第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その13


 第五層に入り、モンスターと遭遇する頻度は格段に上がった。大型のモンスターとも数多く遭遇したが、『徘徊する肉食の小鬼/ゴブリン』どもの数は本当に増えた。


 第五層だけで遭遇したのは14匹。


 ただの雑魚でしかないが、遭遇する度に時間を削られるのは厄介だった。竜太刀を振り回し、片っ端から斬り捨てていく。『竜爪の篭手』から伸ばした爪も使い、二刀流の剣舞で、群れなす小鬼どもを殺戮していた。


 モンスターの死骸にたかるスライムあたりは、無視してダンジョンを踏破することだけを選んだよ。第五層の中間地点で、遅めの昼食の痕跡を見つけた。連中はここを拠点代わりに選んでいたのだろう。


 その空間は守りやすい部屋だった。


 細い通路の中にある閉鎖的な場所だ。オーガやアウルベアーあたりの大型のモンスターは入れないだろうし、この部屋につながる通路は上から見ればL字に曲がっている。敵が雪崩込まないような造りになっているわけだ。


 休憩をするには都合がいい造りで、『黒羊の旅団』たちもそう考えていたようだな。


 ここには、焚き火の跡があり、鶏のモノと思われる骨が転がっていたよ。焚き火からは、まだ煙がわずかに立ち上っている。


「……ここで鶏肉を食ってから、そんなに時間が経っていないようだ。そろそろ連中に追いつけそうだな」


 あの二人の死体を見つけて以降、オレたちは新たな死体を見つけてはいない。ここにも争った形跡はなかった。ビクトー・ローランジュは、ここでの休息時に、涼しい顔で仲間たちと並び、焼けた鶏のもも肉を貪っていたのだろうな。


 仲間を殺しておいて、仲間と一緒にメシを食う。


 なんとも、怖い人物だ。


 マジメな男に見えていたのだがな、あの青年は……まあ、傭兵という生きざまを受け入れられるところに、どこか異常さを覚えなくもない。


「……さて。何かないか……?」


 魔眼の力で周囲を捜索するが、めぼしいモノは発見出来なかった。あるのは、治療薬の入っていたと思われる空の瓶がいくつかと、包帯の切れ端だけ。


 負傷者がいるのか。


 まあ、当然ではある。あれだけモンスターがうろつくダンジョンを突破しようというのだ、無傷のまま過ごせるとは限らない。しかし、出血の跡がどこまでも続いているわけではない。軽傷者ばかりか。


 連中の8週間は、無意味ではなかったようだな。


 このダンジョンに対応出来る経験を、しっかりと得ていたようだ。


 空の瓶を三本ほど拾い上げて、リエルに渡してみる。


「……リエル、中身は分かるか?」


「ラベルを信じれば、痛み止めだぞ。血止めの薬ではないから、新鮮なケガを負った敵はいないのかもしれない。ソルジェよ、連中は、かなりこの場所の戦闘になれているようだぞ」


 オレと同じ意見か。自信が深まるぜ。オレはうなずきながら返事した。


「8週間も探索していたらな」


「8週間か……ふむ。たしかに、ここは何とも広大なダンジョンだ。全てを調べ上げるには、時間がいくらあっても足りないかもしれない……」


「それでも、ククルたちのために、どうにか情報を確保したい」


「……そうだな」


「他の瓶にも、ラベルが貼ってある……『取り扱い注意』の劇薬なのかね……?」


 そう言いながら、オレも空になった瓶のラベルを見た。大陸共通語で書かれている。読み上げれば、リエルに判断してもらえるかもしれない。『薬草医』の知識を頼ろう。


「『ラシード薬』、『アムリア原液』、『ジート溶媒液』……こいつらは、どういう薬だ?」


「ラシード薬は、麻痺の治療薬のはずだぞ。体内の『雷』の呪毒を中和するのだ。残りの二つは、錬金術の薬だな」


「錬金術?……ここで、何か調合でもしたのか?」


「そうかもしれない。それらを合わせると、『爆薬』の一種になるはずだぞ。衝撃で爆発するタイプのな」


「……ほう。興味深いな。数滴でも、効果はあるのか?」


「多分な……って、まさか、試すつもりか、ソルジェ?」


「ああ。離れてろ。まだ中身が少しだけ残っているから、そいつらを混ぜて壁にぶつけてみる。純度が分かるだろう」


 オレは初めての錬金術に取りかかる。ジートの薬瓶のなかにアムリアを混ぜてみた。わずかな液体だが、それでも、グツグツという小さな音を立てながら泡立っているな―――そして、薬瓶のガラスの内側から、指に熱が伝わってくる。


