第二話 『魔王は、命の値段を訊ねられ……』 その9


「だ、誰だ!!貴様ッ!?」


「な、何をしにきたんだッ!?」


 若い兵士だった。階段を登った先にある、ちょっとした開けた場所……そこには大きな扉があった。


 声を出したのは、その扉の前にいた見張りの兵士たちさ。シアン・ヴァティは、ようやく元気なエサを見つけられて、その琥珀色の瞳を大きく見開いている。喜んでいるんだよ。


 彼女の口が、兵士たちに問いかけた。


「……お前たちの『長』にハナシがある。選べ、素直にそこをどくか、それとも戦うか」


 ああ。オレたち、押し入り強盗みたいだ。でも、猟兵らしくていいじゃないか?そうだな、砦の外観から察するに、ここが最上階。この、これ見よがしに立派な扉の奥に、『白虎』はいそうだな。


 なにせ、バカは高いところを好むらしいし。それに、宴の音が響いてくる。最前線で、ここまで気を抜けるとはな―――『白虎』は難民たちが自分らに逆らわないと確信しているか。


 ……ずいぶん、殺してくれたようだしな?


 殺戮と帝国領への強制送還、その『作業』で難民キャンプの連中の心を砕いた。この宴は、その戦績を称えてでもいるのだろうな。気になるのは、兵士の数……腑抜けているのは余裕ゆえかもしれないが、想定以上に少ない。


 この扉の先にも大勢いる。百人近くがな……だが、半数近くは女だ。宴のために貴様らが、さらって用意した難民の女たちか。


 ふむ。どうにも兵士の数が、少ない……このだらけようでは、作戦行動中とは思えないな。


 つまり、主力は『北』に引き返したのか?……もしかして、難民を引き渡したことで、帝国との関係改善に成功でもした?帝国軍の動きがあって、本国にでも相当数が引き上げたり。


 だから、戦時並みの警戒は不必要と判断して、兵士の数を削減した?国境に大軍を並べるなど、友好関係構築には真逆の行為だからね。


 ……あるいは、こっちの方が可能性がありそうだが―――。


 オレやアイリス・パナージュのような『外国勢力』の動きを気取って、内戦の気配を悟ったのかもしれんな。そう、民衆の支持を失いつつある『白虎』は、同質の組織に、その座を狙われ始めるのさ。


 だからこそ、前線の兵力を割いた。北に軍隊を戻して、自分たちを守ろうと必死なわけだよ。軍隊が山ほどいれば、『白虎』に『クーデター』を仕掛ける勢力には、大きな脅しにはなる。


 ここ数日、激しく難民を痛めつけたのは、手薄になるこの砦が、舐められないようにか……そして、この露骨な宴も、兵士を鼓舞するための行いでもあるのかもしれんな。


 数が激減したのなら、不安は出る。だからこそ、宴を開いて、彼らの心を安定させているのかもしれん。お酒の戦術的な使い方ではあるな―――あと、この煙が帯びたイヤな香り……。


 麻薬パーティーも同時開催か。さすがはマフィア。人心掌握の術が、下らない。でも、効果的でないとは、言わないよ。兵士の不安を消すには、精神を高揚させる薬物なんてベタだが効果はある。


 酒と薬物と女に耽溺させることで、たしかにあらゆる恐怖から鈍感になれている。敵の侵入にも気づけないほどにな。


 オススメはしないがね。薬物依存の戦士など……ガラハド・ジュビアンを思い出せば分かるよ。強いが、『狂気』に囚われた存在は……決して周囲を幸せにすることは出来ない。


 薬物依存は『狂気』のもとだ。薬ぐらいではガラハドにはなれんだろうが、ヤツの足下ぐらいには近づく。どうあれ、薬なんて止めておけ……依存症は少ない方が、より人生を満喫できるだろ。


「―――どかないのか?」


 シアンがもう一度、その若い戦士たちに訊いていた。


 この場にいる者の中で、彼女の言葉の真意を理解できていたのは、オレだけだろう。喜んでいる。シアンは、この戦士たちが、『どかない』ことを、喜んでいるのさ。だから、嬉しそうに訊いている。


 戦いを愛しているのさ。もしかしたら、オレよりも深くて純粋に。それが、オレの尊敬する真の猟兵、シアン・ヴァティ姐さんだよ。


「どけるか!?」


「そうだ、オレたちは見張りだぞ!!」


 なるほど、まともな対応だな。アイリスが、オレの肩を叩いて、小声で語る。


「ちょっと。まるで、私たちの方が、悪党みたいじゃないかしら?」


「……毒を以て毒を制すという言葉もある。いい言葉だと思わないか?」


「……そう?これで『白虎』との関係が上手く行くのかしら?……まあ、数もそこそこしかいない酔っ払いどもだから……貴方と『虎姫』さまなら制圧することも可能でしょうけど」


