第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その13


「簡単に言うと、内輪モメってやつだ。各地の勢力が、自分たちの傀儡となる軍人たちを作った。『出身地による派閥』をな。そいつらが、権力争いを始めている」


「なるほど。思い当たることもあるね。たとえば、バルモアの勢力か」


「……そうだ、象徴的な連中だな。軍隊の指揮系統を超えた内部対立ってのは、なんとも間抜けな『自滅』を招く。四月のルード会戦では、バルモア出身者と主力軍が合戦の場でつぶし合った。それにつけ込まれて、帝国軍はルードに食い荒らされた」


 オレたちが仕掛けたヤツだから、よく知っているよ。バルモアと帝国軍首脳部……つまり帝国貴族との仲の悪さは致命的だもんな。


「……このまま『出身地による対立』が激化していけば、軍上層部による権力の掌握が出来ないこと以上に、軍そのものの崩壊もありえる」


「素敵な終焉だな」


 敵同士がお互いを喰らい合うようにして崩れていく。それは、オレの立場からすれば理想的な顛末だよ。


「『蛮族連合』からすればそうだろうが……そういう破局を防ぐために、帝国軍の上層部が、生み出したというか……利用したのが、人間族第一主義だな」


「……あれをどう使ったと言うんだ?」


「『憎しみ』で、『大きな団結』を作ったのさ」


「憎しみ?……『敵』を掲げることで、民意を誘導する?」


「そうだ。『出身地による対立』を生んだ力学を、今度は逆に利用したというわけだな。つまり、地位はなく『数』を使った権力さ―――『民衆』という最も数の多い存在を、軍の上層部は味方につけようとした。敵を作り、愛国心を煽れば、誘導しやすい」


「人間族第一主義と、それに基づく亜人種への搾取と弾圧か……」


「亜人種の排斥という行為に夢中にさせることで愛国心を強化した。『郷土愛』による派閥を崩すには、『愛国心』という、『より大きなサイズの建前』が有効だったってわけよ」


「……内部対立を解消する手段としての、愛国心か」


「『職業組合新聞』の二代前の主筆によると、そうらしい」


「二代前?」


「彼は暗殺されたよ。そういう記事を書いたから、血の気の多い若者にナイフで刺されたんだ。オレはファンだったんだがね。囚われのオレに帝国を研究させてくれる、いい人物だった。その後を継いだ次の主筆も夜道で撲殺されたな」


「……不憫なハナシだな」


「そうさ。だが、納得は行く。彼らの記事は真実だからだ」


「真実は耳が痛いこともある」


「だから、怒りを買い、暴力の前に屈することもあるんだ。残念だが、ヒトというのはそういうものだ。オレも心当たりがある」


「アンタに?」


「ああ。ノーベイが攻められた時、降伏しようと言い出した連中がいた。敵は大勢、こっちはわずかだからな」


「負け戦になるのは火を見るよりも明らかだったか」


「それでも、族長は全員に戦えと命じた。そして、オレたちに敗北主義者たちを殺させて回ったよ」


「……負けを予測した連中を、殺したのか」


「ああ。一枚岩でいるためにな。降伏を主張する者たちを、オレは鈍器でぶっ殺した。だから、記者を殺したヤツの気持ちも、察することは出来る……正当化は出来んがな」


「なんとも悲惨なハナシだ」


「現実は、悲惨なものだよ、兄ちゃん。アンタも知っているんじゃないか?」


「……まあな」


「……ともかく。帝国軍は、『出身地による派閥』の対立を超えるために、過剰なまでに愛国心を推奨した。それらを促進する燃料が、人間族第一主義ってわけだよ」


「……亜人種たちは、愛国心を醸成するための『生け贄』だったと?」


「帝国人に飼われていたオレの意見ではそうだ。ヒトは、暴れたらスッキリするもんだ。分かるだろ、血塗られた戦士よ?」


「……『敵』を殺せば、瞬間的な幸福にひたれるからな」


「ああ。そんなものは一瞬の快楽だけどよう……ヒトっていうクソ狂暴なケダモノは、そういうモノで癒やされるもんだ。オレたち帝国領に組み込まれた亜人種の命は、帝国人同士が仲良くするための、社交の道具として消費されてるってわけだよ。オレたちは、ヤツらの愛国心を燃え上がらせるための、燃料さ」


「……怒りを覚えるハナシだ」


「まあな。だが、世界ってのは邪悪で残酷なものだ。極右と排斥主義。そういう刺激物が、帝国人のハートを掴み、皇帝の権力を復活させようとしているのは事実」


「……王道とは、かけ離れた道だな」


「だが、覇道ではあるんだぜ。現実として、皇帝の権力は強まっている。そして……その権力を用いて、軍の上層部は軍の支配を取り戻そうと企み……宗教家は権力の維持に利用され……そして、『青の派閥』の錬金術師は、学問の追究を捨て、権力への追従を選んだ」


