序章 『剣士たちの聖なる山』 その2


「団長、お疲れさまです。マロウズさんのエスコートですか?」


 泥だらけになったオットー・ノーランは、労働の汗に輝いていた。彼は『忘れられた砦』の隠し通路を、この四日のあいだに20本も見つけている。


 それらを調べ上げることで、何を得られるのか?巨大建造物の専門家であるオレには、詳しくは分からない。でも、何かワクワクしちまうのは分かるよ?穴とか、大好き!男はそんなものだ。


「なあ、『財宝』は見つかったか?」


「あはは。そういうのは今のところ無いですよ?……まあ、歴史的に価値のある資料を見つかりましたがね?」


「え!どういったモノですか!!」


 マリーちゃんが食い付いた。『忘れられた砦』を改造する任務を持つ彼女は、その砦について、何でも知りたいのかもしれない。歴史なんていう過ぎ去った時間の影みたいなものにさえね。


 でも。オットーのような歴史の専門家と、オレたちのような非・専門家のあいだには、価値観が大きく異なっている場合も少なくはない―――。


 オットーが、そのメモを見せてくれる。


 オレとマリーちゃんの目が、思わずそのメモに向いてしまう。マリーちゃんが丸っこい眼鏡を指で支えながら、そのメモを読み上げていく。


「えーと……47年の3月4日……弁当350人分……注文……あの、これは……いったい?」


「……なるほど。この砦を作っていた作業員の人数が分かる資料だな」


「ええ!!そうなんです。このサイズの砦を、かつてのドワーフたちは、驚くべき少人数で作業を行っていたんですよ!!」


 オットーの糸のように細く閉じられた瞳が、心なしかいつもより曲がっているように思える。声で分かるけど、オットーは、今、歴史の事実に触れ合うことを、心から楽しんでいた。


 本当に細かい歴史の事実に遭遇してしまった、現代のドワーフ女子、マリー・マロウズは、ため息を吐いていた。容赦のない態度だな。ガッカリしているぞ……でも、オットーは慣れているから動揺しない。


 本当に細かな歴史マニアが、女子に愛されることは稀なのだ。


「つまんないですか?」


「え?い、いえ、そんなことは……っ」


「たしかに、弁当の発注なんてモノを知ったところで、何にもならないと素人は考えてしまうものさ」


「……え?サー・ストラウス。このしょうもないメモに、なにか価値なんてありますか?」


 本当に容赦ない言葉だった。でも、オットーは涼しい顔だ。オレには、彼が意味のない行動を取る男とは思えない。きっと、彼は『出し惜しみ』しているね……。


「たった350人で作業しているってところが興味深いよ」


「え?ええ……たしかに、ちょっと……いいえ、かなり少ないような……?」


「つまり、それだけの作業で行えるための『コツ』があったというわけだろ?」


「……っ!?」


「オットー。その『コツ』を見つけたな?」


「ええ!さすがは団長」


 オレたちを試したのかな。まあ、マリーちゃんには意地悪過ぎると思うけどね。でも、マリーちゃん、君はこれでオットーの発見した『事実』を何が何でも知りたくなっただろうね?


「……お、オットー・ノーランさん!!何を見つけたんですか!?お、お願いします、工期を短縮するための方法があるのなら、何だって知りたいトコロなんですよう!?」


「ええ。そうだと思っていました。だから、この砦の『工法』にまつわる情報が無いかを探っていました……そして―――」


「―――見つけたんですね!?」


「はい。特殊な薬品を使っていたようですね」


「薬品?」


「おそらくは、この砦の元になっている岩盤を……融かしながら作業していました」


「融かす?……薬品をかけて、ここの岩を、脆くしてから削った?そうか、加水分解とか……そういう化学反応だって、利用出来るかもしれないわけですね!」


「そうです。正確には、脆くするための薬品と、その効果を中和するための薬品でしょうね……『財宝』とは呼べませんが、『お宝』ではあります……はい、どうぞ!」


 オットーが肩にかけたカバンから、その二つの瓶を取り出す。うむ……何百年前の品かは分からないが……赤い薬液と、緑色の薬液が入ったガラス製のアイテムだな。


 フタはミスリル?そして、何か粘土質の素材で口周りを密封されているようだ。おかげで、数百年も保ったのか?なるほど、興味深いな。


「ま、まさか!?……う、失われた、技術っ!?」


「そうかもしれませんね」


「なんだ、『失われた技術』というのは?」


「ドワーフの内乱により、過去、少なくない部族や集団が滅びていまして……そのときに幾つか『伝統的な技術』が失われています。これは、その一つの可能性があるんです」


「……おいおい、大発見じゃないのか?」


「そ、そうですよう!!こ、これが、あれば……こ、工事がはかどりますよ!!さ、さっそく錬金術師の連中に見せてきます!!これを分析して、量産できれば……っ!!うふふ!!」


