第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その4


 この『隠し砦』の城塞は、焚き火の光を漏らさない造りをしてくれている。工房の炉に火を入れて、夜間にこっそりと武器を造ることさえ出来るし……そんな大がかりなことをしなくても、暖を取るための焚き火を、敵に気取られないように行えるだけでも十分だ。


 夜間のレミーナス高原の風は、それなりに冷える。星を見るのには最適な場所だが、風邪を引かないように注意しなければならない土地でもあるわけだ。


 滅びた王国の遺産である石炭を火にくべて、その紅く踊る炎で寒さを融かす熱を得る。しばらくそんなことをしていると、体が温まって来るよ。


 そうすると?


 腹も空いてくるものさ。


 こんなときは料理好きのガルーナ人であるオレの出番―――と思ったが、ククリに先を越されてしまう。


「よし!私が晩ご飯も作る!」


「……いいのか?」


「うん。荷物に持ち込んでるんだ、即席の料理にはなるけど」


 即席の料理か。


 ふむ、シンプルな食事かもしれない。ディナーは豪華に行きたいものだが、この土地の食文化を学ぶチャンスでもあるかも。花蜜を愛して、辛味も愛する……『メルカ・グルメ』の方向性を掴み、モノにするチャンスかもしれないな。


「頼むよ、ククリ。ああ、もちろん手伝うことがあれば言え」


「兄さんは、料理好きなのか?」


「男が料理好きなのは珍しいか?」


「というか、男そのものが珍しいし?」


「……たしかに。『メルカ』じゃ男はいないわけだしな。まあ、世の中には男も女も色々なヤツがいるものさ」


「そっか。じゃあ、水を汲んできてくれる?ここの砦には、湧き水があるんだよ」


「ああ。水の音が聞こえる。汲んでくるよ」


 そう言って立ち上がったオレに、ククリは自分のリュックから取り出したボウルと水筒を手渡してきた。それらを受け取ると、オレは駆け足で移動する。有能な兄貴分であることを証明したいから?


 そういった気持ちもあるけれど、どちらかといえば『メルカ』の料理を見たいんだよね。砦の裏手にある崖からあふれる湧き水を汲むと、鹿みたいに敏捷なフットワークで、あの焚き火の前に舞い戻った。


「早いね」


「有能なお兄さんだからね!」


 オレはそう言いながら、ククリに水を手渡した。そして、突っ立っていると邪魔になるからな、その場にあぐらをかいて座ったよ。


 気づけば、働き者のカミラは、何かの粉を混ぜていた。空のボウルにその白い粉と、バターを混ぜている。パンでも作るのだろうか?


「カミラ、その粉は?」


「小麦粉と……知らない粉のブレンドっすね?」


「外では、あまり食べないのか、コーンの粉末」


「ん。食べないことはないが、小麦粉の方が主流だ」


「そっか。まあ、コーンは栄養素を取り出すためには、それなりのコツがあるもんね。アルシャー液でビッポートン処理しないと、軟らかくもなりにくいし」


 ときどき妹分の口から出てくる錬金術知識に、蛮族のお兄さんはついていけない。自分の知識量の少なさを、思い知らされる……でも、この土地独自の言葉のような気がするぜ。食べ物に関する知識なら、オレも少しは知っているはずだから。


 まあ、『アルテマの使徒』たちは、魔女から継いだ『叡智』のおかげで、栄養価が低いとウケが悪い、コーンの真価を発揮しているらしい。


 コーンの魅力にハマり、そればかりを食すると皮膚病になると伝えられているが―――『メルカ』はそういうのが無さそうだよ。何せ、『魔女の叡智』がついているわけだからね。


 『メルカ・クイン』さんのルクレツィアが、ガキっぽい無垢なドヤ顔を浮かべる光景が頭に浮かぶよ……。


「コーンの粉と小麦の粉に、バターと水と、蜂蜜を混ぜるんだ」


「甘い生地になりそうっす!」


「うん。もちもちした甘い生地になるよ!」


「コーンの粉も、もちもちになるのか?」


「そうだよ、『メルカ』の技法があればね!」


 ルクレツィアによく似たドヤ顔でそう言いながら、ククリはそれらの粉を指でこね始める。ふむ、パン作りみたいだな。まあ、穀物の粉を混ぜて焼いたり茹でたりする料理は大陸中にある。パンとか団子とか麺とかな。


 ……その粉の味や、もちもち具合も気になるところだ。それでも、やはりオットーが焚き火の前でいじっている金属製品について、男の子の好奇心が刺激されちまう。


「オットー、それは何だ?」


「コレはククリさんから頼まれましてね、その粉を焼くための『台』だそうです」


「『台』?」


 小さな鉄板が幾つも折り重なっていて、それを留め金で固定するらしい。そして、金属製の細長い脚も四隅についているな。すぐに完成してしまう。四つ脚の鉄板台だな。


「それを、焚き火のトコロに置くんだよ!」


「……持ち運び式の鉄板か……いいアイデアだ!」


 今度、『パンジャール猟兵団』のアイテム開発者である、ギンドウ・アーヴィングに作らせよう。こういうガチャガチャしたジョイントがあるアイテムとか、ヤツの得意分野のはずだしな。


