第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その10


 ぶつ切りにされた鯨肉は豪快で、弾力がある。さすがは野生の肉だな。ミアは白い歯でその感触と戦うことを喜んでいる。黒髪のあいだから生えた猫耳が、ピクピクと楽しそうに揺れていたよ。


 スープはトマトベースだった。肉の臭みを取ってくれる。トマト自体が青臭いというヒトもいるが、このスープに使われているのは保存されたトマト缶だ。錬金術のたまものの一つだな。無菌処理と、人口魔石の屑による簡易呪術。


 保存されたトマトは青臭さは減るよ。だから、きっと、万人受けが望めるんじゃないかね。ああ、カブもたっぷり入っているな。根菜と肉の脂が浮くスープは、何だって合うもさ。


 野菜の甘みも感じるよ。トマトの酸味のスープが、クジラの固い肉と合うね。あと、オレには分かる。


「赤ワイン?」


 グルメな猫舌少女、ミア・マルー・ストラウスにも分かったようだ。アルコールはゆだったときに飛んでいるから、心配はない。


 鯨肉につけ込んでいたんだろうな。ワインの樽ごと使ったのだろう。鯨肉の臭みを取り、肉を軟らかくするために。それを鍋に入れて、トマト缶も投入したのさ。他の野菜と一緒くたにしてね。


 豪快だ。


 赤ワインの風味に全てを捧げる、赤ワインを料理につかうと、そんなことになりがちだよ。悪くは無いし、もちろん、とても美味いけれど。それは、戦場の料理としては弱すぎる。


 赤ワインに具材を合わせていると、ボリューム不足になっちまうよ。


 だからこそのトマトベース。


 肉の臭みを赤ワインで取って、さらに何とでも合っちまうような包容力をもつトマトの海に野菜と共に放り込んでしまうんだよ。


 赤ワインの風味だって、失われてはいない。レストランで使うサイズではないからな。牛だって丸ごと煮詰めそうなほど巨大な鍋に、樽ごとワインを使うんだぜ?風味は損なわれちゃいないさ。


 さすがに薪を組んで作った火で鍋を炙り、ガンガン煮込むんでしまうから、アルコールは抜けてしまうがね。それもで風味はちゃんと残っているってわけだよ、樽ごと使うんだからね。


 まったく!なんとも豪快な、良いとこどりさ。これは、店ではムリだ、『祭り』のための料理だよ。


「クジラさんのお肉にも、細工があるよね、お兄ちゃん!」


「ああ。赤ワインにつける前に、筋繊維に対して直角に切ってあるな。筋繊維を断ち、その内部に赤ワインを染みこませているのさ。繊維の方向に合わせて切るよりも、ワインが肉を吸いやすい」


「お肉に、ワインを呑ませるの?」


「おお。そうだな、肉も酔っ払うと、軟らかくなる」


「うん。ステーキのときより、かなり軟らかい!!」


 ミアが赤いスープからフォークに刺した肉を取り上げて、モギュモギュと食べ始める。うむ、大きな肉を食べるときのミアは、とても幸せそうだよ。


 見てるオレまで、幸せがあふれてくるよね……オレ、シスコンだもの!


「あと……この肉は相当に叩き込まれている。繊維を破壊して、軟らかく味わうために。ハンマーだな。木槌でガンガン殴ったのかもしれない」


「なるほど!お肉の下準備の基本だよね!!」


「そうさ。ガンガン叩く。クジラさんほどになると、馬力がいるだろうな」


「うん!きっと!!……だって、あそこに木槌が見えるもん!!」


 ミアは木槌を発見したようだ。オレはミアの可愛い一差し指が伸びている方向を確かめるよ。ああ、海を見つめて、操舵輪を抱えている男がいた。アレ、間違いなくバーテンダーのオッサンだ。


 彼のとなりには、木槌があった。戦闘用には思えないが、なんか先端が血を吸っている。間違いないな、鯨肉を叩きまくったんだよ。


「オッサン、『運動』することで、涙の代わりに汗を流してくれたなら……幸いなことだよな」


「うん!オッサン、いい仕事したね!」


「そうだ。オッサンのハンマーが、皆のために、鯨肉を軟らかくしたのさ」


「オッサン、ありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」


 ミアが波打ち際で煙管を咥えているオッサンに、そう叫んでいたよ。オッサンは、急な感謝に驚いている。オレは、説明はしない。面倒だからじゃない。オッサンが困惑している姿が面白かったからだ。


