第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その5
行き交う人々の半数近くは人間族であったが。残りはエルフ、ドワーフ、巨人族とさまざまな人種で構成されていた。エルフやドワーフは、元々、アリューバ半島の民であろうし、人間族も半分はそんなものだろう。
巨人族の多くは『魔銀の首かせ』をつけられて、とても巨大な木箱や重そうな鉄製品を運ばされているから、植民して来た帝国人の奴隷か。
ふむ……外から見て予想していた通りのにぎやかな街だ。北海の産物である、材木やら海の幸を帝国本土へと運ぶための道として、この『オー・キャビタル』は栄えている。今までの総督殿は、悪くない支配者だったというわけか?
だが、これからは、かなり毛色が異なる支配者がやって来るぞ。
亜人種の諸君よ。
君たちは、この場所から遠くない未来に追い出されるぞ。帝国人どもに、住み処を奪われ、商売も潰されてしまうだろうな。本当の侵略者が、容赦なく君らに牙を突き立てようとしている。
その事実を忘れて、いつまでもノンビリしていられたら良いのだがな。蜂起に備えてくれると嬉しい。君らの人生を守れるのは、君らの暴力だけだ。それ以外の言葉は、嘘だと言うことを、ジョルジュ・ヴァーニエのヤツがすぐに教えてくれるだろう。
オレは屋台でイカを焼いているドワーフの婆さんを見つけたよ。
小腹も空いているんで、ちょうどいいや。
情報収集がてら、その小柄な婆さんのトコロへ向かう。
「婆さん、焼きイカ一本くれるかい」
「ああ!いらっしゃい!一本だけでいいのかい?」
「ああ。じゃあ、二本ね」
「毎度あり。すぐ、焼くから、待っときな」
「わかった。婆さん、ドワーフだよな?アリューバ半島の出身かい?」
「そうだよ。アンタは旅人だね。そして、帝国人じゃない」
するどいな、バレちまった。
「うん。よく分かったな」
「そりゃ分かるよ、帝国の人間は、亜人種の店には来ないさ。それが例え、露天商なんていう気楽なはずの場所でもね」
「……そうかい。こんなに香ばしいにおいをさせてるのに、残念だよ」
「まったくだねえ。まあ、私も帝国人が嫌いだから、おあいこサマさ」
侵略者と侵略される者。それに人種差別が加わっている。当たり前だけど、両者のあいだには冷たい壁があるようだ。
「景気はいいかい?」
「今のところはねえ」
「不安要素があるのか?」
「……んー。新しい総督が来るんじゃないかって噂してる」
ほう、さすがはウワサ好きのアリューバ半島の人々だ。情報網の性能がハンパねえ。それとも、住民の混乱を避けるために、あえて情報を流しているのか……政権交代のインパクトを和らげるために。
「へえ。新しい総督って、どんなのだ?」
「そりゃアンタ、良くなるわけがない。こないだ、ザック・クレインシーの軍隊が、満身創痍でここまで逃げてきたんだ」
「ああ。らしいね」
あの老将軍も、しぶとい男だよね。患った肺を抱えながらも、どうにかここまで逃げ延びたか。さすがの結束力だぜ、第五師団。オレは、じつは好きなんだぜ、ザック・クレインシー将軍が。部下に欲しいと思う人物の一人。
「クレインシーらの疲弊ぶりは散々だったよ。私は喜んじまったが、帝国人の顔は暗かったねえ」
「そいつは見物だったな」
「ああ。あんたも、『こっち側』かい」
「ああ。そういうことさ」
「フフフ。じゃあ、一本オマケしておくね」
「そりゃどうも。オレも、お返しに、今度……大きなコトをばあちゃんに見せてやるよ」
「ふーん。ムチャするんじゃないよ?」
「乱世で大男に産まれちゃったんだぜ?……ムリだぜ、ばあちゃん」
「それなら、楽しみにしておこう。帝国人をその刀で切り裂いてやりな」
過激なことをいうイカ焼き屋さんだね。
オレは2シエル渡して、焼きイカを3本もらうよ。
「なんか、こんだけたくさん抱えて人混み歩くのもめんどいから。ばあちゃん、屋台の裏側で食ってもいいかい?」
