第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その11


 オレたちはダンジョンの中を急いだが、『黒羊の旅団』が8週間もかけて攻略出来ない理由に、気づかされたよ。この広大なダンジョンは、今だ魔窟として機能していた。


「『徘徊する肉食の小鬼/ゴブリン』の群れがいる!」


「四匹か!」


 そいつらはモンスターの屍肉を漁りに来ていたようだ。『黒羊の旅団』の連中が、おそらく今日の朝に倒したばかりの肉を、包丁みたいなナイフで切り取り、貪っていた。


 食っていたのは、『アウルベアー』か。羽根をむしり取られているし、三分の一近くも食われているせいだろうな……原形からは遠く離れた物体になっていたよ。


 腹を肉で膨らませたゴブリンどもが、こちらに気づいた。


 黄色くにごる瞳を輝かせながら、屍肉から離れたよ。小鬼どもは食事をやめて、突撃してくるのさ。


『ぎきしゃしゃしゃああああッ!!』


『ぐぎぎぎぎいいいいいいいッ!!』


 醜い声で歌いながら、ヤツらの内の二匹が、それぞれナイフと手斧を投擲してくる。オレは加速し、仲間たちの『盾』になったよ。


「うおらああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 闘志を放ちながら、竜太刀と『竜爪』の二刀流を振り回して、ナイフと手斧を叩き落とす!!鋼がぶつかり、火花が散るよ。ゴブリンがオレに迫るが、リエルが二本同時に放った矢が、二匹のゴブリンを血祭りに上げた。


 数的不利になったゴブリンは、勇敢さを失ったのか……突撃という無謀な戦術をあきらめて、逃げ始めた?―――どうだろうな、『賢いゴブリンにご注意を!』。ククルがくれた、このダンジョンの地図に書かれたその言葉が頭に浮かぶ。


 誘っている気がしてならないな。


 ヤツらの特攻も、少し嘘くさかった。そして、この踵を返しての逃亡も、罠だらけの場所に誘い込むつもりかもしれないな。


 たしか……落盤も仕掛けるということだったしな。エレン・ブライアンの日誌には、多発する落盤の原因が、このゴブリンどもだと書かれていたことを忘れてはいない。


 ゴブリンの退却は、それほど速くないのだ。追いつこうと思えば、子供の脚でも追いつけるだろう。もっと速く走れるのに、あえて遅く走っているところも、いかにも罠臭いよ。


 しかし。


 鋼で武装した戦士の脚が、遅いとは思わない方がいいぞ?


 基本的には正解だけど、例外ってものはいる。


 ミア・マルー・ストラウスが、暗殺妖精のステップで加速していた。ゴブリンどもは背後に迫るミアの無音の走りに気づくことは無かっただろう。


 華麗な狩りだったよ。


 一匹目のゴブリンは追い抜かれざまに、『風』を帯びたミアのナイフに襲われた。背後からの一閃だったよ。水平に放たれた一撃が……ゴブリンの首を刎ねていた。


 頭部と胴体が切断されたら、およその生物は即死する。ゴブリンもそうだったのだろうが、死せる小鬼の肉体は、まるでニワトリみたいに、首を刎ねられたその後も5、6歩だけだが走りつづけていた。


 バランスを崩して、壁にぶつかり、そのラストランは終焉を迎えたが、なんという執念深さというかね。即死を避けるための仕組みが、ここの『ベルカ・クイン』のモンスターどもの特製かもしれない。


 不気味な光景だ。


 オレとリエルは、ミアをサポートする体勢を取りながら走り始めるが。


 ミアにはサポートなど必要なかった。


『ぎぎい!?』


 殺した小鬼の異常な動きをミアも観察していただろうが、それに心を惑わされることはない。


 ケットシーの脚が産み出す神速を用いて、逃げ去る小鬼の『前』へと踊り出ていたよ。小鬼は、そのスピードに驚愕していたようだ。動きが強ばってしまい、その一瞬をミア・マルー・ストラウスが見逃すはずがなかった。


 軽やかに跳んだその小さな体は、蹴りを放つ。ゴブリンの顔面にブーツの底が突き刺さった。『首折り』の技巧が暗殺妖精の足首を動かした。ゴブリンの首がゴギリと鳴り、そのままへし折れて即死させる。


 首を刎ねられるよりも、ゴブリンには有効だったようだ。ヤツは暴れることなく、そのままダンジョンの血なまぐさく湿った不潔な床に沈んでいったよ。


 おそらく、衝撃を加えられたことで、動くための力が消し飛ばされたというところだろうよ。ミアは『調査』していたのさ、敵の力を測るために、あえて違う殺し方を試した。


 オレやリエルにも、その情報を与えることで、ヤツらをどう仕留めるべきなのかを考えさせてくれる。


「……ソルジェ。ここのゴブリンどもには、『威力』を与えて、動きごと破綻するべきだぞ」


「そうらしいな。鋭さをに頼ると、軽量級の体が反射的に動くが……力を込めて重心を崩せば動けないようだな」


 そうだ。


 ニワトリじゃないんだからな。ヒトの子供ほどの身長と、おそらくそれに相応しい体重を持っているのだ。ニワトリのような軽さがあれば、死体となっても走れるかもしれないが―――ゴブリンの肉体の重さでは、それは難しい。


