第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その8


 三世紀の孤独を経て、『ベルカ』の色褪せた町並みには人の姿が戻っていた。錬金術師どもが徘徊しているのさ。連中は興味深げに、あらゆる部分に探求の眼差しを向けているようだな。


 無遠慮な探究心を発揮して、壊れた家屋の記録を取り、城をスケッチし、地下から回収したと思われる薬瓶たちを錬金釜の前に並べていた。


 望遠鏡を目に当てて、敵情視察中のククルによると、『青の派閥』の錬金術師どもは、『人体錬金術』の薬を探しているらしい。


「……無数のネズミが用意されています。希釈した薬品を、あのネズミたちに注射したり飲ませたりすることで、効果を計ろうとしているのでしょう」


「ネズミさん、死なない?」


「死ねば、毒性が証明されます」


「……ネズミさん、かわいそう」


「そうですね。でも、薬品を開発するには、犠牲がつきものです。ヒトの体に害がないかを確かめてからじゃないと、安心してヒトには使えませんから」


 そうだ。薬の開発というのは、どうしたって犠牲がついて回る。その犠牲について、さまざまな意見をヒトは持つが、個人的には犠牲となった生物たちへの感謝を忘れずに、その恩恵を受けることが正しい行いだと思う。


 病気で苦しんで死ぬ者が減ることは、人類にとって財産ではあるが―――病人ではなく、敵兵を強くする薬であるのなら、その研究は灰燼に帰すべきことだな。


「……敵の分析は、どれぐらい進んでいるのだ?」


 リエルの質問に、ククルは即答できなかった。しばらく考えた後で、彼女はリエルの問いに返事する。


「……オークの死骸が、荷車に乗せられています。あれを実験台にして、筋肉に魔力が走るかどうかを分析したいのでしょう―――毒性のない、あるいはかなり少ない薬液もかなり選択されているようです」


「ふむ。つまり、『人体錬金術』の薬は、幾つか確保されているのだな?」


「みたいですね。おそらく、それ以外の毒性の低い薬も混じっているとは思いますが。あれほど錬金術師がいるのなら、選別ぐらいは済ませているかもしれない」


「……ねえ。オークの死体なんて、どーするの……?」


 ミアがオレも知りたかったことをククルに訊いていた。怖いモノみたさだろうな。不気味なハナシって、子供がそれなりに好むもんだし。墓場の幽霊とか、洋館の幽霊とか……怪談ってのが本能的に大好きだ。


 大人のオレも怖い話ってのは、嫌いじゃないんだが……自分が死霊と話せることが分かってから、怪談話に対する考え方が歪んできている。幽霊さんに出遭っても、話しかけてしまいそうだ……。


「死んだ筋肉でも、腐敗さえしてなければ、魔力を通すことで動かせるんです」


「ゾンビさん……?」


「そうですね。呪術ではなく、より単純で、呪術よりも濃い魔力を帯びた薬液を死体の筋肉に注ぐことで、魔力の反応を観測出来ます。その魔力の反応から、薬品の効果を推定することも可能なんですよ。予備検査で、ある程度は薬液の属性値や質を測っていますしね」


「―――分かりそうにないことが、分かったカンジだぁ……っ」


 ミアの猫耳さんがぺたりと沈む。ククルの専門的な言葉の列が、耳に入ってくることを拒否しているのさ。ミアには難しすぎたのだ。仕方がない。


 ……正直なところ、『蛮族にも分かる錬金術』を読破していないオレにだって、ククルの言葉を完璧には把握出来ちゃいないほどだからな。


 だけど、モンスターの死体を使うことで、『人体錬金術』の薬を探しているってことぐらいは分かったよ。


「筋力に作用する薬は、見つけやすいものなのか?」


「見つけやすいですね。死体の腕に打った時、指がどれだけ動くかを測ればいいわけですから……『雷』属性を帯びて、強く動けば、筋力増強の薬。『風』属性を帯びて、素早く動けば、軽足の薬。『炎』属性を帯びて、筋肉の硬度が増せば、防御の薬」


「なるほどな。魔力の才があるものなら、それらを分析するのは容易い」


「はい。だから、私たち『アルテマの使徒/ホムンクルス』には、三つの属性の才能が与えられています」


「錬金術師としての才能は、使える『属性』の種類にも比例するというわけか」


「ええ。薬品や実験で観測することも可能ですけれど、それらを感覚的に把握し、使いこなせる方が、基本的には有能なことが多いはずです」


「ククルは賢いな」


「そ、そんなことはないですけど……っ。それに、これは、ただ受け継がれただけの『知識』ですし」


「そんなことはないさ」


「え?」


「『知識』があるからといっても、それを使いこなす努力はいる。魔女から継いだ『知識』や『記憶』?……それだけで、ククルの賢さは出来ちゃいないさ。お前の努力が、その『知識』を使いこなす実力を生んでいる」


「そ、そうでしょうか?……私は、まるで、この『知識』が借り物のように思えてしまうこともあって―――これは、本当に、『私』の賢さなのでしょうか……」


「ああ。断言してやる。それはお前の勝ち得た力だ」


「ソルジェ兄さん……っ」


「オレもアーレスから、色々な『知識』は授かっているんだが、なかなか理解が及ばないからな。大人になってから、ようやく分かったことも多い。でも、ククルは『知識』を使いこなしている。お前は、努力家だし、賢い子なんだよ、ククル」


