第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その64


 ジーンをレイチェルに渡したあとで、潜水の準備にかかる。圧縮された空気をゼファーに作ってもらい。オレはそいつを肺へと吸い込んだ。煙草も吸わない綺麗な肺のつもりだが、まあ、仕方ない。


 戦に勝つためならば、ムチャも承知で動かねばならん時もあるさ。


 オレは、ゼファーの背に捕まるよ。そして、そのままゼファーは再び、海へと潜った。翼をたたみ、胴体につけて。長い尻尾をくねらせながら、竜は深く潜行する……。


 狙ったのは、もちろん作戦の通りに『左』の船だ。


 そこにいるのは熟練の弓兵たちばかり。オレたち竜騎士と竜の天敵だ。連中を沈めてやるのさ。


 海中、8メートルほどに潜る。これだけ潜れば十分だろう。荒れる海と、海水の紺碧がオレたちの姿を暗く塗りつぶすさ。見られてもクジラぐらいにしか思われないだろう。


 クジラ狩りをしているほど、連中だってヒマじゃないさ。


 ゼファーはその深さを維持しながら、尻尾を揺らして進んでいく……たしかに、ジーンの言った通りだった。ここの海水は……とても冷たいな。海底は深いが……その深い底を、さらにえぐれたようなくぼみが見えた。


 海底というのは、想像していたよりも起伏が激しいものなのだろうか?


 それとも、ここが局所的で、ユニークな場所なだけなのか……判断がつかないね。肺に『風』をブチ込まないと、ここまで長時間、海を観察することは出来ないからな―――ああ、レイチェルに聞けば良いのか。


 彼女ならば、海底にも詳しかろう……。


 トーポ沖で沈没船を見つけたというしな。


 オレは……作戦に集中することにする。


 獲物を睨む。魔眼の力を解放するよ、『ディープ・シーカー』さ。魔法の目玉に備わった呪術の力。色彩を代償にして、望遠と時間の流れの低下を、オレにもたらす特殊な術だよ。


 『左』の帝国軍船の船底を見る。『ヒュッケバイン号』の船大工が、語っていたな。複数の木材が、押し付け合うようにして、固定されてある場所。帝国軍船の急所だ。


 そこに穴を開ければ、よく沈む。


 沈没しかけた『ケストレル』の衝角をぶつけた場所だよ。まあ、沈没しかけじゃないと、効果的に突けない場所だから、帝国軍船は放置してある。沈没しかけた船は、あまり突撃してこないからだろう。


 だが、海中に潜った竜の牙ならば、それを噛んで砕いてしまうことも可能だよ。


 ターゲットの位置は確認した。だから、魔法の目玉を解除する。色彩が戻り、時間の流れも普段のそれと同じになったよ。


 竜騎士と竜は心を繋ぎ、オレはゼファーに『その場所』を指示してやる。


 ―――わかったよ、『どーじぇ』、ここだね!!


 ああ。牙を突き立てて、思い切り噛みつぶしながら、外に向かって引き千切ってやれ。それで……この船は沈むはずだ。


 ―――うん!!ふれいやと、『ひゅっけばいん』を、まもってあげるんだ!!


 ああ。噛むときの注意だが。船の重量は相当だ。噛んだあと、首が振り上げられて、へし折られる危険がある。それを防ぐために、ヤツの腹に両脚と翼の爪を引っかける。


 ―――みっちゃくするんだね!!


 そうだ。重心を一つに重ねてから、ヤツの腹を食い破りにかかるぞ。それならば、波に船があおられても、お前の首は無事なはずだ。だが、注意をして噛め。自分よりも、はるかに巨大な獲物であることを忘れるな。


 ―――わかったよ、『どーじぇ』!それじゃあ、はじめよう!!


 そうだな。見せてくれよ、お前の強靱なアゴの力をな、オレのゼファー!!


 ゼファーは『左』の船に取りついた。衝撃は船内の兵士たちに伝わっただろうが、何が起きているかまでは分かるまい。


 矢を射ることに夢中になっていればいいのさ。


 海中で、竜はその顎を開く。ゼファーの口の上下には、剣みたいに鋭く、巨大な牙の列が並んでいるよ。その牙の一つ一つに、魔力と闘志が満ちあふれていく。


 ザグリッ!!


