序章 『剣士たちの聖なる山』 その3


 『竜鱗の鎧/ドラゴン・スケイル』は、すぐに見つかった。黒い鋼に覆われたオレのための鎧……マシューズ・カルロが作り、その叔父である『奇剣打ち』が修復したそいつがね。


 そいつは鎧かけに飾り付けてある。それは、そうか……まるで『芸術品』のように『展示』されているのだ。『奇剣打ち』は職人ではない―――自分を『芸術家』だと考えているのさ。


 だから、これは彼からすると、マシューズ・カルロへの哀悼?それとも、『竜鱗の鎧』という最高の鎧を製作した甥っ子へのリスペクトなのかね……。


 ……あるいは、『オレにだって、これぐらい作れるぞ?』という技術屋めいた理由に根差した主張なのかもしれないな。


「……ふむ。『奇剣打ち』が、どういう意図であんな風に飾り付けたのか、それによって危険度が理解出来るが―――奇天烈な男の心理ってのは読めないもんだ」


「ええ。ちょっと、お互いの『目』で調べてみましょう」


「そうだな」


 オレは眼帯を外して、左眼の力を解放する……そう、アーレスからもらった『魔眼』だよ。魔力の流れや、ヒトの感情の色、あるいは死者の声も……さまざまな奇跡を発揮する魔法の目玉だよ。


 『竜鱗の鎧』には、魔眼で見る限り、何も細工はしていなさそうに見える。


 周囲にワイヤー式のトラップがあるわけでもなく、魔術地雷が仕掛けられているわけでもない。まさかの落とし穴……も無さそうだな。そして……鎧の鋼には、ヤツのオレに対する敵意が打ち込まれているわけでもなさそうだ。


 アレほど執念深い男が、オレに敵意を燃やしながら、鋼を打てば?……おそらく、魔眼になら残存する敵意が見えるはずだ。オレは眼帯で、金色の眼を覆い隠す。


「オレの調査は終わったよ、オットー」


「……私もですよ」


 そう言いながらオットーは『サージャー』の目を閉じていく。額の目はもちろん、左右の目もね。あれぐらい目をつぶっていないと、彼は見えすぎて日常生活を送るのも辛いようだ。


 見えすぎる目玉の辛さは、オレにもよく分かる。だから、オレは彼の目が眠たそうだとか、そういう悪口は言わないよ。オレが……燃えていくセシルを見てしまったように、彼の目も……何か、見たくもなかった悲劇を見たことがあるんだろう。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


 今は『竜鱗の鎧』に危険がないかを知りたいだけだ。


「……オレの魔眼には、何も映らなかった」


「はい。私の三つ目にも、怪しい影さえも映りませんでした」


「なるほどな……『風』よ」


 魔術でそよ風を呼ぶ。この壊れた溶鉱炉に隣接する作業部屋のなかを、風が流れていく。オレは竜騎士だから、こうやって風が物体に当たる音で、罠や異変を知ることぐらいは出来るのさ。風を『読む』ことでね?


「……うむ。天井や壁にも仕掛けはなさそうだ」


 となりにいるオットーも頷いた。


「ええ。何かを仕掛ければ『歪み』が生まれるはず……この部屋には、少なくとも仕掛けはない……99%で危険はありませんね」


「残りの1%は?」


「……この部屋の上に、彼自身が潜み……息を殺しながら耳を床に当てながら、私たちが来るのを見計らい、自爆でもすれば……我々を殺せます」


「それは『奇剣打ち』の趣味ではないな。ならば、100%になる」


「……はい。あとは、鎧自体に毒が塗られている可能性は……ない、ですね。彼の美学に反する行為だ」


「そうだ。それゆえに、やっぱり100%だよ」


 オレの指が迷うことなく『竜鱗の鎧』に伸びた。指の腹でその黒い鋼を確かめていく。たしかに……似ている。マシューズ・カルロが、コレを渡してくれた日に、興奮と感動と共に指で感じた触覚そのままだ。


「……完全に再現した。そんな印象を受ける」


「ええ。私の三つ目で認識する限り……かつて団長が身につけていた通りのサイズです」


「鋼と語るか?ドワーフでもないのに、鎧にオレのサイズを訊きやがったのかね?」


 あるいは―――鎧の歪曲から、『推理』して……オットーが認識出来る十分の一ミリ以内の誤差にまで再現したのかもしれない。


 どちらにせよ、完璧な仕事だな。


「人格や行いに難があったとしても……彼は、最高の職人ではあるんだよなぁ……さて。着てみるか」


 オレはその鎧を身につけていく。やさしいオットーに手伝われてな。


 うむ、相変わらず『矛盾』を体現する鎧だ。


 分厚い鋼に覆われているのに、見た目よりも軽く……。


 腹部と背中を多う、鱗状の装甲たちはオレのボディラインに沿ってピタリとくっつき、首を動かしても、肩を回しても、こちらの理想の通りに、動きを制限することはない……体表の多くをカバーしてくれるのに、この可動性を有する。


