第二話 『姫騎士フレイヤの祈り』 その13
痛む左眼を放置しながら、オレは騎馬たちの姿を見下ろす。ヤツらは、こちらに気がついているようだな。ゼファーが、すぐに答えを出す。
『やっつの、うまたちのなかの、いちばん、うしろだよ!その、うまのせに、だれかが、のせられている!!』
「フレイヤか!!」
「……アレが、そうか」
オレは魔眼が使えないせいで、よく分からない。アレは簀巻きか?姫騎士フレイヤさまを、毛布とロープでぐるぐる巻きにして運んでいるのか……?
『ねえ、『どーじぇ』、せっきんするんだよね?』
三秒も考えてしまった。だが、いいさ。どうあれ、考えていても仕方がない。
「……ああ!行くぞ!!」
『うん!とつげきだあああああああッッ!!』
ゼファーが翼を折りたたみ、その巨大な頭を下げることで、急降下を生み出す。ドンドンとその騎士の一団に近づいていく!!そして―――ッ!?
「―――え」
高速で走る馬の背から、簀巻きにされているフレイヤ・マルデルが突き落とされていた。逃げるために、オレたちが求めるモノを、捨てたのか!?だが、あの速さで、縛られたままではッ!?
「フレイヤあああああああああああああああああああああああああッッッ!!??」
彼女に恋するジーン・ウォーカーが、悲痛な声で叫んでいた。それは、そうだろう、その光景は、あまりにも残酷だった。砂浜の上で、彼女の体は、ぐにゃりとたわみ、何度もゴロゴロとそこを転がっていく。死んだように、動かない。
オレは、人体の強度が、あの暴挙に耐えられると考えることは、どうしても出来なかった。
「ゼファー」
自分でも驚くほどに冷たい声が口から漏れていた。
『うん』
ゼファーも同じように、冷たい声だったよ。短く、そして、冷たく。竜騎士と竜は意思を疎通させて、殺意が翼と竜太刀に宿るんだ!!
『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHッッ!!』
歌と殺意と爆熱が、ゼファーの口から解き放たれる!!
強烈な威力の火球が、大地を騎馬ごと吹き飛ばしていた!!
オレが、ゼファーの背から飛ぶ。獲物を目掛けて。
同時に、ジーンも飛んでいた。愛するヒトを目掛けて。
……いいさ、それでいい!オレたちは、すべきことをする!!そのために、この場所にいるのだ!!いくぞ、ゼファー!!いけ、ジーン!!オレは、アーレスと共に、このクズどもを地獄に叩き落としてやるぞッッッ!!!
「魔剣ッ!!『バースト・ザッパー』ああああああああああああああああああッッ!!」
竜と竜騎士の、二重の爆撃が、その砂浜を黄金の灼熱に焼き払う!!
騎士たちが、炎に包まれながら、のたうち回る。馬は死んでいるよ。
浜辺に降りた、オレは、悪魔のような貌だった。
焼かれて苦しむ、騎士を見る、オレに剣を向けて来やがったが、その直後、背後に降り立ったゼファーの牙の列にその身を挟まれていた。
「い、いやだあああああああ!?た、たべないでえええええええええ―――」
ゼファーは黙々とノドを揺らしながら、その剣士を呑み込んでいった。灼熱の炎が揺れるノドの奥で、彼は、焼かれながらゆっくりと融けるさ。
オレは獲物を探す。
どれもこれも、肉体の多くを損傷しているが……生きているヤツが、もう一人いた。
オレと目が合うと、ひいいい、と泣いて叫びやがったよ。
「こ、ころさないでえええええええええええええええッ!?」
「……ああ。殺さないよ。お前は、生かしたまま、『ブラック・バート』に渡すんだからな。慈悲を請うなら、彼らにしろ。お前には愉快な拷問が、死ぬまで待ち構えているだろうがな」
そう言いながら、オレはその騎士の腕をもう一本ダメにしてやる。竜太刀で骨を断ってやったよ。これで、彼はもう無事な手脚は一本もない。
「あああああああ!!いたい、いたいよおおおおおッ!!」
「……それだけ叫べるなら、しばらくは死なないさ」
オレはそいつから目を離す。もう敵は生きちゃいない。情報源は一人で十分だ。だから。オレは……そのまま、ツカツカと早足になり、簀巻きにされた姫騎士フレイヤを、ナイフを使って解放してやろうとしているジーン・ウォーカーの方へと向かう。
