第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その35


 オレたちはその午後の勝利を祝うために、トーポへと帰還する。ゼファーの背にはレイチェルとフレイヤも乗せていたよ。トーポに向かう途中、ゼファーの眼が東の沖にクジラの姿を見つけていた。


 良い報告が増えたな。オレは、ゼファーに低空飛行させて、トーポの浜辺にいる漁師と海賊に、クジラがいたことを告げる。その連中は、おおおお!!と盛り上がった声を上げると、デカいモリを脇に何本も抱えたまま浜を走った。


 これで、食糧をしばらく心配せずによくなった。


 トーポには各地から、どんどん避難民が押し寄せていたよ。亜人種が多いが、人間族もいた。その大半が古くから半島に伝わる名を持つ、アリューバの民だった。


 この土地も、かつてはガルーナやルード王国、そしてザクロアのように多人種が共存していた場所なのだ……それを感じられると、なんだか親近感もわいてくる。


 彼らのためにも、クジラ狩りが無事に成功してくれることを祈るよ。これだけ集まれば、食糧が問題となる。それに、住居もね。


 帝国の軍船から回収した帆で、簡易のテントを作る。日差しと雨が避けられれば、それでもマシだった。あとは製材所が大忙しになる。軍船の内装に使う予定だった板で、本当に雑な小屋を建てていくのさ。


 トーポの人口はどんどん膨らんでいく。アリューバ半島各地からの避難民だからね、オレとロロカ先生は避難民たちから、たくさんの情報を集めることが出来たよ。


 オレたちは町長の屋敷に戻る。ミアがまだ眠っているあのソファーのとなりで、ロロカ先生とミーティングを始めるために。


「……やはりというべきですね」


「そうだな。トーポに割かれた敵の戦力が少ない理由が判明したな」


「他の土地も襲撃に晒されていた。だから、ここを攻めてきた敵戦力が少なかった」


 分かっていたことだ。そう、オレたちは予測していた。たった300人の敵に、たった4隻の軍船。どう考えても、敵の『総力』ではない。


 ロロカ先生が、地図に羽根ペンで印を描き込んでいく。襲撃された場所さ。14カ所の村と町が攻撃されていたようだ。


「亜人種の多い村や町を、帝国の兵士が襲った。沿岸部は、軍船を使って兵士の群れが上陸してきた……あちこちの村や町を、襲撃した……大勢が殺され、大勢が虜囚となった。焼かれた家屋も多い」


「あまりにも……っ。悲惨な状況です……っ。こんな破壊では、生活を再建するまでに多くの時間がかかってしまいますッ!」


「そうだな。だが、虐殺自体は止んでいる」


「……は、はい。捕らえられた男たちを、船や、歩かせることで、『オー・キャビタル』に運んでいるようです」


「……『バッサロー監獄』か」


「おそらく。長らく使われていなかった場所です。でも、鎖で皆をつなぎ、押し込めておけば管理は可能でしょう。きっと、『魔銀の首かせ』もある」


「収監した後で、しばらくすれば『異端審問官』、ジブリル・ラファードの拷問が始まるか」


「……ある意味、『彼女』に感謝ですね。結果的に、虐殺を回避してくれています」


「そうだな、『カール・メアー』の痛ましい教義にも、今は感謝だ」


 現世では救われぬ苦しみを持つ者に、慈悲に満ちた死を―――だが、死の救いの前に、罪を告白するための時間が要る。拷問と共に、懺悔の時間が始まるか。


 最悪なシチュエーションだ。『血狩り』で見つかった『狭間』たちと、捕らえられた亜人種には、『バッサロー牢獄』での拷問が待ち受けている……?


「悲惨なハナシだが、村ごと焼き殺されるよりはマシだな」


「はい。ですが、帝国の『血狩り』は、本来は帝国社会に紛れる『狭間』の摘発を目的としたものです。ジブリル・ラファードの行動は、法律上の運用を超えている。違法な行いですね―――」


 法律と規律を重んじる帝国にしては、彼女の違法ぶりを野放しにするのは珍しい。


 それに彼女は、『カール・メアー』の攻撃的な教義からしても、やり過ぎではある。同じ『異端審問官』のルチア・アレッサンドラは、彼女の『職権乱用』を上司にどう報告するのか。


 おそらくだが……。


 彼女は法律の執行機関からも、そして『異端審問官』たちからも、不人気だと思う。彼女が拷問した人々の多くは、『狭間』と無関係の存在だったからだ。あまりにも被害が大きい。


