第30話 闇の憎悪

 メリーはハルメリオの名を呼びながら、目の前の人物――否、アンドロイドに視線を注ぐ。何処からどう見てもハルメリオ自身であるその人は、シスルがリベアルに依頼されて制作されたアンドロイド、通称ハルメリオアンドロイドだったのだ。


「……ハルメリオ様にしては、お言葉が素直なのと不必要な接触が多いと、思いました」

「そうか。俺は『ハルメリオ』に似せられて造られたんだがな。それに、多少は本人からの指示も受けていた。それでも似ていないと感じたなら、俺の存在意義に関わる問題だな」

「ハルメリオ様は、こんなこと、簡単にしません」

「お前を抑え込んでおくのが俺の仕事なんだ。流石に二人を相手にするには『ハルメリオ』でも苦戦する。目的が殺害でないなら、尚更。それに、お前にもう望まない戦闘をさせたくはないと。『ハルメリオ』の意向だ」


 ハルメリオアンドロイドの言葉に、メリーは静かに目を細めた。

 見た目だけなら本物のハルメリオと大差ない彼に抑え込まれ、メリーは己が拘束されていることを知る。抱擁の力がメリーでさえ抵抗できない程強いこと、ナイフに刺された部位から血が出ていないことが、彼が人間ではない証拠だ。

 稼働音が無音になるパーツの採用。甘い言葉を囁いたり、ハグをしたりする。それは、リベアルに向けて搭載されたオプションだ。ハルメリオは、それを利用して囮役を任せたらしい。この機体ならば、アンドロイドだと悟られないまま活動することが可能だ。

 シスルはハルメリオを睨みつける。その冷ややかな視線に、友人への親しみは感じない。


「ハルメリオアンドロイドは囮? なんのために?」

「お前が本当に黒幕なのか、確かめるために。俺のアンドロイドがされたように、俺自身が闇に閉じ込められては敵わんからな。さらに、お前が犯人だった場合はそれを証明するデータが必要だ。アンドロイドのメモリーなら、その証拠に十分だろう」

「ふーん。なんで俺が黒幕って分かったのさ。是非とも聞かせてよ、アンドロイド取締第一部隊副隊長さん」


 何処か挑発的なシスルの声に、ハルメリオは肩を竦める。ハルメリオを見て表情を明るくしていた友の姿は、もうどこにもない。

 犯人の予測をしていた頃から覚悟していたことではあったが、実際にそれを確認して傷つかないかというと、そうでもない。しかし、不思議と怒りは沸いてこなかった。

 ハルメリオは冷静なままの頭で言葉を組み立てて、落ち着いた声の調子でそれを読み上げてみせた。


「まず、例のアンドロイド――01が隊員をどんな場所や時間でも隊員を襲えたこと。01は毎度、殺害する隊員の元に的確に現れていた。これは、隊員の動きや位置を把握できる人物が犯人であることを示している。……隊員は皆、お前の発明した発信機をつけているな。これでお前は隊員全員の位置や動きを把握できるはずだ。受信する機械を作ることくらい、お前にとっては簡単だっただろう」

「うん。でも、それは俺じゃなくてもできることだよ。調律師ならそんなもの簡単に作れるし、犯人が隊員の誰かでも、部隊の動きを把握できるでしょ? それにほら、俺って無魔力者で通してたから。どうして俺と闇魔法を使う犯人像が重なったの?」

「お前の仕事が完璧すぎた。お前、前々から言われていただろう。仕事が速すぎて腕が何本もあるみたいだって。……実際に、あったんだな。腕が何本も。闇魔法で創った腕が」


 そこまで言い切って、ハルメリオは瞬時に身を反転させた。その勢いのまま後ろに回されたハルメリオの剣が、鋭い金属音を立てて何かを弾く。

 それは、先ほどハルメリオアンドロイドが投げ捨てた剣であった。街灯の光を反射して鈍く輝く剣は、独りでに宙に浮かび上がり、不規則な動きを見せている。

 目を凝らせば、柄に何かが絡まっているのが分かる。それは、先ほど球体を作り上げていた闇である。ハルメリオが扱う魔法とは対極的な闇魔法は、人間の腕のような形を作り上げ、自由自在に剣を操ってみせた。


「不意打ちとは。調律師で無魔力者を名乗ってる割に、魔法使いの戦い方をよく知ってるじゃないか」

「先に斬りかかってきたのはハルメリオでしょ。責められる筋合いないよ」

「俺は当てるつもりがなかったぞ。ただ、あいつ等を解放しないとお前の姿が映ったメモリーが確保できなかった。多少手荒な処置でも勘弁願いたい。アンドロイド取締部隊は元々そういう気質の部隊だからな」

