第三話 『ドワーフ王国の落日』 その13


「おお。お帰りなさい。その様子だと、首尾は上々と言ったところのようですな?」


 賢きガンダラは釣りをしながらオレたちを待っていたようだ。遊んでいるわけではない。釣りをしながら思考を巡らせているのだ。


 巨乳美女の副官殿を求めていたら、スキンヘッドの副官殿が登場とはな。別に悪くないよ。彼のことだって好きだ。親友だと思っている。でも、オレの巨乳妻じゃない。


「何をガッカリした目で私を見ているのですか?」


「いいや。別に」


「ああ。ほら、ちゃんと釣果もありますよ?……目の退化した魚ですが?」


 ガンダラがバケツを見せる。中身は角度のせいで見えない。


 魔眼を使えば見えるだろうけれど、別に竜からいただいた魔力を駆使してまで目の無い魚類なんて見なくていいだろう。


 きっと、見た目の色素も欠乏した白いヤツだろうし。見るほどに食欲は失せるタイプの食材だな。


「……魚の目玉を食べる趣味はないから、オレとしてはかまわない」


「そうですか。目玉周辺の脂が、ヒトの頭脳と健康に良いらしいですよ」


 彼と会話していると、魚の目玉を呑み込むよりも賢くなりそうだな。


「とにかく、ヒトを呼んできてくれよ?小麦粉を略奪してきた。ここの食料庫にぶち込んでおきたい」


「見張りの方が反応していましたらから、大丈夫でしょう」


「ねえ!私のロジンは?……仲間たちに殺されたりはしていないでしょうね?」


 ジャスカ姫が縁起でもないことを口にする。オレはこの怒りっぽい妊婦の肩を叩く。


「姫よ、彼はあそこにいるぞ?」


「え……?」


 そうさ。彼はこの船着き場に落ち着いている。オレたちの会話を水底で聞いていたのだろう、水面が泡立ち、巨大なモンスターが上半身を水面から出した。


 やはり『聖隷蟲』にそっくりだな、ロジン・ガードナー殿は……姫との夫婦生活か。我が友シャーロン・ドーチェに報告し、エロ小説の完成にでも期待するかね。現実はグロ過ぎても、文字の力で誤魔化せば、官能的なストーリーにもなれそうだ。


「ロジン!目が覚めたのね!!」


『……ああ。君たちのおかげでね』


「しゃべったー!!」


 ミアが喜ぶ。ジャスカ姫も喜ぶだろうな。


「ロジン!!貴方に言っておきたいことがあるわ!!」


『なんだい、僕のジャスカ』


「私、子供がいるの!!」


『……え?そ、それって、まさか、僕の?』


「貴方以外と子供を作ろうとしたこと、この三年は無いわよ?信じられないの?」


『ううん!!そうじゃないよ!!……ああ、うれしいよ。こんなコトになっても、いいコトがあるんだね!!』


「ええ。そうよ……数ヶ月で貴方も元に戻る……もしかしたら、数年かもだけど?」


『……長い戦いだね。でも、がんばれるよ、君からの福音を耳に出来たから』


「……ロジン。呪いについてだか、上手く行けば、もっと早く治るかもしれないぞ?」


『……本当かい?その、サー・ストラウス?』


「ああ。意識がまともな状態では、はじめましてだったか?……ソルジェ・ストラウスだよ!」


「私は、ミア・マルー・ストラウスだよ!」


『ソルジェにミアだね。ありがとう。短時間に、二度も命を救われたみたいだ』


「気にするな。君の奥方から、たくさん感謝されたよ……うちのカミラも世話になったようだ。お互い様だよ」


『ああ。カミラにも世話になった……いつか、必ず恩を返す―――そのためにも、ソルジェ・ストラウス』


「……なんだ、ロジン・ガードナーよ?」


 彼はその巨大な体で船に接近してくる。ミアが本能的な警戒反応を取ろうとしているな。デカすぎるし、見た目がモンスターだしな。だから?オレはミアの頭を撫でて、『殺しちゃダメ』を伝達。


 ミアはオレと『地獄蟲』たちとの戦い方を見ているからな……しかも『風』属性の魔術を使えるんだ―――ロジン・ガードナーの首の根元にある、強力な消化液の蓄えられた袋。そこを狙うことだって出来る。


 有能な戦士である君は、止まるね。うんミアの瞬間的な殺気に気がつけるとは……安心したよ。君は盗賊姫の騎士に相応しい腕前を持っていそうだな。


「ロジン。大丈夫だ。ミアは、一瞬、ビックリしただけさ」


「めんご。もうオッケー」


『……あ、ああ。体がこわばってしまったよ』


「ミアちゃんは、強い子よ?そしてやさしいんだから。怯えさせたらダメよ、ロジン」


『そうだな……僕の見た目は、こんな状態だからね』


「……落ち込むな。ガルードゥの私室で、資料を回収した。ちょっと目を通しただけだがな、君の呪いを安全に、かつ迅速に解けると思うぞ。疲れているが、カミラを起こして、すぐに術を施しておこう」


