『星の魔女アルテマと天空の都市』

序章 『嵐と共に来たりて……』 その1


 ―――新たな竜騎士の旅が始まる、黒き翼に導かれ猟兵たちは空を進む。


 星の流れに逆らって、ゼファーの翼は東へと飛ぶのだ。


 新たな戦場で、竜騎士ソルジェ・ストラウスを待つ運命とは。


 運命とはいつも唐突に、ヒトの人生に飛び込んでくることを彼は再び思い知るだろう。




 ……東に向かったオレたちは、春の終わりを告げるという大きな嵐にぶつかった。吹き飛ばされそうになるほどの風と、雨具の装備を早々とあきらめてしまうほどの横殴りの雨が、オレたちを襲っている。


 全員がゼファーの背で、ずぶ濡れだ。雲の上を飛ぶのもありだが、それでは『ヒュッケバイン号』を見つけることが出来ないからな……。


 オレたちは友人たちを探しているのだ。


 この大嵐を、海賊船が進んで行けるものなのか、不安になってしまってな。視界の全てが灰色だ。海は白波の牙が走り、残酷な音を立てながら空に噛みつこうと暴れていやがる。


 雷が少ないのが幸いだった。まあ、竜のウロコには『雷避け』の魔術が常に発生しているのだがな。


 しかし。『ヒュッケバイン号』に、その祝福が描かれているのかはわからない。アリューバの古き巫女の血族たるマルデルならば、己の船にその術ぐらい刻んでいる可能性はあるがね。


 オレたちは嵐に身を打たれながら、それでも友を探すため、海上をゼファーの翼で彷徨っている。不安を打ち消すためには、いくつかの手段があるが……『行動する』という解決策は、おそらく最も建設的だろう。


 戦場の霊長、『パンジャール猟兵団』の選択として、オレたちは風雨を身に受けながらも、戦友たちの無事を確認するという作戦を選んでいたのさ。


 怒り狂う荒波を見下ろすオレの耳に、最愛の妹の声が届いたのは、そんな状況下であった。


「……スゴい雨だね、お兄ちゃん」


「ああ。ミアよ、寒くないか?」


「うん。春も終わりだから、だいじょうぶ」


「……そうか。仕事が終われば、すぐに着替えような」


 ザクロアでカミラが風邪を引いたことを、オレは覚えている。ミアは13才。一人前の猟兵とはいえ、まだまだお子様ではある。


 うむ。お兄ちゃんが腕で温めてやろう!これはシスコンだから起こす行動じゃない。たんにオレが、紳士だからだ。


 オレはミアの小さな体に両腕を回してやったよ。オレの体温が、ミアの冷えた体にしっかりと伝わればいいのだが……。


「少しは、温かいか?」


「うん!ありがとねえ、お兄ちゃん!!」


 ミアが黒髪の生えた頭で、オレのあごをぐりぐりしてくれる。ストラウス兄妹の合図さ。


 嵐のなかでもおかまいなしだよ。じゃれあいがスタートする。オレもやさしくあごを左右に動かして、ミアの黒髪のあいだから生えた猫耳に少し触れてやった。


「ホント、仲が良いですわね」


「そうだな。二人は兄妹だからな」


「本当にそれだけなのでしょうか?」


「ど、どういう意味だ?」


「いえ、別に……」


 ……断っておくが、オレはシスコンであり、ロリコンではない。ミアに抱いている感情は『妹』としての愛情だけだ。数年後はともかく、13才の義妹に欲情するほど獣ではない。


「ふ、ふたりは兄妹なのだよな、ソルジェ!?」


「ああ。オレの名前はソルジェ・ストラウス。ミアの名前は、ミア・マルー・ストラウスさ!!……だよな!?」


「うん!!ミア・マルー・ストラウスだよーん!!」


 あらためてオレの正妻エルフさんの、リエル・ハーヴェルちゃんに自己紹介だ。自分の正妻に妹と共に自己紹介する日が来るとはな。


 なんだか新鮮な気分だ。てれちまって心が熱を帯びるのかね?大雨に打たれまくってはいるが、春の訪れを告げるその雨が、心なしか温かい。愉快な時間は温かいものさ。


「うむ!!私の名前は、リエル・ハーヴェルだ!!」


 名乗られれば名乗り返す、それが森のエルフの『掟』なのだろう。律儀なことだ。オレたちは君の名前も生きざまも、ぜんぶ知っている間柄なんだけど?


