第32話 真里姉と名付け再び


 その言葉は、確か小説だったと思う。


 高校生の男の子が、バイトして買ったバイクで疾走する場面で、景色が飛ぶように流れていく中、


『風になったみたいだ』


 と、短く呟いていた。


 ようやくバイクを買えた達成感とか、歩くのとは比べ物にならないスピード感とか、置き去りにしていく景色とか、そういう事には一切触れず、呟いたのはその一言だけ。


 それが妙に印象的で心に残っていたのだけれど、私は今、その男の子と全く同じ想いを抱いていた。


 まだ名前はないけれど、白熊のこの子は私を乗せ、風のように平原を疾駆する。


 どのくらいの速度が出ているのかは分からないけれど、感じたことのない爽快感が全身を駆け巡る。


 気が付けば平原の終わりに到達し、折り返し、3人の前へと戻っていた。


「…………ただいま」


 大きな背中から降りて、いつもの感覚が戻ってくるまで少し時間が必要だった。


「お、おかえり。とんでもない速度が出てたわね。ちょっとルレットちゃん、マレウスちゃん、あなた達何したの?」


「いやぁ、想像以上の速さでしたねぇ。ネロの特性を参考にしてぇ、この子の眼には【ストームホース】の風の魔石を使ったんですけどぉ、それだけでは説明できませんねぇ」

 

「さらっと第2エリアの難敵ネームドの名前出しやがったな……俺もやったのは牙や爪や頭部、関節でも負荷の大きいところに【魔鋼】を使ったが、あんな化物みてえな速さになるとは思えねえ」


「マレウスちゃんも軽いノリで現状の高ランク素材出してきたわね……」


「そういうお前はどうなんだ、カンナ」


「ワタシは2人に比べれば普通よ。素材も手に入り易い【ブレイクエッジの木材】だし」


「確かに第2エリアでは比較的手に入り易く、硬い素材だが……お前、骨格どこまでガチで作った?」


「図書館で、白熊の骨格標本が載ってる本を借りて暗記してから作ったくらいには、ガチね」


「ルレット並みに手間かけてんじゃねえか!」


 なんだろう、この互いを称え合っているように見えなくもないのに、どこか殺伐とした感じは。


「あの、3人が凄かったから、という事では?」

 

 私が提案してみると、なぜかジーーーッと見つめられた。


「そういえばこいつの存在があったな」


「最大のファクターを忘れていたわね」


「マナー違反は承知ですがぁ、マリアさんが使っているスキルとぉ、ステータスについて教えてもらっても構いませんかぁ? 会話はパーティーを組んで外に漏れないようにしますのでぇ」


「? 構いませんよ」


 パーティーの申請が来たので承諾すると、すぐにルレットさんから会話が飛んできた。


『まずわぁ、スキルについてお願いしますねぇ』


『分かりました。糸を操るのとは別に、こうして自立して動かせる【供儡】ってスキルがあります。クラスチェンジする前は【傀儡】だったんですけれど、クラスチェンジしたら名前が変わりました。スキルのレベルは10です』

 

 加えてスキルの詳細も話す。


 操る対象の強さは、ステータス、スキルレベル、操る対象の品質に依存することを。


『なるほど。上位職の変異スキルでレベル10なら、なかなかだな。品質は俺達が作ったものだからいいとして、あとはステータスか。今DEXいくらだ?』


『80ですね』


『は? 80だと!?』


 マレウスさん、なんで呆れたように?

 

 あ、予想より低かったのかな。


 それならえっと、うん、もう少し上がるね。


『すいません、正確には装備特性を加えて90です』


『ステータス特化のカンスト組みに迫る感じの数値ね』


 あれ、低いわけじゃなかったのかな?


『ほぼ決まりですねぇ。マリアさんのスキルレベルとステータスとぉ、それに思い出したのですけどぉ、装備特性が乗ってる可能性がありますねぇ』

 

 装備特性って……あっ、ひょっとして。


『シューズの(装備特性)移動速度+5%とぉ、スカートの(装備特性)風抵抗減(小)ですねぇ』 


『マジか。使用者の装備特性まで乗るとかヤバ過ぎだろう』


『その代わりネロちゃんやこの子はポーションや魔法で回復できないんだから、バランス的におかしくはないと思うわよ……多分』


『『……』』


『いや、そこで黙らないで欲しいんですけれど……』


 何だかこっちまで不安になるじゃないですか!


 結局、まあ大丈夫だろうという濁された結論の元、ひとまずイベントまで出来るだけこの子の事は隠すことになった。


『そういえば、名前どうしましょう?』


 私の言葉に、真っ先に反応してくれたのは意外にもマレウスさんだった。

 

『お前のモノなんだから、お前が好きに付ければいいだろう』


『そうですけれど、みなさんのおかげで生まれた子ですから。作った方が名前を付けたりするのも、ありますよね?』


『まあ、無くはねえな』


『名付けですかぁ、ちょっと恥ずかしかったりしますよねぇ』


『そうだとしても、まずはマリアちゃんの考える名前を尊重するのが筋だと思うわ。さあ、思いついた名前をババンと披露してちょうだい!』


 カンナさん、そうやって促されるとプレッシャーなんですけれど。


 う〜ん…………白熊、シロクマ、シロ……クマ…。


『クマ太といのは…』


『『『よしみんなで考え(よう)(るわよ)(ましょうかぁ)』』』


『また無視された!?』


 それになんでこんな時だけ息ぴったりなの!!


 ……もういいよ、どうせ私のネーミングセンスなんて要らない子なんだ。


『ネロちゃんがいるから関連させたいところだけど、名前から連想するのは皇帝なのよね』


『暴君ネロか。ネロといえば、ヨハネの黙示録に出てくる”獣の数字”ってのがあるな』

 

『”獣の数字”って666ですよねぇ? 666で確かオーメンっていうホラー映画が昔ありましたねぇ。その666の痣を持っている少年の名前がダミアンでしたかぁ』


『ダミアン、”悪魔の子”か。お前どうおも……』


『……』


 マレウスさんから尋ねられたけれど、無言でNoを突き付けた。


 ええ、それはもう全力で。


 ネロって名前は、純粋にエステルさんと子供達が一生懸命考えてくれたものなのに、この子の由来が”悪魔の子”なんて不憫過ぎる。


『……他考えるか』


『当たり前です!』


 思わず声を大にして言った私を、誰が責められるだろう?


 もうやだ……。


 あれ? この理不尽な流れからの今の言葉、なんだか妙に既視感が……いつだろう。


『見た感じの大きさや厚みといい、戦車とか装甲車の名前からとるってのはどうだ?』


『男の子ってそういうの好きよねえ。レオパルトとか?』


 カンナさんは女の子目線なんですね、でも名前の候補がすらっと出てくるのはどうなんですか。


 ツッコミませんけれど。


『戦車より装甲車の方が雰囲気には合っていますねぇ』


『それならアメリカのガーディアン、ドイツのディンゴ。日本の96式装輪装甲車、はさすがに名前として微妙か。おっ、防衛省が愛称をクーガーって付けてるな』


 外部サイトを参照しながらなのか、マレウスさんの口調が読み上げる感じになっている。


『クーガー……悪くない響きね』


『私も良いと思いますよぉ』


『なら決まりだな。こいつの名前はクーガーだ!』


 3人が、”一仕事やり遂げた”みたいな満足感を溢れさせながら頷き合う。


 こうしてまたも私の意見は無視されたまま、この子の名前はクーガーに決まってしまったのだった。

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