「フレイヤ!フレイヤ!待っていろ、すぐに助けてやるから!返事を、返事をしてくれよう、フレイヤああああああああッ!?」
フレイヤからは何の反応も無いらしい。たしかに、動きの一つもない。首が、折れてしまったのだろうか。そうかもしれない。十分に可能性はある。なんて、声をかけるべきなのか……思いつけない。
まいったな。
何をしてやるべきだろうか……。
オレは、そうだ、ジーン・ウォーカーのナイフを奪おう。彼は、混乱しすぎていて、上手にナイフを扱えていない。彼の指が、何度も、何度も、自分のナイフで傷つけられていくのだが……彼は、そんな痛みを気にすることもなかった。
だから、その自傷行為にさえ見える彼の行動を、オレは止める。オレは、彼よりはずっと冷静だからな。この作業は、オレが行うべきだろう。
オレは、彼の指から奪い取ったナイフで、その簀巻きを縛るロープを切り裂いていく。見せるべきだろうか?……愛するヒトの首が折れた死体などを。
分からないが、ジーンは、その毛布を恐ろしい勢いで乱暴に外し始める。真っ暗で虚ろな表情だったよ。彼は、まるで、なんだか……その毛布の梱包を、素早く解くことが出来たなら、現実が変わるとでも考えてしまっているように思えた。
ああ……なんてことだろう。
オレは、また……ヒトの心が壊れて行く瞬間を目の当たりにするのだろうか―――。
……?
「……あれ?」
ジーンが、ヘタレた声をあげる。ああ。いや、すまない。オレも呆然としていた。だって、そこにあったのは……『無』だ。
分かりやすく言うと、毛布の内側には、何も無かった。
いや、強いて言えばマクラが幾つか入っていたが、人体を形成するパーツは一つもなかったよ。オレは、ゼファーを見る。ゼファーも、口を大きく開けていた。
『……ひとじゃ、なかった……?』
「みたいだな……と、なれば!行くぞ、ジーン!!」
「え?ど、どこに!?」
「決まっている!引き返すぞ!!これは、囮だったんだ!」
ジーンは、呆然としていた。だが、すぐに、そのそこそこ賢い頭が動き始めていた。
「な、なるほど!そうだよな、帝国のヤツらに、竜がいることがバレたから、逃げ切れないと思って……囮を使った!?」
「そうだ。ならば……戻れば、どこかにいるはずだ!!」
「ああ!ゼファー!!お願いだ、見つけてくれ!オレは、フレイヤに会いたいんだ!!」
『うん!!まかせて、こんどこそ、こんどこそ、ぜったいに、あわせてあげるよ!!』
ゼファーがオレたちのために首と身を屈める、そして、オレたちが乗ったと分かった瞬間に、地面を勢いよく走り、そのまま空へと飛翔させる。
そうだ……高くだ。朝焼けから吹いてくる風を捕まえて、高く飛べ。そちらの方が、遠くまで見渡せる。もう、朝だ。朝の光がある。魔法の目玉が無くても、船乗りの目玉がこっちにはあるんだ!!
「ジーン!探せ!!海と同じだ、ここからなら、どこまでも遠くが見渡せる!!」
「ああ、わかった!!任せろ!!オレは、オレは……彼女に逢いに行くんだッッ!!」
船乗りが世界を見渡し、宝物を探そうとしているぞ……。
オレは急上昇する空のなかで、思索しているよ。
『ブラック・バート』には、たしかにエルフが多くいた。となれば、そこから彼女を誘拐しようというのなら、魔力に頼った探索を妨害する術を持ち込んだのではないだろうか。ゼファーが誤認したり、オレの目玉が魔力切れを起こしたり……。
自然な環境で、それが起きたとは思えない。
あの戦場で……いいや、そうか。あの燃える船か。あのとき燃やしていたのは、ただの油じゃない。油に混ぜた、魔力感知の能力を減衰させるような、何らかの薬物でも混ぜていたのではないだろうか。
オレたちは、それを浴びたし、その空気を吸っている。焦げ臭いんだぜ、船が焼ける臭いてさ。ほらな?思い返せるんだから、吸っている。あの瞬間に、そういうものが関わっているとすれば、オレもゼファーの感覚も精度を失っているのかもしれない。
だから。君が見つけろ。
そういう役目は、君に相応しいはずだぞ。フレイヤ・マルデルを見つけ出すのが、ジーン・ウォーカーであるなんてね。そうだ、君は、彼女に逢うために、ここに来たんだろ?
