第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その6


「キャハハハハハッ!!ねえ!?どうかしら!?痛い!?痛いの!?……あれえ?なによう、このジブリルちゃんが楽しんでるのに、気絶するとか、ありえないッッ!!」


 彼女はそう叫びながら、痛みのあまりに失神してしまった。男の顔面に、鞭の柄のおそらく固いと思われる部分で殴りつける。


 その強打が脳を揺らし、なんとも乱暴な気付け作業は完了していたよ。『暗殺騎士』は目を覚ます。気絶もさせてもらえないかと悟ったのか、その顔はヒドく残念そうな顔をしていた。


「……おはよう。寝ちゃ、ダメよ」


「そ、そんな……もう、許してくれ。オレたちは、本当に……してない。しらないよ、爆弾なんて……」


「火薬も知らないですって?『嘘』をついちゃダメよ。さあ、罰を与えないと!私に『嘘』をまたついた!!許せないから、鞭で打ってあげる!!」


「そ、そんな……ッ。い、いぎゃああああああああああああああああああッッ!!」


「キャハハハハッ!!いい声で鳴く肉ね!!バルモアの肉は、本当に最高だわ!!」


 『ジブリル・ラファード』は、その細身の美貌をなまめかしく反らしては、鍛え上げられた男たちの肌に、あの長い鞭の打撃を浴びせていく。何度も何度もね。


 ああ。どうにも、性的な興奮を隠せない女の顔に、あの拷問作業による疲労でかいた汗の玉が浮かんでいるよ。


 その汗の玉が、揺れるロウソクの炎で、琥珀色に照らされて……なんとも言えない背徳的なうつくしさがある。


 あの少年のように細い胸の無い体は、ツインテールという髪型もあるせいか、あまりにも幼く―――それゆえに、彼女の笑みが帯びた嗜虐者の色気は、帝国兵士たちを明らかに魅了していた。


 葉巻を加え、ソファーに座ったあの男は……ジョルジュ・ヴァーニエは、果たして、彼女と敵のどちらに興奮を催して、その冷たい微笑みを浮かべていたのかね。彼は護衛たちに囲まれて、その拷問を最前線で見つめていたよ。


 ……なんだか。


 ミアには見せたくないタイプの拷問だ。いや、語弊があるな。ミアに見せたい拷問など別にないんだが―――まあ、仕方ない。オレはミアを呼び、彼女の猫耳にコソコソと耳打ちするよ。


 どう『斬る』べきなのか。それを指示していた。


 敵は20人以上もいるからな。『ジブリル・ラファード』に一撃を入れたあとで、オレたちはそのまま、混沌に染まる戦場を駆け抜ける。そのまま、外に出ると同時に、オレたち兄妹はゼファーに回収される予定だ。


 そのタイミングを、オレはゼファーにしっかりと伝える。ゼファーは北風と南風がぶつかるように混ざる上空で、宙を泳ぐように大きな翼と長い尾を揺らしていたよ。浮遊するように飛ぶことで、いつでも降下出来るようにしているのさ。


 問題は無い。


 敵の配置も、オレの魔眼が把握済みだ。ミアにも猫耳へ小声で敵の位置と数を伝えていくよ。これで準備は完了だ。


 あとは、オレの合図で全ては始まる。


 だから、オレはそのタイミングを待つよ……。


 情報収集だってしておきたいからね。


「ねえ、ヴァーニエ総督ぅ。この子たち、これだけ痛めつけても嘘つきなままなんですけどお?」


 『ジブリル・ラファード』は甘える声と共に、露骨なまでにその細い体を揺らしながら媚びていたよ。彼女は、ソファーに深く座ったまま、横柄な態度で脚を組んでいる男の側に向かう。この拷問の光景を楽しんでいるジョルジュ・ヴァーニエのもとに近づいていくのさ。


 小娘が、さほども無い胸を覆っている皮製の衣装から、何かを取り出す。飴か。棒付きキャンディーだ。小娘は、その包みを剥ぐと、それを唇の間に収めてしまう。長い唇を絡めるようにして、その青い飴をなめている。


「ねーえー、総督ぅ……そんな葉巻より、私の舌で温めた飴の方が-、エロくて甘いですよう?」


 小娘め、『復活の聖女』とまで名付けられた聖職者は、まるで年若さを武器にした幼い娼婦のように、パトロンへ全力で媚びていた。口のなかで転がす飴玉についた棒が、まるで犬が振る尻尾みたいに揺れていたよ。


