第四話 『その海は、残酷な生け贄を求めて』 その8


 オレは跳んだよ。ヤツへ向かって全力で走った後で、獣のように跳びかかっていた。もちろん、『ゼルアガ・ガルディーナ』にな。このクソ悪神が、ずいぶんと大笑いしてくれていたおかげで、隙だらけもいいところだからな!!


『……なん、だとッッ!!?』


 驚いた顔がオレを睨む。ふん、変かね?オレがこんなに元気なのが?


 ……色々と試してみるものだな。


 正解だったよ、ゼファー。


 お前のくれた『モノ』のおかげだよッ!!


「うおらああああああああああああああああああああッッ!!」


『が、ふぁあああああああああああああああああああッッ!?』


 オレは竜太刀を振り下ろし、黒髪エルフの『皮』をぶった斬る。彼女の体が、大きく歪む。血が吹き上がるが、やはり指に感じる手応えが薄い。まだ、完璧にこの世界に『固定されていない』のかもしれん。そういう感想を抱かされてしまうね。


 だから。オレは返す刀で、黒髪エルフの両脚を竜太刀で切り裂いた。彼女の体が……いいや、とっくの昔にガルディーナに殺された巫女の死体が、足を失い床へと落ちた。オレは、その小柄な死体を蹴り上げて、空中に飛ばす。


 眼帯を引き千切り、魔眼を冷たい空気にさらすのさ。呪いの力を使うためにな。宙を飛ぶ死体を目掛けて、『ターゲッティング』を発動させる。金色の紋章が、ヤツの肉体に刻まれる。


 オレは左手をヤツに伸ばし、『ファイアーボール』をぶっ放す。『ターゲッティング』の呪力に引かれて、加速と威力を増しながら、その火球の爆撃がガルディーナの体を焼き払った。ヤツが吹き飛び、床の上に転がったよ。


 それでも、やはり手応えが薄い。ヤツは、両腕だけで腕立て伏せをするようにして、上半身を起こしてきやがる。あれだけ破壊してやったのに、ピンピンしてやがるじゃねえか?


『なぜだ!!なぜ、それほど、動けるッ!?』


 意味があるのかは分からないが、オレは口元を閉じて重ねた指でおおう。


「……不思議なことにね。この宮殿は死ぬほど寒いのに。息が白くならなかったのさ。とくに、戦っているヤツらは息が上がっているはずなのに、白い息を全然吐かなくてね?」


『……ッ!!』


「湿度とか気圧の関係かとも思ったが……いいや、そうじゃない。貴様は、『呼気を盗むんだな』。オレたちの肺から出た空気を、盗み……命もかすめ取る」


 そうだ。だから、貴様と話していたフレイヤちゃんも、たくさんの『呼気』を盗まれていた。だから、疲れている。だが―――魔力は盗めない。魔力は呼吸ではなく、血に宿るものだからかな。それとも、『ゼルアガ』という異界の存在は、魔力に対して興味がないだけか……。


『……は、はは、ははははッ!?まさか、貴様ごときに、見抜かれただと!?ただの巫女の護衛などに……ッ!?』


「―――違います、悪神よ!!この方は、ガルーナの竜騎士さまです!!そして、『未来』において、『魔王』となるお方!!お前ごときが、敵うはずのないヒトなのです!!」


『小娘がああああああああああッ!!私を、愚弄する言葉を吐くなあああああああああああッッ!!』


 さーて。フレイヤちゃん。船の中で、散々、練習してきたコトをしようぜ?君はともかく、オレと、この悪神の『縁』は薄いらしいんだよ。どうも、オレでは有効な打撃を与えにくいみたいだ。だから……あの魔術の出番だな。


 エルフの弓姫に出来るんだ。


 エルフの姫騎士で、そのうえ巫女の君にも出来るだろう。


 命を削られ、肉体の動きは悪いか?だが、大丈夫だ。オットーが教えてくれたじゃないか。『生命力は削られても、魔力は失わない』。だから、君は使えるはずだぞ、フレイヤ。


「―――『真実を映し出す光を放つ、宝玉よ。その大いなる力を、我に再現させたまえ』……」


『なんだ、その魔術は……ッ!?なんだ、この、金色の光は!?』


「……『ゼルアガ』殺しの秘術だよ」


 フレイヤ・マルデルは悪神を睨みつける。そして、祈るように指を重ね合っていた両手を開き、その手のなかで生み出されていた、破邪の光を解き放つ。


「『ポゼッション・アクアオーラ』ああああああああああッッ!!!」


 世界を黄金色の光が照らしていく。


 その激しい奔流のような光のなかで、エルフの巫女の死体が苦しみ、歪み、膨らんでいく。『ゼルアガ』、その邪悪にして、どうにも虚ろな悪神を、この世界に完璧に『固定』する。それが、この魔術の効果だよ。


 くくく!偽りが、剥がされた!!ヤツが……『ゼルアガ・ガルディーナ』が真の姿を現したぞ。弾けて飛んだエルフの『皮』の下から、大きくて醜いバケモノの姿が明らかとなる。


 まったく、不細工な本体だな。巨大な腐肉の固まりだよ。コイツの眷属である『キャリオン・ゴーレム』や『霜の巨人』が持つ不快な質感に、よく似ていた。そうだな、『アガーム』とは、『ゼルアガ』を崇拝して似ていくモノだったか?


