第30話 真里姉とフォレストディアの行方(後編)


 私の長過ぎる戦いは、まさかのジャガイモの在庫が無くなるという形で終わりを迎えた。


 あれから何時間経ってしまったのかは、あまり考えたくない。


「いやあ、マリアのおかげで助かったよ」


「酷いですよ、バネッサさん。そもそも受ける以外に選択肢がなかったじゃないですか」


 ゲーム的な強制も含めて、ちくりと刺す。


「悪かった悪かった。さすがのあたしも予想外だったんだ。あれから試しに店で出したらあっという間に噂が広まって、気が付けばうちはまるでポテトチップス屋だよ」


 ポテトチップス屋って……。


「ここまで客が押し寄せてきちまうと、さすがに作り方か、売り方を考えないといけないね。マリアのアドバイスで、皿で出すのをやめて、羊皮紙を漏斗状に丸めたものに変えたのは大正解だった。おかげで皿を洗う手間が省けたし、持ち帰って食べたい客にも喜ばれた」


「でも羊皮紙って高いんじゃないですか?」


「羊皮紙は、皮膚が再生するリカバリーシープってモンスターを飼育して作られてるからね。大して高いもんじゃないよ。だからその分を売り上げから引いても、収支は十分黒字だよ」


 今さらっと怖いこと言わなかった?


 皮膚が再生する羊のモンスターがいるから、羊皮紙が安い。


 つまりその羊は、皮膚を剥がされては餌を食べさせられ、回復を待たれ、また皮を剥がされるってことだよね?


 ……よし、これ以上考えるのはよそう。

 

「今更になっちまったが、あたしに何か用があったのかい?」


 そう言われ、私は忘れていた本来の目的を思い出した。


「ジャーキー、干し肉を作るのに燻煙器を探しているんですけれど、心当たりありませんか?」


「燻煙器? それならうちにあるよ。まだ早いが今日はもう店仕舞いするし、好きなだけ使っていきな」


 おお、頑張って手伝った甲斐があったね。


 バネッサさんに案内されたのは、お店の裏にある空き地だった。


 そこには庇が備わっていて、その下に、学校で見掛ける掃除ロッカーくらいの大きさの木製の箱が置いてあった。


「こいつが燻煙器。扉が付いているから、開けてごらん」


 言われるまま扉を開けると、金網が段になって敷いてあり、一番下にコンロのような物が設置されていた。


「一番下にあるのが発熱する道具。その上に鉄鍋を置いて、燻製に使いたい木のチップを入れれば、あとは燻製したい食材は金網に乗せて、扉を閉めるだけ。時間と温度に気を付ければ、美味しい燻製が出来上がるよ」


