第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その21
その通路は短い。四歩も使わずに、その空間にたどり着く。ああ、やはり、広い空間があったぞ。確かに戦って死ぬには、相応しい場所がな。
この、よく磨かれた石の板材が敷き詰められた床は、間違いなく武舞台だ。歴代の王たちが修練をして来た、秘密の場所でもあるのかもしれない。夜ごとに双刀を振り回し、剣士たちの王であることを自覚させ続けて来た場所なのかもな。
天井は高く、ドーム状に丸い。上空には黄色に染色されたシルクの飾り布が張り巡らされている。布には、何か見知らぬ文字が縫われているな、読めないが、歴代の王たちの祈りの言葉だろうか?それとも、王の名や伝説が記されているのか……?
壁中にはロウソクが設置されて、金と朱色に彩られたブロックの壁は、王の死を飾るには相応しい色彩にも感じられる。金は気高さと財を現し、朱色はおそらく、戦士として流す血の色だろう。
無数のロウソクと共に、香も焚かれている。さきほどよりも強く、濃厚だな。香の煙が漂う武舞台の中央に、あの婆さんがいたよ。リンメー・パーズが。彼女は激怒している。そして、怒りの原因である男を、その老いた双眸で睨んでいた。
「……これは、一体どういうことですか、アズー・ラーフマ!!」
そうさ。そいつはいた。この武舞台の最奥の場所にね。玉座ではないだろうが……王のためのモノと思われる、黒い一枚岩を削って作られている分厚いイスに座っていた。
悪党らしい下品な座り方でな。左膝の上に右足を乗せていたよ、そして斜めに崩れたように座り、頬杖を突いていやがるな。黒い髪は長く、黒い瞳は深く淀んでいた。その唇はニヤリと笑っているが……額には脂汗が浮かんでいるぞ。
その表情は、いくつかの深刻な要素によって生み出されているに違いがなかった。窮地ゆえの焦り、権力が奪われることへの恐怖、世界のあらゆる存在へ向けられている不信と怒り。そして―――耐えがたい肉体的な苦痛。
さっきの血の主が、分かったぞ。この武舞台の白い床石を、赤いしずくが点々と走り、あの漆黒の玉座に座る男へと向かう。ヤツめ、重傷を負っているようだな。いいことだ。邪悪な男の苦しみは、祝福したくなるよ。
「……ようやく会えたな、アズー・ラーフマ。オレが分かるかい?」
「……ああ。分かるとも。私を舐めてくれては困るな、ソルジェ・ストラウス殿?私は、この国の正式な宰相なのだぞ?お前は、ルード王国から、親書を届けに来るのではなかったのか?」
「その予定だったが、色々あってね?……お前のことを、排除する方針に変えたんだ」
「傲慢な男だ。これは、明らかに内政干渉だぞ?……事実上の侵略行為だ」
「そうかもしれんな。だが、オレには使命がある。竜と約束したんだよ。ファリスの豚どもを滅ぼし……オレは、ガルーナの屈辱を晴らす」
「ハハハハハッ!!復讐のために、不可能な道を進む男かッ!!……お前のような男はな、不幸を呼ぶだけの存在だ。お前の復讐に付き合って、どれだけ多くの者が命を落とすことになると思う?」
「……気にするとでも思うのか?」
オレの言葉に反応する。ラーフマがではない、リンメー・パーズがだ。オレが、『彼』を見ていないとでも考えたのか?まあ、そうかもしれん。他人を信じられるような心境ではない。だから、この言葉を選ぶんだ。
「……オレは、『ガルーナに誓ったんだ』。『その誓いをたがうことはない』」
婆さんよ。それで納得してくれ。可能な限りは、演技をしろ。うつむけ。うつむき、あきらめたようなフリをしていろ。ヤツを騙すぞ?
オレは近づいていく。
アズー・ラーフマの野郎にね。ヤツの表情が険しくなる。それでいい。お前は悪人だ。だから、オレも悪人だと確信している。オレは、視線を固定する。右目で見ているのはラーフマの顔だけ。
それ以外に、興味がないフリをする―――そう思い込めよ、アズー・ラーフマ?オレに、その『人質』は有効ではない。そう判断しろ?