「ああ。好きにしな、竜太刀の男」
「……ん。ばあちゃん、竜太刀を知っているのか?」
「そりゃねえ。昔、うちの父親が研いだことがある」
「もしかして、ザクロアにいたのか?」
「ああ。そうだよ。父親はザクロア一の刀匠さ!」
「なら、納得。それ、うちの一族の刀。マジの竜太刀だ」
「だろうねえ。なんとも、やかましくて偉そうに語る鋼だったと父親は言っていた。アンタのそれからも、とんでもなく偉そうな声が響いている」
「アーレスらしいや。で、ばあちゃんも、鋼と語れるのかい、ドワーフだから?」
オレは屋台の裏側に回る。どこかの安い民家の壁に、勝手に背中を持たれかける。
「まあね。私は普段は、ささやきが聞こえる程度。刀鍛冶になれるほどの耳はない。それでも、分かるよ、それが竜太刀だってことはねえ。だって、うるさいんだもの!」
「歌っているのかい、オレのアーレスが」
イカ焼きをかじりながら、オレはにんまりと笑う。ドワーフたちに耳が羨ましい。死んだ竜の歌さえも、その耳に届くんだからな。オレは、炎と熱量でアーレスと語り合うことぐらいしか出来ねえよ。
「歌うというか、殺意を振りまいているよ。呪われている剣みたいだったと、父親も長いあいだ語り継いでいた。あんな刀は見たことがないと」
「竜の祝福を受けた刀だからね。真の竜太刀というものは、狂暴なんだよ」
「その刀は、私の父親が研いでいたものかい?」
「いいや。これは比較的、新しいシロモノ……グラーセスの王さまが打ってくれた」
「ほう。南の果てから来たのかね?」
「……色々なトコロを長旅しているだけだよ」
「ここには戦のためかい、傭兵さん」
「旅する戦士の宿命だ」
「フレイヤさまの方かえ?」
「……ああ。そうだよ。竜太刀を背負って、ファリスに仕える日はないよ」
そんなことしたら、アーレスがオレの背中で炎に化けて、オレはすぐに焼け死ぬような気がしているよ。
しかし……。
「ばあちゃん、往来で、こんなコト話していてもいいのかい?」
「いいさ。老い先短い。突っ張って、衛兵に殺されるのも、いい冥土の土産だよ」
「竜太刀に縁があるようなヒトに死なれるとさみしいからさあ、目を付けられないようにしてくれ」
「あはは。はいはい、了解だよ」
「約束だぜ。ばあちゃんの焼きイカ、また食いに来るからよ。じゃあね」
「ああ、また来ておくれよ、竜太刀のヒト」
縁ってのはどこに転がっているものか、分からないもんだよ。まさか、焼きイカ焼いてるドワーフの婆さんに、オレの一族と遠い縁があるとはね。ザクロアから近いからかな。ガルーナ文化の影響を受けていた、自由都市ザクロア。
それのすぐ隣の国である、このアリューバにも、竜太刀を知る婆さんがいる。なんだか世界ってのは、広いんだか狭いのか。
オレは噛んでいた焼きイカの肉片を胃袋に呑み込むと。鼻歌でも歌いたい気持ちになる。『ココノル通り』の標識を見つけると、人混みを抜けて、その古い通りに入っていくよ。
ああ、一瞬で分かった。
この通り寂れている。
眠たそうに丸まった野良猫が、昼下がりの石畳の上で、数匹まとめて寝ていやがる。人類は、この生物に対して、ついつい気を使いがちになる。踏まないように慎重な足運びで彼らのことを回避していたよ。
さびれた『ココノル通り』をしばらく歩いて行くと、薄暗い喫茶店のとなりに、小さな宿を見つけたね。元々は船乗りたちのための宿だったのだろう。看板は、錨のマークと赤いヒゲが描かれていた。
赤レンガと、赤茶色の木製の窓が『オシャレ』と言えばそうかもね。だが、壁の外装の一部があちこち、はげ落ちている。ワイルドというか、若干みすぼらしい。
「……ふむ。忍んでいるぜ。『ホテル・バルバロッサ』」
そういう意味では、スパイの拠点としては十分に優れているのかもしれないが。それでもオレは思うんだ。経営が傾いているのは明らかだけど、それでいいのかね?
