第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その12
さすがはシスター・アビゲイルと言ったところか。いや、それともイーライ・モルドーの人柄なのか、捕虜と難民の交換は何事もないまま無事に終わったよ。それはそれで良かったが、オレには懸念があるのさ。
「……リエル、イーライに連絡は入れたか?」
「うむ。魔笛で伝えたぞ。『東』を探ってくるとな」
そうだよ、この人質を交換し合うような作業を、帝国側がすんなり受け入れる理由はいくつかある。まずは人道的な理由。捕虜になった兵士を見殺しにすれば?……致命的に士気が破綻する可能性があるからな。
捕虜となっても助けてもらえる可能性があるからこそ、戦場で死ぬ直前まで戦うのだよ。そうでなければ?……兵士たちは、ちょっとでも劣勢を感じれば、戦闘を放棄して逃げ出すようになるだろう。
戦場でより戦わせるためという理屈から、捕虜と捕虜の交換という制度は成り立つのさ。やさしいのやら、それとも激しいのやら、よく分からないハナシに聞こえるかもしれないが、現実ってのはそういうややこしさがあるモンだ。
帝国側も、それが理由の一つとなって、すんなりと捕虜の交換に応じてくれたわけではあるが―――他にも理由はあるのかもしれない。
応援を要請しているだろうからね?……死ぬほど大勢の援軍が、現在、南の砦を目指してやって来ているはずだよ。それは、いいんだよ。こちらも警戒しているからね?
問題は、『東』のルートさ。
山深い道で、とても軍隊のような大所帯は通れそうにない……地図を信じるのなら、確かにそうだが?そうなのだが……ここで気になるのは、『蟲使い』、帝国の諜報員であるギー・ウェルガーの存在だ。
連中はハント大佐を『馬車』で運びだそうとしていたんだぞ。どこからだ?
まさか、『バガボンド』の占拠する西に行ってから南に抜けるルートか?……ありえんだろう。リスクが大きすぎる。ならば、より山深い『東』に、『馬車』が通れるルートがあったのではないか。
オレはそう考えているのさ。
そして?……その何故か帝国軍の地図にも無い『秘密のルート』を使えば……『バガボンド』に気取られる前に、それなりに大きな戦力を運べるかもしれない。オレは、それが怖いんだよ。
「……しかし、本当にあるのか、そんな道が?」
「ああ。おそろくな。絶対とは言わんが、あれだけの馬車と物資を運び出すルートが用意されていないのは、かなりおかしい」
「……ふむ。たしかに、あの鉱山へと向かう道は、我々が占拠した帝国軍のキャンプ地へと直通する。そこを、馬車で抜けるのは難しいな……」
「大佐だけを運ぶのなら、馬の背にでも乗せれば……闇に紛れて運び出せるが。ヤツらは、それなりの物資を積んでいたからな……どこかに、抜け道があるはずだ」
「……抜け道か。なぜ、帝国軍の地図にも、載っていないのだろう?」
「……おそらくは、密貿易のルートだからさ」
「……ふむ。なるほど、世の中に知られていなければ、怪しげな品物を、運び放題というわけか?」
「そうだ。堂々と地図に載せれば、関所でも作られて、税金を取られるぜ。おそらくは、この地方の領主や帝国軍のかーなり偉いヤツ……そんな連中が結託することで、地図から密貿易のための道を、消したんじゃないか」
欲望から推理すると、世の中の悪事ってのは追いかけることが出来るものさ。悪事は合理的に実行しようとするものだからね。バレないように、効率化はカタギの仕事よりも洗練されるかもしれない。
「人間族は欲深いものだなあ……」
「そうかもな。だが、そうだからこそ、人間族であるオレには読めるのさ……ゼファー、見えるな?」
『うん。ふかいもりのなかに、みちがあるよ……はばは、ひろい。ばしゃの『わだち』がみえる……』
リエルが身を乗り出すようにして、地上をにらむ。豊かな森だよ。せいぜい、木こりか狩人ぐらいしか住んでいなさそうな森だね。オレは魔眼でゼファーと視野を共感させることで、森のあいだを走る道が見えたが―――。
森のエルフであるリエルは、その肉眼で緑一色の森を見切っていた。