ああ、そうだ。このクズ野郎は人質を取っている。ヤツが座る漆黒の玉座、その隣には、哀れな者がいた。虚ろな者だ。真っ暗な瞳。真っ暗な表情。うなだれて、絶望しきったその表情を浮かべていた子供。
おそらく、あれがシーヴァ王子だ。この国の正統なる継承者が、まるで魂を失った抜け殻のような有り様で、玉座のとなりに座っていた。その首には、『魔銀の首かせ』がある。ラーフマの呪文一つで、シーヴァ王子の首の骨は破壊される……。
だからこそ、無視しなければならない。
このマフィアの野郎は、オレがシーヴァ王子を心配するそぶりを見せれば?つけ込んでくるに決まっているのだからな。オレは歩く、竜太刀を構える。ヤツの顔が値踏みするようにオレを睨む。
オレは、笑うよ。
その意味を、何だと判断したのかな?……ヤツは、奥歯をギリリと噛んで鳴らしたよ。口惜しがっているな。
お前の用意した『人質』は、オレに効果が無いと判断したようだな。それはそうだ、ハイランド王家を尊ぶ者にしか、シーヴァの命は重要ではない。
オレはクラリス陛下の目論見のままに、貴様もシーヴァ王子も排除して、ハント大佐というオレたちに都合の良い男に、政権を樹立させる……そう判断したんだろ?
残念だったな。もしも、ここに来たのが、ハント大佐やその部下ならば……ハイランド王家を尊ぶ彼らならば、シーヴァという『人質』は有効であったのに。
悪党はオレを、自分の仲間だと思い込みやがった。子供の命など、気にすることもない邪悪なクズだと、オレを値踏みしたんだよ!!くくく、それでいいさ。クズ扱いしてくれてもよ?……おかげで、お前はシーヴァを『人質』には使おうとは思わない。
追い詰められたな、アズー・ラーフマよ?
だから、貴様を『それ』を呼びやがるのさ!!
「……来いッ!!『シャイターン』ッ!!」
上空の飾り布の奥から、その魔物は降りて来やがった。あの長い幻想的な布をその身に絡めながら、白い魔物が降臨する。オレとラーフマのあいだに、割って入る形でな。
……ああ、どうしたって、メフィー・ファールを思い出すよ。
あの哀れな白い尻尾のメフィー・ファールを……幸運をもたらすはずの、白い尻尾を持つ娘が、再び呪われていたんだ。オレは、また間に合わなかったようだな。
「……ああ!!シャオさまあああああああッ!!」
老婆が泣き崩れていた。そうだろう。敬愛する主が、こんな醜いバケモノになってしまえば、絶望するさ。
歪な巨猿の姿だ。長い手脚に、長い尻尾……細長い四肢は運動性を感じさせ、その毛のない白い皮膚には、赤い紋様が浮かび上がる。不気味な幾何学模様がな。
琥珀色の目玉がギョロリと動き、オレを睨みつけてきた。腐敗した空気を放つ、その大きな口を開くよ。巨大な歯だ。その並びだけは美しいが……異常に粘着質なよだれが、それらからは垂れている。腐肉の臭いが強まった―――そうだ、コイツ、腐っていやがる。
体内の肉が、腐っているんだよ……ッ!!
