあるな。ゴボゴボという音が、小さくなったぞ」


「で、でも、ちょっとでも、『炎』の属性を与えたら……アホみたいに爆発しちゃいますよう……っ。ホント、ギリギリな状態です……私じゃなかったら、中和できなかったですよ、これ」


 未熟者の学生らしいか。やたらと自分を有能だと信じて、疑うことがない。まあ、いいや。有能な錬金術師候補だからこそ、シャムロックはコーレットを、この冒険に帯同させたのかもしれないしな。


 事実、あのゴボゴボ言ってた錬金釜の中身を静かにさせた。


「……コイツは、つまり爆薬的な存在か?」


「は、はい!そんな化合物ですね……床に落ちている薬瓶のラベルを見る限り……賢い人ですよ。このまま火にかけていたら、もう一度、ゴボゴボ言い出したら、次こそ大爆発です。この量だと、テントごと吹き飛ばしちゃうかも?」


「『炎』属性が臨界寸前と言っていたが、コイツに『炎』の攻撃術をブチ込めば、その反応を促進できるか?」


「え?で、出来ますけど?」


「なるほど。よく分かった」


 オレはそう言いながら、地面に寝かせていた『メルカ・コルン』の遺体を抱き上げる。彼女の体をこれ以上、損壊させるつもりはない……。


「そ、それは?」


「……『メルカ・コルン』の……『アルテマの使徒』の遺体だ」


「どうするんですか?」


「近くのテントに運ぶ。ついて来い」


「わ、わかりました!」


 オレはちんちくりんの子分を引き連れて、そのテントを抜け出した。近くにあったテントに、彼女の遺体を寝かせる。


「……どうして、そのヒトを?シャムロック教授に、そう言われているのですか?」


「ちがうさ。オレの立場は、色々とフクザツでね。それに、女性の体を爆発で破壊させたくない」


「……やさしいんですね」


「まあ、『青の派閥』の連中よりは、人道的である自信はあるよ」


「……それは……っ」


「道はよく選べよ、ガキんちょ。非道な生きざまを許容することが、本当に幸せなことなのかをな……」


「……選べるのは、贅沢です。貧乏人には、道なんて、選べないでもん」


「それでも、選ぶべきだ。お前が『青の派閥』の正式な構成員なら、オレはお前を見捨てていたところだぞ」


「……あなたは、どういうヒトなんですか?」


「傭兵にレイプされそうになってた14才の子供を助けてやるような、素敵な紳士のお兄さんさ」


「……『パンジャール猟兵団』って、言ってましたよね……?あなたも、傭兵?」


「そうだ。そんなことより、コーレット?」


「は、はい?」


「あの紫色の液体は、君が中和しなければ、どれぐらいで爆発していた?」


「え、えーと。もうすぐだったと思います。正確には分かりませんよ、作ったの、私じゃありませんし」


「作ったヤツなら、分かるのか?」


「かなり有能な方だと思いますから、目分量でも、それなりに想定通りのタイミングで爆発させられたんじゃないでしょうか?」


「それだけ分かれば上等だ。なあ、コーレット。とある王国の、お抱え錬金術師になりたくないか?」


「え?な、なりたいです!」


「そうかよ。いつか、助けてやった恩を返してもらうぜ」


「……就職先、ゲット!ザマミロ、私をハブにした、親の七光りで入学出来ただけの凡才どもめ!」


 愉快な学生生活をコーレット・カーデナは送っているようだな。


 まあ、ルード王国か、やがてオレが再建するガルーナ王国の錬金術師として働いてもらうぞ。正直、帝国には二度と帰れない立場になるが……死ぬよりマシだろ?


「さてと。コーレット、オレにつづけ」


「は、はい!あ、あの!」


「なんだ?」


「あなたのお名前は?」


「ソルジェ・ストラウスだ」


「ストラウスさんですね!そうお呼びします!」


「わかった、好きに呼べ。とにかく、オレにつづいて走れ」


「わ、わかりました!」


 オレはテントの外に飛び出すと、手のひらに『炎』を呼んで球体を発生させる。


「魔術?」


「ああ。今から、あの錬金釜を爆発させて、敵の注意をこちらに引きつける……アレを準備した錬金術師は、オレが確保したいシンシア・アレンビーの可能性があるんだ」


「シンシアさんの知り合い?……ああ、教授に雇われていたんですよね、ストラウスさんは!」


「そういうことだ。彼女が柔軟かつ戦略的な発想をする人物なら、あの爆発の反対側に逃げそうだし、敵の動きの隙を突こうとするはずだ……耳、塞いでろ」


「で、でも。だいぶ、あのテントから離れていますけど?」


「ストラウスさんを舐めるな。剣術だけじゃない、魔術もスゲーんだよ」


 ニヤリと笑いながら、オレは『ファイヤー・ボール』をぶっ放す。夕焼け空に放たれた火球は、急角度で曲がり、あの錬金釜のあるテントへと向けて飛翔していく―――。


「な、なんですか、今の!?『ファイヤー・ボール』が、あんな角度で飛ぶなんて!?」


「呪術と魔術の合わせ技だよ」


 そうさ。あの錬金釜には、『ターゲッティング』をかけていた。その呪いに導かれて、『ファイヤー・ボール』は加速と威力を増加させながら、あの錬金釜を爆撃したようだ。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンッッッ!!!


