第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その5


 ドアをノックする音に、オレは目を覚ますよ。ああ、遅めの昼飯を食べた後で、ベッドで体を休ませるつもりが、つい眠っていたんだな。まったく、夜中ばかりが活動時間になっているなあ……昼夜逆転は体に悪いってハナシだけどね?


 だが、さすがに昼間っから眠っていたせいで体調は抜群にいい。夜行性に慣れて来ているな。


「サー・ストラウス、起きているの?」


「ああ、起きているよ、アイリス・パナージュ。入ってくれていいぞ?」


「ええ。邪魔するわね」


 ドアがそんな声を通しながら、ゆっくりと開いていくよ。そこには、戦闘装備を身につけたルード王国軍の軍人がいたよ。黒い布に全身をコーティングしているね。バンダナまで黒い。その布の下は、薄いプレートと分厚い獣の革でも仕込んでいそうだ。


 軽くて丈夫。そういうコンセプトの装備だ。音も立てない。ガルフが作っていた装備にも酷似するコンセプトがあった。誰しも考えることは似てくるってことだな。


「暗殺者には向いている装備をしているな」


「ええ。でも、貴方を暗殺しに来たわけじゃ、無いのよ」


「だろうね?」


 それだと意外性があり過ぎてビックリする。でも、もしも本気で君がオレを殺そうと思ったなら、普段着で来るだろうよ。エプロンドレスの下に、猛毒の塗られたアイスピックとかを隠してね。


 さて、スパイに暗殺されるお兄さんの気持ちを想像するのは止めようか?


 オレはしなければならないことがある。


 まずは、確認だ。


「もう、そんな戦闘準備がいる状況か」


 だとすれば、オレは寝過ごしてしまったようだな。懐中時計を見る。ギンドウ製の懐中時計は、夜中の10時になろうとしてた。9時47分だな。


「いいえ。安心していいわ。まだ、時間はあるわ」


「……そうだな。『南』でピアノの旦那とジーロウたちがアクションを起こすのが、11時半の予定だ」


 叩き起こされなかったということは、状況は予定の通り進んでいるのか。しかし、もう10時前かよ。ガッツリと寝ている。体調がいいわけだ。くそ、こんなに寝るつもりじゃなかったのによ……。


「ええ。でも、そろそろ、装備を整えて。緊急事態に備えてくれてもいい時間ではある」


「ああ……他のみんなは?」


「貴方の猟兵たちは、みんな、もう起きてる。そして、夜食を食べているわ。貴方のぶんも用意しているわよ」


「そうか……オレだけ寝坊したみたいだな。リエルに怒られちまうかな」


「いいえ。リエルちゃんは、旦那さまを一秒でも長く眠らせてあげたかったみたいね」


「……そーだな、オレも連戦が続いている。疲労も困憊だよ……まあ、シアンたちに比べたら、楽なもんだが……」


「でしょうね。彼女たちも到着しているわ。あとは、機を見て雪崩込むだけよ」


「そうか……万全だな」


「ええ。あまりにも順調」


「そうだな。仕込みは全て完璧だし、オレたちには有利な事実が多すぎる」


「そうね」


「……君が導いてくれたんだ、ありがとう、アイリス・パナージュ」


「あら、素直ね」


「……うん。君は、こうなることを、それなりに読んでいたのか?」


 『アイリス・パナージュ・ルート』……それの構築に動いたことが、あまりにもオレたちの有利に働いている。『ギラア・バトゥ』狩りの結果が、オレたちに圧倒的なアドバンテージをもたらしているよ。


「まさか?……そこまで知恵が回るわけがないでしょ?だとすれば、予言者レベルだわ。いい占い師になれるわね」


「……そりゃそうだ」


 『ギラア・バトゥ』の血や毛皮、そんなモノがここまで効果的であることを、君だって知らなかっただろうしね。うん、そう信じていることにしようか。


「期待に応えられていないとするなら残念だけど、全てを予想することなんて、誰にも出来ないわ」


「いいや。君を尊敬しているよ。ルードのスパイとして、君は最高の仕事をしている。君らのサポートのおかげで、オレたちは、ついにここまで来たんだからね」


「ええ。チェックメイトまで、あと一手よね……元から、私たちは有利だった。親・帝国でなければならないアズー・ラーフマとは違い、束縛が少なかったもの」


「ああ。戦争というのは攻める方が有利だからな。とくに、奇襲の類いはね」


「それなのに、浮かない顔ね」


「……分かっちまうかい、アイリス?すっかり、オレの副官だな」


「まあね。というか、ここまで完璧な状況では、懸念材料は一つだけ……」


 そうだな。一つしか、いない。


 この不気味なほどの順調が、オレに危険を感じさせる。不幸とも縁が深い人生を送って来た経験がその不安の由来か?猟兵としての勘か?それとも、竜の眼が持つ、洞察力ゆえのことだろうか。


