第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その14


 闇を味方につけて、オレたちはゆっくりと進む。返り血まみれの傭兵どもが、ヒカリゴケの放つ薄緑色の光を浴びて、興奮した顔に歪んだ笑みを浮かべているのが見えた。


 ……殺された連中を見る。


 その連中も、やはり背後から斬りつけられたようだ。ゴブリンどもとの乱戦の終わりに、4人組の裏切り者どもは、彼らに襲いかかり、その戸惑いにつけ込むようにして、殺戮を完了させたようだな。


 だが、やられっぱなしではなかったらしい。裏切り者の1人は手傷を負わされている。左腕を痛そうに振っていたよ。負傷者は、他の連中に笑われていた。


「ハハハ!バカなヤツだぜ、油断しやがって!」


「うるせえ!笑うんじゃねえよ、お前ら!!」


「あのタイミングで奇襲を仕掛けて、反撃されるなよなあ?」


「……コイツ、左手でナイフ抜きやがったんだよ。いい腕だ!お前らよりも、いい腕かもしれねえぞ!この、クソ野郎はよ!!」


 その傭兵は顔を歪めたまま、倒れ込んだ傭兵に蹴りを入れた。死者に礼儀を払わない男だな。


 戦闘と勝利の興奮で、注意力が散漫になっている。


 ゴブリンを殺したからか?……連中もここのモンスターの『法則性』に気づいているのかもしれない。何かって?……モンスターどもは小集団で動いているが、その集団ごとの距離は、それなりに離れている。


 『共食い』でも防ぐために、モンスター自身の本能が導き出した間合いなのかもしれないし、『ベルカ・クイン』がヤツらの『血筋』にかけた呪術による行動パターンなのかもしれん。


 その区別はつけようもないが、とにかく、ここのモンスターどもは、ほぼ一定の距離を開けて行動しているらしい―――もっと深く考察してみたい事実ではあるな。間違いなく、この考えは当たっている。


 なにせ、ヤツらの喜びようが、オレの直感の正しさを証明しているのさ。連中はゴブリンの群れを仕留めたことで気がゆるんでいた。なぜか?……『次の群れ』が来るまで、時間があると信じ切っているから、警戒心を解いている。


 ここのモンスターどもとの戦いに、慣れすぎているのだろう。敵との『遭遇パターン』が体にしみついてしまい、傭兵として培って来た鋼のような警戒心を崩している。


 ―――良くも悪くもヒトは『慣れる』……コイツらは、このダンジョンの環境に、あまりにも適応してしまっているんだよ。


 ベテランの傭兵が、たった一つの勝利で警戒心をゆるめる理由は、それぐらいしかないはずさ。こっちには、好都合だけどな。


「これで、仕留めたのは、5人か。我々も、かなり少なくなったものだな」


「400人で来たはずだが……ここにいるのは、あと30人」


「シャムロックとその仲間と合わせても、35人……いいさ、そのほとんどはオレたち側だからな!」


「そうだな。あとは、逃さないように、ここを見張っていればいいだけだ。外に逃げるには、この階段を登ってこなくちゃならな―――」


 オレが指を動かした直後に、おしゃべりな傭兵野郎の口が止まる。薄い鉄の兜を貫いて、リエルの矢がヤツの頭に突き刺さっていたからだ。


「……え?」


「て、敵襲ッ!!」


「だ、誰だッ!?」


 『黒羊の旅団』での経験は、ヤツらをたしかに一人前以上の戦士に仕立てあげていた。それゆえに増長したのか?傭兵らしく、掟よりも己の利益を選んだのか?……テメーらのところの団長サマに変わって、お仕置きしてやるよ。


 団を裏切った傭兵には、団長サマってのは、激しい怒りを持つものさ!!


 怒りの行進はダンジョンの床を蹴りつけ、オレを獣のような速度に乗せる。敵の群れに突撃しながら、竜太刀を振り上げた―――。


「うおらあああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 闘志と殺意にあふれて弾けてしまいそうな歌を放ち、全力で竜太刀を振り下ろす!!


