第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その32


「……ええ。『アルテマの呪い』は肉体と同時に、魔力の構造そのものを破壊しているのよ。たとえ、モンスターの内臓にされていたとしても、自立した生命体である以上は、その呪いから逃れることは叶わない―――」


「―――専門的な推察は、オレたちには分からない。だから、結論だけでいいぞ、ルクレツィア」


「そうでしょうね。仮説だらけの言葉に、専門家以外が参加する意味はないわね。わかったわ。アメリという『コルン』は、成し遂げたようね。彼女は、『アルテマの呪い』を克服していたわ」


「……そうか!」


「喜ぶのは、早いわよ」


 釘を刺すようにルクレツィアは言った。ククリとククルはともかく、オレを含めて猟兵たちは、とっくに笑顔になっていたのにな。ああ、オットーは別だ。


 オットーは現状を把握しているのだろう。そして、その現状は、決してククリとククルに甘くないのだろう。分かってはいたさ。


「……『賢者の石』になるということは、自分の肉体を、他者のための生け贄にするということと同義語だわ。その状態を、ヒトとして生きているとは、言いたくはないわね」


「……そうか。たしかにな」


 モンスターの内臓になるなら、呪いが効かない?……っていう発想は、解決策としては魅力がなさ過ぎる。


「……でも。アメリという『コルン』に『アルテマの呪い』が発動しなかった、あるいは無効だったのは事実。そこに、私が知恵を絞るべき部分がありそうだわ」


「『賢者の石』という存在に、『加工』しなくても、ククリとククルたちから、『アルテマの呪い』を外せる希望はあるわけだな?」


「ええ。『ヒドラ』の腹から『ベルカ・コルン』が出て来た時点で、解呪への道があることは証明されているわ」


「……『ヒドラ』とアメリを、仕留めるべきではなかったか」


「……いいえ。仕留めなければ確保することも出来ない……それに、アメリの肉体は『賢者の石』に成りすぎていた……おそらく、『アルテマの呪い』が対象となる範囲を大きく逸脱していたでしょうね」


「難しくて、よく分からん」


「兄さん、アメリを回収したとしても、私たちの呪いを解くための参考にはならなかったという意味だ」


「だから、気になさらないで下さい。むしろ、倒したからこそ、アメリの存在を確認出来たわけです」


 妹分たちが慰めるように、そう言ってくれたよ。なるほど。たしかに、あのドロドロに溶けかけていたアメリは、もはや『ベルカ・コルン』とも言えない立場か。


 25年前、自我の限界が訪れたときまでは、アメリは『ベルカ・コルン』の範疇だったのかもしれない。それから後は……もう、『コルン』ではなかったのか……?


「―――ハナシの腰を折るようで悪いが」


 リエルが腕を組みながら発言し、オレたちの視線を集めていた。


「何かしら、リエル殿?」


「……うむ。そもそもだが、『賢者の石』という『状態』とは、一体どんな存在なのだ」


 難しそうなコトを訊くつもりだったらしい。専門的すぎるとついて行ける自信は全くないが、後学のためにも知っておくべきか。ククリとククルの解呪に、必要な知識となるかもしれないわけだしな。


「そうね。『賢者の石』とは、あくまでも錬金術師が掲げる、それぞれのテーマの究極の発明を示す言葉ね」


「つまり、錬金術のテーマの数だけ、『賢者の石』はあるということなのか?」


「そうね。その通りよ。『ベルカ・クイン』のテーマは、『人体錬金術』……『心身の強化と長命化』ね。『ベルカ・コルン』を『加工』して作った『それ』は、たしかに『賢者の石』よ。理想を実現させほどの力があったのだから」


「……『加工』……非人道的な響きだな」


 リエルは怒りと嫌悪を抑えながら、その言葉を口にしていた。


 そうだな、『加工』。そんな単語はヒトに対して使うべき言葉なんかじゃない。『ベルカ・クイン』は、何とも罪深い行いをしたものだな。それだけ、追い詰められていたというわけか……。


