第六話 『白き獅子の継承者』 その3
「ジャスカ姫の帰還に、乾杯ぁああああああああああああああああいいいッッ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「姫さまあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
熱狂的な歓迎だったな。
愛されてる、ジャスカ・イーグルゥ姫党員、スゴいぜ……。近隣の村中から集まった人々が、彼女を称えて歌っている。なんていう人気だ……まあ、血筋と彼女の生き様を思えば、ドワーフ系の人々からは大英雄サマだものな。
日中の演説も、もしかして人気を上げたのかもね。
狭い国だし、噂が広まるのも早い。姫の帰還は最高のイベントだ。シャナン王や王国軍も、その戦意を高揚させる知らせを、民衆に送り届けているだろうしな……そうだ。流れが、大きく変わっているのだよ。
ドワーフたちの絶望は……死の美学は―――。
ジャスカ・イーグルゥ姫があの沈黙のなかで、その魂を震わせた歌により、きっと希望の泥臭さに染まったのだ。
大いなるグラーセス王国の民は、あきらめることは、もう無い。断言していい。彼らは絶望を喰らい、立ち上がることを選んだ。勇者とは、強き者を示す言葉などではない、どんなに絶望的な敵にさえ、正義のために挑んでいく戦士たちへ捧げられる称号だ。
今日、ドワーフたちは勇者となったのさ。この戦で、ドワーフたちは自分の伝説を信じ、ただ生きることのために歯を食いしばり、笑い、大いなる敵と定めに立ち向かっていくだろう。
戦うために笑うといい。
牙を剥き、ただただ陽気になって、『未来』を信じるのさ。
「ありがとう!!みんな、愛してるわよおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
調子に乗っているジャスカ姫は、腕を振り回して、歓声に応えている。うむ。なんでか知らないけど、オレの正妻エルフさんが、彼女のとなり腕を組んで、なんども頭をうなずかせている。
王族エルフとして、同じ王族のヒトが賞賛されていることが誇らしいのかな……?
……うむ。まあ、君たちが嬉しそうで良かったよ。
さて。
オレはこの大宴会の料理にありつくとしようか?
腹が減っているからな。まずは……やっぱり味噌味だよな?エルフの調味料。大豆を発酵させて作る味噌……東のバルモア連邦あたりにもあるらしい。オレのお袋は、バルモアの魔術師だった。
親父が見初めて誘拐してきて、オレたちを産んでくれたわけだ。
バルモアの血が、オレにも流れているせいなのか、このシシ鍋から香り立つ味噌の塩気を帯びた湯気に、心が惹かれてたまらない。
「たまらねえ」
「たまらないねえ」
人混みをかき分けてイノシシが煮込まれるその巨大な鍋に到着した、オレとミアのストラウス兄妹は、同じような顔でそう呟いていた。
「えへへ!いいカンジに煮えてますよ、ソルジェさま!ミアちゃん!」
「おお、カミラ。お前がよそってくれるのか?」
オレの第三夫人のカミラちゃんが、コック帽をかぶって巨大鍋の後ろに立っていた。その手には大きなお玉が握られている。満面の笑顔で、吸血鬼はあふれた自信を解き放ちながら宣言する!!
「そうっすよ!!リエルちゃんとこのシシ鍋たちを作りあげ、すっかりと、鍋のエキスパートっすから!!さあ、たんと召し上がってください!!」
「おう。オレは味噌味がいいッ!!」
「カミラちゃん、私はトマト系を試してみるよッ!!」
「はーい!!了解です、ふたりとも、お肉はたっぷりですよね?」
「もちの―――」
「―――ろんだー!!」
兄妹の食欲まで合体させての訴えだ。伝わっているかね、オレたちは、肉を愛しているのだ!!それが、竜と共に戦場で遊ぶ剣鬼、ストラウスさん家らしい味覚ってもんだよ!!
「了解っす!!脂の多い、あばら肉も、たっぷりお椀に入れてあげるっすよ?」
「おお。いいチョイス。さすがオレの第三夫人!!」
「さすがはカミラちゃんだね、隠れ肉食系女子!!」
「か、隠れ肉食系女子っすか!?」
「うん!!よく分からないけど、ジャスカちゃんがそう言っていた!!」
なるほど。姫のセンスか。たしかに、そうだな……この金髪を赤い紐でまとめたオレの妻は、基本的には地味な田舎者だ。可愛らしい童顔なこともあり……性のにおいを感じさせない純朴な後輩系美少女さんだが……求愛時のそれは、とてもエロい。
「なるほど、さすがは姫だな」
「納得しないで下さいっす!!それじゃ、自分、なんかはしたない女みたいっすよ」
「愛に積極的なだけだろ?いい言葉だ」
「そ、ソルジェさまに褒められたら、認めそうになるっすけど……なんか、ジャスカにからかわれている気持ちっす」
「ああ。からかわれてはいるだろう」
「釈然と、しないっすよ」
「ここは彼女の本拠地で、彼女はああいう性格だからな。あきらめろ」
「そんなことより!!カミラちゃん、お肉お肉!!」
「あ、うん!了解っすよ、ほらほら、いいお肉さんですよう?」
カミラが目をキラキラさせながら、お玉で肉片を取り上げる。ああ、本当だ。イノシシめ何を喰って来やがった?……脂がたっぷりで、宴会場の灯りを浴びて、幻想的な光を放っているじゃないか?
