第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その22
黄金の爆炎に焼き尽くされながら、砕けた魔物の頭部が、幾人ものハイランド王たちが最期を迎えたこの場所に、散っていくよ。『シャイターン・ゾンビ』は、この時、破壊された。
その腐肉の固まりで造られた巨体が、べたりと武舞台の床へと沈んでいく。港町で投げ売りされる、安っぽい魚のように、そいつは力なく床に転がり、その弛緩した肉体からは腐りかけの血液があふれ出していた。
一目で分かる。医師の判断は不必要であろうな。コレは、もう死んでいるさ。
「しゃ、しゃいたあああああああああああああああああああああんんんんッッッ!!?」
シアンと血まみれにされながらも、どうにか斬り結んでいたアズー・ラーフマが、その名を叫びながら、フラフラと、戦場を歩く。
「あ、あ、ああ……バカなあッ!?……先代の骨を、継いだんだあ……『シャイターン』は、命を渡るほどに、強さを増す魔物だああッ!?ま、負けるはずが、ない、ないのだあああああああああッ!!!?」
ヤツが膝から崩れた、目の前の破壊された死体を、じっと見つめていた。しばらくの呆然を体現し、その後で、ヤツは狂ったように笑い始めていたよ。絶望の中で、何か笑える唯一の根拠でも見つたのか。
「だ、だがあああ!!私は、負けぬぞ!?『シャイターン』は、死んでからが、本領を発揮するのだッ!!この場には、最高の依り代がいるッ!!代替わりだあ、『シャイターン』よ、祖父と、母親の肉を棄て……幼き王に、乗り移るがいいッ!!」
狂人の眼が、ミアの指で『魔銀の首かせ』を解除されたシーヴァ王子を見ていた。
シーヴァ王子は、灰のままだ。まったく、感情も意思も宿らぬ空虚のまま、虚脱している。投げ出された手脚、どこも見ていない瞳、壊れた心を肉体が表現しているようだ。あまりの哀れな姿に、ミアの顔は悲しみと同情を浮かべている。
まだ6才だぞ?……彼には過酷すぎることが起きた。邪悪な宰相にずっと道具として利用され、祖父の王を暗殺され、母親を腐肉のバケモノにされた。そんな経験をすれば、ああなったとしても仕方がないだろうよ。
かける言葉を探さなければならない。だが、今は、クズ野郎の絶望を見届けたい。
「ハハハハハハハッ!!シーヴァよ!!お前は、本当に良い子だなあッ!?私に、父を殺され、祖父を殺され、母は犯されたあげくに、醜いバケモノにしたやった。そして、それらに続き、お前もまた、私のためにバケモノへと果てる!!どんな道化の演じる演目よりも、お前の滑稽さに勝るものはないッ!!」
血まみれで失血死も目前な男にしては、よく笑う。シーヴァ王子を侮辱しながら、この男は幸福を手に入れているようだな。悪人とは、かくも醜いものか。
オレは眼帯を引き千切る。何か、怒りをぶつけるモノが欲しかった。でも、それだけじゃない。魔眼で、アーレスの眼で、見届けたいのだ。この悲劇の顛末をな。
笑う悪人と、魔物の死体を視界にとらえたよ。竜の感覚が、その気配を悟る。魔物の死体からは、ゆっくりと何かがあふれていく。アレが、シャイターンの『魂』か?……空を漂う影……ザクロアで見た『レイス/空飛ぶ悪霊』よりも、はるかに空虚だ。
それが……魔物の死体から抜ける―――?
……なんだ?
……死体に、魔力の……波紋が……これは、知っている。これは、鼓動―――。
「ぐ、ぐううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?」
……罰が始まっていた。アズー・ラーフマが、もがき苦しんでいる。前衛的な表現者のように、その肉体を異常さを伴いながら捻り、揺らし、歪める。口から、大量の血を吐いた。眼からも、黄色い涙が流れている……肉体が融けているのさ。融けてから、膨らみ、変わるんだろうよ。『シャイターン』に?
「な、な、なんだあ……!?体が、体が、あ、あついいいいいいいいいいッ!?」
「ハハハハハハハハハッ!!」
オレは爆笑していたよ。悪人の苦しむ姿ほど、心を弾ませる娯楽はないな。なんと滑稽なことか、アズー・ラーフマ。幸せを探し求めた子供たちの童話を、貴様は母親に聞かされたことはないのか?
お袋から、オレは聞かされたぞ?大切なモノは、求めたモノは、意外と近くにあるんだってよ!?お前は、探していたな、『シャイターン』。?求めていたんだろ?強い力を?最強の呪いを?