……ジーンよ、とにかく見つけろ、このヘタレ野郎ッ!!
「……あそこだ!!いたぞ、あの崖の上だ!馬もいる……ッ!!」
「……おうよ。見えたな、ゼファー!!」
『うん!!こんどこそ、まちがいない!あのうまのせなかに、おんなのひとが、のっているんだ!!』
「たのむ!!行ってくれ、ゼファーぁああああああああああああああああああっ」
『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッ!!」
ジーンが涙を流しながら、そう叫び。オレの愛しいゼファーは歌と共に、空を急降下していく。敵が気づき、逃げようとする。
バカめ。
本気になっている竜から、ゼファーから……この、オレたち三人からッ!!お姫さまを奪って、逃げられるわけがねえだろおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!
「魔剣ッ!!『ストーム・ブリンガー』ああああああああああああああああああッッ!!」
『風』の魔剣が、二頭の馬どもの行く手を遮るぜ。馬が驚き、止まるのさ。
そうだよ。走らせるものか、走らせなければ、落下で済む!それなら、たぶん、きっと……いいや、大丈夫だ。オレの友が、今から、貴方のところに飛ぶ気だから!!
「フレイヤああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」
ゼファーの背から、竜騎士よりも早くに飛ぶとは、まったく命知らずだ。だが、それでいい。そういう君のバカなところが、ヘタレのくせに熱いところが……我が友として、どこまでも相応しいぞ、ジーン・ウォーカー!!
ジーンに続いて、オレも飛ぶよ。槍を握った騎士が二人。オレたちを槍で突こうと天に穂先を向けて構えている。
バカめ。
目玉の『冷却期間』は終わっていないが、クソ痛むが……もう、貴様らの頭部には『ターゲッティング』が終わっているんだぞ!!
オレは空のなかで両腕を突き出すぜ、そいつらに向けてね!
そして、魔力を絞り上げるようにして、放つのさ、『雷』を!!
『雷』が『ターゲッティング』に誘導されて、空気を破裂させる音を立てながら、その帝国の騎兵たちの頭部をも、砕いてしまっていたのさ。即死だよ、脳みそが焼けて、頭蓋骨が割れたから。
オレとジーンは大地に墜落する。オレは、慣れているから『風』を使って無傷だが……ジーンは足を挫いていた。うむ、ゼファーよ、いい仕事だ。ジーンのバカが飛び出すと考えていて、ジーンに『風』の魔術をかけてやっていたのか。
だから、ヤツは歩けるよ。
痛いぐらいじゃ、止まらないらしいからね、あのヘタレ野郎の恋心は。そして、馬の背にいる彼女のことを、袋詰めされて、毛布とロープで縛られている彼女のことを、ジーンはその両腕に抱き上げていた。
そのまま優しく、彼女を地面に寝かせるよ。
「……サー・ストラウス。オレのナイフを」
「ああ」
オレは指のあいだでナイフをくるくると回した後で、柄の方を彼に向けてやる。彼はニヤリとしながら、その器用さを取り戻した血まみれの指でナイフを掴むと、しっかりとした手つきで、お姫さまの梱包を解いていく。
そして。
オレは見たのさ。
麻袋と毛布の奥から、黒髪の美しい居眠りエルフさんが現れるその瞬間をね。母親であるドーラ・マルデル議長と同じように、フレイヤ・マルデルも美人に成長したようだ。
そして、その見た目と心のうつくしさが、海賊やってるヘタレ野郎に、魔法の行動力を与えたそうだ。いいハナシだね。そして、あらためて本当に思うよ。
「……どうして、そこまで露骨に好きなのに、告白さえも出来んのだ?」
「……う、うるせえよ!ヒトには、色々と、タイミングってものが、あるんだって!!」
まったく、本当にヘタレ野郎だぞ。
我が友、ジーン・ウォーカーくんはよ?
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