「……ふむ。たしかに、田舎者が使うには不自然なほどに立派な道があるな」
「貴族仕様の豪華な赤い馬車でも、走れそうか?」
「……ああ。間違いなく、走れるぞ」
「……当たったかもな。この道が山奥で勢いを無くして終わっちまっているのなら問題はないが……帝国の主要な道にまでつながっていれば―――」
「軍隊が、密かに『バガボンド』を東側から襲えるな」
「そういう算段が出来ていればこそ、あっさりと難民を解放したのかもって思えなくもないんだよな……終わっちまった密貿易のことを罪に問わない代わりに、軍事作戦に協力する取引をしているとか?」
「むー。考え過ぎじゃないかという気もするが……事実、ソルジェの読み通りに、道が見つかったのだ。調べる価値はあるな!」
「ああ……どんどん自信が深まるよ。この道、きっと……どこまでも続いている」
『じゃあ……みちをおいかけて、とぶね!!』
ゼファーが飛行速度を上げてくれる。そうだ、これだけ急いでも見失わないほどに、はっきりと森を貫く道が見えるんだぜ。こんな見返りもないクソ僻地に、そんな道を作るメリットが見えん。
だが。コイツが、『まともな道ではない』というなら話は変わる。密輸品を運ぶルートってわけさ。関税ナシ、麻薬などの禁制品も運び放題。金になる道だ。
しばらく道を追いかけると植生が変わる。木々がまばらになり、険しい山道が現れていた。リエルが、オレの肩を叩いた。
「……ソルジェ。崖を見ろ。崖の側面を削るようにして、立派な道が造られているぞ」
リエルの言葉通りの光景がそこにはあったよ。白っぽく切り立った崖には、左に右にと斜め上へと向かうための道が走っていたな。
「……新しく岩を砕いたような跡が、あちこちにある」
「ああ。急ごしらえだったんだろうが、いい道だ。馬車はこれなら山岳地帯を抜けられるな……そして、このまま東に向かえば……『ヒューバード』という交易都市だ……『北海』の帝国海軍基地に、人材を運ぶ軍事拠点でもある……」
ここらの山岳地帯は、あまりにも険しいからね。地図を見るだけで、『軍隊は通れない』と誰しもが判断する。だが、現実には道があった。帝国軍の地図にさえも載っていない道が。
「こんなものを、『密貿易』のためだけに造ったのか?」
「おそらくな。もしかしたら『白虎』の資本で造ったのかもしれない。この道があれば、貴族御用達の高級酒も……麻薬なんかの禁制品も、税金をかからずに運びたい放題だ」
「ヒトの欲望とは、おそろしいものだな……これだけの道を、たかが犯罪組織などが作るのか……」
「マフィアとはいえ、国一つを牛耳ると、それほどの力を有するということさ」
そして……この道の先には、帝国貴族か大商人の『私有地』があるというところじゃないかね。そういう『駅』を用意すれば?……他の商人たちにも、役人たちにも気づかれることはない。
最高の密輸ルートの完成だな。だが……スパイであるギー・ウェルガーが、この道を知っているということは……すでに帝国軍の、かーなりお偉い連中の誰かは知っている。
そして、この密貿易ルートの事実を隠蔽する代わりに、賄賂でももらっていたのかもしれないな?あるいは、『そいつ』自身が『主催者』かもしれんな?……悪徳が保証する無限の資金源だ。この金になる秘密を握れば、どんな贅沢だって叶うだろうよ。
今までは、欲望が抑止となって、この道の秘密は守られて来ていた。だが、この秘密の道を知る帝国軍の幹部が、『白虎』との密貿易に見切りをつけていたら?帝国軍にこの道を通報するかもしれない。
……あるいは、自分の『庭』であるハイランドとの国境沿いを『取り戻そうとしているなら』……行動的になる可能性がある。
『バガボンド』を排除するために、精強な傭兵団と帝国軍の混成部隊を……ここから送り出すかもしれないな―――可能であるならば、おそらく、アズー・ラーフマの『白虎』と連携することで、速やかに不穏分子である『バガボンド』を処分したがるさ。
その『ヒューバード』にいる『そいつ』は、権力を行使して、捕虜の解放を異常なほどに、あっさりと行わせたってシナリオはどうだ?