良かったじゃないか。お前は、探し求めていたモノと一つとなった。もう二度と、その身から離れることはないだろう。最高の結末だろ。お前にとっても、オレにとってもな。
「ま、ま、まさかああああああああああああああああああああああああッッ!!?」
「宰相殿よ、お気づきになられたか?……貴様の肉体に、『シャイターン』の魂が宿ったんだ。おめでとう」
虫のように、ヤツはのたうち回る。変わっていく体を止めたいように、その手で体のあちこちを押さえているようだ。
だが、止まらんだろう?フーレン族にとって天敵みたいな呪いが、手で押さえたぐらいじゃ、止まらないさ。
「どうして、どうして、こんなことに!!何故だ、何故、シーヴァではないのだあ!?」
「気のいいオジサンがいたのさ……命がけで、フーレン族の子供を守りたいと祈った。貴様には、理解できないさ。善意というものが、貴様やヴァン・カーリーの産みだした呪いに勝った」
「う゛ぁ、ヴァン?や、ヤツが、か、噛んでいるのか!?こ、この私を、ヤツと組んでハメたのだな、ソルジェ・ストラウスううううううッ!?」
「いいや。そうじゃない。まあ、理解出来ぬハナシをしても仕方がない。せいぜい苦しめよ?」
「わ、わからぬう!?ど、どうやったのだ、ヴァン・カーリーごとき、若造があッ!?」
くくく、まだ死んだヴァン・カーリーに怒りをぶつけていやがる。コイツらは、地獄の底で再会しても、また醜く殺し合いをするのだろう。永遠に苦しめ、それが貴様らがしてきたことへの罰として相応しい―――。
……しかし。
オレの眼は『シャイターン・ゾンビ』を見つめる。そうだ。反応がある。魔力の波紋が見える。おかしいな……『シャイターン』の魂は抜けたのだろう?……となれば、可能性が低いが……。
「がががががががっっがああああああああああああああああああッッ!!」
宰相殿がやかましい。だから、オレは、ヤツを虐めてやろうと考えた。悪知恵を捻り、悪ガキのように言葉を使う。
「なあ?ラーフマよ?……オレは、お前がどんな風に『シャイターン』を始末する気だったか、見当がついているんだ」
「……な、なに?」
「『ここに閉じ込めて封鎖するつもりだったんだろ』?」
「……ッ!!」
図星か。いいね。体が歪みまくっているのに、顔は表情をストレートに伝えてくる。
「だって、『シャイターン』はデカいからな。ここに来るための道は細い。封じ込めてしまえば、『シャイターン』はいつか朽ちる。魂も、封鎖していれば、空気に融けて滅びるような、弱い存在だ……楽しみだよ、お前がそんな目に遭うのが」
「……ッ」
ヤツは気づき、走り始めたよ。『シャイターン』化が進んでいるのか、やたらめったと足が速い。でも、シアンとミアが同じようなスピードで走ったよ。ヤツが通路を破壊して、オレたちを閉じ込めることは出来ない。二人が、それを必ずや阻止するから。
これでいい。そう心でつぶやいたのだが、オレはリエルに怒られる。
「こ、こら!!作戦があるなら、バラしてどうするのだッ!?」
「……いいのさ。『本命』が残ってる。そいつでやりたいと、二匹の竜が唸ってるんだ」
「ゼファーと、アーレスが?」
「ああ。そうだよ。だから、あのプランでいい。それよりも、リエル、力を貸せ」
「え?なにを、する気だ……?」
「人命救助だ。おい!カミラ!!もういいぞ!!」
この空間の天井あたりを飛んでいる『コウモリ』たちに、オレは声をかけた。『コウモリ』たちが、羽ばたきながら降りてくる。それを待たずに、オレは竜太刀で『シャイターン・ゾンビ』の胴体を切り裂き始めるんだよ。
「どうしたのだ、ソルジェ。皮でも剥ぐつもりか」
「……違うさ。いるんだよ、魔力の気配が、している」
「……なんだと?」
「ソルジェさま!!戻りました!!」
「ふ、ふう、『コウモリ』に化けるとは……この年になって、不思議な体験を……っ」
カミラとリンメー・パーズとアイリスがヒト型に戻ったよ。『最も幼く純粋な者に乗り移る』という呪いを、ジム・ジェイドは『祈り』で書き換えた。『最も年寄りで邪悪な者に乗り移る』に変えたんだ。
だから?
邪悪ではないけど……このラーフマより年寄りっぽい婆さんには、『コウモリ』化したもらったのさ。もしもがあったらいけないだろう?