「ええ。だから、この場で予測されることの詳細は言わないわ。食後に聞きたいハナシじゃないでしょう。ヒトを……切り刻んで、改造しちゃうなんてハナシ」


「すでに、痛ましいぞ……具体的に聞きたい気持ちにはならない行為なのには同意する」


 ……おそらく、聞いたところで、錬金術師以外は理解も及ばないだろうしな。


「……そうね。だから、概要だけを伝える。『賢者の石・アメリ』とは、それを移植した生物に『魔女の叡智』と強靱な生命力を与える存在よ。シンプルにいえば、ヒトを強化する『生け贄』ね」


「……『賢者の石・アメリ』があれば、ヒトを長寿にして、強さと知識を得られるのか」


「ええ。『コルン』を『生け贄』にすれば、そんな素敵なことも可能ね」


「……笑えないぞ、ルクレツィア」


「笑えないわね、リエル殿。だから、秘密ね?……うちの『コルン』たちを『賢者の石』にはさせたくないの」


 300年の長命と、肉体と頭脳の『強化』が叶う『賢者の石』か。この噂が伝われば、帝国軍より多くの悪人が、この土地を訪れて、『メルカ・コルン』たちを連れ去ろうとするだろうな……。


「……『青の派閥』の錬金術師たちが、その情報を手に入れていないことを祈ろう。ヤツらのためにもな。もしも、手に入れていたら、オレたちが全員、殺す。その点は、安心しろ、ルクレツィア」


「ええ。頼りにしているわ。その事実が広まれば、私たちは永遠に世界を逃げ回るしかなくなる……『賢者の石・アメリ』はね、『体内に取り入れなくては機能を発揮しないタイプ』の『賢者の石』だもの……敵に捕まったら、私たちは家畜みたいに出産を強制される」


 ルクレツィアの言葉を聞いて、オレは顔をしかめてしまう。そうだ、その未来は、あまりにも悲惨だ。『体内に埋め込まなくてはならない』……それならば、大人ではムリだ。一人の肉体に、大人を埋め込むことは不可能だ。


 ……『胎児』。


 それぐらいのサイズなら、どうにか不可能ではない。いいや、現実的には、それしかなさそうだ。『メルカ・コルン』たちの胎児を、『賢者の石・アメリ』に『加工』する……クソ!考えるだけで、おぞましさと怒りで気が狂いそうになる!


「……その事実を知る者は、排除してやる。それは必ずだ」


「ええ。ごめんなさいね。疑っているわけじゃない。もしもの時は、頼むわね」


「ああ。『青の派閥』の錬金術師の全員だって、きちんと皆殺しにするから、安心しろ。重要性は理解している」


「うん。お願いね」


「……それで、長老」


「これから、どうするんですか?」


「決まっているわ。従来の戦略通り、コトを進める。呪いを解く前に、敵を排除するのが先よ。じゃあ、ソルジェ殿?……『戦略』を説明してもらえるかしら?」


「ああ。心得たよ、依頼主殿。さて……オレたちは『メルカ』を守らなくてはならない。そのために必要なことは、敵の遠征を『失敗』に終わらせることだ。つまり、被害ばかりが目立ち、得る物など無かった。敵にとって、サイテーな状況を創り上げるぞ」


「……この土地に来たら、酷い目に遭うばかり!」


「それを知らしめるのですね、兄さん!」


「そうだ。そうなれば、敵は来なくなる。現在、『ストレガ』の花畑という、敵のターゲットは消失した。このアトリエの地下のモノは刈り取り、『フラガの湿地』の花畑も処分した。他には、無いんだな、ルクレツィア?」


「無いはずね。あるとすれば……『アルテマのカタコンベ』。あくまでも、あるとすればのハナシ。今のところ、第五層までの探索では、発見されていないわ」


「あそこにも、地下の『温室』がある?」


「否定は出来ない。なにせ、この私と同じ『魔女の分身』なのよ?似たようなコトを考えても不思議じゃないわ……現に、オークたちは何故か、花を育てていた」


 あの理由も分からない。『イモータル・ヒドラ』が、その肉体を保存させるための薬草を、ヤツらに作れと命令していたのだろうか?