「ぜ、絶対、美味いヤツだあああああああああああああああああああッッ!!」
ミア・マルー・ストラウスが認定する。ケットシーのグルメな猫舌が、その光を帯びた肉を、食べる前から『美味し』と認めた。
そうだな、ミア。
お兄ちゃんも異論はないぞ!!
「たーっぷり、お肉を乗せてー、はい、どーぞ!!ミアちゃん!!ソルジェさま!!」
「やったぁああああああああああああああああああッッ!!」
「おう。スゲー美味そう!!」
「席に戻って食べるっすよ、お二人とも?みんな、順番待ちしてるっすから?」
いつの間にやらオレたち兄妹のあとには長蛇の列が出来ている。くくく、腹ぺこ軍団め。まあ、いい。オレの正妻がこしらえ、オレの第三夫人がよそってくれる至高の味を、たのしめ。
そして、オレに嫉妬するがいい。
リエル・ハーヴェルも、カミラ・ブリーズもオレのヨメだ。その心も肉体も、全てオレに捧げてくれるのさ。うらやましいだろう?
「お兄ちゃん!!移動だああああッ!!脂を外気で酸化させるのは、もったいない!!お肉から、汁が落ちすぎてしまうようッ!!」
「そうだな。急ごうぜ!!」
「この席でいいや、はい!!着席!!」
「おー、着席完了!!」
「じゃあ!!いただき―――」
「―――ますッ!!」
フォークがイノシシさんの脇腹を支えてくれていた、あばら骨に突き刺さる。そして、そのまま肉汁を垂らしながら、ストラウスの狂暴な口へと運ばれていく。あばら骨がまとった脂肪たっぷりのやわらかな肉。
ああ、骨のなかにある脂肪の旨味も融け出しているなあ。煮えて柔らかくなった肉が、甘くてトロトロだぜッ!!噛まなくてもいいほどに、やわらかい肉が、舌の上で脂と肉が融けて、旨さだけの汁をオレの口のなかに広げていきやがる。
歯で削ぐように、そのやわらかな肉たちを、喰らうのさ。骨から外し、口のなかで弄ぶ。骨から外れるときは、ちょっと力がいるが、そこから先は、ただただ柔らかいだけだね。
「美味い、美味いよう、イノシシさん、よくぞ、ここまで美味しくなるほど、生きぬいてくれたねええ」
ミアが感涙を流している。そうだな、コレは本当に感涙ものだ。肉のやわらかさを思うに、リエルのヤツめ……ドワーフ村民の主婦たちから、肉を軟らかくするフルーツの粉を入手したのかもしれないな……。
臭みを消すために、ベヒーモスから大量に取れる魔牛の乳を使っているのかもしれない。味噌味のスープが、いつもよりもまろやかだ。濃厚な脂がたっぷりとあり、若い男の胃袋を満たしてくれる。
さすが、オレのために運命が与えてくれた正妻エルフさんだ。オレの好み、ストライク過ぎて突き抜けてるほどだ?……意味が分からん?ああ、オレにも分からんが。とにかく、オレ、リエルちゃんのこと死ぬほど好きだし、このシシ鍋も最高!!
「スープもいけるう。お米があうよう……お兄ちゃん、このテーブルの上にあるおにぎりの群れはね、私もつくったんだよ?」
「マジか?一個もらう!!」
オレはテーブルの上にあるおにぎりの山から、それを一つゲットする。オレは色々あったせいでシスコンなんだ。だから?妹の手作りおにぎりを、見逃せるような精神構造をしていない。
ミアが、『食べて』アピールを発信していることだって、気づいているもん。お兄ちゃん、食べるよ!!いくらでもね!!
おにぎりにストラウスの尖った牙が噛みついた。うむ。南方の米か。水気が少ない。ぱさつく?悪い風に受け止めてはいけない。汁ものを食べるんだ。水気が少なく、冷たい米の方がオレは食べやすいさ。
水気の多い米は、単独で食べるのには向くかもしれないが、濃厚な脂料理とは合わないというのがオレの持論。ああ、食文化なんてそれぞれ違うよね?みんながそうとは思わないけど、オレにとってはこの米が最適。
「うまい」
「でしょう?ミアの愛が、ドワーフさんたちの作った水田からの贈り物を、三角形にまとめました」
「ああ。おいしいよ、よくお手伝い出来たな!!」
「うん!!でも、お米があってのことだから―――私、縁があったら、水田に種をまこうと思う!!」
稲は、植える―――そういう土地も多いけど。品種によっては種で水田に直接まけるタイプのモノもあるんだよな。相当な改良がいりそうだが……歴史が古いこの潜在的に高度な技術欲を持つ粗野な国家では、そっちのタイプがあるかも?