……交渉が上手く行くとは踏んでいたが、ああまで小競り合いもトラブルも無いのは、どこか異常ではあるよ。
人間族の悪意に詳しい、ガルフ・コルテスの言葉が脳裏に響くんだよね。上手く行きすぎている時は、気をつけろ……罠に誘われているぞ。
そうさ。悪意を持って考えてみよう。
もしも、帝国兵の捕虜が『バガボンド』にいなければ、何か得をするのか?
たとえば、強力な傭兵集団で殺戮をしかけたとき……帝国兵の『生き残り』がいるという面倒を回避できるよな。
だから、捕虜と難民との交換に、『大物』さんは助力してくれた。
……こちらを攻撃するために、素直に捕虜交換に応じてくれた。考えすぎかな?
そうだといいんだが……困ったことに、『いやがるぜ』。
『……ぐんたいだ!!』
「ソルジェ、当たりだな」
「……ああ。喜ばしいかは微妙だが……」
本当にいたよ。かなりの数。騎馬までいるぜ。本気すぎるぞ。
本格的な戦闘能力を有しているな。その数は……5000人級?帝国軍の装備じゃないが、練度を感じさせる。
つまり傭兵集団か。この数に『白虎』と連携されて奇襲してくれば、『バガボンド』は殲滅されちまうだろう。
「……知らしめておかねばな。オレたちに、バレているぞと、彼らに犠牲を与えて教えよう。ちょっくら、挨拶代わりに襲撃するぜ」
「ふむ。それは楽しいな!!」
リエルちゃんてばノリノリ。さすがは、オレの子を宿す予定の女。一緒に、凶悪な二世をつくろうぜ?
『でも。たくさん、いるけど?』
ああ。そうだ。オレたちはプロだ。ノリだけで動いちゃいけない。もちろん、リエルもオレも、どうすべきかを理解しているよ。
「いいか、高速で襲撃し、先頭集団を焼き払う。そして、速やかに離脱し……この道を複数箇所、爆撃して、数ヶ月は復旧工事が必要なほどに破壊するのさ。簡単な作業だろ?」
しかも足止めでいいなら十分さ。
『うん!!らくしょうっぽい!!』
「さて、ゼファー、低く飛べ。崖の下から密かに這い上がり、連中と交差するように焼き払うぞ」
「……一瞬の勝負か。ソルジェ、ゼファーの劫火に、私たちも『風』を合わせるぞ!!」
「……いい作戦だ。一瞬の勝負だ。魔力全開で焼き払うぞ」
『うん!さくせん、かいし……ひくくとぶー……っ!』
ゼファーが地面すれすれにまで高度を下げていく。連中の『雇い主』がゼファーのことを知っているとすれば?……上空を警戒させているだろうさ。
だが、下はどうかな?鎧を着て、崖の下を見ながら行進する?そんなヤツはいない。いても、極めて少数派さ。
ならば……。
この奇襲攻撃は100%、上手く行くんだよッ!!
ゼファーが切り立つ崖に迫った。崖に風が当たることで生まれる上昇気流……それを見つけたゼファーは、翼にそれを受け止めさせて、急上昇するッ!!
オレは空を見る!!真っ青で、吸い込まれそうな蒼穹に、オレたちが落ちていくような感覚を得る。空が迫るぜ、すさまじい突風を全身に浴びるッ!!
リエルがオレの胴体に腕を回している。良い判断だ。捕まっとけ。落ちたら死ねる高さだった。まあ、ゼファーが必ず回収しにいくが……それをしていたら、この一撃離脱の戦いを、楽しめやしないぜッ!!
そして、ゼファーは尻尾を振って、翼で風を叩きつぶす!!力ずくの制動で、飛翔の軌道を無理やりに修正して―――傭兵どもの鼻先に登場するんだよッ!!