 オレはスープを味わうよ。


 ああ、トマトの酸味に融けている、脂を感じるのさ……臭みを取るための徹底的な工夫のおかげで、このスープが血の味に濁るとこはない。大した技術だよ。『海賊騎士団鍋』。酸味と辛味と甘みの混じったスープは、飲み応えが十分だ。


 鯨肉と歯の強さを戦わせるのも楽しいが、スープを吸ったカブを食べるのも美味しいよね。ああ、いいな、これ。芋とかもあれば、入れてみてえかも。


「ミア……ウルトラ美味いな」


「うん。これは、そうだ!!『歴史』だよ!!文化と、生きざまが、融け合いながら……それが、どんどん継ぎ足されて辿りついた、一つの極地ッ!!」


「なるほど!!たしかに、歴史がなければ、ここまでの味には辿り着けない!!」


「そうだよ、ひすとりかるな鍋なんだ!!大胆すぎる料理だもの!!多くの失敗と、挫折を繰り返しながらも、試行錯誤を繰り返し、ようやくここまで来たんだ!!」


「まさに、『アリューバ海賊騎士団』のための鍋だな!!」


「うん!!これは、半島の歴史がつまった、グレートでウルトラなお鍋!!私たちは、今、半島の歴史を食べているんだよ!!」


「歴史を、食べている……っ!?いいね、それ、いいぜ!!」


「うん!!魂に刻みつけるんだ、クジラさんは……アリューバ半島一の美味しい食材!!クジラさんを、美味しいお肉に育んでくれて、ありがとう、大海原よ!!私たちは、海が、大好きだあああああああああああああああああああああッッ!!!」


「海が、大好きだああああああああああああああああああああああああッッ!!!」


 オレとミアが、爆笑しながら、海へと肉愛を歌うんだよ!!


 民衆たちが、驚いているが……誰も文句を言ってこないので、オレたちの愛が勝利したということだろう。


 海よ。


 肉を育ててくれて、ありがとうな!!


 そんな風に叫んだりしながらね、オレたちは伝統料理を楽しんだわけだよ。


 肉と野菜で胃袋を満たし、スープで温もりを手に入れていたよ。


 幸せな朝食だった。ロロカ先生も、オットーも、オレたちストラウス兄妹の料理レポートを喜んでくれていた。インテリに褒められると、自信がわいてくる。インテリ・チームよ、オレたち兄妹を褒めて伸ばす方針で扱って欲しい。


 知の巨人ガンダラは、どちらかというと、間違いなくそうじゃなタイプのヒトだからね?褒められたときでさえ、褒められた気持ちにならない。『褒めているのですがね』。彼に無表情ままそう言われても、まったく、褒められた実感が無いんだ。


 別にガンダラが嫌いなわけじゃないが、もっとスマイルを覚えて欲しい―――いや、いいや。よく笑うガンダラとか、なんか恐いから別にいいか。


 ……食後に、オレたち4人は会議を始める。


 戦場であることを忘れそうになるほどに、お祭り料理にリラックスさせられちまったが、それでも猟兵だ。戦場こそが、オレたちの真の住み処である。


 砂浜の上に、地図は広げられる。


 アリューバ半島、西部の地図だよ。


 オレはロロカ先生に訊く。


「なあ、ロロカ。オレたちが襲撃すべき砦は、どれだ?」


「はい、ソルジェ団長。西の沿岸の、まんなか辺りがベストです」


 軍師殿のあの知的な指が、そこを押さえるよ。


 ふむ。たしかに、『そこ』ならば都合が良さそうだ。


 オットーが答えた。オレよりも早く回転する脳みその持ち主だからね。


「……ジッド街道……帝国が整備した、『オー・キャビタル』から西へとアクセスする通路が、近くに通っていますね」


「ええ。『オー・キャビタル』の防衛隊をおびき寄せるための『策』を施すには、かなり露骨ではありますが……ココを狙うべきです」


「ロロカ。露骨だと、バレないの?」


 ミアが、ちょっと勇気を出してロロカ先生に質問だ。ミアの成長が見える。ミーティング時には、不参加なことが多い。戦術は完璧にこなすミアだが、戦略を立てる能力は、まだ幼さが見えるからね―――だから、大人たちに任して、自分は作戦に従うだけ。


 でも、今朝はがんばっている。


「バレるかもしれません。ですが、押さえるほかないのです」


「バレても?」


「はい。なぜならば、アリューバ半島を横断している、この直通路を使えるのは、帝国兵だけとは限らないからですよ」


「帝国兵だけとは限らない……そうだよねー。道だもん、誰でも使える…………っ!そっか、もしも、西の海岸から『自由同盟』の軍隊が上陸して来たら、この……ジッド街道ちゃんを使えば、あっという間に『オー・キャビタル』を攻められる!」