 あれだけのサディストのくせに、自分のご主人さまには奴隷のように従う。それが征服欲を満たしてくれたのだろうか、ジョルジュ・ヴァーニエは、たいそう喜んでいたよ。葉巻をかじるその歯に力を込めながら、白い歯を見せて笑う。


 印象的なことに、そんなに笑いながらも、瞳の冷たさだけは変わらない。彼もまた生粋のサディストなのかもしれないな。そういった連中は、あらゆる快楽を、暴力と結びつけなくては楽しめないものだ。


 ヒトを切り裂いたあと、鍋で煮詰めて、油脂を取り、松を燃やして作った灰と混ぜてね。『石けん』を作っていた変態を知っているよ。戦場跡をうろつく『グール』を仕留めるって依頼を、小遣い稼ぎに受けたことがあるんだが……。


 『グール/屍肉喰い』なんてモンスターはどこにもいなくて、どうしようも無いサドを患った男爵殿が事件を起こしていた。


 オレは、戦場で男爵の召使いを捕まえた。召使いはドSを患った男爵殿のために、戦死体を集めては、彼らを先ほどの作業で『石けん』に変えていた。男爵殿は、その人肉臭い『石けん』でなくては、入浴の爽快感を手に入れることが出来なくなっていたそうだ。


 騎士道とは、悪逆非道に牙を剥く道。


 オレは男爵殿を殺してやったよ。


 ……その経験則から言わせてもらうとね、あの時の男爵殿と同じ瞳をジョルジュ・ヴァーニエ総督は浮かべている。


 この総督が、あまりにも残酷なのは、本質がそうさせているからだ。


 性欲と結びついた行動は、本能が衝動させている行いである―――死ぬまで変えることはないだろう。


 オレの悪人を嫌う本能が、ヤツを殺してしまえと騒ぎ出す。指がね、動いちまうのさ。あの邪悪な野郎の魂を、魔王の指がにぎる竜太刀でぶっ壊してしまえとね。


 だが、ダメだ。


 ガマンしなくてはいけない。


 ヤツがそんな性格をしてくれているのであれば、オレはヤツの行動をより細かく予見できる。悪人の心は、本能に対して素直で、いつも合理的なんだ。貪欲に、己の望みを満たそうとするからね―――。


 今夜は、その命を預けておいてやるよ、ジョルジュ・ヴァーニエ。お前は、オレが必ず殺す。遠くない未来に、必ずだ。


「―――もういい。まだ、幾らでも残っている。その男は、殺してしまえ」


「ハッ!!」


 ヴァーニエの命令に、短く返事をしたのは彼の護衛を務める帝国海軍の兵士であった。彼は絶望にぐったりとしたバルモア人の側に行く。バルモア人は、状況を悟ったようだ。


「よ、よせ……たのむ。頼むから、やめてくれ!!」


 命乞いが始まるが。サーベルは彼のことを斬りつけていた。斬られた首が血と叫びを放つ。断末魔の叫びは、オレの鼓膜に不快な揺れを残響させたよ。こうして、また1人のバルモア騎士が死んだ。


 死んだ騎士は、そのまま壁に貼り付けにされたままだった。


「フフフ。まるで剥製のようだ。うつくしい傷痕で飾られている……素晴らしく芸術的な死体だよ」


 ジョルジュ・ヴァーニエは屍体を褒めていたよ。


 剥製のようで、うつくしい……?


 ふむ。自宅には、さまざまな動物たちのそれがありそうだ。そして、帝国の法律でも、表面上は禁止している『ヒトの剥製』。それも、彼は所有しているのではないかと、オレに確信させる。


 サディストの娘が嗤ったよ。彼女の歯が、口のなかの飴玉を粉砕する。そして、それが付いていた棒を口から吐き出していた。


「……では。次の拷問を始めますわねぇ、総督ぅ?」


「うむ。お願いする、ジブリル・ラファード殿。『カール・メアー』の罪悪をあばく正義の炎が……私を、じつに楽しませてくれるよ。ああ、弱者を楽園に導く、イースの慈悲とは、うつくしく、とても力強いものだ」


 神を騙るサディストどもが、都合の良すぎる宗教解釈で、己の邪悪さを正義の光で塗りつぶしていくね。


 だが……悪神どもを三柱滅ぼして、オレは思う。


 『ゼルアガ/侵略神』と呼ばれる、あの連中が、恐ろしく邪悪で、独特の哲学を実践していたところを考えると―――意外と、『オレたちの世界の神さま』も、例外なく邪悪な存在なのかもしれないな。


