第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その57


 ゼファーが海上へと顔を出す。オレもその背中の上で、日の光を浴びながら、ゲホゲホと咳き込み、肺のなかに入れていた『風』を吐き出していた。冷たい海中に潜るってのは、なかなか体力を奪われる荒行だったよ。


 だが、『ケストレル』の最後の仕事を見れた。そのうち、ジーンに語って聞かせてやれる。これほど酒が美味くなる物語も、ないだろう、我が友ジーンよ……。


『だいじょうぶ、『どーじぇ』?』


「……ああ。海水で、ちょっと冷えたが、問題はない」


『よかった!』


「ゼファーよ、空へと戻ろう。海賊船を守るために、オレたちも援護だ」


『うん!!かいぞくせんには、『まーじぇ』も、しあんものっているんだ!!……『かぞく』は、ぼくたちがまもるよ!!』


 そうだ。オレたちは、竜と竜騎士。その命は、守るべき存在のために使う!!ゼファーの脚が海水を蹴るように強く伸びて、尻尾と翼で海面を叩く!!強力無比な竜の力で、ゼファーは絡みつく水の拘束から解き放たれて、空へと踊った。


「今だ。北風に乗れ!!」


『りょーかい、『どーじぇ』!!』


 漆黒の翼を力強く広げて、北海よりも風を拾う。風に祝福されるて、竜の体が空へと浮かぶ。あとは必死に翼で空を叩き、海面を足爪で蹴飛ばしながら、海上を走って加速するのさ。


 十分な加速を得たとき、ゼファーは一際強く翼を振って、戦場の空へと帰還する。上昇し、風を浴びる。体についた海水が吹き飛ばされていくぜ。ああ、クソ寒いが……戦場の気配を感じると、ガルーナの蛮族の血が、熱く燃える。


 オレは敵どもを睨むんだよ。


 竜の怒りを背負った左眼と、ヒトの業を宿す青い右目で。


 『ケストレル』の死にざまは、戦局を変えている。『火薬樽』の海域を突破して来たジーンたちの船団に、対応すべく、ヴァーニエは艦隊に陣形を取らせているようだ。


 海賊船たちを狙うように、西へと船首を変えている。ヤツらのほうが、十分に北へと位置している。『カタパルト』は北風の加護を受けて、しばらくすれば海賊船を射程に捕らえるだろう……。


 そして、軍船からは無数の大型のボートが下りていく。弓で武装させた兵士たちだ。兵士たちがオールを漕いで、かなりの速度でこちらへと向かうぞ。風には頼らず、腕力任せで進むのみだ、長時間は漕ぐことは出来ないが、小回りと速度では帆船を圧倒する。


 ヤツらに火矢でも放たれたら、たまらないな。


 帆を焼かれたら……海賊船は機動力を奪われる。そうなれば、エルフの魔術師たちがいたところで操船は困難。動きのない海賊船は、帝国軍船の『カタパルト』から放たれる『火薬樽』で焼き尽くされてしまうところだった。


 『アリューバ海賊騎士団』に敗北をもたらす、戦闘ボートの群れが、四十ばかし海上を走ってくる。まるで血に飢えた狼の群れみたいにな。闘志を剥き出しにして、海賊船に迫ってくるぞ。アレは、かなりの脅威だ。


 一隻に30人近くが乗っている。あの連中が一斉に火矢を放ってくれば、ボートだけでも海賊船を焼き払えるかもしれん。『バリスタ』で狙うには小さいし、動きが速い。それに懐に入られたら、『バリスタ』の射線から外れる。


 考えるほどに、オレたちに不利な条件ばかりが浮かぶな。


 しかし、あれは体力任せの高速、この荒れる海で、海流に逆らっての移動だ。それほど長時間はもつまい……つまり、ヴァーニエは勝負を賭けてきたということか。


「……読んだのかもしれない」


『え?』


「……合流してこない援軍を、沈められたと考えたのかもしれないな―――いや、もしかしたら」


『もしかしたら?』


「……海賊船たちに、それを生け贄として捧げていたのかもな」


『いけにえ?……『おとり』にしていたってこと?』


「ああ。ジーンが指揮する船団の、海賊船たちにはダメージがある。『ケストレル』を先頭にして突っ込んできたのも、ダメージのある他の海賊船を、庇うためだ……白兵戦もしたのだろう。傷を負い、昨夜からの戦いに疲れた状態で、操船作業……」