 マリー・マロウズはもう止まらなかった。オレたちに視線をくれることもないまま、この場からその小さな足をすり足で動かし、その瓶をこぼしたりしないように、ゆっくりと立ち去っていく……。


 オットーは、勲章でも貰えそうだなあ……。


「さすがだな、ダンジョンに隠された秘宝は、全て君に回収されてしまいそうだ」


「それは言いすぎですよ。私にも、制覇できなかったダンジョンは幾つもあります」


「君でもなのか?……世界は広いんだな」


「ええ。実に広くて、興味深いものですよ……」


 『サージャー/三つ目族』の男は、なんだかロマンにひたっている。オレには岩壁にしか見えないトコロを見ているな。そこには何かが秘められているのか?……隠し通路でもあるのかね?


 ……それとも、この岩壁の製作風景でも想像して楽しんでいるのだろうか?マニアというのは、奥深い。


「それじゃあ、オットー、オレは『鎧』を取りに行ってくるよ?……あの『窯』からあふれたドロドロも、さすがに冷えているだろう」


「ええ。それじゃあ、私もお供します―――『奇剣打ち』、こと、あのグリエリ・カルロの『盗賊対策』ですからね……」


「ワクワクするよな?」


「ええ、そして……少し心配もします。トラップかもしれません。そもそも、盗賊対策どころか……貴方を殺すための罠があるかも?」


「オレが、ガラハドたちを殺したことを、ヤツは恨んでいたりはしないと思うぜ」


 そうだよ。もっと連中のあいだにある絆は、ドライなものだろう。


「……そうかもしれませんが。彼は危険人物です」


「その言葉には、異論はないな」


 ヤツもクレイジーな人物のひとりには違いない。竜太刀を壊すという願望を果たすために、故郷や一族を捨て、よりにもよってガラハド・ジュビアンと手を組んでいた男だ。


 欲求のためには、手段も……そして、善悪さえも選ばない。そういう人物を『危険』だと判断することは、きっと正しいことだとオレは思うんだよね?


「……彼が、竜太刀の『復活』を知れば、どう思うのでしょうか?」


「……さてね。ドワーフに打たせて復活させることは予想していただろう?……これはカルロ一族が打った、かつての竜太刀とは別物だ」


「つまり、『奇剣打ち』と、その新たな竜太刀には、何の因縁もないと?」


「そのはずだが……まあ、人間の『闇』は謎だな」


「……ええ。だからこそ、私の『目』を頼って下さい。彼のような危険人物から、プレゼントをもらうのですよ?」


「『毒入り』だったとしても、驚くようなハナシにはならないよね?」


「はい」


 超一流の探検家さまの言葉だ。素直に従っておこうじゃないか?


 『奇剣打ち』、グリエリ・カルロ。大火傷した顔面を白いマスクで隠す天才刀鍛冶……たしかに、腕は超一流だが……人格に難のある男だからな。彼のことを『竜鱗の鎧』を修復させるために利用したわけだが……一銭も払ってはいない。


 うむ。ただ働きか?


 嫌がらせの一つでもしてくるかもしれんな。


「まあ。とりあえず、現場に行ってみようぜ?」


「ええ」


 そうだ、心配は現地についてからだ。オレは三度目の『忘れられた砦』を歩いて行く。


 ドワーフの作業員や戦士たちは、オレを見つけると、嬉しそうに『ストラウスの旦那、景気はどうだい?』とか挨拶してくれたり、『これを持っていってくれよ!!』なんて言いながら、酒とかフルーツをもらえちまった。


「さすがは、この国の貴族戦士さまですね?」


「まあなあ。お前も、さっきの薬品のおかげで、貴族戦士になれるかもよ?」


「ふーむ。そんなことを考えたことも無かった……ですが、貴族戦士になれば、色々なところの発掘許可が下りやすくなるかもしれませんねえ」


 つつましいが野心を抱くオットー・ノーランか。ちょっと珍しい光景だな。欲の少ない優しい男だけど、探検家としての情熱は枯れているわけではない。


 ああ、彼と組んで、ダンジョン探索とかしてみたい。彼は興味薄いかもだが、出来れば財宝がザクザク眠っている、俗っぽいダンジョンとか無いかな?……まあ、そんな都合の良いダンジョンなんて、そうあるものじゃないだろうけどね。


 ……まあ、ダンジョンではないが。ひとつ気になる場所はあるんだよな?……ガラハドの『拠点/アジト』だよ。どこかにあるはずだ。ヤツはかなり蓄財していたはずだからね?


 ガルフを崇拝し、昔のガルフの生き方を追いかける男だ……きっと、あいつもアジトを構えていたはずに違いない。仕事用のアジトは多くあるだろうが……大本命の拠点はひとつだけのはず……。


 一体、どこにあるのかね?