「時間と温度の目安ってありますか?」


「物にもよるけど……」


 素材を伝えると、目安を教えてくれた。


「調理場も好きに使っていいよ。それからマリア、あんたさっきので料理が次の段階に進めるようになったはずだよ」


「え? あっ、本当だ」


 放心して気付かなかったけれど、確かに通知が来ていた。



『【料理】が規定のレベルに達したため、【料理(中級)】が取得可能となりました。なお取得に際し【料理】は削除され、【料理(中級)】のレベルは1となります』



 取得に必要なスキルポイントは5と高めだけれど、取得しない手はないよね。



『【料理(中級)】を取得しました』 



 お礼を言って、私は調理場で早速ジャーキーの準備に取りかかった。


 まず必要なのはソミュール液という、お肉に味を染み込ませる液体調味料。


 といっても難しい物ではなく、白ワインとハーブ、それからニンニクとショウガを刻み、塩と隠し味の蜂蜜を入れて混ぜれば完成。


 次に、取り出した【フォレストディアの肉塊】を、糸で包丁を操り薄く切る、切る、切りまくる。


 ジャーキーにした際にかなり量が減るだろうから、持っている大量の【フォレストディアの肉塊】は全部ジャーキーにするつもり。


 切ったお肉は【下拵え】のスキルで塩を馴染ませてから塩抜きし、作っておいたソミュール液に漬け込む。


 ここでお肉を液に漬けたままの状態で、アイスリザードの鱗の入った、いわゆる冷蔵庫に入れる。


 アイスリザードの鱗はそれ自体が冷気を放つ物らしく、仕組みとしては冷蔵庫より冷蔵箱の方が正しいかもしれない。


 冷蔵箱に入れたら、【促進】の出番です。


 漬ける時間はサイトでまちまちだったので、今回は3日間くらいにする。


 前回狼骨スープを作った時に【促進】を使ったおかげで、大体の感覚は分かっていた。


 【促進】を発動し待っている間に、燻製に使うチップを作成しよう。


 【促進】は1度発動すればMPは消費し続けるけれど、他に何かしても問題がないという便利な特性があった。


 【大蜘蛛の糸】から【魔銀の糸】に武具を替え、【クルミの木材】を取り出す。


「意外と大きいな、木材」


 建物の素材には長さが足りないけれど、大人でないと抱えられないくらいの太さがあった。

 

 これなら1本でも大量のチップが作れそうだね。


 さっそく4本の糸をびっしりと這わせ、装備特性の伸縮によって一気にバラバラにする。

 

 これを縦・横・高さ・の3回分行えば、小山のような【クルミの木材のチップ】が出来上がった。

 

 そして1時間が経過したところでお肉を取り出し、水気を丁寧に拭く。


 燻煙器のところに戻り、金網の上に準備したお肉を乗せたら、一度金網ごと外してまとめて糸で縛ってから、周囲に人がいないのを確認し大回転。


 本当は時間をかけて自然乾燥させるのだけれど、今回は時間短縮のために多少強引な遣り方で乾燥を行う。


 あまり水分を抜くと硬くなり過ぎて食べ辛くなるので、様子を見ながら回し続ける。


 お肉の大きさが元の3分の2くらいになったところで止め、燻煙器に戻すと【クルミの木材のチップ】を投入し、いよいよ燻煙開始。


 温度は低めに調整し、【促進】を使って4分待つ。


 これでおよそ5時間分の効果があるのだから、現実でも使えたら凄い便利なのに。


 もっとも、それを言ったら【操糸】も【供儡】もなんだけれどね。


 燻煙器を開けると、中には黒と焦げ茶の中間のような色をしたお肉達が。


 手に取ると、うん、ちゃんとジャーキーになっている。



【フォレストディアのジャーキー】

  フォレストディアの肉に下味を十分染み込ませて作られたジャーキー。

  ほのかな甘みがあり、肉の旨味が凝縮されている。

  燻製により香りも豊か。

  (料理バフ)AGI+8(2時間)



 おや? 料理バフなる物が付いている。


 これまで作った料理には、料理の説明だけだったのに……もしかして【料理(中級)】になったからかな?


 今度ルレットさんに聞いてみよう。


 この料理バフの効果がどれだけ高いのかも分からないけれど、まあ、作ってから考えればいいか。


 乾燥から燻煙までの工程を数回繰り返した結果、300個近いジャーキーが出来上がった。


 これだけあればしばらく携帯食には困らないね。


 後片付けをしてバネッサさんに改めてお礼を伝えた私は、死にスキル取得のための特訓を行なってから、ログアウトした。




(マリア:マリオネーターLv16)

 STR  1

 VIT   4

 AGI   6

 DEX 67

 INT   4

 MID 18



(スキル:スキルポイント+24→+19)

 【操糸】Lv15

 【供儡】Lv7

 【クラウン】Lv10


 【捕縛】Lv5

 【料理】Lv10 →【料理(中級)】Lv1

 【下拵え】Lv6 →Lv8

 【促進】Lv3 →Lv6

 【暗視】Lv3

 【瞑想】Lv3

 【視覚強化】Lv2

 【聴覚強化】Lv2



 

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