「……不思議な一家ですわね」


「君も、その仲間なんだぜ、レイチェル・ミルラ?」


「うふふ。そうですわね。さあ、この大きな翼の黒い竜さんは、なんて名前ですー?」


『ぼくは、ぜふぁーだよ、れいちぇる!!』


「はい。いい自己紹介ですわ。撫でてあげます、ゼファー」


 レイチェルは子供好きだ。ゼファーはまだ幼い。たとえその体長が8メートルを超えていたとしても、まだまだ子供なのは、言葉を聞けば分かる。


『きゃはははは!くすぐったいよう、れいちぇる!!』


「……レイチェル、あまりゼファーを笑わせるでないぞ?バランスを崩して、海に落ちるのだけはカンベンだからな」


「あら、リエルはマジメですわねえ」


「マジメで悪いのか?」


「いいえ。でも、人生をより楽しむには、日々にもっと笑顔を」


「え!?う、うわ、ちょ、く、くすぐるなああ!?あは、あはははははは!!」


 人生のキャリアが違うのか。年上の猟兵女子は、リエルをからかえる。リエルは戦場では無敵の弓姫で、怒ると恐いタイプのエルフさんなのだけどね。


 そんなエルフの弓姫も、伝説の種族、『人魚』であられるレイチェル・ミルラさんと比べれば、まだまだ小娘ってことかな?


 ……それとも、母は強し?……旦那とは死別しているが、レイチェルは既婚者であり、息子もひとりいる。


 竜の背には、猫耳妖精と魔王な竜騎士、そしてエルフと子持ちの『人魚』がいるのさ。


 どうにも不思議なメンバーだが、オレたちは至極マジメに作戦行動中である。


 今は、嵐に揺さぶられる大海原のなかに、『ヒュッケバイン号』を探しているのだ。『アリューバ海賊騎士団』の旗艦である、黒き烏の色をもつ美しい船―――『最速の海賊船』だよ。


「フレイヤの予想では、この辺りにいるはずなのだが……」


「むー。お兄ちゃん、雨が邪魔で、視界が悪いよ」


「ああ……」


「お兄ちゃんは、見えてる?」


「まあ、竜の眼の力なら、これぐらいの雨なら視野を保てるのだが―――」


 オレは眼帯をずらして、左眼を露出している。自前の目玉は9年前に戦で失ったが、古竜アーレスの魔力を受けて、オレには特別製の魔法の目玉が『生えて来た』。


 竜のもつ金色の魔力を帯びた、不思議な眼球……『魔眼』さ。


 色々な魔力を秘めたコレならば、大雨のなかでも視界はクリアなものだ。だが、波が高いし、風でゼファーも揺れているせいか、『ヒュッケバイン号』を、なかなか見つけることが出来ていない。


 ふむ。だんだん、不安になってきたぞ。連中、沈没してはいないだろうか?……ミアも、オレと同じ不安を抱いたようだ。


「……ジーン、大丈夫かな?」


「……仲間は、信じるものだが―――」


「―――最悪のときは、私が『人魚』になって海底から遺骨ぐらいは引き上げますわ」


 レイチェル・ミルラが、さらりと語ったよ。


「……笑えん冗談だ」


「ええ。本気ですわ。海では、ヒトの命など儚いモノですから」


 『人魚』にそう言われると説得力がスゴい。海底に沈んだ沈没船とか、死ぬほどたくさん見てきた人たちの言葉だもんな……。


「……そうだろうな。しかし、北海を旅するアリューバの海賊たちだ。しかも、その中でも腕利きたち。どうにか、生きているとは思うのだが……」


 しかし、オレの希望にケチをつけたいのか、大自然は猛威を振るっている。ああ、ちくしょうめ、とんでもない大波だぞ。


 10メートルとか、そんな小さな高さではない。上下の高さでは、およそ15メートル近くだ。これでは、まるで、海が……うねっているように見える。


 これを、あの小さな『ヒュッケバイン号』で越えられるのだろうか?


 さすがに不安になってきたな。


 あまりに悲惨な光景を見てしまい、絶望を覚える。そんなとき―――。


 竜は、竜騎士に希望をくれるものだ。


『あ!みえたよ、『どーじぇ』!……『ひゅっけばいん』だ!』


「なに!!」


「おー、やったね。沈んでいなかったんだー!」


「あははは!……って、いい加減に、やめい、レイチェル!!」


「はいはい。ああ、アレですわね。元気そうで何よりですわ」


 やたらと目の良いオレたちだが、今日は、ようやく『ヒュッケバイン号』を見つけていた。あの『黒烏』の海賊船は、空を飛ぶように海を走るが―――今夜もそうだったな。


 崖のように高く反り返る大波に、船首を向けて、そのまま波を駆け上る。空へと向かってわずかに跳ねて、そのまま落ちるように波を下っていく。そんなことを繰り返していた、何度も何度も。思わず、感嘆の声を血に飢えた戦士の唇がこぼしていたよ。