 豚顔どもを支配するその命令が、『信仰』の興りとなったのか……分からんな。


「……たしかに、『アルテマのカタコンベ』で発見される可能性も否定は出来ない。だが、もしも、そうなったとしても、連中をバシュー山脈から帰さなければいいだけだ」


 ……手っ取り早く、殺戮しちまうというのも手ではある。


 だが、あの不幸な結婚をしたというロビン・コナーズと、心優しいというシンシア・アレンビーだけは、殺してやりたくはないのも人情だ。


 まあ、あの二人だけでも捕虜にしてしまうという手段もありはする。


「……とりあえず、花畑は現状、見つかってはいない。ヤツらは得るべきモノを手に入れられていないわけだ。さて、『ベルカ・クイン』の錬金術の品は、どんな様子だ、ククリ?」


「あのエレン・ブライアンという錬金術師の『日誌』の内容と、ヤツ自身の指を切り落としながらの拷問での発言は、一致した」


「つまり、信用できる情報です。彼らは、大した霊薬を回収してはいません。とくに人体錬金術にまつわる品は、皆無……純度の高い、基礎的な霊薬は多いみたいですが、外の錬金術師たちでも、手間をかければ出来るものばかりです」


「……つまり、錬金術的な発見も、大きなモノは無いということだな」


「うん!」


「ないです!」


「そいつは好都合だ。連中は、この遠征で、何らメリットを手にしていない。ならば、デメリットの方を加算させるぞ」


 眠たそうだったミアの顔が明るくなる。錬金術のハナシとか、ワケ分からなくて、脳みそさんが疲れていたんだろうな。


「戦のハナシ?」


「そうだ。戦のハナシだ。オレのたちの本分だ」


「うん!!早く、話して!!」


「ああ。作戦はこうだ。まずは、『黒羊の旅団』を『フラガの湿地』でオークどもにぶつける。『黒羊の旅団』は、この場所で得る物はなく、オークどもとの戦闘で、死傷者が増えるばかりだが……それだけではつまらん」


「『パンジャール猟兵団』も参加するんだね!」


「ああ。だが、あくまでも隠密任務が肝心だ。オレたちの存在がバレたら、『自由同盟』がこの土地に介入していると帝国軍に悟られる可能性がある……それでは、帝国軍をこの土地に招くことにもなりかねない」


「じゃあ。バレずに、暗殺するんだね!!」


「それもいいが、オークのサポートをしてやるつもりだ」


「オークの、サポート?」


「ルクレツィア。モンスターを強化する薬は錬金術で作れるか?筋力を強めるとか、攻撃性を強めるとか……」


「出来るわよ、そんなの簡単。ヒトと違って、後遺症を気にしなくて済む。戦闘能力を強化して、副作用で死ぬ、そんな『失敗作』でいいなら、即日出来るわ」


「それでも構わん。それを、オークどもに使いたい。ヤツらの水飲み場にでも、その薬液を仕込みたいね」


 ただでさえ『神』を殺されて激怒している豚顔どもだ、ドーピングも必要ないほどに怒り狂っているだろうが……連中を、より強化できるのなら、最高だな。いいバトルをしてくれそうだぜ。


「それに、『ストレガ』の花畑の存在を臭わすためにも、オークを捕獲し、花をもたせ、そのオークを敵にあえて発見させる作業もいるな」


「いいカンジだけど、地味そう……っ」


 ……そうだ。そっちの任務は、ミアには向かない。体力がいる仕事だから、小柄なミアには向いていないのさ。そのことに気がついたミアがしょげているから、その猫耳の生えた黒髪をやさしくナデナデしてフォローする。