「ええ!そうです、正解ですよ、ミアちゃん」


 ミアの黒髪を、ロロカ先生の手がナデナデしてやる。ミアは得意そうな顔になり、猫耳をピクピクさせていたよ。


 オレの顔面、きっと油断しまくっている。ミアと同じレベルで緩んでいるだろうな。


 ミアが、ロロカ先生の膝の上に座る。甘えるモードだな。ロロカ先生のおっぱいにミアの後頭部が当たる。ミアが、おー、と感動の声をもらす。そして、己の胸に手を当てる。うん。目を細める。だいじょうぶ、お前には未来があるから!


 ミアに甘えられて、ニコニコ顔になってしまうのが子供好きのロロカ先生だ。オットーがロロカ先生に代わり、説明役を引き継いでいたよ。


「このジッド街道の西端を守る砦は三つありますね……建設中の砦が一つ、1年前に完成した砦が一つ、昔からある古い砦が一つ」


「どれをやっつけちゃうの?」


「……攻略の難易度から言えば、建設中の砦を破壊することは容易い―――」


「うん。楽そう!そこなの、三ちゃん?」


「いいえ。ここには、十中八九、捕らえられた半島の民が奴隷として作業させられています。だから、攻撃するのは難しい」


「そっか。巻き込んじゃうし、人質に取られると、長くなる」


「ええ。我々は、あまりココを離れるべきではありませんからね」


「皆さん、やる気がありすぎて、自分たちも攻めると言い出しかねませんから」


 ミアを膝に抱っこ出来て、至福状態であったロロカ先生の表情が、青くなる。あのハイスペックな頭脳で、とんでもなく悲惨な光景を想像したのだろう。


「ムチャしすぎて、倒れて……総崩れ。ありえます。皆さん、クジラとフレイヤさん効果で、自分を半ば見失っているんです……っ」


 疲れているな。ミアは、そんなお疲れサマなロロカ先生に、ぎゅいっと力を込めて抱きしめられる。オットーは解説をつづけたよ。


「建設中の砦以外を壊すメリットは他にもあります」


「どんなの?」


「修復するために、人員を割かねばならなくなるということですよ。つまり、虐殺される亜人種が、減るわけです」


「そっか。砦を作ってくれるヒトがいるから……殺されなくなるんだね」


「はい。ですから、我々が最優先で破壊すべきは、三カ所のなかで最も北にある、この古い砦ですよ」


「壊しやすいんだね。新しい砦より」


「そういうことです。ここを、火力任せですみやかに破壊して……団長、もう一つは?」


「もちろん、攻撃するさ。今度は三つのなかで、最も南の砦だよ。北の砦を破壊する音は響くだろうが……瞬殺されるとは考えていないはずだ」


 ゼファーと『火薬樽』で上空から攻撃する。その威力なら、古い砦を破壊するのは簡単なことさ。オットーがそこにいるんだからね。彼の三つ目で、砦の構造を分析して、『弱点』を探り出せばいい。


 だから、瞬殺―――一瞬のうちに、この古い砦を破壊し尽くすことは難しくはない。


「北の砦を破壊すれば、救援のために南の砦からも部隊が出撃するだろう。護り手の数が減るのさ。そこを、オレとロロカ先生と『白夜』で攻める」


「それでもたくさん兵士がいるよ?」


「こっちの兵士は、それほど殺さなくてもいい。そうだな西側の壁を、崩しておく」


「どうなるの?」


「敵さん、不安になる。西の海から攻められた時を想像すると、不安だろ?……その壁の穴に、『炎』の『エンチャント』を帯びたバリスタでも撃ち込まれたら。砦の役目を果たせなくなるほど、ぶっ壊せるさ」


「修理させたくさせるんだね!」


「そうさ。捕虜に働かせたくなる。つまり、捕まった連中を殺したくはなくなるのさ。それに低下した防衛力を、補うには、軍事力の追加派遣が必要……」


「『オー・キャビタル』から、部隊を誘導出来る……つまり、『オー・キャビタル』が手薄になりやすい……」


「ああ。そうだぜ。さて……二時間だ。移動と破壊工作、それをこれから二時間でこなすぞ。今は、午前8時……浜から、いい東風が吹いている。南下すれば、最良の風になる。コイツに乗って、砦を仕留めに行くぞ」

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