「……ようやく、マキア・シャムロックの物語になるわけか」


 『青の派閥』の実質的なリーダーであり、この集団を極右化させたという男の物語に。


「ああ、そうだ。蛮族にしちゃ、察しがいいな?」


「社会経験が豊富なのさ、傭兵稼業をしていれば」


「……アンタ、実は『黒羊の旅団』の傭兵か?それとも、そう見せたがっているのか?」


「どっちでもいいだろ?」


「……まあ、囚われのドワーフには、たしかにどっちでもいい。『青の派閥』はオレの敵のはずだしなあ……ああ、敵としか話せてない日々のせいで、情が移っちまっているぜ」


「仕方がないさ。アンタは監禁生活が長すぎて、心が疲れちまっているんだよ」


「……自覚症状もある。オレに変な薬を打つ、そこの豚みたいないびきをかいて寝ている男が、大昔からの友人みたいに覚えるんだ。オレは……狂っているんだろうな」


「そこは否定はしない。アンタは変人が多いドワーフ族にしても、かなりの変わり者だ。でも、アンタの頭は有能だと思うよ」


「……この監禁生活で、たくさん本を読めたからかもなあ……」


「……それで、マキア・シャムロックは何を企んでいる?」


「……ん。ああ、帝国人どもが極右に傾倒したことで、ビジネス・チャンスを得たのさ。シャムロックも極右主義に参加することにしてな」


「することにしたってことは、演技なのか」


「あの男は科学的で賢いだけさ。たんに金や権力が欲しい。だから、組織を変えた。利益を追従しやすいように。本質は、錬金術師だ。愛国主義には毛ほどの興味もないだろうと……アンタがケツに毒矢を刺した小市民が、話してくれたぞ」


 オレは地面に寝転がるロビン・コナーズを見た。


「彼は、マキア・シャムロックと知り合いか?」


「出身の大学が同じらしいね」


「……ほう。昔なじみか」


「同じぐらいの技量と知恵らしい。だが、シャムロックのヨメの実家は資産家だった。でも、ロビンのヨメはアバズレな上、金遣いも荒い……ぶっちゃけ、その女が産んだアリスちゃんの『生物学上のパパ』は、ロビンじゃないかもと、オレはいつか言いたかった!!」


 ああ、他人様の家庭の深くて、複雑な状況を聞いちまったよ。なんだか心が滅入ってくるぜ……。


「……ああ。スッキリした。なかなか、言い出せなくてなあ。言いたいけど、言っちゃいけないことって、あるだろ?」


 たしかに、とても言えない。そんなヨメが病気になって、そんなヨメが死ねば娘が悲しむからって、こんな夜中まで仕事をしている男に。その娘はお前の種じゃないんじゃないかっていう言葉を、オレは言えない。


 カミラも、なんだか涙目だった。善良な娘だもん。ロビン・コナーズの結婚生活を思うと、不憫でしかたがないのだろう―――。


「……たしかにな。オレは、ロビン・コナーズを殺せそうにない」


「殺してやるな、本当にあわれで、同情すべき男なんだから」


 捕虜で薬物実験の実験台にされているヒトに、ここまで同情されている人物を見つめていると、さっき彼の資料を燃やしてしまったことを後悔しそうになるよ。


「『自分にもヨメにも似ていなく、明るく素直な娘なんだ』……その言葉を聞いて、オレと彼の同僚たちが、どれだけ口にしたい予測を呑み込んだと思っているんだ?」


「……わかった。もう、それを言うな。うちのカミラがガチで泣いちまうよ」


 ああ、なんとも悲惨なロビン・コナーズ。まさか、敵である帝国人の幸せを願う日が来るとはな。


 どうか、彼の娘と、このいびきをかいて眠る、苦労人のロビン・コナーズに血のつながりがありますように―――。


「―――それで、資産家のヨメと結婚したマキア・シャムロックはどうしたんだ?」


「いい結婚だったんだろう。彼はヨメの実家の金を使い、研究に没頭できた。ヨメの浮気に財産を搾り取られていたロビンとは大違いだ。なあ、蛮族、カッコウという鳥の生態を知っているかい?」


 カッコウ……他の鳥の巣に上がり込み、自分の卵を産んでいく。それをされた鳥は、自分の子供でもないカッコウの子を、必死になって育てるんだ。


 ……クソ、想像したくない。他人事だとしても胃が痛む。


「……悲しいロビンの物語は、もう十分だ」


「そうか。ヤツについての物語は、まだまだ、たくさん知っているんだが……ふむ。アンタの連れの姉ちゃんも泣いてるから、止めてやろう」


「本題を話せよ。シャムロックについて知りたいんだ」


「……シャムロックは、錬金術師として、それなりに優秀で、順調に研究成果を出していった。ヨメの実家の援助も大きかったそうだ。そして、アレンビーという、貧しくも優秀な部下にも巡り会ったことで、シャムロックは大きな仕事を幾つか達成した」