 そう言いながらククルの賢い頭をナデナデしてみる。エルフの熱い指が、オレの耳たぶに触れるが……すぐに解放してくれた。セクハラではないと、正妻殿は判定してくれたようだ。


 森のエルフの罰を知らずに済んだ耳は、ククルの声を聞けた。思春期女子な『ホムンクルス』にありがちなような、あの不思議な劣等感からは解放されたのだろうか、その声には活力を感じたよ。


「……あ、あの!に、任務をしましょう!!」


「そうだな」


「ソルジェ。どういう作戦でいくつもりだ?……40人の傭兵は『地下』に潜っているようだ。武装している見張りは、4名しかいないぞ」


『しゅうげきするなら、いま!』


「全員仕留めるなら、大チャンスだね、お兄ちゃん!戦力の少ない錬金術師さんたちを、焼き払える!」


「そうだが……シャムロックを確保することを忘れてはならない。ヤツは、『アルテマの呪い』を解くことにつながる、重要な人物だからな」


「ふむ。ならば、まずはシャムロックの確保か……間違えて、ヤツごと敵を殲滅するわけにはいかないものな!」


「……じゃあ、どうするの?もっと近づいて、敵を偵察する?……敵のテントの数はそれなりだし……夜にならないと、難しそうだけど?」


「いいや、夜になるまで待つのは勿体ない。処分すべき敵から、処分してしまおう……ククル。『アルテマのカタコンベ』の入り口は、どこにあるんだ?」


「……あそこです。城の跡地……撤去された瓦礫が山積みになっている場所の右です!」


 望遠の力を魔眼に宿し、オレは2キロ近く先にあるその城を舐めるように見た。瓦礫の山積み……は、すぐに見つかる。それの右……ああ、なるほどな。


「……かなり大きな入り口だ。アレが、『アルテマのカタコンベ』の入り口……ルクレツィアは、魔女の死体の場所を知らないと語っていたが……アレは嘘か?」


「……いいえ。本当です。長老も、アルテマの死体の所在は知りません。あそこが『魔女の地下墓所』と呼ばれているのは、イース教徒たちが勝手に名付けただけのこと。元々は、坑道を利用しての、モンスターの養殖場に過ぎません」


「……モンスターを、増やしていたの!?」


「はい。『人体錬金術』の実験台です。この地方には、ヒトが少なかったですから。モンスターで、『人体錬金術』―――『肉体の強化』を試すしかなかった。それに、おそらく『メルカ』を滅ぼすためのモンスターを、創っていたのだと思います」


「たしかにな。沼地でぶっ殺したヒドラは、魔力を隠す能力を持ち得ていた。魔力の分析に長けた者にこそ、有効な対抗手段……つまりは、『コルン・キラー』」


「……そんなものに奇襲されていたら、私たちは滅ぼされていた可能性があります。誰よりも近い存在である立場のはずですが……本気で憎しみ合っていたんです、我々は」


「その過去は、今はどうでもいい。『メルカ』を守ること、そして、『アルテマの呪い』を解くこと。その二つを達成することのみに集中しろ」


「は、はい!」


「……いいか。作戦はこうだ。オレと、リエル、ミアの三名で、あの『アルテマのカタコンベ』へと侵入する。敵は、腕に覚えのある傭兵三十五名前後だが……能力があるだけに、モンスターの徘徊するダンジョン深くに進んでいるはず」


「ふむ。『黒羊の旅団』の連中は、モンスターと戦い続けているわけだな。それは、さぞや疲れているだろうし、後方への警戒心は薄い」


「奇襲の大チャンスだね!」


「そうだ。逃げ場はない。モンスターと戦う連中を、後方から仕留めて回るぞ」


「うむ!」


「了解!」


『ぼくは?』


「ゼファーは前もっての作戦通りに、オットーたちと合流してくれ」


『うん!!りょうかい、『どーじぇ』!!』


「それで、ククルへの命令だが……」


「はい、何でも言って下さい、ソルジェ兄さん」


「……あの林が見えるな?」


「はい。『ベルカ』の跡地から……500メートルほど南東にある杉林ですね」


「あそこに潜伏し、『青の派閥』の錬金術師どもを見張っていてくれ。もしも、異常が起きれば、ククリに『交信』で連絡を入れろ」


「分かりました……ソルジェ兄さん。一体、どんなことが起きえますか?」


「……戦場では、想定していないことも起きる。そして、ここに何かが起きるとすれば、想定外のことだけだ」


「予測は、難しい……?」


「ああ。何もない可能性もあるがな……とにかく、ククリを介すれば、オットーからの指示も仰げるはずだ。お前は単独だ。それに、『ベルカ』に近寄り過ぎれば、『ベルカ・コルン』の怨念じみた『記憶』を継ぐかもしれない。そうなれば……」


「……自我を失い、『魔女の尖兵』に戻るかもしれません」


「それは避けたい。いいか、ククル。お前の任務は偵察と連絡だ。もしも、異常があればククリ経由でゼファーやオットーたちを呼べ。わかったな?」


「……はい!了解です、ソルジェ兄さん!」

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