「……行くぞ」


「う、うむ」


「ワクワクだねっ!」


 リエルとミアがオレから離れるのを確かめて、『それ』を壁にぶつけてみた。薬瓶が割れる音に混じり、バシュン!という小さな爆発音がした。割れた薬瓶の残骸から煙が上がっている。


「なるほど。たったアレだけでも、それなりの威力になるか。ならば、二本分の薬を混ぜたら、十分な武器にもなりそうだな。こんなものを、メシを食いながら合成か?……手慣れているようだ」


「じゃあ、獲物の中に、錬金術師がいるっぽい?」


「そうだろうな。一般的な傭兵には、こんな知識はないはずだぜ。よく知っていてくれたな、リエル」


 ドヤ顔チャンスだぞ?……そんなことを考えながら彼女を見たが、リエルは小さく首を横に振っていた。


「……じつは、ルクレツィアから、猟兵として、覚えておくと便利そうな組み合わせを幾つか習ったばかりなのだ。さっきのは、その一つ」


 ふむ。オレの知らないところで、リエルは自分を磨いていたようだ。


「さすがは天才の上に努力家のリエル・ハーヴェルだよ」


「ま、まあな!」


「ねえねえ。錬金術師がいるってことは、シャムロックがいるのかな?」


「そこまでは断言出来ないが、いると想定して行動すべきだな。ヤツだけは殺してはならない。それに、その錬金術師が、手製の『爆弾』を持っているのは確かだ」


「うむ。注意がいるな!錬金術師が戦闘の素人だとしても、戦闘能力が無いとは、言えないわけだ」


「そうだ。爆弾を投げつけてくると思うべきだ。油断は出来ん。リエルのおかげで、ちょっとだけ敵が知れたよ。ありがとうな」


「うん!リエルお手柄!」


「ほ、褒めすぎだぞ!そもそも、これは、ほとんどルクレツィアのおかげだしな……さ、さて!行こう!!」


「うん。それで、追いついたら、『他の連中』は、どうするの?」


「……シャムロック以外は、片っ端から斬り捨てる。『黒羊の旅団』が、仲間割れしていようがしていまいが、関係ない。傭兵は見つけ次第殺すぞ」


「うむ!任せろ!『通常業務』だな!」


「そういうことさ」


 猟兵夫婦はニヤリと笑う。敵兵を殺す。そうだ、空気を吸うのと同じ。いつものオレたちの生き方だよ。


「了解。それで、シャムロックってヒトは、どんな見た目?」


「黒髪の背の高い男だ。種族は、人間族。年齢は四十代後半。おそらく、傭兵のような姿はしていないだろう。護衛対象だからな。紛らわしい姿をしているとは思えない」


 ヒトが相手ならば、傭兵に偽装するという行為も戦術的にありえるだろうが、相手がモンスターとなると、その可能性は皆無さ。


「傭兵たちがその存在を把握しやすいように、いかにも錬金術師らしい服装をしているだろう」


「……分かった!金持ちっぽいカッコウをしているんだね?」


「そんなイメージでいいはずだ。錬金術師どものローブは、実用性がありそうだしな。生地も分厚い。鋼の板を仕込んでいるかもしれない。殺す時は、ローブの防御力を想定しろ」


「シャムロック以外は、錬金術師も仕留めていいんだな?」


 リエルの言葉に、オレは首を縦に振る。


「もちろんだ。爆弾なんぞを持っている存在を、自由にしておくべきではないからな。ここは地下だぞ?……爆発で天井が崩されると厄介だ」


 オレの『家族』を危険に巻き込む可能性があるヤツを、野放しにはしておけないよ。それを言葉にはしなかったのだが、リエルはうなずいてくれた。まるで、オレの心の声が聞こえたかのようにな。


「うん。了解だぞ、ソルジェ……では!行こう!敵に追いつき、排除するぞ!」


「ああ。オレにつづけ!」


 オレたちは『作戦会議』を手短に終わらせると、この休憩のための場所をあとにした。


 第五層の『後半』は、生きたモンスターと出会わない。新鮮なモンスターの死体ばかりと出くわしたよ。やはり、ゴブリンが多いが、オーガの死体も幾つかある。アウルベアーは一体だけ転がっていた。