 その無辜の被害者たちは、彼女を恐れて直接は文句を言わなかったかもしれないが、役人たちには、おそらくとんでもない苦情を入れたに違いない。損害賠償の訴訟沙汰も多いのではないか?彼女には直接請求しなくても、その土地の行政を訴えたはずだぞ。


 だが、彼女は明らかに職業倫理に欠いている『異端審問官』を解任されることもなく、新たな任務地を与えられた。何故か?……その問題点を帳消しにするほどの『実績』があるのだろう。


「―――シャーロンの情報では、ジブリル・ラファードは『狭間』の摘発のために、その法律を拡大解釈して、誰しもに使った。亜人種に対しては、人間族と子作りしていないかを吐かせるためにな」


「……だからこそ、彼女は多くの『狭間』を見つけたのでしょうね。貴族や、大商人、あるいは軍人や役人……捕まえた全員が、本当に『狭間』だったのかは分かりませんが」


「まあ、真偽までは分からないが、とにかく『成果』はあげた。皇帝ユアンダートが望む成果をね。たくさんの『狭間』を見つけ出した。彼女は、だからこそ自身こそが罪人にならずに済んだというわけだ」


 そして、ジョルジュ・ヴァーニエは、『有能な差別主義者であり、自分と気の合いそうなジブリル・ラファード』を、この半島に呼んだわけさ……。


「……彼女は、ルード王国の南東に位置する、帝国の城塞都市フィガーロが元々の任地だったようですね。ですが、ヴァーニエに呼ばれた彼女は、護衛たちと共に陸路で北上し、シャーロンさんに捕らえられた」


「その後、『解放』しちまったけどな。現在の『彼女』は、自分を拉致した海賊たちへの復讐心に燃えつつ、サディストである自分にとって『最高の仕事場』を与えてくれたヴァーニエに感謝しながら、半島民を『バッサロー監獄』に送ろうとしている」


「両者の『利害』が一致していますね。サディストの『彼女』は拷問する獲物が欲しい。そして、ヴァーニエはこのアリューバ半島からの亜人種の排除を望んでいる」


「ああ。さらに言えば、この破壊的な行為に伴う、大きな経済的損失の責任逃れだな」


「はい。ヴァーニエは自身への責任追及を躱すための『盾』として、皇帝の勅令により結成された『異端審問官』を利用している……両者の利害は一致しています」


「悲惨な状況だな。サドの『異端審問官』と、殺戮好きの総督のコンビかよ」


「はい」


 そして、オレとロロカ先生は、無言のままに見つめ合う。ロマンティックなムードではない。戦術家としての貌で、ただ、この状況を分析しようとしている。オレは、考えたよ。しばらく独力でね。


 オレはロロカ先生ほど賢くはないが、独自の視点で状況を見ることは可能。その視点を提供することで、ロロカ先生の思索の手助けになりたいんだよ。アホ族にはアホ族なりの貢献の仕方がある。


 だが。


 オレは、この状況に『納得』してしまっている。


「……なあ、ロロカ。この『流れ』に、『おかしなトコロはないよな』?」


「……はい。シャーロンさんの『策』は、生きているように思えます。ヴァーニエの行動に引きずられて、状況が想像を絶するほどに早回しになりましたが」


「……オレも、そう思う。まさか就任式の最中に民間人を虐殺して来るとは想像していなかったからな、スケジュールはズレてる。だが、それ以外は、想定通り」


「ですが。そのシャーロンさんからの連絡は、途絶えたままです……」


 そうだ。そこが唯一にして最大の懸念。


 無事なのか、この『策』の仕掛け人は。


「シャーロンさんの『策』は生きているように見える。ですが、そもそも、ヴァーニエとジブリル・ラファードの『利害が一致し過ぎています』。この状況を作りあげたのが、私たちの『策』なのか……それ以外なのか、判別がつきにくい」


「どんな悪いパターンが考えられる?」


「……ソルジェさんがシャーロンさんと接触したという、あの教会の地下。あそこがヴァーニエに発見されていた場合ですね」


「……つまり、シャーロンが―――」


 ―――オレの見た『悪夢』のように……。


「ええ。最悪なのは、シャーロンさんが、既に暗殺されている場合です」


「……どういうのだ?」


「ヴァーニエは、昨晩、自身の心血を注いだ『ナパジーニア』が潰されて、追い詰められていました。そして……シャーロンさんがジブリル・ラファードを誘拐していたことに気づいていたなら……ジブリル・ラファードを、堂々と『ねつ造』するかもしれません」