 ……オレは本能じみたところで、『シャイターン』とやらに危険を感じている。本気になって考えたからね、いくつか『対策』は思いついたよ?でも、確実に有効なのかは分からない。


 情報が、あまりにも少なすぎる―――アレについて分かっているのは……殺しても、近くのフーレン族に乗り移り、転生するというムチャクチャな能力と……。


「……あの寺で、『シャイターン』の『繭』は創られた。『ガールド』という『呪禁者』によって」


「ええ。ヴァン・カーリーの言葉を信じればだけど?」


「嘘だと思うか?」


「……いいえ。おそらく、『シャイターン』はあると思う。あの寺院で情報を回収出来なかったことが、悔やまれるわ」


「そうだな。おそらく、『シャイターン』を製造した、『呪禁者』、『ガールド』……そいつの遺した情報は、アズー・ラーフマに回収されたのだろう」


 なぜかって?あの寺院は、それほど荒らされていなかったものな。


「あそこの錬金術の装置や道具がそのまま使えたんだぞ?……ラーフマは『呪禁者』を表面上は迫害していたのかもしれないが、その文化や知恵まで破壊するつもりはないのだろう」


「そうね……必要なモノだけ、そのまま抜き取っていったような印象を受けたわ。前々から下調べもバッチリだった。ラーフマは使える道具については目をつけるような男よ」


 『シャイターン』と『呪い尾』たちを回収して、ガールドが持っていたであろう知識や情報も、アズー・ラーフマは回収した……破壊をせずに、回収した理由とは?


 そんなものは決まっているな。


 使うためだ。


 そうだ、使う……使うには、『使いこなせる者』がいなくてはな。


 『呪禁者』の知識を『使いこなせる者』……『誰』が、『それ』なんだろうな。


「……なあ。アイリス」


「なにかしら?」


「あのガールドという人物を、ラーフマは、なんで『須弥山』なんて場所に追放した?」


「え?」


「いやあ、近すぎるだろ?……強力な力を持つ『呪禁者』の一人を、なんで、王都に隣接する山に置いておく?」


「……そうね。あんな地味な寺院に追いやられたなら、ガールドはラーフマを嫌うはずよね?……呪術師に、恨まれる……あらやだ、とっても怖いシチュエーションね」


 ホント。笑えないシチュエーションだぜ。


 そんなこと、フツーのヤツはしないよな?


 まあ、マフィアの親玉で、国家を一つ牛耳っている悪い宰相殿だ。フツーのヤツではないが……それにしても、何だか、『呪禁者』を管理できる自信があるかのようだ。


 ……まるで、『呪禁者』を、知り尽くしているのかのようだね、アズー・ラーフマという『白虎』の首魁さんは……考え過ぎているだろうか。


「王宮から追放されたんだ。ガールドさんとやらは、恨むよな」


「きっとね。男のヒトの復讐心は怖いわよねぇ……?女は陰湿だけど、男は過激な怒りを持つもの」


「オレがガールドさんなら、アズー・ラーフマのこと、殺したいほど嫌うかもしれない」


 王宮から追放されて、あんな地味な寺に住むことを強いられるのかよ?そんな目に遭わされたら、怒りで殺意が湧いてきそう。


「男の貴方がそう思うなら、男だったらしいガールドさんもそうなのかもね?」


「そういえば、君はヤツを男だと言うが……ヤツは、男だったのか?」


「あの寺を物色した時、男物の衣類しかなかったもの。女子の必需品は、ゼロ。きっと男ね」


 女のスパイさんが言うなら信用しようか。


「カールドは、地位を奪われた。きっとラーフマを殺したいほど恨んだ……」


「そうでしょうね」


「ああ。実際、その憎悪を利用されて、ヴァン・カーリーと組んで『呪い尾』に『シャイターン』まで創り出したわけだしな……」


「でも。それはラーフマには予期出来たことのはず。力ある呪術師を、冷遇した。恨まれて当然。なのに、自分の身近に置いていた―――」


「―――幾つか理由は考えられるな。まずは、身近に置いておいた方が、安心できた」


 『自分の近くで監視したい』。そういう考えだってあるだろう?


「そうね。それに……『排除するには惜しい人材』だと思っていたからかも?」


「……ヴァン・カーリーは、ガールドを『エリート』と褒めていたな」


「ええ。実際、『呪い尾』を私たちに四体もぶつけてきた。未確認で、他にも二体……トドメに、『シャイターン』までも創った」


「……『呪禁者』の技量をはかる術をオレは持たないが……たしかに、有能な呪術師であったように思えるな」


 それだけの数のモンスターを生み出した。同時に使えば、何百人も殺せるかもしれない……『シャイターン』が『呪い尾』の上位互換のような戦闘能力を持っていたら?ヤツが生み出したモンスターを同時に運用来たら、軍隊並みの威力になるんじゃないか?