「ああ。主力は北に戻ったようだからね」


「みたいね。兵士の数があまりにも少ないわ。だから……」


「だから?」


「ここの兵士たちを虐殺して、帝国軍のせいにするという手も、あるけど……使う?」


 前言を撤回だ。彼女もあまり常識人じゃないぜ。


 女スパイの提案は、狂暴だった。だが、悪くはない。帝国軍とハイランド王国軍のあいだに戦闘を起こせば?……両者の関係は理想的に崩れる。


 ハイリスクな『アイリス・パナージュ・ルート』を使うまでもなく、難民たちを船で西に運べるようになるかもしれないし―――難民たちを『徴兵』して、ハイランド王国軍の兵士にしてしまうかもしれない。


 広い目で見れば、どちらの結末になっても、オレたちには得だよ。とくにルード王国軍からすれば、好都合だ。反帝国勢力が拡大してくれるなら、自国を守れる可能性が増える。


 悪いコトを考えるものだなあ、本職のスパイってのは?魅力的な女性だね、ルード王国には、こんな切れ者の女性ばかりいるのかよ。


 だが……王道に反する。オレの望む結束には、偽りという脆さの種を含ませたくない。いいアドバイスをくれて、ありがとうよ。でも、アイリス。君は、オレがそのプランを選ばないことぐらい知っていただろ。


「……何よ?その顔?ニヤニヤしちゃって?」


「感心しているんだよ」


「それならいいんだけどね?」


「彼らが通してくれれば、それでいいよ。訊いてみようか?……なあ、兵士諸君!オレたちは、難民キャンプの代表である、イーライ・モルドーを迎えに来た。いるんだろう?返してくれないか?」


「そ、そうだ!!父さんを、返せよ!!」


「ふん!知らんな!!」


「知らないはずはないでしょ?『白虎』が連れていったのだから、ここいいるはずよ?……おそらく、VIPがいる、その扉の先に」


 アイリス・パナージュの言葉は当たっていそうだ。フーレンの見張りたちは黙る。若者は素直だな。態度が雄弁だ。こういうときは、シアン姐さんの出番だな。シアンが彼らをじっと見つめる。


「……命知らずだな。フーレン族のくせに、私の邪魔をするのか?」


「……誰だ、アンタ?」


「『虎』には、アンタみたいな女、いないはずだぞ?」


「……ほう。お前たち、私を知らないのか?」


 ああ、彼らは若いから、もしかして、シアン・ヴァティを知らなかったのか?彼女がこの国を旅立って、数年が経っている。シアン・ヴァティを知らない若者も増えたのかもね。


 だから?


 シアン姐さんは……喜んでいる。


 そうだね、この若手たちは、かなり強い戦士だから。『虎姫』の伝説に怯えないのなら、それなりの強さを発揮してくれるだろうさ。


 うむ。このぐらいのレベルの戦士ならば、『食い応え』があっていい。ズルいぞ、シアン。門番を殴るよりも、ずっと楽しい行いじゃないか?


「……構えろ。すぐに、壊れてくれるなよ」


 シアン・ヴァティが無茶なオーダーをしている。


 『壊れるな?』……ああ、とても無茶なコトを言う。『虎姫』の剣舞を相手に、その若手たちでは、どうにも難しいことだよ。


「ふん!!面白い、力ずくで通るつもりなら、やってみろよ、女!!」


「誰かは知らんが……かーなり、楽しませてくれそうだしな!!」


 若いフーレンたちは血の気が多いね。そして、この二人の構えを見ると、戦士としての資質を多く持っていることが、よく分かるよ。


 十分な才能を有し、十分な鍛錬を積み、十分な師匠に学んだことが、その構えからだけでも、しっかりと伝わってくる。双刀の剣士と、大剣を構えた剣士。構えの中心に軸が走っているぜ。いい剣士たちたよ。


 まだ十代だろうに?本当に素晴らしい。ただ、あまりにも熟練が足りない。


 君たちは、この国しか知らないだろう?……でも、その目の前にいるお方は、数十の国を渡り、各国の剣士たちの技と命を喰らった猟兵さ。


 喰らった技と命は、彼女の魂に融けて、その技巧に宿っているぞ……ヒナ鳥たちよ、君らは運がいい。天才が27年かけた技巧を、体感できるのだからな。


 祈ってやろう。若者たちよ、どうか死ぬなよ?……死ななければ、この経験は、君たちが技巧の高みを昇るための糧になるはずだ。君らの才能と体格なら、『虎』とやらに相応しい次元には必ずや到達する。