 ダンジョンには、新しい血のにおいが満ちている。モンスターどもの流した血が放つ、生臭さが、カビ臭いダンジョンの空気に融けていやがるな。


 不快な空気のなかを走り抜けていく。もしも、『アルテマのカタコンベ』が狭い通路で構成されていたなら、吐き気を催していたかもしれん。その点だけは、このダンジョンのムダな広大さに感謝すべきところだよ。


 頭のなかにあるククルの地図が示す最短コースの通りに、オレは走る。戦場の風みたいに死のにおいを帯びた空気は、重たく、体に絡みついて来るようだ。


「……ソルジェ」


 すぐ後をピッタリと追走するリエルが、オレを呼んでいた。


「どうした?」


「ハッキリ分かった。ここのモンスターの血は……薬くさい」


「……ふむ?オレには分からんが、エルフの感覚か?」


「ああ。わずかにだが、銅の粉を混ぜた、ギーリアムの根……みたいな臭いが混じっている」


「エルフの秘薬をつくるお前の鼻だ。信じるべきだな」


「うん。信じてくれていい」


「それには、どういう効果がある?」


「呪いを刻める。私の故郷では、大鹿を狩る呪毒に用いるぞ」


「毒矢なのか?」


「呪毒の矢だ。それも肉体に影響は起こさないが、心を乱す。判断力を低下させるんだ」


「それが刺さると、どうなるの?」


「怒りに囚われる。脳を走る『炎』の魔力を増加させて、攻撃性を上げるんだ」


「凶暴化するということか」


「ひらたく言うとそうだ。聖樹の森では、大鹿が逃げぬように、勇敢さを帯びさせる」


「じゃあ。ここのモンスターさんたちは、ギーリアムの根をかじっているの?」


「ううむ。かじるだけでは、この薬のにおいにはならないはずだぞ?」


「……じゃあ、コイツら、自分で薬でも調合しているのか?」


「薬草を煮込むオークはいるらしいからな。ここの『ベルカ・クイン』の自然から大きく逸脱した下僕どもなら、それぐらいしてもおかしくはないんじゃないかと思うのだ」


「……たしかにな」


「それと、血に融けた薬の量は、地下に行くほど濃いようだ」


「……どういうことだ?」


「実は、この上の階では、そんなに感じなかったのに……あの部屋から奥に来てからのモンスターの血には、薬の臭いを強く感じる」


「つまり、薬品を摂取してから時間の経過が少ない?」


 モンスターの錬金釜が、ここの近くにあるのか?


「あるいは、ここのモンスターは奥に行くほど、濃い薬を好むのかもしれない」


「……どっちにしても、奥に進むほど狂暴になるってことだね!」


「うむ。そうだな、ミア。ここの奥には、『ベルカ・クイン』が守りたい宝でもあるのかもしれない……」


「ククルちゃんたちを、助けられる宝かな?」


「……うむ!きっと、そんな宝もあるはずだ!……必ず、助ける方法がある!」


 希望を帯びた言葉は、まるで魔法のように心に染みることがある。リエルの断言は、オレの心に勇気を与えてくれる―――。


 そうだ。


 これはククリとククルを救うための作戦だ。彼女たちにかけられた『呪い』を解きたいから、オレはここにいるんだよ。それを邪魔するヤツらは……?全員、ぶっ殺しちまうだけだ。


 猟兵の脚が、速度をゆるめていく。静けさをまといながら、暗がりを選ぶように通路の端っこを選ぶ。


 冷たい壁に背中をつけたよ。猟兵の感覚が敵を察知したからだ。闇の果てに、四つの影が見えた。他の連中の気配は感じない。ヤツら4人だけが、集団から離れているのだ。


 しかも、興味深いことに、その4人の周りには、ゴブリンどもの死体に混じり、ヒトの死体も混じっている。3人ほど倒れていたよ。なるほどな、モンスターとの戦闘中に、仲間を裏切って襲ったのか?


 気に入らない連中だ……この状況で、笑っていやがるトコロも、実に気に食わない。さて、この邪魔者どもの排除を、開始しようじゃないか。

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