「ああ、知ってる知ってる。アンドロイド取締部隊が野蛮で狡猾で嘘つきの集団だってことぐらい!」


 シスルは大きく顔を歪め、下ろしていた手を持ち上げる。その勢いで煉瓦に落下し、付着したのは、血液。シスルの手の平には、今も尚血が流れ続けるほどの深い傷跡があった。

 煉瓦に落ちた血痕は、ハルメリオアンドロイドが追跡していたものと同じだ。ハルメリオをおびき出すために用いられたその血液を、シスルは喜々として周囲に振りまいた。

 シスルの動きの伴い、ハルメリオの足元から大量の闇の手が生えてくる。それらはハルメリオの四肢を掴み、光の剣さえ抑え込もうとした。

 闇に触れた剣は、途端に光を失った。新月であること、さらに、ここが街灯の少ない場所であるせいで、十分な魔法の威力が出ない。弱弱しい光では闇に太刀打ちすることができず、それを嘲笑うかのように、身体に纏わりついた闇の手たちは、どんどんハルメリオを呑み込んでいった。

 全身が凍らされるかのような冷感が、闇に触れた部分から伝わってくる。身動きがとれなくなったハルメリオを見て、シスルは恍惚とすら呼べる表情を浮かべ、笑ってみせた。


「ハルメリオ、俺はずっとこんな魔法無ければと思ってたよ。でも、あってよかった! この魔法は、君の魔法の天敵なんだ! 光は闇に吞まれる! 君は、魔法がなければ『僕達』に太刀打ちすることはできない! 君の両親がそうだったように!」


 そのための力だ、と、シスルは狂喜を滲ませて叫んだ。


「ハルメリオ様!」


 その声の隙間で、メリーの悲鳴染みた呼び声が聞こえた。彼女は以前会った時よりも、感情が豊かになっているように感じる。以前までは微笑みや喜びといった感情を多く学習していた彼女が、こんな時に人間らしく恐怖を覚えるのは、負の感情を学習する機会があったからだろう。

 ここ一週間、彼女がどんな生活をしていたか、ハルメリオは想像する。

 シスルによって、様々なプログラムを組み込まれたことは容易に考えられる。それはありとあらゆる攻撃的なプログラムで、彼女の思考や感情に関係なく、対象への殺害衝動を呼び起こすこととなるだろう。

 アンドロイドにとって、プログラムは絶対だ。

 空腹になったら食事をとる。一日の終わりに眠りにつく。夜が明けて朝がくる。人間にとって当たり前のそれらと同等に、アンドロイドにとって、プログラムに従うことは当然のことだ。

 しかし、メリーはそれに抗い続けた。自分に芽生えた感情と理性によって、本能とも呼べるプログラムを必死に抑え込んだのである。それに抗うあまり、自分を破壊してしまおうという思考に至るまでに。

 それがどんなに苦痛だったか、正確に理解することは難しい。一週間の断食も、不眠も、明けない夜も、人間を死に至らしめる。それでも死ぬことを許されなかったメリーの感情は、人間でも、ただのアンドロイドでも、理解することはできないだろう。

 ただ、彼女にあんな顔をさせているのは、そんな生活の日々ではない。彼女が負の感情を学習するに至った一番の原因は、ハルメリオの糾弾だ。その自覚と確信が、ハルメリオにはあった。


「メリー、そんな顔をするな」


 闇に吞まれながら、ハルメリオはぽつりと呟く。今にも泣きそうなメリーの顔を見ていると、身体の芯まで凍り付きそうな闇の冷たさは、然程問題でもないように思えた。

 ハルメリオの言葉に、メリーは首を横に振る。そんなことはできない、と訴える彼女に向けて、ハルメリオは小さく言葉を続けた。


「お前の気持ちがよく分かった。自分が大切だと認識している相手がそういう顔をしていると、その原因を除外してやりたい気分になる」

「にげ、て、ください」

「逃げも隠れもするか。これはお前への謝罪と出迎え、そして友との初めての喧嘩だ。そんな顔をする理由は何一つとしてない。俺にしては珍しく謝りたいことが山ほどあるんだ。俺に似せられたアンドロイドではなく、俺の言葉で。大人しくそこで待っていてくれ」


 メリーの懇願を一蹴して、ハルメリオは己の手に今までよりも強大な魔力を込めた。次の瞬間、剣は突如として光を取り戻す。

 剣に纏わりついていた闇は、一瞬にして消え去る。自由になった剣で四肢に纏わりついた闇の手を切り落としたハルメリオは、驚愕して目を見開くシスルに笑いかけた。


「街灯が周囲を照らすのと同じ原理だ。俺の魔法もまた、お前の魔法の弱点。おかげで兄上を目覚めさせることができたぞ。俺は今日ほどこの魔法に感謝したことはない」

「……なんだ、結局レイは生き延びたんだ。しぶとい兄弟だよ、ほんと。憎いことこの上ないな」


 シスルは、苛立ちを隠さずに呟いた。その瞳の奥に浮かぶ憎悪は、まるで炎のような激しさを伴っている。

 かつての友人の姿はもうない。その現実を目の当たりにして、ハルメリオは口を結ぶ。目の前の憎悪は、決して収まる様子はなかった。

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