「サー・ストラウス!!有能ね!!」


「まあね。細かいことに気がつける男なんだ」


「皮肉屋ね。あと執念深そう」


 9年かけて妹を焼いた男を捜して殺すような男だもんね。うん。蛇足さ。わざわざ言わないよ、こんなコトはね?それこそ、しつこい男認定が深まるだけだし。


『……ソルジェ・ストラウス。じつは、その件でハナシがある。ああ、ジャスカにもだ』


「なにかしら、私のダーリン?」


『しばらく、この姿のままでいたい』


「え?そんな、どうして!?」


「ふむ……その選択もあるな」


「無いわよ!?一秒だって、一日だって早く、元の姿に戻って欲しいわ!!」


 それは恋人として当然の意見だろうな。だが、ロジンはジャスカ姫のためにこそ、その選択を選んでいる―――。


「―――カッコいいぞ、ロジン。オレは、君の選択を尊重する」


「ちょっと!?サー・ストラウス!?」


『ジャスカ。聞いてくれ!!……戦況は、悪いんだ』


「そ、そうね……でも、それと貴方の呪いは、関係が―――」


 ジャスカ姫が口ごもる。そうだ、彼女も彼の選択の意図に気がついたのだ。


 ロジン・ガードナーは有能な戦士だったとしても……現在の、つまり『聖隷蟲』が持つほどの『戦力』を、人間であったときに出せてはいまい。


『この体なら、敵にムチャな突撃を喰らわすことも出来るよ……君は、特攻をも考えていたじゃないか?』


「……ええ。そうね。帝国軍第六師団。アインウルフ、刺し違えてでも仕留めるつもりだった。でも、過去形よ……私には、違う戦い方もありそうなことに気がついた」


 なるほど。有能な戦術家だ。オレが口にするより先に、自ずと理解したのか。


「……私は、シャルロンの血よ……ドワーフ族にとっては、その意味は大きい。今までみたいに『ガロリスの鷹』を軽んじさせない!!より対等な協力関係……同盟を築く!!」


「そうだ。君の血に期待するドワーフ族は多いだろう。だからこそ、ガルードゥは君たち母子を殺そうとした」


『……そうだね。僕もそう思う。ドワーフ族の戦線が、脆さを発揮しているのも……シャナン王への忠誠の揺らぎだろう』


「ああ。戦場の痕跡を確認したが……ドワーフにしても、単調な動きだったな。王や指揮官への不満なのか、王の戦術が反映されていなかった。弱い……いいや、賢い王と。その賢さを、弱さと認識する戦士たちのあいだに、絆が作られていないのだ」


「父上の……『荒野の風』の激しい生き様に惹かれているのよ……でも―――」


「そうだ。その勇猛さは鬼の強さをもつ個人にのみ許される。ドワーフ族は頑強ではあるが、皆が『荒野の風』の水準に達しているわけではない。シャナンの知恵に、シャルロンの統率力が加わったならば……ドワーフ族はもう一度、強さを取り戻せる。もちろん―――」


「―――私たち、『パンジャール猟兵団』も力を貸すよ!!帝国もぶっ殺さないといけないし!!それに、ドワーフさんたちも、『魔王軍』にしないと!!」


「ああ。オレたちの軍勢は少ないが……それだからこそ束にならねばならん。軍勢の強さとは、結束と絆の強さだ……姫よ。ドワーフの王城に乗り込み、彼らと共に救国の結束を生み出してくれ」


「ええ。子供を産むよりは簡単そう!」


 まったく。母は強しだな。うちのお袋みたいな風―――いいや、それよりも、大きくて荒々しい風を吹かせるかもしれない。


『そうだ。そのためにも……一度、大きな功績を作らなければ、ドワーフを納得させにくいだろう?』


「……そうね。戦況はサイアク。父上の血が還ってきたことを、知らしめるためにも、戦場で一つ功績が欲しいところね」


『そのための戦力に、僕はどうだい?……この肉体に、『鎧』をまとわせる』


 なかなか、面白いコトを考えつく男だな。その発想は、ガンダラの策か?いいや、ガンダラも感心したようにうなずいているな―――『鎧』を装備した、巨大なモンスターが、大地と空から急襲する……そして、カミラの魔笛ならば……。