 間違いなく財宝と殺意に満ちたトラップが待ち構えている、秘密のアジト……ああ。いつか見つけて、オレの腕を切り、オレを拷問してくれた分の慰謝料として根こそぎ奪ってやりたいぜ。


 他の盗賊なんかに奪われるぐらいなら?


 『弟弟子』のオレに奪われた方が、まだ嬉しいってもんだ。いつか、見つけ出して、オットーと一緒に盗みに行きたい場所の一つだよな。


「……色々と探険と発掘の旅に出かけてみたいもんだな」


「……ええ」


「だが。まずは、ここから始めようじゃないか、オットーくん」


 そうだ。オレたちはようやく辿りついたぜ?……グリエリ・カルロがムチャした現場さ。どんなムチャをしたのかって?


 溶鉱炉を破壊して、流れ出た魔法金属で通路を封鎖しやがった。こいつは『炎』の属性を帯びた魔法金属さ……魔法の『窯』からあふれ出ても?数日は熱を帯びて、とても近寄れはしなかった。


 下手に冷まそうと水をかけでもしたら……水蒸気まで爆発するよ。精製中の魔法金属ってのは、膨大なエネルギーを蓄積している上に、バカみたいに不安定なものだからね。


 だから。アホみたいに指くわえて、ここで見張る必要もなかった。盗賊さんも、ここには近寄れないだろ?……室温300度ぐらいにはなっていた。呼吸するだけで、下手すりゃ肺が焼けてしまうよ。


「……どうやら、冷めてくれているようですね?」


「おう。ちょっとどいててくれ、冷めてしまえば、膨張したまま固まっただけの、低密度の魔法金属の壁でしかねえ―――竜太刀で、ぶっ壊してやるよ」


「了解!……あまり、派手な技はダメですよ?」


「分かってる。ドワーフ族の文化遺産を壊しはしないさ」


 背負っていた竜太刀を抜き放つ。ああ、指にズッシリと来るねえ。この存在感は懐かしいほどだ。まちがいなく、アーレスの尊大さを継承しているよ、この鋼はね!


 そのうち、『バースト・ザッパー』をぶっ放してみたいが……氷の魔石を外してしまったからな?……制御しにくいほどの火力になっているはずだ。だから、まあ、小さな威力の『魔剣』から練習してみようかね。


 暴発させて竜太刀が折れたりすれば?……シャナン王がどんな白けた顔でオレの失態を責めるか分かったものじゃないよ。


「……『風』よ、我が刃に宿れ」


 大きな魔力は使わない。それほどの作業ではないからだ。粗密な魔法金属などに、大技は不要だ。突風を帯びた斬撃をもって……ちょっと崩してやればそれですむ。


「うおらあああああああッ!」


 斬撃を二連発さ!!十字に交差する突風が、この狭い通路を駆け抜ける!!風は暴れ、圧力を解放し、その力は魔法金属の障害物を粉々に破壊していく。うむ……想像していた以上の風になったな。


 アーレスの力……オレはその多くをまだ使いこなせていなかったようだ。これは、喜んでいいだけのことではない、修行が必要な案件だぞ。


「お見事です。しかし、威力が強すぎましたねえ」


 オットーが通路の影からひょっこりと身を現しながら、そう語りかけてくる。彼の細目は感情を伝えにくいが……少し懸念を帯びた声なのは分かる。武術を嗜む者同士、考えることなんてのは同じだな。


「……ああ、必要以上の威力が出てしまった。これで、本気の『バースト・ザッパー』を撃とうとすれば……暴発は必至だな」


「修行が必要そうならば、言って下さい。そういうことをする相手としては、私は適任だと思いますよ?」


 三つの目を開きながら、オットーは素敵な申し出をオレにくれる。うむ。額の目を含み、彼の三つの目は、それぞれが『炎』、『風』、『雷』の属性を帯びた魔術を見切れる……オレがどれぐらいの魔力を竜太刀に込めるべきか、的確な指導をくれそうだ。


 最高の教師になれるだろうね、オレにとっての。


 ……だけど。


「いや。ちょっと火傷しながら、コイツと対話してみたくもあるのさ」


「なるほど。分かりました」


 オットーが『サージャー』の三つの目を閉じてしまう。スマンね。オレは、アーレスとじゃれながら、この竜太刀との物語を作っていきたい。噛まれたって焼かれたって、竜が好き。そんな、竜マニアなのさ。


 ダンジョン・マニアの君の、『分かりました』は、きっとオレの感情の全てを見抜いている、とても適切な言葉だと思うぜ。


「さてと……『奇剣打ち』から、オレさまの鎧を取り戻すとするかね!」

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