しかし。
稲作もしてるんだなあ。
なるほど、『地母神』を崇拝する民族っぽいかも?大地と泥と水と稲作……あの丸っこい女神さまを並べて、豊作を祈願してイノシシでもさばく祭りとかあるのかもしれない。
ミアも稲作に興味があるんだ……時間があれば、行ってみてもいいね、もしもそういう祭りがあるとしたら?……まあ、異文化は想像を超えることが多い。ドワーフの祭りなんて、二つの軍団に別れて棒で殴り合うだけかもしれんな。
それはそれで参加してみたいが……。
「ふう!!お兄ちゃん、お皿が空っぽさんだね!!」
「ああ。そういうミアのもね?」
「じゃあ―――」
「―――おかわりタイムだぜッ!!」
オレたち兄妹はドワーフたちの列に並び、シシ鍋を待つのさ。
吸血鬼パワーで超人的な身体能力をもつカミラ・ブリーズは、恐るべき鍋の管理者として無数の下品なドワーフ戦士たちと、バカなゲリラ兵に肉をよそっていく。うむ働き者の隠れ肉食系女子だ。
「あ!!おかわりっすね!?」
「うん!!今度は味噌味!!」
「じゃあ、オレは、トマトベースだ」
「了解っすよ!!」
「カミラちゃんは、食べれてる?何なら、あとでかわるよ?」
ミア。欲望に忠実な君の成長を見て、お兄ちゃん、目頭から感動の熱量を帯びた涙がじわりとあふれそうだよ……っ?
「ええ、実は、つまみ食いしてるから、大丈夫っす。ありがとうっす、ミアちゃん!!」
健気だけどエロい女、カミラがそんな言葉を返してくれる。そんな、つまみ食いも出来るような働きっぷりじゃない。あんなん、食堂のヒトだ。熟練鍋管理者じゃないか?
「うう。健気な娘だぜ」
「どうしたっすか、ソルジェさま?」
「いいや。あとで、オレが交替してやるよ?」
「ソルジェさまが?……向いてないっすよ」
「……オレ、鍋の肉ぐらい取れると思うけど?」
「あ、そうじゃないっす。技量ではなくて……迫力の問題っす」
「迫力?……鍋管理者には、そんな要素が邪魔なのか?」
「ええ。態度の悪いおじさんとかに、怒っちゃいそうっす」
「貴様らあああああああああああああああッ!!」
オレは背後の荒くれクソ野郎どもを威嚇していた。荒くれどもが、世界で一番の暴力をもつオレに、ビビっていた。そうだ、当然の態度だね。
「な、なんでしょうか、サー・ストラウス……?」
「我が正妻が作り、我が第三夫人が管理する鍋の場だ……真摯な態度で、行動をするように。そうでなければ、君たちに暴力を加える。想像しているよりも、ちょっとキツいヤツをな」
『逆さ豚舐め』とやらを超える暴力であることには、間違いないぞ?
そして、規律が生まれた。乱れていた隊列は乱れ、オレの第三夫人にセクハラ発言する輩は二度といないだろう。
「お兄ちゃん、さすが!!」
「ああ。オレ、料理屋の経営にも―――向いてねえ」
客を恫喝する店主がいる店とか、サイテーだもん。沈黙している?ダメだね。場を白けさせてしまう。
「貴様ら!!許可する!!笑え!!」
「はい!!」
「は、ははは」
「表情が硬い、全霊で笑えッ!!」
「ハハハハハハハハハハッ!!!」
「よし。笑顔が戻った。ああ、カミラ、そこのタマネギ、やわらかそうでいいカンジ」
「了解、ほーら、お玉ですくって……はい!おかわりっすよ、ふたりとも?」
「やったあああああああああああああああッ!!」
「よーし、食べようぜ?」
ああ。
トマトベースもいいねえ。肉とトマトの汁って、死ぬほど合う。ミートソースとか、分かりやすく最高のコンビネーションだろう?オレはそのシシ鍋・トマト風も楽しんだ。酸味が肉にまとっていて、甘さと酸っぱさが、融けた肉に、ホント合うんだよね。
「お兄ちゃん、お酒も配られてるよ?」
「おう。取ってくるわ。ミアは、何か飲むか?もちろん、アルコールはダメだぞ?」
「ミアはカフェオーレがいい。甘いの」
「了解。お兄ちゃんに任せろ!!」
この世界の甘めのカフェオーレは全て、ミア・マルー・ストラウスの口に捧げられるためにあるのだ。それを阻む者がいるのなら、そいつを殺してでも入手しよう。オレは、そう……シスコンなのだよ?
―――夜は更けて、酒宴はすすむ。
皆が酔っ払い、歌が星空の神話のとなりを流れるころ。
出来上がった女英雄は、あることを言い出す。
ねえ、サー・ストラウス、いい酒ね、我々だけで楽しむのは勿体ないわね?
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