『なんだか、とっても、つかれそう』


「……戦場で陥った不利に、偶然という原因はあるまい。あの必殺のボートを、このタイミングまで温存していた。ヴァーニエは、オレたちに行動させることでスタミナが潰れるのを待っていたらしいな」


『……てきは、かしこいんだ』


「そうだ。ジーンが認めていた。自分よりも、そして、フレイヤよりもヴァーニエは格上だと」


 たしかに、ジーンの言葉は真実だろう。なにせ、今もって追い詰められている状況だからな―――ヴァーニエはジーンとフレイヤよりも、『上』。もしも、あのままジーンたちが南に封じられていたなら、フレイヤの船団に勝ち目は無かっただろう。


『これから、どうなるの?』


「……ジーンたちは、南の『火薬樽』の海域を越えた。つまり、南には『火薬樽』があり、戻れない。北風が邪魔で北上のペースは遅く、東へと流れる海流で、西には逃げれない。ジーンは再び詰みかけている」


『まさか、『かやくだる』をこえることも、よまれていたの!?』


「……いいや。そうだとするのなら、ヴァーニエの艦隊は、もっと手前にいただろう。だから、それは読まれてない」


 非常識でアホな選択だ。それゆえに、読まれなかっただけだ。こちらにも、あちらにもメリットがある。ヴァーニエは『最強の海賊船』を仕留められたし、オレたちは敗北のシナリオをひとつ潰せた。


「……『ケストレル』で突破しなければ、フレイヤたちの突撃はボートでせき止められていただろう。ジーンたちからでも、フレイヤたちからでも、どちらかが殲滅されたら終わりだ」


『よかった。『けすとれる』は、みんなを、たすけたんだね!!』


「ああ。犬死にではないぞ。『ケストレル』の犠牲がなければ、フレイヤたちから仕留められていただけだ。その後に、ジーンも狩られたさ。ジーンとフレイヤがそろっていなければ、絶対に勝てる相手じゃない」


 しかし。


 まるで、こちらの戦略も、船の数も、その位置までも。とっくに読まれているようだな。


 情報が漏えいしたとは思えない。オレでさえ、海賊たちの動きは知らないほどだから。おそらく、ジーンたちの動きや、そしてリエルが走らせた『ヒュッケバイン号』……それで、読んだのだろう。


 強敵だ。


 まともな海戦ならば、あの若き天才たちだけでは、とても勝てる相手ではなかったか。大した名将だよ、ジョルジュ・ヴァーニエ。正直、オレは舐めていた。ゼファーの機動力があれば、海戦など楽に勝利へ導けると―――。


 認識を改めるよ。ジョルジュ・ヴァーニエ、アンタは海戦では最強の男だ。


 ……だが。


 戦とは知略だけで決まるのではない。賢いアンタが『火薬樽』で描いた勝利のシナリオ。それをジーンの感情と、『ケストレル』の犠牲が一つ潰したように。


 戦の勝利をつくるのは、知略をも崩す『力』という存在の場合もある。さっきみたいに意志の力でもそうだし、もっと野蛮に腕力の場合もある。


 アンタもそれを分かっているから、『ナパジーニア』を結成していた。強兵の存在が、『力』の存在が勝利を呼ぶと、アンタ自身は知っていた。


 おそらく、知恵を力で破られたことがあるのだろう。


 さすがベテラン。ヒトとしては最低のクズだが、軍人としては最高の存在の一人だな。


 ……もしも、アンタがバルモア人を毛嫌いしてくれていなければ……オレたちは負けていただろう。あと500人の『暗殺騎士団/強兵』がいれば、『オー・キャビタル』を守れた。素人の反乱を、制圧出来ていたはずだぞ。


 この半島の『王』となるために欠けていたのは、力でも知恵でもなく、ヒトとしての器か。


『……『どーじぇ』、つばさに、きずをおうかもだけど、ぼーとを、こうげきしにいこうよ!!』


 ゼファーが仲間の窮地に反応している。自己犠牲を厭わない。それほど強い仲間意識を竜という孤高の種族が獲得してくれたことが、オレには嬉しい。だが。ゼファーよ、気負いすぎなくてもいい。