「ぬ、ぬおおおおおッ!?」


 ベテランの傭兵が反応し、大剣を横にして、竜太刀の斬撃を受け止めようと試みる。いい判断だ。加速したオレと、巨大な竜太刀が持つリーチからは逃れようがない。避けても躱しきれず、致命傷を負って終わりだ。


 貴様にとっては理不尽な勝負だろうが、威力で勝つしか生き残れないさ。


 ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッ!!!


 ぶつかり合った鋼が歌い、竜太刀と大剣が火花を薄暗いダンジョンに光らせる。いい鋼だ。いい腕の戦士だ。だが……ガルーナの竜騎士、剣鬼ストラウスの敵ではないッ!!


 血が熱を帯びて、唇が歪む。良い戦士と戦えることに目は歓喜の光を放ち、腕の筋肉がふくらんでいくのさ。肉食獣ってのは、狩りを楽しむもんだッ!!


「おらああッ!!」


 踏み込み、体重を浴びせることで、その傭兵を圧倒する。つばぜり合いをしながらの押し込まれた傭兵は、バランスを大きく崩してしまう。力勝負で負けちまった時、剣士はあまりにも無防備になるものさ。


 容赦はしない。


 畳みかける。竜太刀を残酷に踊らせて、強打の嵐を叩き込む!!ヤツは技巧を見せる、必死になって体を動かせる。腕も脚も。戦場で培って来た生き残りの武術が、ヤツの生命を長引かせようとしていた。


 だが、あまりにも実力差がある。ダンジョンの闇のなかで、竜太刀と大剣が何度もぶつかり、その度に火花が散り、ヤツの姿勢は壊れていく。


「う、うあ、あ……ッッッ!?」


 獲物の瞳と声が、怯えて震えている。戦士としての経験値が、数秒後に訪れる敗北をヤツに悟らせていた。死を嗅ぎ取った戦士は、その運命を拒む。


「し、死んでたまるかああああッ!!」


 無敵を夢見る若き剣士のように、ヤツは無謀な攻撃を挑んできた。力負けを覚悟の上で、間合いを詰めて剣ごとぶつかって来る。


 いい判断だ。敗北を覆すには、どうにかオレに勝つしかないのだからな。威力に痺れて、震える指で、大剣の柄を握りしめる。両手の指を絡め、剣と一つになっていた。正しい戦術だが、ストラウスの剣鬼を舐めてもらっては困るな。


 ヤツの捨て身から放たれる力強い突きは、オレの影しか穿てない。


 その突きに合わせるようにして、オレもまた一歩だけ後退していた。斜め後ろに、跳び退いたんだよ。視界の端に、ヤツの剣が見える―――それを見ていたわけではないし、見る必要すらない。


 空振りしたヤツの腕に、竜太刀を振り下ろしていた。回避と攻撃を同時に行う。敵の動きを読めれば、そんなことは容易い。


 大剣を握った腕が一瞬で断ち斬られ、ヤツは死の恐怖よりも腕を失ったことを嫌っていたようだ。オレよりも、分かたれて地面へと落ちていく両腕のことを見つめていた。


 強さを喪失したことに絶望するか。その価値観は、痛いほどによく分かる。だから、オレは戦士でなくなったことを嘆く傭兵の腹を目掛けて、竜太刀の斬撃を叩き込みながら、駆け抜けた。


 背骨近くまで斬り裂かれて、傭兵の体からは爆発するように血潮が吹き上がる。腹部を走る大血管までを断ったのだ。致死量をはるかに超える出血だ、ヤツは死ぬよりも先に悲惨な現実を見失う。


 意識は消え去り、そのまま崩れるように地面へと倒れた直後には死んでいたよ。


「でやあああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 仲間が斬り殺されるのを、その傭兵は待っていた。オレに大技を使わせ、隙を見出すために。ヒドいヤツか?そうだろうか。生き残るためには、その卑劣さも正当性を帯びる。


 オレたちと戦うのだ。そうでもしなければ、実力差を埋めることなど叶うまい。いくらかは埋まったのだろうが……それでも、なお、オレたちの方が、はるかに強者だった。


 戦いでは、大きく力の強い者が有利である。


 それは一つの真実だが、小柄な者にも利点がある。スピード、敏捷性……軽さにまつわる利点もあるが、小さなことがもたらす優位性だって、オレのミアは知っているのさ。


 わざわざ大声上げて、正面から突撃していた。


 愚かな行いにも見えるか?