 分厚く軽い、覆ってくるのに動きやすい。


 まさに、『矛盾』するはずの機能を、高いレベルで共存させている鎧だな。


 ―――最高の鎧だね、オレにとって。


 マシューズ・カルロのしたり顔を思い出してしまったよ。


「オレの皮膚が戻ったぜ?」


「ええ!見事な仕事ですね……彼は、心はともかく、腕は最高です」


「そうだな。まさに、そんなカンジな男だよ……さーて?」


「……ええ」


 オレもオットーも気づいている。この鎧にも、この部屋にも、異変は無かった。ただし、ここの『隣の部屋』にも興味がある。魔法金属で入り口の扉を塗り固められた部屋だ。


「……何か意味のある行いでしょうね?」


「芸術家さんの行動が、合理的かどうかを推理するのは無粋な気もするが……これ見よがしなのは確かだな。こんなに露骨に封鎖してる?……開けろという『主張』を感じるぜ」


「私たち……というか、団長に、『見て欲しい』ようですね」


「……実はな」


「なんですか?」


「……オレはヤツに代金を支払っていない」


「……なるほど。代金を支払わずに、『最高の仕事』をもらってしまいましたね?」


「ものすごく、恩を売られたような気がしてならねえんだよな」


「でしょうねえ?……つまり、この先にあるのは?……『代価』?」


「ああ。ヤツにとっての喜ばしいことは、奇妙で奇天烈な『奇剣』を始めとした、『ヤツの作品を使ってやること』だ……」


「彼が、団長に使って欲しい『奇剣』がある?」


「……そうかも。ムシしたい。でも、気になるし……何より、この真摯な仕事で復活したオレの鎧が、代金を支払いたくなる気持ちにさせる」


「……イヤなタイプの『罠』を仕掛ける男ですねえ」


「まあ、気に入らない武器なら使わないさ―――だが」


「何か?」


「いいや。マシューズ・カルロは……『竜鱗の鎧』を渡してくれたとき、これで『完成』したわけではないと言っていたことを思い出してな」


「どういうことですか?」


「……うちの祖先伝来の設計図を見て、あの天才職人は……『欠けている』と語っていた」


「欠けている……?」


「彼からすれば、『未完成』に見えたらしいよ?……この鎧の設計思想を、ヤツはオレには理解できないほど深く見抜いていたのだろう……この鎧の『先』―――つまりは、『可能性』。それを見ていたのさ」


「マシューズ氏が見た『可能性』?……では、もしかして、この先にあるものは……『奇剣打ち』の解釈による……その『先』?」



「……ああ。マシューズ・カルロは……この『左の篭手』が気に入らないとは、言っていたな。オレは、その『先』がこの奥にあるような気がしてならないね」


 『奇剣打ち』のヤツは、マシューズ・カルロの技を『盗みたい』と言っていた。そして、実際、ヤツは『竜鱗の鎧』と対話しながら、マシューズ・カルロの技巧を完全に再現した。ヤツは彼の心を……哲学を、設計思想を……全てを読み切ったんだろう。


 どこまで深く『入れ』ば、それに至るのかは分からない。だが、あの白マスクの刀匠怪人は、鎧作りの天才である甥っ子の『全て』と同調して見せたのさ。その証拠を、オレは今、身にまとっているのだ。否定は出来ない。


「……つまり、マシューズの遺産を、彼の見た『夢』にさえも……『奇剣打ち』は模倣のあげくに、たどり着いた……そんな予感がしているよ」


「ならば、やはり開けてみましょう。そういうロマンは、私だって好きですよ」


「そうだな……でも。オットー、額の目は閉じてろ。きっと、ろくなものがこの先にはないぞ」


「ええ……彼の『狂気』も、あるのでしょうね」


「まちがいないよ。ヤツは『奇剣打ち』……その作品は、どこか狂っているものさ。たとえ、マシューズ・カルロの『夢』を見つけたとしても……再現するための過程は……間違いなく違う」


 予感がするんだよ。カルロ一族の『夢』とグリエリ・カルロって一族の鬼子は、どうにも相性が悪いんだよね。まあ、確認しようじゃないか、悪夢の果てに、『奇剣打ち』はどこまで甥っ子に近づけたかをな?


