第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その13
オレたちの『東』への遠征は大きな功績があったよ。下手すれば、『バガボンド』が今夜にも襲撃されていた可能性がある。それを除去出来たことは、かなり大きい戦果と言えるぜ。
『バガボンド』はまだ500人ほど、元気な帝国兵士の捕虜は取ってあり、彼らに例の交通網の破壊は実行させているのだが……『大物』さんは彼らのことぐらい、口封じがてらに殺してしまったかもしれないもんな。
なにせ、かなり犯罪のスケールが大きいヤツだからな……たった500人ぐらいの命は、何とも思わないかもしれない。
無限の金になりそうな、ハイランドとの密貿易のルート、それを取り戻せるのなら、数百人の若者を見殺しにしたって、罪悪感を抱けないかもしれん。悪の底は深い。オレには理解できない深さもあるのだろうよ。
……さて。ゼファーの翼はやっぱり速い。あれだけの仕事をしたというのに、昼飯時には、オレとリエルはアイリス・パナージュの『店』にいたからね。ここは、もうすっかりと『作戦司令室』になっていたな。
イーライ・モルドー将軍に、ハーディ・ハント大佐、スパイの夫妻に、オレたち猟兵。あと、『白虎』関連の事情通?として、ジーロウ・カーンもいるよ。ミア、カミラ、シアンはゴハンを食べている。正直、難しい話には向かない人々ではあるが……オレも似たようなもんじゃあるな。
とにかく情報共有だ。オレは偵察と戦闘の報告を、このメンバーに昼食を食べながら報告する。
それなりの驚きを持って受け止められたよ。『白虎』の犯罪のスケールとか、帝国軍の汚職の気配とかがね。この報告についてアイリス『お姉さん』は、とくに興味津々だった。
「……国際的な規模の密輸犯罪の『主催者』?……しかも、帝国の『情報部』とも繋がりを持つ、ねえ?」
「……どんなヤツだと思う?」
「『白虎』の牛耳るハイランド王国があってこその行いかもだけど……なんていうか、スケールの大きな悪党の気配がしてるわ」
「そんな素人みたいな言葉を聞きたいわけじゃないんだが……」
オレはルード王国軍のスパイの能力をリスペクトしているよ、彼女が何も情報を持っていないわけがない。
少なくとも、オレは今ひとつ、大きな情報を提供してみせたんだぜ。それを手がかりに、彼女ならば高度な推理の一つぐらい出来るだろ?アイリス・パナージュならば。
「ふう……確証は無いけど。例の、『蟲使い』がいたというハナシがキーになるかもね」
「ああ。ギー・ウェルガーだな」
帝国南部の人間族であり、特異な蟲と共生する集団……『ゴルゴホ』の出身者だ。イケメンだったが、体の65%は蟲で出来ていると自慢するように語っていたよ。かれは、帝国の情報部員らしい。つまり、帝国のスパイさんだな……。
「―――彼の上司じゃないかしら」
「……ん?……つまり、スパイの元締めみたいなヤツがいるのか」
たしか……そうだな、『蟲使い』が死んでいくときに、名前を叫んでいたな。
「たしか、『ベルーゼ室長』……そう呼んでいたな」
「じゃあ。もしかしたら、そいつなのかもしれないわ」
アイリスが淡々と予想を口にする。オレも少し戸惑うが、イーライやハント大佐はもっと戸惑いが大きいようだ。イーライはうなる。
「……帝国軍のスパイが……そんな大それたことをしでかすのでしょうか?そもそも、私は……帝国軍のスパイなんて存在を、聞いたことがありません。暗殺騎士団とは違うのですよね……?」
「暗殺騎士団は少数精鋭の特殊部隊。スパイはそもそも情報収集が主よ」
「……ふむ。帝国軍における『スパイ』というのは、軍隊のどういう位置づけなのだろうか?」
ハント大佐が質問する。ハイランド王国軍には、そういう機関はないのだろうな。まあ、『白虎』を含む犯罪結社たちが密偵的な仕事もこなすわけだから、それで良かったのかもしれないが……。
世間一般には、怪しげな宗教団体あたりに胡散臭い国防の使命を与えている王国の方が多いかも?