 まあ、それだけを見ればな。だが、戦術というものは1人で行うものじゃない。突撃してくる大男の体に隠れた、小さな妖精の姿までは狡猾さを使っても見抜けるものじゃないよ。オレが目立つこと。それこそが、ストラウス兄妹の『正面からの奇襲』への布石だ。


 オレの影に隠れていたミアが、オレへと突撃してくる斧使いに向かう。大地を転がり、斧を振り上げたそいつの脚に蹴りを入れた。


「ぐえ!?」


 脚を払われた斧使いが、無様に前のめりに転倒して来たので、そいつの頭に竜太刀の重さを教えてやったよ。一瞬で終わる戦いもある。戦場ってのは無情で無法だ。


「いい連携だぜ、ミア」


「うん!兄妹の絆だね!」


 闇の中で猟兵の兄妹はニヤリと、ストラウスの笑みを見せ合うのさ。


「ひ、ひいいいっ!?」


 最後の1人は、動けなかった。『ラウンド・シールド/円形の盾』を構えているが、そんなものではリエル・ハーヴェルの矢は防げない。小盾は取り回しがいいが、カバー出来る範囲が狭いのが問題だ。


 真に優れた射手ならば、盾で防げぬ脚をも射抜く。ヤツは左膝をリエルの矢に射抜かれて、まともに身動きの取れぬ状態になっていたよ。立っているだけでも上出来だ。


「こ、降参する!!こ、殺さないでくれ!?」


「……情報を吐け。お前たちの反乱の首謀者は誰だ?」


「ビクトーだ!ビクトー・ローランジュ……っ!!」


「そうか。この先にいるんだな?」


「あ、ああ、いる!」


「ヤツが約束した報酬は?」


「ま、前金だけで……5000……っ。成功すれば、その3倍もらえるんだ」


「なるほどな。金で仲間を売ったか。それで、マキア・シャムロックの行方を知らないか?」


「や、ヤツも、この先にいる……っ」


「シャムロックの狙いは?」


「し、しらねえ……あ、あの旦那は、肝心なことは、いつも、だんまりさ……っ」


「そうか。協力に感謝するよ。苦しめずに死なせてやる。あの世で、お前が手にかけた仲間にでも謝罪しろ」


「ま、待って―――」


 竜太刀で横薙ぎの一閃を放ち、傭兵野郎の頭を刎ねていた。一瞬で死ねたはずだ。床を転がるスキンヘッドの頭を見ていたが、その頭が第六階層へとつづく階段へと転がっていった。


 その穴からは、ゴトゴトゴトと低い音がしばらく聞こえていたな。竜太刀を振り、血と脂を除去したオレは、第六階層へと続く、暗い穴へと向かって歩く。リエルとミアも、オレのあとに続いたよ。


 そうさ、話すことはない。欲しかった情報は手に入れたからな。


 ……シャムロックの居場所を確認した。ヤツを、必ず確保するぞ。遠くではないさ。モンスターの雄叫びが、この地獄に向かうみたいに、深くて昏い穴の奥から聞こえて来ていた。


 どうやら戦っているよ。連中は、なんだか大きな声を放ちながら、地面をも揺らすデカブツと戦っているらしい―――だから、わざわざ、こんな奥まで来たのかね?そのデカブツを倒すには人手がいりそうだからか……?


 まあ、どうでもいい。シャムロックだけを確保する。それ以外は、殺すか放置だ。ワクワクするモンスター狩りよりも、情報源の確保が最優先だ。

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