 大地が揺れて、空が震える。


 かなりの爆音が歌となって、レミーナス高原に産み落とされた、血なまぐさい戦場に響き渡った。


「な、なんて、爆発!?『ファイヤー・ボール』みたいな、初等魔術で、アレだけの威力を捻出するなんて……!?あ、あなた、本当に人間族ですか!?そ、そういえば、左眼の色とか、ワケ分かんない色してますけど!?」


「人間族さ。少しばかり、竜が混じっているがね」


「教授の『人体錬金術』の被験者なんですか?」


「……もっと、ファンタジックな由来を持つ目玉だぜ?……おっと、引っかかったバカが来るぞ、こっちに来い。廃墟の壁に隠れて、やり過ごすぞ」


「わ、わかりました!」


 コーレットを誘導して、オレたち二人は『ベルカ・レンガ』の廃墟のあいだに身を伏せる。好奇心のせいで、頭を起こそうとするコーレットの茶色い髪を右手で押さえつけながら、十数名の戦士たちをやり過ごす。


 いい装備をしているな。


 磨かれた鋼の鎧に、業物の剣たち……傭兵たちよりも、体格がいい。筋肉も脂肪も多い。旅慣れた体ではない。野戦向きの体格とは言えないものの、戦闘能力の水準だけなら『黒羊の旅団』を上回ってはいるな。


「急げ!!」


「調べに行くぞ、錬金術師どもの生き残りがいるかもしれん!!」


「暴発事故か?慌てていたようだな」


「シンシア・アレンビーならば、一大事だ。彼女だけは、死なせるな。我々の『聖女』となるお方だ」


 ……ふむ。


 なんとも、興味深い言葉を吐いていたな。『聖女』だって……?


「……『紅き心血の派閥』のヤツら、何を言ってるんだか……」


「コーレットは、あいつらの正体を把握していたか」


「把握も何も、そう叫びながら、襲撃して来ましたから。我々は、『アルカード病院騎士団』である!……堂々と宣言して、みんなを殺しまくりました……」


「『アルカード病院騎士団』が、『紅き心血の派閥』の母体となる組織だったな」


「はい……イース教徒の聖地巡礼を、護衛し、傷ついた巡礼者たちを癒やすための人々です」


 そうさ、ヤツらは『青の派閥』のライバル組織の一つであり、マニー・ホークと通じていた連中。いや、それだけじゃなく、『黒羊の旅団』の『反乱分子』……ビクトー・ローランジュと、その仲間たちとも結託していたんだよ。


 『青の派閥』を始末するために……なんとも強硬手段だが―――シンシア・アレンビーを『聖女』と呼ぶ以上、彼女の特殊性を知っているようだ。『アルカード病院騎士団』にも、『ストレガ』の花蜜が伝わっている可能性をエレン・ブライアンは考えていたな。


 ……『カール・メアー』に伝えられていた以上の情報が、『アルカード病院騎士団』には伝わっていた可能性もあるのか……?


 あるいは、『彼女』自身が接触したのかもしれない。『カール・メアー』と皇帝ユアンダートが手を組み、『青の派閥』は帝国軍と『カール・メアー』の両者にパイプを持っている。


 『紅き心血の派閥』と、『アルカード病院騎士団』は……『青の派閥』との権力競争に負け始めているってことさ。『彼女』の知識や力、立場そのものを……300年前のように『魔女』と定義するのではなく、『聖女』にしてしまうつもりかな?


 女神イースを作るために集められた、幾つかの神話たち。その『主人公』の一人の、『末裔』でもあるわけだからな……。


 ぶっちゃけ、『魔女の分身/ホムンクルス』こそが、女神イースそのものであった可能性も、否定は出来ないわけだしな。宗教団体も、結局は商売人だよ。いもしない神という偶像を利用した、ただの産業に過ぎない。


 信者という名の顧客に、『女神イースの末裔/ゾーイ』ならば多くを与えられるだろうさ。おそらく、現代の錬金術では治せない、幾つかの病をも、『ゾーイ』ならば治癒出来るだろうしな。イースの奇跡とでも称すれば、さぞや大金を稼ぐ偶像にもなる。


 医療系の錬金術師集団である、『紅き心血の派閥』にとっては、『ゾーイ』は、まさに聖女になれる存在かもな―――。


「―――女神イースに仕えているはずの、騎士のくせに……っ」


「コーレット?」


「そ、それなのに……こんなヒドいことを……っ。私の指導をしてくれていた、マドーラ先生も、斬り殺されて……わ、わたし……小さいから、木箱に隠れて……っ」


 コーレットが震えだしていた。オレは彼女の頭を撫でてやる。魔獣の革越しだが、励ましてやっていることぐらいは伝わるだろう。この小さな頭は、相当に賢いようだからな。


「……ストラウスさん……っ。私、くやしいよ……っ」


「任せておけ。『アルカード病院騎士団』とやらも、必ず処分する。まずは、シンシア・アレンビーを確保しよう。おそらく、シンシアは、あの爆発に乗じて、ここから逃亡しようとするはずだ。敵のいない方角……南だな。向かうぞ、ついてこい」


「……はい!」

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