傭兵どもの驚愕に染まる顔を見た。そりゃそうだ。いきなり、竜が目の前に現れたんだからなあ!!
「なッ!?」
「え!?」
「りゅ、竜―――――」
『GHHAAOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッ!!』
リアクションを聞き終える前に、速攻を仕掛ける!!そうだよ、奇襲ってのは、躊躇いを帯びる程に鈍るもんだからな。
素早く全力で!それが、秘訣だよ!!ゼファーが歌い、その牙が並ぶ巨大な口の奥から、灼熱の劫火の奔流がぶっ放されるッ!!
紅蓮の激流が傭兵どもを瞬時に焼き払っていく!!断末魔の悲鳴が合唱されて、ゼファーはその死の音を体全身に受け止めながら、殺戮の歓喜に貌を歪めるッ!!
「進め、ゼファーぁああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!』
ゼファーの脚が、崖の斜面を蹴り込んで、その巨体で斜面を走るのさ。走りながら炎を吐いて、敵兵を焼いていくぜ!!『ドージェ』と『マージェ』は『風』を呼んで、竜の劫火がより長く飛ぶように制御する!!
焼け死ぬ者、融ける者、劫火の勢いで、崖から落ちる者、慌てて逃げようとして崖から落ちていく者。さまざまな死が量産されていき、乱世の切なさの見本市を展開するよ。
ああ、傭兵道とは、空しいものさ。命の価値が、安っぽく見えてしまうぞ。
「ウフフ!いい感じよ、ゼファー!!」
「ああ!!だが、深追いは禁物だ!!空へと、戻れッ!!」
『りょうかいッッ!!』
竜の蹴爪が崖に衝撃を加えて、黒い竜の体が崖下へと落ちるように飛んでいく。落下を使い加速して、翼を広げ、風に乗っていたの。あとは、羽ばたいて、逃げるだけだ!!
「竜を、射殺せえええええええええええええええええええええええええッッ!!」
傭兵どもの指揮官が、なかなかいいタイミングで命令を放つ。練度が高い傭兵どもが、弓を構えて矢を放つ。ゼファーの加速はまだ遅い。ん?矢の雨に追いつかれそうだって?
だいじょうぶ。
猟兵が二人も乗っているんだぞ。
夫婦そろって、同時に叫ぶぜッ!!
「……暴れろ、『風』よッ!!」
「……切り裂け、『風』よッ!!」
オレが暴風を呼んで、軽い矢どもの軌道をずらし……リエルの呼んだ真空の刃の群れが、こちらへと向かう矢を切り裂いていく。そうだ、矢柄を切っちまうのさ。
そうなれば?矢は飛ぶための構造が破壊され、空中で分解。そのゴミがオレの暴風に呑まれて、空に踊り……矢を撃ち落とす弾幕へと早変わり。
次に矢を射るチャンスは来ないのさ。ゼファーは、とっくの昔にはるか遠くへと飛び去っているんだからね―――この高速には、矢さえも追いつけないんだよ。見事な一撃離脱さ。さすが、オレのゼファー!!
「……傷はない、ゼファー?」
『うん。ないよ、『まーじぇ』!!……かんぺきっ!!』
「いい仕事だったぞ。二百人は焼き払えた。こちらはノー・ダメージ。最高だぜ!!」
オレの指がゼファーをなで回す。
『えへへ!!くすぐったいよう、『どーじぇ』!!……もっと、やろうか?』
「……いいや。連中の練度は高い。当初の予定通りに動こう」
「そうね。ムリは禁物よ」
『わかったー!!』
「ああ。数カ所ほど、この道を破壊して、通行不能にするぞ。今回はそれだけでいいんだよ」
この道と、あの傭兵どもの『持ち主』か……『ヒューバード』にいやがるのか、それとも、もっと他の土地にいるのか。くくく、かなりの『大物』と、愉快な縁が出来ちまったな。
さて。密貿易王さんで、スパイとも仲良しの大人物か。
変なヤツと因縁ができちまったな。
オレの人生はキナ臭さを増す場気だよ。このままオレが突き進んでいけば、そのうち『そいつ』にも会えるかもな……。
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