「……なんだ、『シャイターン』ってのは、『呪い尾』のゾンビのことか?」
「……いいや、ちがうさ。混ぜたんだよ……」
『シャイターン』の背後から、『呪禁者』、ラーフマの声が聞こえてきた。ヤツめ、嬉しそうな声だ。
「混ぜた、だと?」
「そう。私が殺したカーレイ王にはね、私が長年、かけ続けた『呪い』が刻まれている」
『王殺し』を自白したな。そうさ、もう隠す意味はないのだ。今のヤツは、むしろ『王殺し』を成し遂げたことを、自慢したいようだな。
「呪いで蝕んでいたのに、本人は、ずっと病だと信じておられた。まったく、滑稽なことだよ。あの哀れで老いた私の傀儡の死体をな?『繭』を使い、生け贄であるシャオと混ぜたのだよ!!」
「……死体を混ぜて、『シャイターン』を劣化させたか」
「ほう。竜騎士よ、お前も呪いに詳しいのか?」
そうじゃないさ。ジム・ジェイドの予言を知っていただけさ。彼は、貴様が『シャイターン』を劣化させると言っていた。
「……そうだ。私は、成し遂げた。どの『呪禁者』も達成したことの無かった、『シャイターン』の支配をなッ!!やれ、『シャイターン』ッ!!そいつらを、私の敵を、殲滅しろッ!!」
『ギギギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアッッ!!』
白い悪意が襲いかかってくるッ!!竜太刀での反応が、ギリギリ間に合った。ヤツの腐った爪が、オレを切り裂こうと振り下ろされていたが、受け止めていたよッ。
……しかし、何という速さかッ!!それに、力までもが強いッ!!……なによりも、コイツは……熟練の技巧を感じさせるッ!?
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』
『シャイターン』が叫びながら、左右の拳を連続で叩き込んでくる。分かるぜ、これは双剣の技巧だッ!!押し込まれる。左右からの打撃を竜太刀で受け続けるオレの体が、後ろへと押されているぞッ!!
まいったね。これを、長くは、防ぎつづけられそうにねえ……ッ。
だから、今すぐやってくれ、カミラ!!試すんだ、『闇』が、コイツに効くのかを!!
「カミラあああああああああああああッ!!」
「イエス・サー・ストラウスッッ!!」
カミラの影が伸びて、オレの攻撃に夢中になる『シャイターン・ゾンビ』に絡みつく。『闇』で創られたその茨が、ヤツの体を締めあげていく。ラーフマが驚愕していた。
「な、なんだ、その魔術は!?し、知らぬぞ、そのような『属性』はッ!!」
「……『闇』属性さ」
「……ッ!?バカなッ!?あの娘は、何だッ!?」
「オレの愛する第三夫人の、吸血鬼さんだよッ!!」
オレはラーフマへと迫る。ラーフマは双刀を抜き構える。なかなかいい構えだが、貴様ごときが、アーレスの竜太刀を受けきれるとでも―――ッ!?
「避けろ、ソルジェッ!!」
リエルの声が聞こえた。オレは本能のままに、右へと全力で跳んでいた。どうにか、回避は成功していたよ。白い影が上空から降りてきていたんだ。オレを、切り裂くためにな!!
ドガシャアアアアアアアアアアアアアンンッッ!!
『シャイターン・ゾンビ』の白い尾が、武舞台の床石を叩き壊していた。一瞬前まで、オレがいた場所だ。ヤツは、闇の茨を引き千切りながら、オレの方へと向き直る。
「す、すみませんっ!!そ、ソルジェさま、ダメですッ!!その呪いは、深すぎて、自分の『闇』でも届きませんッ!!」
悪い予感ほど、当たるというのか……ッ。クソ、やむを得ない。火力全開で、仕留めにかかるぞッ!!
「かかれええええええええええええええええええええええッッ!!」
オレは猟兵たちを解き放つ!!リエルの矢が、オレを狙う『シャイターン・ゾンビ』の目玉を射抜く。だが、コイツはその負傷をも気にしない。そのまま、オレに襲いかかって来る。いつかのオレみたいだな、こいつはッ!!カーレイ王よ、貴方の闘志が、この腐肉の魔物に宿っているのだなッ!!