 まあ、太くて歪曲した黒い角が、二本も生えていたし。その顔面なんかには目玉が、数えるのもイヤになるぐらいたくさんあってね。不愉快さは、腐肉兵士どもの比じゃないかもしれな。


『わ、私の、私の『皮』を、奪ったなああああああああああああああああああッッ!?』


 もはやエルフの巫女の声も出なかった。


 ヤツ本来の声だろう。うつくしいエルフ少女の心に響く声ではなくて、にごるような低い声が、この空間に響いていた。まったく、耳の穴に歯ブラシでも突っ込んで、キレイに洗ってみたくなるよ。それぐらい、コイツの声は不快さを宿している。


 フレイヤ・マルデルは怒っていた。この悪神の言葉に、彼女は怒りを覚えたのさ。


「あれは、アナタの姿ではありません!!アリューバ半島の平穏を祈った、私の偉大なる先達の姿です!!だから、返して頂いたのです!!」


 正しい言葉だ。


 だからこそ、悪神は狂ったように叫んだよ。その醜く巨大な肉体を、痙攣させるようにビクビクと震わせながら、大きく開いた貪欲そうな牙が並ぶその口から、大声でわめき散らしやがる。


 凍てつく空気が漂うはずのこの場所が、怒りと憎悪の熱で焦げ臭い。極寒の世界にありながら、激しく躍動する肉塊というものは、どうにも異質で不気味だよ。


『契約を、何度も、何度もやぶるなああああああああああああああああああッッ!!『肉』、と『皮』と、『船』を寄越すのが、貴様たちの義務であるはずだああああああああああああああああああッッ!!』


「うるさい!!アナタのような怪物は、滅びるべき、悪なのです!!私の先祖たちは、過ちに気づいた!だから、アナタを封じた!!それは、紛れもない、平穏への祈りがあったからこそ!!……『ゼルアガ・ガルディーナ』!!この悪神よ、アナタは滅びなさい!!」


 そうさ。


 正しい哲学と判断力により選ばれた言葉だよ。


 誰が呼ぼうが、何のために呼ばれようが……そんな昔のことなんざ、どうでもいいことだ。現実として、今このときに人類の脅威として、コイツは存在している。『ゼルアガ・ガルディーナ』、その邪悪を許すことは、ヒトの剣士として過ちだ。


 だから、オレは走っている。


 このクソ醜い悪神を、ぶっ殺してやるためにな!!


『……ッ!!竜騎士ィイイイイイイイイイイイイイッッ!!』


 ヤツが気づいたな。フン。さすがに、二度も楽に奇襲させてくれるほど間抜けじゃないか。まあ、いいさ。戦おうぜ?戦のために異界から召喚されたような存在だ。貴様も、戦いが嫌いなわけではあるまい。


『がああああああああああああああああああああああああッッ!!』


 ガルディーナが、オレに向かって走ってくる。


 ズシンズシンと低くて重たい足音を響かせながら、ヤツの膨れあがった筋肉質の右腕が、オレを目掛けて振り下ろされる。その巨大な手の先には、醜悪に歪んだ爪が生えていたよ。


 波打ち際の火山岩のように、ボロボロの爪だが……紫電を帯びていやがるな。魔力か?いいや、そうじゃないかもしれない、『ゼルアガ』特有の『不思議な力』だろうな。当たるべきではないな―――だから、避けさせてもらおうか。


『砕けろオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』


 腐った脂肪がまとわりついた太いノドを振動させながら、その紫電の爪がオレを襲う。だが、遅いよ。オレはわずかに身を沈ませて、その拳をかいくぐりながら、武器破壊の一撃を放つ。


 『太刀風』。オレの奥義の一つだ。


 ……しかし、今日狙ったのは、ヤツの右の手首だったよ。本来は、刀をへし折るための断刀の一撃が、ヤツの手首を切断していた。


『がぎぃあああああああああッ!?』


 斬られた手首から、血の赤が噴射する。そうだ、大騒ぎしているけれど。もしかして、初めての大ケガかな?すでにコイツは、オレたちの世界の理に因果を置いちまった。


 絶対不可侵な領域に隠れ住む、不死の悪神などではない。ただの醜いバケモノに過ぎん。破壊も可能、殺すことも可能のはずだ。


 痛みに騒ぐヤツの胴体を、さらに深く切り裂きながら駆け抜ける。脂肪と血が散り、肋骨の数本を斬って砕いてやったぞ。


 ガルディーナの巨体がふらつく、ふらつくが、止まり……無数にある不気味な瞳で、オレを見て来る。その小汚い大きな口が、ニタリと緩慢に歪み、邪悪さに尖る牙の列を見せつけて来やがるぜ。


 そして。


 ヤツの傷口から煙が噴き上がっていく。オレの理解の及ぶことがない、得体の知れない魔法の煙だ。理屈は分からんが、効能は分かるぞ。なにせ、ヤツの傷口がまたたく間にふさがり、再生を果たしていたんだからな。


 クソが。傷口どころか、切断したはずの右手まで、生えて来ちまったのか……ッ。青白い腐肉がビクビクと痙攣しながら膨張し、それは再生を果たしている。アホみたいな再生能力だ。


「……っ!」


 舌打ちしそうになるが。可能な限り、口は開くまいと閉じ直す。地味な努力をしているよ。魔王と名乗るオレの、そんな小さな行いが笑いツボにハマったのか、悪神は口を歪めて笑いやがるぜ。


『ひひ、ひひゃひゃひゃははははははははははあッッ!!どうしたの、竜騎士ィイ?せっかく、切り裂いたのに……私の傷は、治ってしまったわよおお!?』


 フン。


 『生命の管理』か。ヒトから吸い取る命で、己の命も修復が可能。おそらくは、そんな権能なのだろうよ。ああ、厄介だな。コイツを殺すのは、どうしてやるべきか―――まあ、することは一つだけ。ガルーナの野蛮な文化には、選択肢は少ない。


 今日もムチャして破壊力を上乗せさ。



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