 その日が来たら、オレとも剣を交わして欲しいところだよ。さぞや、いい腕になっているのではないか?これから十年、君たちがこの乱世を生き抜いた、そのときにはさ?ああ、是非、味わってみたい。


 きっと、ヴィンテージ・ワインのように、味に深みを宿しているさ。


 若き時分にシアン・ヴァティを心に刻まれた才能たちが、どこまでの成長を果たしたのか?剣士としては、その物語を読み取れる機会に立ち会えたなら、最高に面白い経験になるのだがなあ……。


 そこまで、オレも生きているのかねえ?わかんねえ。まあ、十年後より、今だよね?とても楽しい瞬間に立ち会えているよ。


 さて、始まるぞ……そう思った矢先、オレたちの最後尾にいたはずの少年が、階段をのぼってくる。


「……女性相手に、二対一は、卑怯ですよ!!」


 心やさしいピエトロ・モルドーが、眠っていた兵士からかっぱらった剣を構えている。


 うむ、素人同然の構えだな。心意気は買うが……やめとけ、ピエトロ。君の腕では、あのフーレンの男たちには勝てない。


 オレはピエトロを守るために、彼の前に腕を出す。遮るよ、この若者が無謀をしないように。そして、あの『虎』候補たちが、この弱く未熟な獲物に、興味を抱かないようにね。


「……サー・ストラウス?」


「大丈夫だ。あれらが10人いても、シアンには敵わない」


「で、でも。二対一ですよ?」


「ハンデだ。彼らにとって、シアン・ヴァティはあまりにも大きな山だ。オレたちがシアンに手を貸すのは、彼らにとって残酷すぎる行いになる。大丈夫だ、シアンを信じろ」


「……は、はい」


 納得してくれたか?うむ……いい少年だな。ここで傷を負わせるわけにはいかない。その幼いが気高さを感じる精神に、真の力が宿るとき―――どこまでの戦士になっているのかを、見てみたいから。


「……さて。ピエトロ。君も見るべきだ。シアン・ヴァティの技巧を知れ。この乱世で、生き延び、守りたいヒトを守れるだけの力を、その指で掴みたいならな」


「は、はい!!」


 武の真髄を見ておくといい。


 そうすれば、武術の練習に無意味を感じたとき?己の力に限界を感じたとき?……まだ、先があるはずだ。そう信じて、君の腕は的に向かって、もう一度だけ矢を撃てるようになるんだよ。


 どんな才能も、鍛錬なしでは何の意味も宿せない。あがいて強さを磨いた努力家の天才……滅多と出会えないその剣士の姿を見ておけ。


「……シアン。若手たちに、見せてやれ。強者とは、どういったものなのか」


「ああ……分かっているぞ、『長』よ―――」


 そして、シアンが走る。


「……ッ!!」


「な、なんだ!?」


 まったくの予兆もなく、走っていた。敵兵たちは驚いているな。『予備動作ナシ』の動きを見るなんて、まあ、フツーは無いよね?一瞬で走り始められる生物なんて、そう見かけることはない……ちなみに、ピエトロはきょとんとしている。


 シアンが動いたことを理解出来なかったようだ。一瞬、シアンを見失っていたね。


 仕方のないことだが……接近戦は、君に向いていないかもしれないな?……弓術と、魔術を磨け。


 魔眼があるから、オレには分かるよ。君からは、なかなかの魔力を感じる。


 どうにか弓と同じほどのレベルにまで、魔術を磨ければ?君は、遠距離戦闘における最強の存在……くしくも君が一目ぼれした、オレのリエル・ハーヴァルに近づけるかもしれない。


 君はね、『やさしい勇気』を持っている。シアン・ヴァティのために、自分より格上の敵にも迷わず挑もうとしたな?


 そういう心を持った君ならね、いつか『前衛/フロント』を任せられる相棒が出来るんじゃないか?君を守り、君が守る、そんなゴッツい戦士がな。


 グラーセス王国の貴族戦士でもあるオレからすれば?オススメはもちろん、ドワーフの戦士だ。


 たとえば、ギュスターブ・リコッドなんていいんじゃないか?君と同じぐらい、まっすぐで……女好き。きっと、ハナシが合うぜ?

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