「ハハ、ハハハハハハッ!!お、驚かせおってッ!!」
いいや、お前が驚くのはこれからだ。猟兵の早業を見せつけてやる。ミアが、シャーロン特性の『こけおどし爆弾』を炸裂させていた。4発、全てをぶん投げていたよ。部屋中に、光と爆音が満ちる。
ドーム状の聖なる場所だ。音を反響させやすい構造だからな。とてつもない光と音の暴力が、この場にいる全員を襲っていた。『シャイターン・ゾンビ』の巨大な瞳が、光を吸っていたよ。
腐りかけの魔物という惨めな状態に成り果てても、ヒトとしての機能と反射が残っている。目がくらみ、鼓膜が揺さぶられた。キーンという耳鳴りと共に、音が消える。
無音の世界の中で、全てが動き出している。シアンが、ラーフマへと跳びかかっていた。ラーフマは、さすがは『白虎』の長というワケか……?シアンの襲撃を、負傷し、『こけおどし爆弾』に晒された体でも、回避しやがったぞ。
『須弥山』の技は、ラーフマも知り尽くしているというわけだ。だが、うちの切り込み隊長を相手にして、いつまでも耐えられるはずがない。
ミアは、シーヴァ王子の確保に走っていた―――この状況でも灰のように感情の燃え尽きている少年へ、押し倒すように抱きついていた。そうだ。身を低くさせろ。それが基本的な防御の姿勢だ。
守るだけではない。ミアは、口に咥えていた『魔銀のやすり』を使う。ラーフマに気づかれる前に、シーヴァの首かせを壊すつもりだ。
オレは奥義を使うのさ。竜騎士の奥義をな。
殺さねばならないのなら―――せめて一瞬でだ。最強の技をもって、この腐った魔獣に囚われている貴方たちを、解放する。それが、竜騎士の義務というものだ。
腕に、『雷』を宿らせるのさ、雷神のごとき怪力で強大な敵を斬り裂くために!!
足に、『風』をまとわせるんだよ、疾風の速さで戦場を自在に舞って踊るために!!
刃に、『炎』を帯びさせる、アーレスの劫火を帯びた滅竜の牙を顕現させるのだッ!!
―――『竜の焔演』ッ!!竜騎士ストラウス一族の、最強の奥義ッ!!三つの属性強化を同時に展開する、我が一族の、究極無敗の奥義だッッ!!
『シャイターン・ゾンビ』が、オレの闘志に反応する。拳を乱打させてくるぜ。ああ、力、速度、技巧が融け合う、破壊力の速射だよ―――だが、『竜の焔演』はッ!!ストラウスの奥義が、負けるわけにはいかねえんだッ!!
拳と斬撃が、衝突し滅竜の牙は邪悪な魔物の腕を斬り裂きながら爆破する!!右の拳を粉砕し、左の拳も続けざまに斬り裂いた!!
白く醜い巨体が回転し、岩さえも砕く毒針生えた尾が迫る。しかし、疾風の動きでそれをかいくぐりながら、斬撃がその太い尾さえも斬り捨てる……『シャイターン・ゾンビ』がバランスを崩した。
武舞台に倒れ込むヤツの白い顔面に、オレは竜太刀で薙ぎ払うように一撃を入れる。上あごの歯列ごと、顔の中央部を、破壊できたよ。オレは、仕上げに入るぞ。『竜爪の篭手』を起動させる。篭手から竜の爪が生えるのさ。
滅竜の魔力が、爪へと宿る。
拳を握る……そうだよ、指の中には、あの『呪禁者』の『祈り』があった。ジム・ジェイドの心臓を犠牲にして精製された、この黒い水晶は標的を見つけ、オレの指の中で黒い光の奔流となって爆ぜていく!!
滅竜の爪に、『祈り』は宿り!!『シャイターン・ゾンビ』の下あごを突き上げ壊し、口中へと至るのさ。白き尾の悲劇を悲しんでくれた、あの『呪禁者』の『黒を帯びた祈り』が、この哀れな魔物を祝福するのを、オレは魔眼で見届ける。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
竜のように歌いながら、オレは『シャイターン・ゾンビ』の頭蓋の底に刺さった滅竜の爪に、さらに力を込める。さらばだ、悲しき魔物よ……オレはヤツの脳が入った場所を、黄金に輝く劫火を帯びた一撃で、深く、切り裂き、破壊していた!!
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