 力には、惹かれてしまうものだからな。それが、最強を謳う『猟兵』の本能だ。


「ほう。大したものだぜ。あの波を乗り越えるのか」


「……うむ。さすがは『フレイヤの船』だな!」


 ……リエルは、どこかジーン・ウォーカーへの評価が低い。


 べつに嫌いではないんだろうが、ヘタレな男は趣味じゃないのかもしれない。リエルの夫は、肉食系のスケベな蛮族野郎だもんな……と自虐をしてみる。


 たしかに、ジーンはヘタレだ。


 どれぐらいのヘタレかと言うと、戦勝の勢いを借りても、フレイヤ・マルデルに告白も出来なかったような男だ。ドサクサに紛れて、告げてみればいいのになあ。ヤツのヘタレ具合に、好戦的な森のエルフさんは、イライラしているのかもしれない。


 ジーン・ウォーカーとは、恋愛に対してヘタレな男なのだ。


 ……だが、それ以外の彼は、おおむね有能なイケメン野郎だった。


 今このときだって、ヤツの仕事は大したもんさ。


 このクソ酷い大嵐の海を、たやすく突破していくとはな。アリューバ半島における『最強の海賊』、ジーン・ウォーカーのカッコいいところを見せてもらえているよ。


 大波の上を、まるで遊ぶかのように『ヒュッケバイン号』は走っていく。


 アリューバ・エルフたちの祝福がかけられているからだろうか。黒烏はその大波の高さから落下し、たまに横波を喰らったとしても、まったくもって沈む気配はない。


 海賊たちは、この大波のなかでも甲板にいて、豪雨と大波に体を濡らしながら、そのクマのように太い体で―――歌っていた。


『うたってる?』


「海賊たちの歌ですわね。船乗りは、よく歌うものです」


「そんなに歌うのか、どうしてだ?」


 知りたがりのエルフさんが海に詳しい『人魚』に質問だ。わりと一般的な疑問だな。


「海は広くて大きいですから。ヒマなのですわ」


「なるほど!ヒマなら、歌ぐらい歌うな!」


 ……海の霊長、『人魚』サマが言うのだ、そうなのかもしれない。


 だが、大声で歌うことで、眠気を覚ますとか、集中力を維持するとか、そういう効果もあるんじゃないか。海上は、あまりにも変化が乏しい。


 悪神の居城である『クルセル島』への航海では、『霜の巨人』なんていう不細工な怪物が度々、襲ってきてくれたおかげでヒマをしなくて良かったが、もしも、ただの平和な海の旅であれば、眠気との戦いであっただろう。


 嵐の海で、眠ることはない?


 どうだろうな。


 戦場のど真ん中でも、ヒトってのは眠ってしまうものだ。命の危険にさえ、慣れてしまうのさ。ならば、この荒波にもまれる時でさえ、船乗りたちは集中力を奪われ、眠るのかもしれない。


 そうなれば、海の藻屑となる定めに足を掴まれて、荒れ狂う波の下に引きずり込まれるというわけだな―――。


 海賊たちの歌は、うむ。なんというか、酒場で流れるような歌だった。


 陽気なリズムに間抜けな声音、酔っ払った舌でも歌えるような、のんびりとした歌さ。だから、歌詞までよく聞こえてくる……。




 ―――恋する船乗りがいたんだと、愛しいあの子を港に置いて大海原に船を出す。


 剣の腕はなかなかで、顔の作りもいいと来ている。


 オレなら、とっくの昔にあの子の心を射止めているな。


 どうして、お前はそうなんだ?……この永遠のヘタレ野郎!!




「あははは!!ジーン、ウルトラいじられてる!!」


 ミアが歌の意味を悟り、オレの足のあいだで爆笑した。ミアの足がはげしく前後に動き、ゼファーの首筋の硬いウロコを何度も靴底が叩いていたよ。


 そうさ。


 ジーン・ウォーカーはフレイヤ・マルデルに惚れている。


 そして、フレイヤも彼に惚れているフシがあるのだが。ジーンの野郎、求婚はおろか、告白も出来ないと来たもんさ。本当にヘタレ野郎だが……。


 まさか、エンドレスであの歌を海賊どもに歌われているのだろうか?……いいオモチャだな、ジーン。そして、いささか不憫に思えてくる。


「うるせえええええええええええええッ!!全員で、バカにしてんじゃねええええええッッ!!オレは、チャンスさえ整えば、いつだって、告白ぐらい出来るんだからなあああああああああああッッ!!!」


 嵐にも負けない船乗りの声で、我が友、ジーン・ウォーカーの叫びが嵐の海によく響いていたぜ。海賊どもは、ああいう遊びをしているんだなあ……。


 もしも、ジーンがフレイヤに告白しちまったら、皆、ちょっとさみしくなっちまうんじゃないか?……彼には、かわいそうだが、あと5年ぐらいは、告白しないでいて欲しい気持ちになるぜ。

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