 その薄い木材で編まれた船の腹へと、オレのゼファーは噛みついていた。ゆっくりとアゴに力が加えられていく。牙が、木の板をブチ抜く音をオレは感じた。そして、ゼファーは全力でアゴの力を使い、牙を閉じるんだ!!


 バグンンンッッ!!


 その荒々しい音と共に、およそ六十の木の板が食い破られていた。ゼファーが脚で船底を蹴りながら、獲物から離れていたよ。木など喰らってもつまらない。ゼファーは、暗い海中で身を翻しながら、口のなかの木ぎれを捨てちまうのさ。


 船底の急所を、竜に食い破られた軍船に、致命的な破滅が訪れようとしていた。牙に喰われで生まれた、大人4人が同時に飛び込めそうな大穴に、ガンガン海水が入って行く。


 浸水という言葉ではすまない気がするな。おそらく、船底からは、逆さになった滝のよな勢いで、海が襲いかかっているのだから。


 左舷を喰らった意味はあるぞ。


 この『左』の船は、『ヒュッケバイン号』の左にいるからだ。左舷側に倒せば、『ヒュッケバイン号』に船底を見せる形になるのさ。


 甲板やマストの上に、弓兵どもがいるのだ。


 こちらに引き倒せば、弓兵どもが沈みながらも『ヒュッケバイン号』に弓を引くことはないと考えてのことだよ。


 左舷から海に侵略されて、『左』の船は大きく傾いていた。オレたちの願っていた方向にな。


 弓をもつ兵士どもが、冷たい海のなかに大量に落ちてくるよ。


 やはり、武装しての水泳は危険だな。とくに背中に、たくさんの矢を背負ったままでは仰向けにされて、口から空気がこぼれてしまうぞ。


 最高の仕事をした。


 オレはそう納得する。帝国軍の弓の使い手たちを、一挙に処分出来たのだからな。生かしておけば、オレのゼファーを邪魔する憎らしい存在たちだもんなァ。


 くくく!


 ざまあ見ろだぜ。


 さあて……そろそろ、海の上に戻るか―――――ッ!?


 オレは、魔眼で見えたよ。分厚い海水の向こう側に……よく晴れた青い空に、『火薬樽』が見えた。


 油断していた。勝利にひたり、油断していた。


 ここは戦場だというのにッ!!


 相手は、竜と『人魚』を知っている男だというのにッ!!


 ジョルジュ・ヴァーニエが、残酷なまでの合理主義者であると、知っていたのにッ!!


 野郎、沈んでいく仲間の船の下に、『人魚』か竜がいると理解して……仲間ごと、爆撃したというのかよッッ!!!


 ゼファー、『火薬樽』が来る!!しかも、アレは、妙にデカい!!潜れ!!潜れ!!


 ―――う、うん!!とにかく、ふかくに―――――――ッ!!??


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッッ!!!


 衝撃と、音が、オレたちの体を貫いていた。


 科学的な疑問に、オレたちは我が身で答えを思い知らされていたよ。水ってのは、やっぱり、音を伝えるんだ。ついてに言えば、振動もな……ッッ!!


 直撃したわけじゃないのに!!


 体がクソ痛い!!


 ハンマーで、全身を同時に、殴られたような衝撃だ……ッッ!!


 腹と肺を圧される力に負けて、オレは口から血混じりの空気をゴボゴボと吐き出していく。口の中にまで、あの圧縮された空気の『玉』がやって来る。慌てて歯で噛んで、肺へと……戻る?


 ゼファーが、沈んでいる……なんだ?肺が、勝手に空気の『玉』を吸い込んだ?……深く潜りすぎて、肺が縮んでいる?……ゼファー、いいぞ、もう……これ以上、深くに沈まなくても、いいんだ―――ッ!?