 猫耳さんが、リズミカルに揺れる。オレの指で妹が喜んでいるようだ。シスコン・ハートが満たされていくよ。


「……地味だが、『黒羊の旅団』を崩壊させるためには重要な任務だ。ヤツらが沼地を這い回り、オークに殺され、何も得ることなく、みじめな帰路につけば、いい宣伝になる。レミーナス高原に近づくべきではないとな」


「なるほど。たしかに重要な任務だな。それで、ソルジェよ、メンバーは?」


 リエルがワクワクしている。昨日は、『エンチャント/属性付与』ばかりするという地味な仕事だったからな、前線に出たくてウズウズしているらしいな。さすがは、うちの弓姫さまだ。


「この任務の担当は、現地に詳しい『ガイド』としての能力、そして『黒羊の旅団』を偵察して来たばかりで敵情を知り、持ち得たスキルを考えると、ククリは外せない」


「ああ!!任せろ、兄さん!!あの傭兵どもを、地獄に落としてやる!!」


「目立つなよ?」


「……あ。う、うん!!」


 ……能力は十分。『黒羊の旅団』を何度も見た。豚顔との戦いもゼファーの背から見ている。ククリは、敵がどういう戦術を採るのかも知っているし、現地の情報に詳しいから、拠点を構築する際にも役立つだろう―――。


 最適の配置だ。唯一の懸念は、その強気な性格。隠密任務には、まったく向かない性格ではあるが、そこは仕方ない。それを差し引いても、最適な人選だ。オークに矢毒を撃ち込んだ経験も活きる。


「このチームのリーダーは、オットーだ」


「はい。了解です、団長」


「沼地に行ったこともあるし、ベテランの傭兵相手の任務だ。連中の偵察能力や弱点を見切るためにも、オットーの三つ目は有効だ。戦術の理解度もある。『黒羊の旅団』の動きを読んでくれるだろう。最高の隊長をしてくれるはずだ」


 『黒羊の旅団』の動きは、練度のある合理的な動き。オットーならば、その動きから目的を察する。こちらの存在を気づかれているかどうか、それを気にしなくてならない任務だ。オットー隊長はベストだよ。


「……そして、カミラもこのチームだ」


「は、はい!!」


「理由もある。カミラも実際に現地に行ってきたばかりだからな。それに敵のキャンプ地にも潜入している。その経験を活かして欲しい」


「がんばります!!」


「……それに、『コウモリ化』の力にも期待だ。これは隠密任務。絶対に見つかってならない任務だが、敵はベテランの傭兵集団。どれほど慎重に動いても、気づかれる可能性は常に存在している。君の偵察能力が必要となるはずだ」


 そういう意味では、かなり難しい任務だ。だからこそ、カミラの『コウモリ化』を使った無敵の潜入スキルは、敵の情報を収集することにも使える。


「あとは、『コウモリ化』を用いることで、こっそりと敵を拉致することも可能だ。もしも敵に見つかりそうな場合は、三人で『コウモリ化』して窮地を脱するこも期待出来る戦術になる。臨機応変に動いてくれ」


「は、はい!!」


「沼地のチームには、ゼファーも帯同する。拉致した敵やオークを、足跡もつけずに運べるからな……もしも、敵にこちらの存在がバレたら、可能な限り、炎で焼き払うしかなくなる。あまりに目立ち過ぎるから、可能ならばしたくなどないがな」


「……素敵なチームだけど、うちの『コルン』たちも貸せるのよ?」


「いや。沼地のチームについては少数で動きたい。バレたら終わりだからな」


「なるほね。分かったわ。ククリ、がんばりなさい!バレちゃダメなのよ、静かにね!」


「うん!長老よりは、静かだから、大丈夫だ!」


「……まあ。お調子者のトコロもあるけど、有能なウチの『プリモ・コルン/筆頭戦士』よ。オットー殿、カミラ殿、厳しく躾けてやってね?」


 ……オレも付き合いたいところだが、カミラとオットーに頼ろう。オレにも、他の仕事があるのだ。


「……さて。次のチームのメンバーを発表するぞ」

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