 指でその首の根元を撫でてやりながら、オレはゼファーに語る。


「オレたちは、『何』だ、ゼファー?」


『え?ぼくたちは……『ぱんじゃーるりょうへいだん』?』


「そうだ。一人の『最強』だけじゃない。どいつもこいつも、それぞれが異なる『最強』を持つ存在だ。だから、仲間は守るだけの存在じゃない。頼ってもいい存在だ」


『……うん!!』


「見ろ。サーカスが始まるぞ」


 オレは気づいている。レイチェル・ミルラはすでに戦場にいた。どんな船より速く泳げる『人魚』の復讐者だ。フレイヤたちより遅く、この戦場に現れるはずがない。レイチェルの母性ならば、仲間を守るために、単独で最前線に踊り出ることを怯むわけもない。


 海を、黒い影が走る。


 イルカよりもはるかに速く。


 『人魚』は今日も……夫と共に創り上げた空の舞いを踊る。帝国のボートの上を、レイチェルが飛び越えながら、二度、三度とそのうつくしい肉体が宙で回る。


 空中ブランコの技巧と、その妖艶なまでの美貌で敵を惑わしながら、彼女は呪われた鋼を放つのさ。


 『諸刃の戦輪』が、敵兵どもを斬り裂いて―――ボートの腹を作る薄い板きれを、ギュリギュリと唸る悪意ある鋼が、断ち切ってしまう。


 ボートが裂かれて、重たく武装した兵士たちが、残酷な海へとこぼれて落ちた。


「た、たすけてくれええええええええええええええええええええッッ!!」


「や、矢が、矢がおもたああああいいいッッ!!」


「ボートに、捕まるんだあ―――」


 溺れて沈む兵士たちがが、真っ二つになったボートに近寄ろうとするが、海中から飛び出てきた呪われた戦輪の軌道は、その兵士どもの腕を斬り捨てていた。


 生存の希望へと伸ばすための腕を失った帝国人どもは、現実を拒絶し、彼らの信仰物である女神イースへの文句を叫びながら、白波に呑まれて青へと沈む。


 ボートへ次々と悲劇が襲う。


 『諸刃の戦輪』だけではない。


 深海からの体当たりで、ボートに大穴を開けてしまう。海水が入ってくる。兵士たちは叫びながら、その海水を掻き出そうと必死に手を動かすが、荒れた海では、その作業は難しい。


 なにせ、そのボートで海を走るだけでも、波がいくらか飛び込んでくるだろうからな。わずかに沈めば、穴からではなく、ボートには横波からも海水が浸入してくる。ゆっくりと海に呑まれていく定めだ。


 レイチェルは、武器を捨てて、泳ごうとした男どもの脚を、戦輪で切る。男どもは、唯一残った腕の力を使い、仲間にしがみつき、しがみつかれた仲間ごと溺れて死ぬんだよ。


 『人魚』の恨みは海よりも深くて、無慈悲な冷血は北海の氷よりも冷たく、容赦なんてない。愛する夫と、サーカスの仲間たちを、殺された。その対価を帝国人は今日も払わされている。


「海を、射抜けええええええええええええええええええッッッ!!!」


 なるほど、弓の強さに期待して、海中の獲物を狙うか。まず届かないが……撃たせてやるかよ?仲間ってのは、助け合うもんだ。


「ゼファー!!歌えええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHッッッ!!!』


 ゼファーは回復してきている。『ケストレル』の背中に乗り、休み続けた時間が、竜の肉体に魔力を復活させたのさ。


 強力な火球が渦巻きながらボートの一つに迫り、ボートが爆破された。血肉と、死体と、木片が、空と海の青に融けて―――竜と『人魚』は笑う。


 そうだ。


 ジョルジュ・ヴァーニエ。


 知略では負けただろう。だが、フレイヤとジーンには、オレたち『パンジャール猟兵団』という、大陸最強の『力』が共に在るッ!!


 『策』をも壊す、『力』がある!!オレたちは、その『力』で、望んだ『未来』を掴むと決めているッッ!!!

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