 そうだとすると。


 この世界は、なんて救いの乏しい構造をしているのだろうか……。


「そうです!!イースさまの裁きは、とても美しいんですよねえ!!」


 オレの宗教的な苦しみを、相談する価値が無さそうな『巫女戦士』が、ワクワクした顔で獲物を選ぶ。ホールの壁に、杭で打ち付けられた枷に捕らわれた『暗殺騎士』どもの前を、子供じみた足運びで美少女さんが歩いて行くよ。恐いゲームだな。


「さ・あ・て……誰にしようかしら……ああ。貴方がいいわ!!だって、貴方は眠っているフリをしていた!!私に、『嘘』をついた!!嘘つきは、イースさまが、許さないんですよう?残念でしたあああッ!!」


 キャンディーの着色料で青くなった舌を見せつけるように長く伸ばして、思いっきり『あっかんべー』をしていたよ。あの小娘のサディストはね。


 しかし……イースへの『嘘』はダメ。


 そうだな、『カール・メアー』の教義の一つだったよ。ルチア・アレッサンドラも、そう語っていたじゃないか。


 イースへの『嘘』は許されない……イースの使徒である、巫女戦士の問いに対するそれも許されない。その教義を使うことで、身分を偽るという嘘をつく者たちを、激しく罰する。それが、『血狩り』を任された理由。


 『カール・メアー』の教義において、巫女の前で嘘をついたその瞬間、その者は『異端者』として、暴力をもって修正されるべき立場となる……恐怖の『異端審問官』は、そういう恐怖の理論武装のあげくに誕生するってわけさ。


「う、嘘が罪だというのなら!!レイ・ルービットも裁けッ!!」


「レイ・ルービット?……誰ですの、それ?」


 『ルービット』……名前までは知らなかったが、『ダベンポート伯爵』の本名は、レイ・ルービットというのかね。それとも、オレの知りたい男とは別人か?……ないとは言えないが、ちょっと気になる名前だぜ。


 確かめておきたい所だよ。


 話してくれるかね、『暗殺騎士』よ。


「―――ヤツは、オレたちに、嘘をついたんだ!!……オレたちに、『ブラック・バート』の『砦』を襲わせたとき……あいつは、オレたちを援護すると約束していた。でも、そんなことはなかった!!オレたちだけが、犠牲になった!総督!!オレたちは、戦った!!」


「……ほう。戦っているのは、貴様たちバルモア人だけとでも言っているのか?私の創り上げた、この帝国海軍を、臆病者と言うのか」


「……そうじゃない。で、でも。あのとき、オレたちは死力を尽くして、海軍からの命令に従ったんだ!!なのに、なんで!!なんで、こんなに疑われなくてはならない!!」


「決まっているだろう」


 そう言いながら、ジョルジュ・ヴァーニエはソファーから立ち上がる。あの禿げた頭を右に左にと倒しながら、イラつきを隠すことなく。その『暗殺騎士』の元へと歩いた。


「な、なんで、近づいてくるんだ……ッ」


 ……それこそ決まっているな。


 葉巻を加えたままだったよ。ジョルジュ・ヴァーニエの冷たい瞳は、獲物を冷たく睨み、いきなり始めたよ。『暗殺騎士』の腹へと、ナイフを突き刺していたのさ。そのナイフは深く突き刺さった後で、腹を裂くように動いた。


「ああああ、ああッ!?」


 切り裂かれた腹から、内臓がふくらむように漏れていく。見たことのある傷だ。『ダベンポート伯爵/レイ・ルービット』に騙され、フレイヤを誘拐してしまった海賊ビードの腹を切り裂いていた傷口とね。


 でも、印象が少しだけ違う……そうか、左利きだからか。ジョルジュ・ヴァーニエは左手のナイフで腹をかっさばいていた。あのとき、ビードの腹を裂いたのは右利きのナイフ。海軍兵士だから、同じ技巧を使うのか……?それにしても、似ている。


 ジョルジュ・ヴァーニエの口が葉巻を吐き捨てていた。腹からあふれていく内臓を見下ろして、青くなっている『暗殺騎士』の顔を、冷たい瞳が睨みつけている。総督の口が動いていた。


「レイ・ルービットは、私の教え子の1人だ。ヤツは嘘つきだが……私の技を継ぐ海軍の兵士……お前のような、バルモア人ごときが、罵っていい男ではない」


 そう言いながら、ヤツのナイフが腹を切られた男のノドを掻き切っていたよ。返り血を浴びながら、総督殿はなんとも楽しそうに笑う。


 それが、なんだかムカついたからね……オレは、ミアにサインを出していた。ミアの背中をポンと叩いた。ミアの唇がストラウス家特有の、あの牙を見せつける狂暴な貌を浮かばせて―――次の瞬間、ミアは戦場へと解き放たれていた。

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