「ガンダラよ……第六師団の主力が何だったか、覚えているよな?」


「ええ。ゼファーの背から確認しました。忘れていますか?」


 副官殿よ、本気でその言葉を口にしていたとすると、オレをバカにし過ぎだぜ。


「もちろん、覚えているぞ。ヤツらの主力は『騎馬隊』だ。ドワーフの頑強な歩兵を潰すためのね……それも、細身で運動能力のある馬―――そうだな、ロジン?」


『ええ。偵察を行っていますからね……第六師団は、山岳を突破するために、細脚で小柄な騎馬を用意しています。戦場での速さはあるし、その威力は強い……ですが、脆い』


 やはりな。戦場を見たとき、オレの魔眼は大地の削られ方も見ている。深く、小さな足跡だな、大地に刺さりながら、その細い脚は馬体を跳ねさせた―――。


『主力の騎馬たちは、どれも筋肉質で、細身の馬たちばかりですよ。競馬にも耐えられそうな脚がありますね』


「アインウルフ。ヤツの『エリート趣向』がそこにも現れているな。ヤツのエリート馬どもは、とにかくスマートで、切れ味のある『細身の刀』さ。それだけに歩兵たちを消耗させてでも、ドワーフたちを削らなければならない」


「サー・ストラウス、何が言いたいの?」


 ジャスカ姫。君の嫌いな細かなコトさ。うん、そうだな。曲がりくどいか。


「―――彼らの最強の武器である、『高速の軽装騎馬隊』……それらを『弱く』する環境があるのさ」


「へえ?それは面白いわね。どんなこと?」


「細脚の馬は速いがね、ぬかるんだ大地では、その脚はすべる」


「……なるほど。つまり、『雨』さえ降れば?」


「ああ。雨に濡れた馬の皮膚は脆さを増すしね。並みの歩兵ならば、気にしなくてもいいかもしれないが……」


「ドワーフの歩兵は、ドワーフの戦士は、強兵ぞろいよ?」


「短躯ゆえに重心が低く、豪腕だ。バランス最強の馬鹿力。ぬかるみには強い。そして、一度、馬に蹴散らされているからな、その対応を取るのも当然だ。柄の長い槍やら斧を用意して、馬を突く技巧を練っているだろうな」


「ふむふむ。いいカンジのハナシね?」


「ああ。とてもいいカンジだ。このドワーフの強兵に対するのは、ぬかるむ大地ですべる馬……どれだけの高級馬の脚が骨折するか見物だな。そうなれば、乱戦になり、いい勝負になる」


「勝てるとは言わないのね」


「もちろん、勝てないだろうからね。それぐらいのアドバンテージでは、いい勝負までが限界さ。だが、アインウルフはエリートを『大切』にする男だ」


「つまり?」


「雑兵を死なせることは嫌わない。だが、虎の子の……エリート部隊である、高速騎馬隊の数を減らそうとは絶対に考えまい……彼らからすれば、すでに勝ち戦なのだからな。雨が上がるのを待つのも悪くはない」


「戦力を温存させたい。次の戦を考えているのね?……つまり、貴方たちの雇い主である―――ルード王国への襲撃を?」


「そうだ。グラーセス王国の敗北は、ルード侵攻に直結する。そのために戦力の温存を考えたとき、雨が降れば……彼らの進軍は必ず止まる」


「なるほど……それで、恵みの雨は降るのかしら?」


「ああ。オレたちはザクロアから飛んで来た。かなり冷えた空を貫いてね。姫は知らないし興味もないかもしれないがね―――大気というものは、循環し、一種のパターンに縛られている……今、北の冷たい風がこのグラーセスの山脈には注いできているのさ」


「だから、結論だけでいいわよ?理屈なんて分からないんだから」


 ドワーフの血だね。使えれば、意味などいらない?


 その大ざっぱは好きだよ。


「……夕方には降り始める。アインウルフは馬の皮が濡れるのを嫌う。遠征と戦闘で疲れているだろうからな。風邪と肺炎を畏れるだろう。歩兵をテントの外に出してでも……馬を雨から守る」


「……鋭い読みね。でも、もしも、アインウルフが無謀をすれば?」


「雨天でも進んでくれた場合かい?……ドワーフとの乱戦となり、どちらも消耗が著しくなる……そうなれば、オレが『パンジャール猟兵団』の全員を呼ぶだけで、あいつの首などいくらでも取れる」


 その首を―――。


「―――貴方にヤツの首と、『救国の女傑』の名を与えるよ。そうなれば、叔父上殿から国をぶんどりやすいぞ。君らの子を暮らしやすい国を作れるな」


「いいストーリーね。でも、それだとドワーフの戦士の数が減るわね……」


「そのことを気にするなら、女王の器はある。ロジンよ、いい妻を娶ったな」


『……ああ。だからこそ、僕も彼女の力になる。呪いさえも、ヒトを救える力に変えた女の子を見たよ?……ソルジェ・ストラウス、貴方の三番目の妻の活躍を、僕も……この目で見たからね』

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