ま、まあ……仕方が無い。
ヒトの人生を心配出来るような身分でもない。オレたちの人生というか、生命だって、いつ唐突に終わりを告げるか分かったものではないのだから。
オレはその寂れた店のドアを、ゆっくりと開く。
ドアにくくられたベルが、カランカランと大きな音で、オレの入店をそのホテルに伝えていたよ……。
「……はい。いらっしゃいませぇ……」
長年の労働により、その言葉を吐く気力も失せたのだろうな。そんなイメージを帯びた冴えない声で、赤茶色い髪をしている中年のケットシーは、煙管を口に咥えたまま新聞を読みつつ、受け付けカウンターにだらけた猫背で座っていた。
おお。なーんか、色褪せてる。オッサンもだし、このホテルが全体的に色褪せているイメージなんですけど。
あと、どうでもいいけど、かなりカレーの香りがするんだけど。ああ、オッサン、カウンターに皿置いて、カレー食ってるよ。なんかもう、あんまりやる気とか無いタイプの店っぽい……。
「……なあ、オッサン。ここが、『ホテル・バルバロッサ』かい?」
「ああ。看板に書いてあった通りな……で。その背中の大きな剣。君がアレかね、シャーロンくんの言っておった人物か?」
「ああ。ソルジェ・ストラウスだ。よろしくな」
コレもまた、『ルードのキツネ』なのかね?……パナージュ家ではないのかもしれん。だが、『情報提供者2号』は、この人物かもしれないな。色褪せた中年ケットシーは首を横に傾けつつ頷いていた。
「うんうん。よろしくー……っても、大したオモテナシは出来ん。四階の部屋は、君たちのために全部屋空いている。船乗りのための、安宿だ。小さくて狭い。そして古くて小汚い。期待はするな」
「ああ。同意したら失礼になる気もするが、店主が言うのだから、そうするよ」
ダメなホテルか?
なるほど、シャーロンらしい。オレは店主の変人っぷりを、ちょっと楽しめている。けど、猟兵女子ズにこういう店を紹介したら、殺されちまうんじゃないかね?
……まあ、オットーは探検家だから過酷な環境に慣れているし、プロの旅芸人であるレイチェルもそうだろう。
オレは、こういう変なオッサンが経営している店はそこそこ好き。
潰れていないんだ。なにか、大きな魅力があるんだろ、ひとつぐらい?
ていうか……ちょっと、腹が減ってる。
イカ焼きだけじゃあ、荷物抱えての長距離走によってプロデュースされてる、オレの空腹さんは満たされねえっつーの。この空腹に……このスパイシーな香りが口のなかに唾液を呼ぶよ。
「なあ。オッサン。オレにもカレーある?」
「……なに?」
オッサンの顔色が変わる。目つきが変わる?
オッサンが、すくりと立ち上がり。オレの隣りにやって来る。なんだろう?オレは何か失言をしたのだろうか、このしなびた中年スパイ野郎に……。
「こっちに来い。席に座れ……この半島で一番美味いカレーを、喰わせてやるぜ」
よく分からない状況だが、美味いカレーを食べさせてもらえるらしいから、オレは彼の指示に従ったよ。うん。いいカンジの変人だぜ、店主よ!
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