 この鉄板があれば、オレのガルーナ式の野戦釜に新たな進化が訪れそうだもん。


「カミラ殿、野菜と、お肉を切ってくれる?」


「任して下さいっす!」


「大きさは適当で大丈夫。ザクッと切っちゃって下さい」


「一口サイズでも?」


「カミラ殿のセンスにお任せです」


「……センスを、試されているわけっすね……っ!」


 カミラのアメジスト色の瞳が、不敵に輝いている。なんだか、やる気を出しているようだな。オレは参加する余地がなさそうだよ。


 観察に徹しよう。『メルカ』の食文化を学ぶ機会だ。学んでどうする?……料理は趣味だから、ゴールはない。果てしなく知識を集めるだけのことさ。


「さあ。しっかり捏ねた後は、焼くよ!!」


「発酵させたりはしないのか?」


「うん。フワフワじゃなくて、もちもちしっとりを目指すから」


「なるほど。腹持ちがよさそうだな」


「『トルトル巻き』は主菜だからね」


「『トルトル巻き』?」


「料理名。私たち『メルカ』のオリジナル・メニュー!」


 そう言いながら、ククリは鉄板の上にバターを落とすと、そのバターの上に、平たい円状に伸ばした白い生地を乗せる。


「シート状に焼くの」


「ピザみたいだが……?」


 『トルトル巻き』というからには、巻くのだろうな、この生地を。


「さあ、カミラ殿!お肉を焼いて!」


「分かったっす!フツーに焼くっすか?」


「野菜も玉ねぎと焼くの。牛肉と玉ねぎを、フライパンで炒めるんだ!そのあいだに、私は『トルトル』を焼くね」


 鉄板の上に、ククリは『トルトル』の白い生地を、どんどん置いていく。


「ふ、普通の野菜炒めが出来上がりそうっすけど!?」


 カミラはフライパンで肉と野菜を炙っていて、そう発言する。たしかに、このままではフライパンの中で一般的な野菜炒めが出来そうだった。


「特製の甘辛いソースを絡めまーす」


 ククリがフライパンの中で焼けていく肉と野菜たちに、そういいながら濃くてとろみのあるソースをかけていく。濃厚なソースだな。無数の野菜や果物を融かして作りあげているようだ。そして、蜂蜜と……油も混ぜているな。


 フライパンのなかで、食欲をそそるソースの香りが踊るように解き放たれていた。肉とソースの油分が、熱されたフライパンで、パチパチと拍手するみたいな音を立てて弾けていく!


 ああ、食欲をそそる音だ。そして、ソースの持つ酸味と、甘味が嗅覚と空腹を訴える胃袋に響いてくる。


「もう、このまま野菜炒めで食べたい気持ちだ……っ」


「それをね、この焼けた『トルトル』で巻くんだよ!!」


 ククリは鉄板から『トルトル』を取り上げて皿に置いていった。そして、カミラのフライパンから、野菜炒めを『トルトル』にかけていく……いいや、巻くんだな!!


「オレ、巻こうか?」


「ああ、まだダメ。チーズと、カットとしたトマトを入れなくちゃ!!」


「言葉だけでも美味いって分かる!!」


「うんうん、美味しいよう……っと!」


 ククリの指が、スライスされたチーズとトマトを、その『トルトル』に加えていく。そして、それらは四人分の皿で繰り返されていったよ。焼きたての『トルトル』と、フライパンから降りたばかりの野菜炒めが、チーズを軟らかく溶かしていく……っ。


「あとは、巻くの!……各自で、好みの具を足すのもあり!」


「ああ、でも、最初は現地の味を楽しみたくってな」


「いい心がけ!『トルトル巻き』を完成させようね。火傷に気をつけて、みんなで巻いてね!!この料理は、出来たて熱々が、いちばんなんだから!!」


 マスター・ククリの言葉と動作を指で真似て、猟兵たちは熱々の『トルトル』を巻いていく。ああ、美味そうな具が、くるくると巻かれて……っ!!香りがいい!!空腹に、この作業は辛い……っ。


「はい、完成です!!みんな、そのまま『トルトル巻き』を持ってね、そのままガブリと食べるんだ!!ああ、ソースは垂れないようにするんだよ?はい、いただきまーす!!」


 そういいながら、マスター・ククリは『トルトル巻き』をパクりと噛みつく。笑顔になる。それはそうだ、美味いに決まっているもん、こんなの!!


 オレもガマンが出来ずに、いただきますしてしまおう!!空腹の胃袋さんが、ギュルギュル動いているのが分かるもん……っ!!


「いただきますっ!!」


 そう叫びながら、熱気を帯びた『トルトル巻き』に噛みついた。


 ああ、特製ソースの甘味と酸味が舌に刺激的に伝わってくる!!焼いた牛肉と、刻まれた玉ねぎに、この濃厚なソースが合う!!そして、トルトルの生地のもちもちとした食感もいい!!


 歯に食べてる感を与えてくれるし、生地そのものの甘味に、蜂蜜の風味が感じられる。歯で噛み切って、口で噛む。肉とトルトルをつなぐように、トマトの酸味が口に広がり、とろけたチーズが味も舌に響いてくる……っ。


 甘辛い牛肉と、チーズと、トマト……そしてもちもちのトルトルが、口の中で混ざっていく幸福感は、たまらなかった!!


「ククリ、これ、むちゃくちゃ美味いッ!!」


「だよね!……『トルトル巻き』は、野外でも簡単に作れるから、『メルカ・コルン』たちには人気。狩りでも、牛を追うときでも……手軽に作れるし、美味しいもんね。野菜も肉とも取れるし、栄養バランスもバッチリ!!」


「ふむ。たしかに、野戦にも向く……ククリよ。そのソースのレシピを教えてくれないかな?」


「いいよ!でも、今は、先に食べちゃおう!!『トルトル巻き』は、出来たての内に、食べちゃうのが、いちばん美味しい食べ方だもん!!」

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