カルトどもは社会と関わりが少ないから、暗殺や密偵には向く……ルードは、かなり進歩的な組織作りをしているよな。さすがは、クラリス陛下の国ってところか……。
「……どういった形を取っていたにしろ、情報機関という存在は、軍隊においても複雑な地位にあることが多いわ。存在そのものを秘密にしているところも多いほどよ?だって、素性がバレたら、敵地で情報収集も出来ないもの」
「『極端な秘密主義』な組織というわけかな?」
「そう。情報を漏らすことは、エージェント、あるいは組織全体の死を招く。帝国軍における情報機関は、表立っては存在もしていないのよ。でも、それが存在する証拠は幾つかあった」
つまりわオレはその証拠の一つと出会い、殺しちまったんだな。
「……隠蔽された存在というわけか。だが、それでは……軍や国家の意識を反映させにくいのではないだろうか?与えられた力は多く、軍や政府の干渉は受けない存在では、誰がコントロールするのだ?皇帝の意志さえも反映出来ないのはないか?」
「ええ。その通りよ。下手すれば、スパイという存在は『好きなことをやれてしまう』。だから、採用試験においては、倫理観の有能さも見るのよ。悪人は、採用しないに限る。とくに、スパイ稼業においてはね」
アイリス『お姉さん』はその試験にパスしたのかな?……まあ、彼女の言う倫理観というモノは、オレたち一般人のそれとは異なるものだろう。スパイ活動における倫理……そういう他業種の者には理解も想像もできない価値観だろうな。
「……与えられた権力を『悪用』すれば、秘密裏に壮大な密輸ルートも構築できる?」
「そうよ、さっすがリエルちゃん!!エルフ女子は賢いんだから!!」
「ま、まあな!」
オレの正妻エルフさんが喜んでいる。でも、多分、ちょっとからかわれていると思うぜ、アイリス『お姉さん』にさ。
「まあ、帝国スパイの親玉かもしれない、『ベルーゼ室長』という人物ならば?皇帝も帝国軍も出し抜いて、密輸で莫大な富を築き上げることも可能ってことよ!!スパイって、その身分を悪用すると、かなり大きなコトが出来るわ」
「スゲーな!!アイリス姐さんも、悪いことして金を稼いで―――むぎゃ!?」
失言だったのだろう。アイリス『お姉さん』はジーロウの顔に鉄拳をぶち込んでいた。でも、スゴいな。『虎』の顔面に拳を入れるなんて。
三十路も半ばを過ぎた女とは、とても思えないほどの運動能力だよ。
……この感想は、口にしないほうが賢明だってことぐらい、知っている。さて、話題を変えよう。
「……アイリス、ヤツの目的は何だと思う?」
「『ベルーゼ室長』は、公式には存在しないゴーストよ?……彼じゃない可能性もあるわ」
「でも、そいつに君の嗅覚は反応したんだろう?……なら、オレはその勘を疑わない」
「いい心がけね。スパイの判断を汲んでくれるなんて、いい王さまになれるわ」
「そりゃあ、嬉しいね。で?そのゴーストは、何を企んでいる?」
「さあね。容疑者としては浮かぶけど、動機までは分からないわよ」
「たしかにな……」
「なにかをするための資金が欲しいのかもしれないけど……使用法は、欲望の数だけあるから」
そりゃそうだな。
でも、その答えでは、あまりにも無意味だよ。
「……アイリス。君が、それだけの資金を手に出来たら、『何』をしたい?金、情報、権力……そして、よく訓練された、自分の悪事の処理を任せられる兵士たちもいる。そういうモノがあれば、『何』を組み立てたくなるんだ?」
しばらくのあいだ、アイリス・パナージュは黙り込む。色々と考えているようだな。かなり真剣に悩んでくれている。うむ、もう、30秒も経ったよ。この沈黙を破るのは、オレの仕事かな―――。
「―――サー・ストラウス」
彼女はこちらを見ていた。その瞳は、とても真剣にオレを見つめている。何かを見つけたらしいな、彼女のスパイとしての分析力や想像力がさ。
「……空想の中で、君は『何』を組み立てた?」
「……笑わない?」
「笑わないと思う」
笑えない言葉が出てきそうだから。
「そう……笑われないのなら嬉しいけど……スパイのね、『城』よ」
「スパイの……『城』?それは、建物という意味ではないんだよな?」
「ええ。私には愛国心があるのよ。ルードのためなら何でもする。でもね、女王陛下の意志を汲みすぎていたら、やれないこともある。現状に不満が強いってわけじゃないけれど……『自分たちを完全にカバーしてくれる強固な組織』……それを創りたいわね。金と権力と、兵士がいたら」
「それは……スパイの騎士団?……みたいな存在か?政治力や、独立性を持つ軍事的な集団……」
「ええ。そういうの、欲しい。あったら……より強くルード王国を守れると思うわ。誰を暗殺すべきか、どんな情報を探るべきか……スパイ以外には、文句を言わせない、『スパイのためのスパイの組織』……現状の組織よりも、はるかに高度に洗練されたモノが、あると嬉しいわね。笑わないでよ?」
「……ああ。なんか、あんまり笑えないからね」
「笑われないのはよかったけど、ドン引きされるのも気に入らないわね」
「いいや、そりゃ、引くさ……もし、そういうモノが、帝国に出来たら、苦戦しそうでイヤだしよ」
ていうか、『ベルーゼ室長』という謎の人物は、この戦場でそんなモノを創り上げかけているのかもしれない。『ヒューバード』……その土地も、拠点にすることで。
「……まあ。気をつけることに越したコトは無いわよ?スパイに狙われるのなんて、イヤでしょ?」
「いいや、それについてはかまわない」
「え?」
「来たら殺す。殺せば、敵が弱る。だから、いくらでも来ていいよ。オレの猟兵を暗殺出来る者は、この世には存在していないからな」
帝国のスパイさんが来たら、片っ端から殺してやるんだが?……あんまり、来ないだろうなあ。
「……自信過剰―――という言葉を、貴方たちを知っている私は言えないわ。確かに、暗殺で殺せるようなヒトたちじゃないものね。だって、この私が暗殺出来なさそうって思うしかないんだもん」
「美味しい料理に毒を混ぜるってのは?」
「私、料理を冒涜するようなことは、出来ないのよ」
「ハハハハハハッ!!」
「アハハハハハッ!!」
猟兵団長と凄腕女スパイは笑ったよ。そして、冷静になる。
「……まあ。『ベルーゼ室長』とやらの『実行部隊』は足止め出来た。アレだけの規模の部隊は、そう用意できない」
「つまり、そっちは対策済みということね。うん、完璧ね……さて!イーライ・モルドー将軍、ハーディ・ハント大佐?……『夜逃げ』の準備をしましょうか?」
アイリス・パナージュの言葉を聞いて、二人の四十路は頷いた。そうだよ、オレたちは帝国軍とハイランド王国軍にサンドイッチされてる可愛そうな具だ。
いつまでも、ここにはいられない。
物資を確保したとはいえ、ケガ人も多いし、武器も少ないよ。両軍から軍事的な決着を迫られると厳しいんだ。
だから?