 オレは気づいた。


 ゼファーと心がつなげない。


 ゼファーが、気絶している。


 体が大きい分、あの衝撃をより多く浴びてしまったのかもしれない。竜だって、生き物だ。打撃の浴びようでは、失神ぐらいする。


 ゼファーの体が沈む、オレの体も、なにせ、二人して特殊な合金の鎧を装備しているんだからな!!


 起きろ!!起きろ!!ゼファー!!深く潜りすぎると、死ぬんだ!!


 ゼファーが起きない。


 だから、荒療治だ。オレは、ゼファーに対して、『雷』を放つ。水中でやるもんじゃないんだぜ!?目標から漏れ出て、近くにいるヤツ、全員に焼くような『雷』が走るんだからよッ!!


 クソ痛い!!肌が、焼けるように、痛い!!だからこそ、いい気付けになるってものさ!!竜が、目を覚ます!!


『がぼがぼがぼがぼッ!!??』


 だが、よくないことが起きている。ゼファーがパニック状態だ。状況を認識出来ていない。


 本能的に水に怯えて、暴れる、とんでもない力でもがく!!止めろ、ゼファー!!ダメだ、冷静になれ!!このまま、もがけば、海水を呑んでしまう、溺れてしまう、オレのゼファーが、死んでしまうッッ!!!


 ゼファーッッッ!!!


 聞けッッッ!!!


 『ドージェ』の言葉を、聞くんだッッッ!!!


 オレの心の叫びが、ゼファーには通じたか。ゼファーの動きが水中で止まる。


 いい仔だ。落ち着け。お前は竜だ。これぐらいでは死なない。いいか、口を閉じるんだ。そして、腹ばいになれ。下がどちらか、分かるだろう?


 ―――う、うん……で、でも……『どーじぇ』……く、くるしい、よう……っ。


幼い声が、オレに助けを呼ぶ。竜が竜騎士に……いや、オレのゼファーが、オレに助けを求めているんだ。『ドージェ』が、何とかしてやるぜ……ッ。


 さてと。


 ムチャをするぞ。


 ゼファー。オレの空気の『玉』をくれてやる。それで、呼吸が出来る。空気を吸えるから、そのまま、海上まで泳げ。


 ―――で、でも……『どーじぇ』は……!?


 オレは大丈夫だ。とにかく、行くぞ、ゼファー!!『ドージェ』の命令を、聞け!!


 ―――う、うん!!わかったよ、『どーじぇ』ッッ!!


 いい仔だ、うちのゼファーは。オレは、口から『空気の玉』を吐き出して、右手でそれを捕まえる。ゼファーの鼻先に泳いで、鼻の穴にそれを送り込む。そのあとは、もうガマンだ。オレはゼファーに頭に抱きついていた。


 このまま!!いそいで、浮上しろッ!!一発では終わらんッ!!ヴァーニエは、『火薬樽』をまだ放つぞ!!


 ―――うん!!わかった、つかまっていてね、『どーじぇ』ッッッ!!!


 ゼファーが尻尾で海を叩く。恐ろしい勢いで浮上していく。これはこれで、体に悪そうだなッ!!だが、ヴァーニエなんぞの、『火薬樽』で殺されて、たまるかあああッッ!!


 どばしゃああああああんん!!


 ゼファーが、海上に跳び上がる。宙に浮かぶオレは、空を睨む。やはり、トドメを刺しに来てやがったな。『特大の火薬樽』ッ!!


 お前は本当に、ドSだぞ、ジョルジュ・ヴァーニエッッ!!


 ゼファーとオレは、口から血混じりの空気を吐き出していた。それだけじゃない、オレは、呪文を歌う!!


「『炎の弾丸よ』おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」


 火球を右手でぶっ放す!!


 魔眼で呪われたそれに、とんでもない速度で火球が命中し、かなりの爆風が、宙にいるオレとゼファーをあおって飛ばした。オレたちは、再び海中に戻るが。


 ゼファーは衝撃で失神することはなかった。歯を食いしばり、この痛みに耐えたのさ。


 オレと、同じような貌でな!!


 ヴァーニエへの怒りで、オレたちは、痛みなんぞ、どうでも良かったよ。

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