第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その36


「……珍しくってのは、余計だぜ、リエル?」


「フフフ。でも、褒めてやりたい。いい落としどころに持って行けた。苦学生とやらを殺さなくてもすみそうだし……シンシアという娘も、哀れな定めでもある……」


「……そうだな」


「……『ハーフ・エルフ』。いつか、私が産む存在だ。その子たちのせいで、悲劇が起きたというのなら、私は『ハーフ・エルフ』の母として、何か、してやるべきな気もする」


「君が負うべき罪じゃないぜ?」


「うむ。理解している。だが、社会や世界とか、風習とか文化とか、そういうものは、個人の行いを、種族全体の罪に置き換えがちだ。私が、善行を積むことで、シンシアと『ゾーイ』が抱く憎しみや悲しみを、軽減させられれば―――」


「―――それでも、社会は評価を変えんぞ、エルフの娘。悪行と違い、個人の善行は種族の評価を変えることは絶対にない」


 まったく、このオッサンは、どこまでもケンカ好きというか……だが、うちの正妻エルフさんを舐めてもらっては困るな。


 彼女は『世界』を見て回っている。ヒトの悪意も、差別も、知っている。それでも、なお強くて、やさしくいられる、とってもいい美少女エルフさんだぜ。


 シャムロックの言葉に、オレのリエル・ハーヴェルは今度は怒ることもない。


「知っているぞ。そんなことはな」


「ならば、そんなことを考えるのは―――」


「―――ムダではない。世界を変えたければ、必死にあがくしかない。私の子供は、幸せになるのだ。『ハーフ・エルフ』でも、生きていていい場所を『創る』。無いなら、力尽くで世界を変えて、私の子供たちの居場所を『創る』。それが、魔王の正妻の責務だ」


「……魔王か。人間族以外の……守護者……人間族の栄光の、破壊者だな……」


「違うぞ。ソルジェは、人間族も守る」


「なに?」


「『誰もがいていい場所』。そうであるならば、誰もが力を貸してくれるのではないか?……世界を変えるには、一人でも仲間が多い方が良い。力を集めるには、その正義こそが、最強だと私は信じる」


「……道理ではあるが、理想に過ぎん……」


「そうだ。だから、まずは理想のために、現実を変える。少しずつでも、一歩ずつでも。千年かかるかもしれないが、いつか……ヒトは理想を体現出来るかもしれない。ならば、私は、そいつらの先祖として、あの世でドヤ顔を浮かべてやれるのだ」


「……フフフ」


 オッサンが笑う。ああ、ミアが気持ち悪そうな顔になった。このオッサンが笑うと、不吉なコトが起きちまいそうな気がするよ……。


「バカにするのなら、構わんぞ。お前の賛同などいらないからな」


「いいや。バカにはしない……なるほどな、『未来』を信じる。千年の戦いを覚悟する?愚か者にしか出来ない、荒々しい道だなと、思っただけだ」


「……バカにされてる気しかしない言葉だぞ?」


「褒めてはいる」


「ふむ。お前は、褒めるのが下手な男だな」


「……よく言われる言葉だ」


 ミアが、ぶふう!って吹いていた。まあ、容易に想像が出来ちまう。このオッサンに褒められている学生とか?……褒められたのか怒られたのかも判別つかないまま、自宅に戻り、翌朝目が覚めても、どっちなのか区別がつかないままでいるだろうよ―――。


「……蛮族どもめ、ダンジョンで、騒ぐな」


「安心しろ。このダンジョンで最も、厄介なモンスターとの付き合い方も、ようやく分かった来てるんだからよ?」


「……ほう、ヒトをモンスター呼ばわりか?」


「まあ。モンスターよりも厄介な人物だよ。オレたちにとってはな」


「……失礼な蛮族どもだ」


 そう言いながら、オッサンは不機嫌そうに眉間にシワを寄せちまう。まあ、そのしかめっ面が通常モードだろう。


 どうにか、クライアントとも『話し合い』が出来るようになってきた。ああ、ホント、とんでもなく疲れちまったよ……。


 モンスター百匹と戦うよりも、このオッサンの相手の方が疲れちまうぜ。こんな日の夜は、やっぱりアレだな……。


 ノドと心を潤す、聖なる液体こそが―――。


「―――ソルジェ。酒が呑みたそうな顔になっているぞ?」


「ん。分かるか?」


「分かる。正妻だし」


「さすがだな」


「疲れているんだな、精神的に」


「まあね。だから、ウルトラ酒が呑みたい。『メルカ』に戻ったら、蜂蜜酒でも何でもいいから、たくさん酒を呑みたいぜ―――あと、リエルに『ハーフ・エルフ』仕込みたい」


「な、な、なあッ!?だ、ダンジョン内で、発情するでないッ!!」


 リエルの指が、オレのほほをつかんでくる。顔を赤らめたエルフさんが、フーフー言いながら、本能的な衝動を言葉にしちまった、オレの蛮族的な口を躾けに入る。ほほが痛いが、激しく照れている正妻エルフさんが可愛いから許容できるんだ。