『コウモリ』には『呪い』も通じないからね?……『ギラア・バトゥ』狩りの時、オレは気づいていたもん。『コウモリ』になって、あの魔象に呪術を刻んでいたとき、間違って『コウモリ』の一つに『ターゲッティング』が当たったのに、そのままスルーしたから。
『コウモリ』は呪いさえも無効ってことさ。『最強回避技』の神話が、また一つ出来たカンジだ。『こけおどし爆弾』が炸裂した直後、二人は婆さんを確保しに走った。手練れの婆さんが、技巧を使ってカミラを躱さないようにな。
そして、三人で『コウモリ』に化けて、『シャイターン』の魂をスルーさせた。それがあの瞬間に、後方で起きていたことだ。
さて。人手が集まった。
「おい。カミラ。魔力で、『彼女』の心臓を回せ」
「……え?だ、誰のっすか!?」
「……まさか!!生きているの!?シャオ・リールーが!?」
さすが副官三号、ハナシが早い。オレは、竜太刀で刻んだ、バケモノの胴体に頭から突っ込むよ。臭いけど、いいさ。オレ、この作業のためなら腐肉に潜ってやってもいい。腕で、『彼女』を捕まえる。そのまま、引きずり出すんだ、王子の母親をな!!
ずじゅるるるるうう、と肉が擦れ合う不気味な音を出しながら、『シャイターン・ゾンビ』の体から、オレはその女性の体を引きずり出した。
「シャオさま!!」
婆さんが、彼女の名前を叫び、血まみれの彼女に抱きついた。心臓は止まっている。
でも、引きずり出す直前までは、動いていたぞ。おそらく、『シャイターン・ゾンビ』の生命力が、止まった心臓を動かしていた?
詳しいことは分からないが、すべきことをする!!
「カミラ!!」
「了解っす!!動け、血よッ!!」
カミラが『闇』を使い、シャオ・リールーの『血』を操る。動力を得た『血』で、止まった心臓を内側から動かしてやるんだ。荒療治だが、『雷』を打つよりはマシだろう。
「……ぬう。体のあちこちに傷がある。縫うぞ!!」
「わ、私にもお手伝いを!!」
「うむ。たのむぞ、婆様。心臓が動き始めたとき、血管が切れていては、血があふれてしまうからな……」
「じゃあ。私は、リエルちゃん手製の『造血の秘薬』を打つわね!!」
女子たちが総動員だ。傷口を縫い、秘薬を打ち……血液を魔力で循環させる。いい連携だと思う。
白い尻尾のシャオ・リールーは小柄なフーレン族だが、強い女性だ。その指が、刀をまだ握っている。あれは、なんだ?……刃に『紋章』が浮かぶ?……やけに豪華な装飾だが、儀式用の刀か?大きさから見て、実戦向けではないな。
「……あ。し、心臓が、う、動きそうっす!!」
「でかしたぞ、カミラ!!」
「傷口は縫えています、早く!!」
「え、ええ!!う、動け、心臓おおおおおおおおおおおおッッ!!」
そして。
オレの『聖なる呪われた娘』、カミラ・ブリーズの魔力がシャオ・リールーの体内で弾け、止まっていた心臓を、脈動させた!!
奇跡が起きる。
ガハッ!!と、シャオ・リールーが血を吐いた。さすがは、フーレン。生命力がとてつもない。そして、彼女の瞳が……ゆっくりと開いた。そうだ。奇跡が起きていた。
二つね。
「……ははうえ……?」
その少年が、母親のとなりに立っていた。壊れて、灰になったはずの心が、今ふたたび、命の輝きを取り戻している。
母親が、息子の名前を呼んだよ。最初は弱く、次は、力強く。
「……シーヴァ……シーヴァっ!!」
「は、ははうえええええっっ!!」
シーヴァ王子が、愛しい母親の腕に、戻るんだ。泣きながらね?邪悪な運命から生還した二人が、抱き合う。息子を抱きしめるために飛び起きたシャオ・リールーの背中に、オレは宝刀と同じ『紋章』を見るよ。
それに……血塗られて赤く染まった尻尾が……少し光っている。幸運を持つ白い尻尾の伝説ね。背中に刻まれた呪術は……守護のための呪術か。なあ、ジム・ジェイド……この場にアンタがいないのは、残念だ。
『呪禁者』の呪術は、本来は外敵から身を守るための力なんだろうよ。王妃となる定めであったはずの彼女の背と、あの宝刀に刻まれていたのは……そういう力だったんじゃないのか……?
さて。
分からんことは考えない。そのうち、アイリス『お姉さん』が調べて報告してくれるだろうよ。彼女の『アドバイザー』は有能そうだしな。
まあ、いいことは無害だ、だから放置していてもいいんだよ。有害な方に取りかかろう。
彼らは彼女たちに任せておこうじゃないか。
オレには……すべきことがあるよ。
オレの左眼のなかで、二匹の竜が唸っているんだ。背中の竜太刀も、熱を帯びている。すべきことをしよう。
転生するほどに強くなる、『シャイターン』?
アズー・ラーフマという希代のクソ野郎を喰らって、ヤツはまた力をつけちまったらしい。なるほど、いいさ……ぶっ殺してやるよ、オレと竜でな。ガルーナの竜騎士とは、どういう存在なのかを、知らしめてやる。
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