「アレンビー?シンシア・アレンビーのことか?……ああ、その親父のことか?アンタは、シンシアの父親とシャムロックが友人だったと言ったな」


「そうだ。よく細かいことまで覚えていたな、蛮族野郎」


「美人にまつわる情報は記憶に残るものさ」


「とにかく、シャムロックはボブ・アレンビーと組むことで、『人体錬金術』にまつわる薬を大量に作った。ロビン曰くだが、シャムロックの発明は、大半がアレンビーのおかげだと語っていたよ。まあ、ロビンの嫉妬も入っての見解だろうがね」


 嫉妬か。ふむ、ありえるな。ロビンがシャムロックの有能さを、認めたくないという気持ちも分からなくはない。


 シャムロックは、この『青の派閥』のリーダー格で、ロビンは夜通し好きでもない元ヨメのために、がんばっている―――。


 他人にあたりたくもなるだろうさ。


「シャムロックの功績は『青の派閥』に認められていき、ヤツはリーダーの一人になっていったんだよ。そして、半年前、『青の派閥』を仕切っていた、老齢の錬金術師が病死して、シャムロックの時代が本格的にやって来た」


「指導者が死んでいたのか」


「そのジイサンは指導者ってタイプじゃなかったようだが、存在感があった。錬金術師として尊敬されていたのさ。彼は世俗から距離を取ることを推奨し、学問の追求を重視した。内輪の錬金術士にしか、彼の静かで圧倒的な影響力は分からなかっただろう」


「……『青の派閥』の模範となっていたカリスマ?」


「ああ。心のよりどころであり、行動規範そのものって老人さ。それが死んだから、『青の派閥』は、シャムロックに踊らされて、極右化した。政治や世俗に沿い、自分たちの研究を金に換えることを選び、真理の探究をあきらめた」


「……金儲けと真理の探究は、同時に出来ないのか?」


「出来ないね。金のために、真理を曲げるようになる。商売人が、真実の探求者に向いていると思うか?」


「愚問だったようだな」


「ああ、愚問だぜ。シャムロックは、いい商売人だった。それぞれの錬金術師が掲げていた、それぞれの道の果てにある真理の探究……それを目指すのではなく、お国のために役立つモノを……つまり、軍隊に売れて、金に直結する研究を派閥の構成員に強いたのさ」


「……そいつは、かなりの反発を招きそうだな」


 マニー・ホークもその一人だった。あの良くも悪くも医学の追求者であった男は、『青の派閥』にウンザリしていたようだ……それゆえに、違う道を模索したのか。『紅き心血の派閥』に、移籍しようとした。


「まあ、表立って反対する錬金術師は少ないがな。シャムロックは、自分の敵や離れて行く者には厳しい男だが、自分に忠実な者には優しい。そして、有能な者にもな」


「……シャムロックが、シンシア・アレンビーを庇うのは、彼女が『ゴーレム』という帝国軍に売れそうなモノを研究しているからか?」


「……そうだよ。そうでもなければ、シンシア嬢ちゃんを庇ったりはしない。友人の娘だからといって、有能でなければ、彼女を庇うことはしなかっただろう。ヤツは、それぐらい残酷なヤツなんだ」


「……そうか」


「……なあ、彼女を巻き込まないでやってくれないか?いい娘なんだよ」


「そうだな」


 現状では、彼女に接触する必要も無さそうだ。シャムロックに庇われているのなら、脅すことは無意味だろうからな―――さて、ガントリー・ヴァントに訊いておくべきことは、とりあえず、あと一つだけ。


「……シャムロックたちが、『地下』で何を探しているか、知っているか?」


「さあなあ。『魔女』の遺跡だろ?……一部の錬金術師しか、入ってねえ。錬金術師どもは、本当に大事な研究については、口が堅いぞ」


「なるほどな。知らないか」


「ああ、残念だがな」


「じゃあ、ガントリー・ヴァント。それについて、詳しそうな人物を教えてくれないか?そいつを教えてくれるなら、オレがシンシア・アレンビーに手を出すことはしない」


「……オレに、錬金術師を、売れと?」


「おいおい。アンタは、彼らの仲間じゃない。『敵』だろ?」


「……たしかに、そうだ……クソ。連中と、長くつるみすぎたか」


「帝国人に故郷を滅ぼされた。そのことを忘れることは、アンタには許されないことだ」


「……復讐者らしい言葉だな。ああ、たしかに、そうだ……」


「復讐の機会をくれてやる。今夜、このキャンプから消えて欲しい錬金術師の名前を教えてくれないか?……事情に詳しく、性格が悪くて、有能な男ならありがたい」


「……殺すのか?」


「状況次第でな。知っているか?」


「……ああ。一人、いいのがいるぜ。クソ野郎で、若く、有能で、野心家。シャムロックの取り巻きの一人で……亜人種の奴隷に薬を打ちまくって、何人も死なせたクズがな」

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