「に、ニヤニヤ、するなあ!?」


「……まったく。蛮族どもの発想は分からん。ケットシーの娘。ヤツらの言葉を聞かぬようにしろ。教育に悪いからな」


「うん!」


 教育に悪いって言われた!ミアは猫耳、を手で塞ぐ。オレ、ちょっとショックを受けながらも、リエルの仕置きに耐えたよ。


「うぬう……っ。帝国人に、バカにされているぞ!?い、いくら私が超絶美少女エルフだからといって、場、場をわきまえろ!!お、お前が、こ、こんな場所で、こ、子作りを要求するからだぞ……っ!?」


 なんか、このダンジョン内で子作りしたがっているみたいに聞こえて、大変な語弊を受けそうだな……と、頭に浮かんだが、経験則が、その発言をつつしむべきだと予想させたから黙っていた。


「よ、よし!!ソルジェ、動け!!お前が、先頭、私が最後尾で、お前がシャムロックに刺されたりしないように見張ってやる!!」


「分かったよ。じゃあ、行こうぜ?ミア、お耳の封印解除だ。教育に悪い大人なハナシは終わったぜ」


「……?」


 お耳を封印モードなミアが、首を傾げる。それはそうだな。お兄ちゃんは、ミアのお手々を指でつかんで、封印モードを解除してやるよ。


「さて。行こうぜ?」


「うん!!」


 オレたちは、それから後は沈黙してダンジョンからの帰還を急いだよ。モンスターの数はさらに減ったが、それでもゼロにはならない。


「なあ、シャムロックよ……」


「なんだ、蛮族」


「8週間、このダンジョンでモンスターを狩りまくっていたんだろうが……一体、どれだけの数を仕留めたんだ?」


「……1000や、2000ではないだろうな」


「ほう……いくらなんでも、数が多すぎるぜ。このダンジョン、『他』ともつながっているのか?」


「可能性は高い」


「だろうな。だが、それだけの数と『戦えた』ということは、あふれかえるほどの量が同時に襲いかかって来たことはなかったんだな」


 たとえば、300匹のモンスターが同時に攻め込んでくるとかな―――そんなことが起これば、『黒羊の旅団』のベテランたちでも、どうにもこうにも防げないだろうさ……。


「ああ……最大でも十数匹ずつの『部隊』で、ヤツらは運用されていた」


「そうかい。それに、あのモンスターの遭遇の『パターン』……役割分担を感じさせるな……」


「傭兵として、いや、蛮族のしての勘では、どうなのだ?」


「どうとは?」


「……『支配者』の存在を、感じないのか?あるいは、『戦略』というものを……」


「そうだな。おそらく、ビクトー・ローランジュも語っただろうが……このダンジョンにいるモンスターには、明確な戦略が見える」


「……国境警備隊のようだと、ローランジュは語っていたぞ」


「言い得て妙だな。その意味は……守るべき広範囲な場所を、必要最小限の戦力で守っているということだ」


「『他のダンジョン』も、『ベルカ・クイン』のモンスターは守備範囲に含んでいるからか?」


「そうだろうな……そこを、『ベルカ・モンスター』が守るべき領土、あるいは繁殖地点として選んでいるのさ……この土地の地下は、モンスターの巣を繋ぐ、穴だらけかもしれない」


「そこまで至るような、大規模な採掘をしたというのか……」


「どういう理由が予想できるんだ?そいつは、アンタの領域だろう、錬金術師の先生サマよ?」


「……希少な金属を集めていた……あるいは、『魔女の星』を回収するために、1000年以上前の賢者たちが、地下を掘り返したのか。どちらかだろう」


「アンタは、後者を推しているわけか?」


「……そうだ。『ベルカ・クイン』が求めているのは……『魔女の星』。アルテマに『叡智』と『絶大なる魔力』を与えたという、星の海より来た存在―――おそらくは、それは物質に擬態した、『ゼルアガ/侵略神』ではないのかと、私は考えている」


「たしかに、どう考えても、普通の隕石には、そんな力は無いもんな」


「……『クイン』が反乱し、『星の魔女アルテマ』を殺した。そして……そのとき、『星』は『逃げた』のではないか……?」


「……再び、地下にか?」


「『クイン』たちは、アルテマを殺した後、その『星』を求めたのか、それとも排除しようとしたか……どちらかは分からんが、『敵』をいつまでも放置するような性格の者が、こんな邪悪なダンジョンを造ることはないはずだ」


「しつこくて、性格が悪そうだよな、『クイン』たちってのは?……たしかに、その彼女たちが、『脅威/星』を野放しにすることは、無さそうだな……」


「この通路は、地下に逃げた『星』を探して、接続していったのではないだろうか?かつての坑道も、鉱脈に惹かれて、近づきすぎれば自然とつながることもあるがな―――学術的な調査を、本格的に行われていれば、もっと多くが分かったのだが」


 シャムロックは、このダンジョンに費やした8週間のあいだ、考察を続けていたのだろう。様々な野心を抱えて、それらの複数を叶えようとしていた時間を、有意義には使えていたようだ。


 だが、一つ納得いかないこともある。


「……なあ、シャムロック」


「なんだ?」


「……どうして、シンシア・アレンビーをここに呼んだ?『魔女』の土地に、シンシアを……いや、『新たな魔女/ゾーイ』を呼ぶ?……リスクと思わなかったのか?」

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