「そんな厄介な才能を、近くに置くなんてな。このリスクを許容できるメリットってなんだろう」


「……定期的に、『知識』を吐かせていたとか?」


「え?」


「困窮させていたのよね?……だったら、ガールドは、お金が欲しくなるでしょう?」


「……つまり、ときどき無心しに来るガールドさんに、ラーフマは金をやる代わりに、ガールドさん家が有していた『呪禁者』としての『知識』を吐かせていた?」


「そういう『家畜』にしていたんじゃないかしら」


 ほう。


 そいつは面白い発想だな。


「だとすれば、『搾取の対象』よ?辺境で山ごもりさせるより、誘惑の多い都の近くに置いていた方が、物欲も刺激されるんじゃないかしらね。プライドも、貧乏の前には蝕まれていくわよ?」


 そして、おしゃべりな口になっていくわけだ?


「なるほど。『搾取の対象』は『近くにいた方が使いやすい』か。ああ、邪悪なヤツの発想だな」


「え?私の悪口?」


「ううん。君は悪人を理解出来る能力に長けた、聖なる女性スパイさんなだけ」


 君を悪人だなんて、思っちゃいないよ。君は愛国心にあふれる、偉大なるルード王国軍の戦士だってこと、ちゃんと理解しているつもりさ。


「そう?だったらいいわ。それで、私の考えはどうかしら?」


「当たっているかもね。ガールドさんは、エリート『呪禁者』の『知識』を、金のためにドンドン吐き出した、そのあげく……ラーフマから金を得るために支払う『知識』が枯渇していった」


「……そうなると、『用済み』ね」


「ああ、今まで搾取される者と、搾取する者にあった需要のバランスが破綻する。枯れ果てた獲物は、『うま味』を出さなくなってしまうな」


「当然、焦るわよね、ガールドさんは?」


「だろうな。『知識』を吐き出さないガールドさんは、ラーフマに恨みを持つだけの呪術師でしかない。しかも、強力な呪術師。この国の支配者であるラーフマからすれば、危険この上なく……生かしておくメリットが消えた」


「殺されるかもしれない……だから、ヴァン・カーリーのような若く、狂暴な男の誘いに乗ってしまった?……ヴァン・カーリーの実家は、金持ちでもあるわね」


「今度は、ヴァンに『寄生』するつもりだったのかもな。金で動く男は、必勝パターンに依存するもんだよ」


 まちがいないことは、ラーフマにあんな小汚い寺院に住まわされるより、よほど豊かで文明的な生活を謳歌出来そうってことだ。


「……『金』と『安全』、そのどちらもが補償されるってわけね、ヴァン・カーリーをラーフマに勝たせることが出来たなら。いいパートナーになりそうな立場ね!」


 マフィアの『クーデター』か?ヴァン・カーリーは、たしかにそれを成し遂げたかったようだ。そして、命がけで逃げている最中にも、『シャイターン』を求めた。つまり状況を変えうる力が、それにはあるのか。


 厄介なことだ。


 どうあれ、ヴァン・カーリーは望んでいた、自分が『白虎』の一番上になることを。金と力と運が、そろってはいた。オレに邪魔されなければ、ヤツのクーデターは成功していたのかもしれないな。


「―――そのクーデターを実現させなければ……ガールドは、ラーフマに処分されるのを待つだけだった。実際、今、ヤツは殺されているわけだしな」


 『シャイターン』を創ったから?……つまり、それが、ラーフマに提供しうる、最後の『知識』だったのかもしれんな……。


 ラーフマも『シャイターン』にご執心だったか。だとすれば、あえて創らせていたのかもしれんな。そうだすれば、ヤツはやはり……。


「ラーフマに支払う対価が尽きそうになり、金銭的にも追い詰められた。だから、ガールドは今までガマンしていたのに、気が変わったのかも。ラーフマを殺すために動き始めた……」


「……説明がつくな。あの地味な寺院に住んでいながらも、家具は高級品だった」


「物欲はあったというわけね。そして、見栄も捨てられなかった」


「ああ。搾取の対象になるだけの、心理的な弱みを持つ男だったのじゃないかな、殺されちまったガールドさんは?」


「……死んでしまったガールドさんには会えないけれど。まだ、このホテルの地下室には、そのガールドさんの弟子が監禁されていること、覚えているかしら?」


「そうだったな……ヴァン・カーリーを殺すことだけに囚われていて、忘れていたよ。ぜひ、会いたいね」



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