 ……竜太刀に『風』を込めて、オレはその封鎖された扉を叩き壊した。そして……赤を見る。鉄のにおいをまとった風が、鼻腔に嫌悪を発生させるよ。なるほど、これはヒドいや。


「……ああ。案の定だな」


「……これは、なんて、ことを……ヒドすぎますよ!!」


 そう。とてもヒドかった。


 なにせ、帝国兵士の死体がそこら中にある。皆、血まみれだった。部屋の中は、むせかえるような血のにおいだよ……オレには、この連中がどうして死んでいるのか分かる。


 簡単さ、推理もいらない。明らかに死因は出血多量によるものさ。巡らす血が無くなり過ぎて、心臓が空打ちするように止まっちまった。その原因?……見れば、分かる、その全身を切り裂かれているからだ。そこから、血は流れ出てしまったんだよ。


 それらの傷口は、剣によるものとは思えないほどに、広く、そして、醜くえぐれている。兵士たちは足を鎖に繋がれているが、全員、武器を持っているな……なるほど、趣味が悪い男だ。白いマスクを常時かぶっているような変態が、趣味など良いわけはないか。


「これは……まさか」


「そうさ、オットー。コイツらは、『奇剣』の『実験台』にされた」


 おそらく、『聖なる洪水』を生き残ったか、先行してこの砦にたどり着き、孤立していた兵士たちを捕まえて、ここで鎖につなぎ……『生きた実験台』として、自分の『奇剣』を試して、殺していったのか。


 なんともまあ、激しい芸術家さまだよ?ザクロアで出会った、芸術家気取りの『ゼルアガ・アグレイアス』を思い出す。狂人で芸術家だと、自己主張に他人を巻き込みがちだな。


「まったく、歪んだ男です。狂っていますね」


「……ああ。だが、帝国兵を殺してくれたところに……彼のメッセージを感じるね」


 そうだ。オレはその事実を嫌わないからな。これがドワーフだったら?……即座に、この『奇剣』を叩き壊しているところだ。


「つまり、団長に、一種の『媚び』を使っている?」


「媚びというよりは、提案だろうな?……ヤツは、おそらくさみしいのさ」


「さみしい?」


「オレがヤツの理解者である、ガラハドをぶっ殺したから」


「なるほど。『奇剣』を扱ってくれる剣士がいない……だから、団長を求めている?」


「らしいねえ。まあ、マシューズ・カルロの『先』を見せてくれたことに感謝して……今回はヤツの提案に乗ろうかね?」


 オレは死体たちの中央に置かれた台の上に、『展示』されているモノへと指を伸ばしていた。


 それは、左の篭手……黒く、今の篭手よりもわずかに重たい。魔眼を使えば、機構が分かる……ふむ、なるほどね。複雑すぎる。オレにはとても理解出来ないってことが、分かったよ。


 オレは篭手を外して、『奇剣打ち』の篭手を装備するのさ。


「……それが……『奇剣』?」


「ああ……きっと、こうやって使う」


 ガラハドがヤツの『鎧・下顎』していたことを再現する……魔力を篭手へと注ぐのさ?そうすると?……ほら、見てみろ。篭手の先から、デカい『かぎ爪』が出て来た。オレには分かる……ゼファーの爪の構造を、完全に模倣している。


 ……そして、『ハンズ・オブ・バリアント』もか。この爪は、間違いなくオレたちストラウス一族に伝わるあの技を補完する―――『奇剣打ち』め、あの技を見て、思いついたのか?


「その大きさの爪を、その中に……収納する?……興味深い、どうなっているのか理解が及ばない」


「ああ。同感だ。魔力に依存した構造らしいな……ガラハドの『飛び大蛇』にも似た仕組みだろう」


「ふむ。複雑な造りをしているくせに……ここの死体の傷痕を見るに……とてつもなく頑丈?」


「『矛盾』の共存を体現しているな。さすがは天才ではある男だ。『奇剣打ち』の名に恥じぬ仕事だな……いいぜ、この『竜爪の篭手』……黒いところを見ると、ゼファーの爪に合わせて来やがった!!」


「……団長は、気に入ってしまうでしょうね」


「当たり前だ。むしろ、あの頭のおかしい殺人刀匠に、初めて礼を言いたいぐらいだぜ」


「芸術家としての仕事ではなく、職人の仕事を果たした?」


「……そうだな。あのクソ野郎め……珍しく、オレの趣味に合わせたのか?―――いいや、多分、そうじゃねえな」


「……ええ。おそらく、マシューズ・カルロの精神を、真似たのでしょう」


「……ああ。間違いなくそっちだよ。マシューズ・カルロの技巧を、『盗む』ためにな」


 なるほど、オレは対価をヤツに支払っていたのか。クソ、ムカつく……でも、マシューズの気配を感じるこの爪は、いただいておいてやるよ、『奇剣打ち』。


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