とっとと、『夜逃げ』するのさ。
両軍をひらりと躱して、分散し……それぞれの役割を全うするだけの、簡単なお仕事をするってわけだよ。ハイランド王国軍は、ストレス下にある。ハント大佐とラーフマの対立、王の暗殺に、帝国軍の存在、それに『バガボンド』もだ。
これだけ混乱していれば、つけ込む隙はあるよ。もちろん、楽勝とは言えないけどな。
「……かなり、厳しい任務になりそうですが。他に道はないですし、全うするのみですね」
「我が国の不始末が招いた惨状……ですが、どうか、協力してくだされ、モルドー将軍」
ハーディ・ハント大佐が、その金色の髪が生えた頭を下げる。イーライは、あわてるよ。
「よ、よしてください。ハント大佐。私は、『未来』を信じているのです」
「イーライ殿……」
「この作戦を成功させましょう。そして、皆で『未来』を勝ち取ろうではありませんか?」
「……ああ。必ず!!」
国盗りの覚悟をしたハーディ・ハント大佐は、その瞳に強い意志と覚悟を宿しているよ。さて、最後の作戦を開始しようじゃないか?この作戦のキーマンは、色々いるけれど……。
「シアン。原初の森林に最も詳しいのは、修行でそれを踏破した君だ。頼むぞ?」
「……ああ。任せろ、『長』よ。いい加減、この国を『偽りの虎』などに任せておくのにも飽きた。『白虎』を排除して、真なる王権を復活させるぞ」
そうさ。
これは、ハーディ・ハント大佐の国盗りの物語だよ。
魔王らしく悪党みたいな顔で笑っていると、アイリス・パナージュが近づいてくる。
「サー・ストラウス。この作戦は、女王陛下も承認されたわ。正式な依頼が届いている。奸臣アズー・ラーフマを殺せとね?」
「……おお。さすが、クラリス陛下だ。痺れるよ!!」
「ルード王国軍が、王都シャクディー・ラカに忍ばせている諜報員は、全て貴方の指揮下に入ります。使いこなしてみせなさい。私もサポートするから」
「……くくく。いいねえ。密偵を操るってか?オレも魔王らしくなってきたもんだぜ」
「それと……この国のはるか西の国境沿いに、『援軍』も来ているわよ?」
「……ふむ。なるほど。『彼ら』か」
ジーロウが『援軍』という言葉に飛びついた!!
「おお!!たくさん来たのか!!アンタら狂暴なルードの軍勢が!!」
「なんだか、誤解しているわね、ジーロウ二等兵?」
「ひい!!す、すみません、パナージュ隊長!!つい、本音が漏れて失言を!?」
口で失敗しそうなジーロウ・カーンと、アイリスお姉さんのコントも楽しいけれど。オレはジーロウにお知らせをしなくちゃね?
「……ジーロウ。これは侵略戦争じゃないんだ。ただのクーデターさ。オレたちは脇役なんだよ?……だから、来たのは軍隊じゃない。たった二人の猟兵さ」
「ふ、二人で、何が出来るんだ!?」
「何でも出来るよ。とりあえず……もうこの国に遠慮することはないんだ。『白虎』の構成員を片っ端から殺し……船を奪わせるよ」
「か、片っ端から、殺すって!?……で、出来るのかよ!?」
「おいおい、そんな簡単なことは、『呪い尾』にされた子供たちでさえ、出来るんだぞ?その『呪い尾』よりも、はるかに強いオレたちに、『白虎』を狩るなど容易いものさ」
ああ。
そうだよ、忘れちゃいないか?
オレたちは『パンジャール猟兵団』なんだぞ。この大陸で最も強い、戦鬼の群れだよ。
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