「……『ねつ造』?」


「はい。自分の願いのままに動いてくれるジブリル・ラファードを創り出す」


「……つまり、ジブリル・ラファードの『ニセモノ』を用意する……?」


「今、『オー・キャビタル』にいるジブリル・ラファードは、ヴァーニエがあらかじめ用意していた『自分の部下』かもしれません」


「そうか。それならば……ヴァーニエと『気が合う』のも、うなずけるな」


「……ゼファーちゃんとシャーロンさんが別れた後、その教会にはジブリル・ラファードはいなくなる……でも、その後で、すぐに、ヴァーニエの部下が、その教会を襲撃していれば?」


「……しかし。あのシャーロンが、そう簡単に殺されるはずがない」


「ですが……ヴァーニエには、27人ほど、手練れの特殊部隊が残っています」


「……ッ。『ナパジーニア』の三番隊か……ッ」


 連中がいるな……あのとき、非番のはずだが。いや、緊急事態に備えて、連中の中でも上位のグループを確保していたら?……シャーロン1人では、連中が10人で襲いかかれば危険だな。とくに、あの地下室のような逃げ場の無い場所では―――。


「―――つまり、シャーロンが殺されていて、ヴァーニエが用意した『ニセモノ』のジブリル・ラファードが、この状況を作っている……それが、最悪のパターンか」


「はい。このままでは、シャーロンさんの『策』を使うことは出来ません」


「ああ。彼女が『ニセモノ』だったら、困るもんな」


 あの『ジブリル・ラファード』が『ニセモノ』だったら、マズいんだよ。


「……ああ。クソ。シャーロンめ、連絡を寄越せというのだッ!!」


 オレが怒りと焦りが混ざった感情で、声を荒げたときだったよ。窓ガラスをコンコンと叩く音が聞こえていた―――白いフクロウがいたよ。


「……フクロウ!?シャーロンのか!?」


「い、今、確認します」


 ロロカ先生があわてて窓ガラスを開ける。そして、フクロウは彼女の腕に跳び乗っていた。彼女は、フクロウの足輪を外す。そして、暗号文を見て、一瞬で解読していた。


「シャーロンさんからではなく、リエルからです」


「……そうか。リエルとカミラは無事だな?」


「はい。みんな無事みたいですよ!……それに、『氷の船』の作戦は上手く行ったようです」


「……よし。さすがだぜ、別働隊」


「……これで、『進軍ルート』は確保できます。シャーロンさんの『策』が無くても、『オー・キャビタル』を攻撃は出来ます。もちろん、こちらの損害が増えますが……」


「……夜まで待とう。そして……それまでにシャーロンからの連絡が無ければ、彼女が『ニセモノ』かどうかを確かめに行く必要がある」


「……はい。それでは、私が情報を―――」


「―――いや。君は寝ていてくれ。シャーロンから連絡が無ければ、オレとミアとゼファーは今晩、ここから離れなくてはならない。仮眠だけでもいいから、取ってくれ」


「……はい、ソルジェ団長」


 そう言って、目の下にクマさんを飼い始めている。ロロカ・シャーネルはソファーに寝転んだ。オレは、彼女に毛布をかけてやるのさ。彼女も疲れている。ゼファーに乗っての長距離移動。


 それに、一晩中起きて、戦闘もこなした。疲れ果てている彼女をソファーで寝かせるのは、心苦しいが。ここも戦場、ミアの言う通り、ベッドは重傷者だらけだからな。疲れているだけで、大きな傷の無いオレたちが欲張るわけにもいかない。


 オレはイスに座ると、そこで腕を組んだまま考え始めるよ……だが、焦りがあるせいだろう。良い考えがまとまってくれない。ただ無為に時間だけが過ぎていく―――。


 空が赤くなり始めた頃……オレは、ようやくシャーロン・ドーチェが暗殺されている可能性を受け入れ始めていた。とんでもなく、さみしい気持ちだったよ。体の一部が欠けたような、喪失感があるのさ。


 そんなさみしい気持ちのときに……フレイヤ・マルデルに名前を呼ばれたよ。


「―――ストラウスさま」


 振り返ると、そこに悲しそうな顔の乙女がいたのさ。男の義務として、答えるよ。うつくしい姫君にはね、竜騎士はやさしくするものさ。さみしい気持ちを押し殺し、オレは微笑みを浮かべてみせた。


「どうした、フレイヤ?」


「じつは、おりいって、相談があるのです!」


 何を思いついたのだろうな、この賢いアリューバ半島のお姫さまは。泣きそうな瞳と、強がる表情で。オレはね、そういう顔した君の言葉を、断れるような心境ではない。何かをしていたいのさ。


 もしかしたら、シャーロン・ドーチェが死んでいるのかもしれないんだから。

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