 だが、軽量ゆえに、威力に耐える力はない。


 鋭さではなく、重量を帯びた攻撃で、『動き』ごと殺す。そのプランが最も適しているようだな。


 オレの攻撃は、ヤツらを一掃するのには向きそうだな。リエルの矢で、頭部を貫き、後に押し倒すような威力を与えるのも有効らしい。


 最もヤツらに不向きな攻撃は―――『風』だろう。


 ……『風』の魔術が生んだ鋭い真空の首狩りの刃。そんなもので、群れごと斬り裂かれたとしても……首が刎ねられたとしても、前進して敵にプレッシャーをかける。


 そういう任務を与えられた、兵器なのかもな。


 『メルカ・コルン』たちは、『炎』と『風』の攻撃術を使えるのだ。『風』で一掃されることを、防ぐ。そういう戦術なのだろうよ。


 まったく。『メルカ』と『ベルカ』という連中は、お互いのことを本当に警戒していたのだろうな。錬金術の『叡智』を用いて、モンスターをいじくり、相手の弱点を突こうとする。


 ……生存のために、イース教徒と『メルカ』が手を組んだのも、ある意味では仕方がなく思えてしまう。『ベルカ』の錬金術は、『人体錬金術』という生命を強化する手法は、あまりに戦争向きだ。


 帝国の錬金術師である、『青の派閥』の連中に、その情報をわずかにでも持ち帰らせるわけにはいかないな。


 全員を殺すか、拘束して『メルカ』に引き渡すか、そうしなければなるまい。『メルカ』のためにも……そして、オレたちのためにもだ。


 ここの『人体錬金術』のあらゆる知識が、蛮族連合こと、『自由同盟』の障害になることは確実であるからな。


 そう考えながら、頭に記憶させてある地図を思い描く。


「リエル、ミア。こっちだ、オレにつづいてくれ」


「了解だ、ソルジェ団長」


「おっけー、お兄ちゃん!」


 絆の成せる力だろうな。指示を出すこともなく、二人は先頭を行くオレの後方につきながら、それぞれが左右の警戒に当たる。


 リエルは左を、ミアは右を担当するのさ。


 真上から見れば、このチームは正三角形を成すような位置取りをしている。竜騎士として、最前衛を任されることには誇りを抱けるね。家族を守る盾。そのポジションは、誰にも譲りたくないのが、男の子ってもんだろ?


 まあ、鎧を装備していることと、この体格だ。


 敵の攻撃を受け止める、盾という役割をこなすに相応しい装備と能力ってことでもあるがな。


 警戒しつつも、我々は最短ルートでこのダンジョンを踏破していく。ククルがエレン・ブライアンの日誌と、ヤツへの強烈な拷問により得た情報で書いてくれた地図は、正確さを持っていた。


 ブライアンの錬金術師的な几帳面さと、ククルの地図を描くために必要な想像力の強さのおかげだよ。


 この複雑かつ、広大なダンジョンを迷うことなく、第二層、第三層、第四層と、素早く降りることが出来たのはね。


 そのあいだも、モンスターに襲われたよ。


 ゴブリンが多かったがな。


 ……それに。


 傭兵の死体を見つけたぞ。


 ゴブリンに食われかけていたのさ、あわれなことにね。第四層の『中間地点』といった辺りでのことだ。


 その人物は……置いてきぼりを喰らったのだろうか?


 いくらなんでも冷たいハナシだな。


 違和感を覚える。


 傭兵たちにだって義理や人情はあるものさ。肉食のモンスターどもがうろつくダンジョンに、死体を放置するなんて非道なことを、仲間たちが許すとは思えない―――おそらく、冷酷なマキア・シャムロックでも、その行為を認めることはないだろう。


 集団を率いる者として、してはならぬ行為がある。


 仲間の死体をモンスターにエサにするなんてことは、その筆頭のはずだ。


 何かがおかしい。


「……どうしたの、お兄ちゃん?」


「死体など見つめて?」


「……いや。何か、気になってな。スマンが、コイツを調べたくなった。周囲の警戒を頼めるか?」


「うむ。了解だ。情報を回収してくれ」


「らじゃー!背後は任せてね!」


「……ああ。頼むぞ、二人とも。さて……と?」


 どう調べるか?


 まずは、死因だな。オレはその仰向けになっていた死体を、ひっくり返していたよ。体の全面には、深い傷がなかったからだ。死因は背後にあると思ったんだ。


 そして。


 すぐに死因を見つけてしまった。


 彼はプレート製の鎧を身につけていた。背後に対しても、そのプレートの守備範囲だ。乱戦に対応するために、背後からの打撃にも対策が施された鎧である……そいつが、斬り裂かれていた。


 大きな爪もつモンスターに?


 まあ、『アウルベアー』あたりになら、鋼を引き裂く威力を込めた攻撃を行えるだろうが……。


「……この斬撃には見覚えがある。入り口でゴブリンを斬り裂いていたヤツだ。鋼ごと、肉と骨を深く断ち斬っている……一撃で、仕留めたのは、慈悲の現れか……」


「……つまり、そのヒトってさ?」


「……仲間に背後から斬られたということだな?」


「ああ。間違いない。『黒羊の旅団』の連中にか、あるいは……『青の派閥』の錬金術師にな。どちらにせよ……連中は一枚岩じゃない」

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