第25話 真里姉と第2の街の少年


 声がした方向は、山間で音が反響し特定がし辛かった。


 大まかな方向を絞りネロに探ってもらいつつ、私は樹の上に登り高い位置からの探索を試みた。


「声の大きさからして、そこまで離れてはいないと思うのだけれど」


 視覚強化を活かし、近場から探っていくと獣道らしきものが見えた。


 そこを辿っていくと、細い街道にぶつかった。


 さらにその先で、数人の冒険者が集まっている。


 何もない街道の道端で、特に集まる理由もないだろうから多分あそこだろう。


 樹から降りてネロを先頭に、念のため迂回するように近付いていく。


 すると聴覚強化のおかげか、子供の悲鳴、というか叫び声が聴き取れた。


 木々の隙間から奇跡的に視界も通り、ようやく詳細が掴めそう。


「母さんが怪我したのはお前等のせいだ! 冒険者なんか来るなよ!!」


 石を手にした小さな男の子が、冒険者達に向かって投げつける。


「うおっ、石投げてきやがったこのガキ」


「ってかなんだよ母親の怪我って、知らねえよ」


「相手するのも面倒だ、行こうぜ」


 冒険者達は比較的冷静なのか、無視して通り過ぎようとしてくれている。


 このまま大人しく離れてね、と思っていたんだけれど。


「このっ!」


 待ちなさい、どうしてそこでさらに石を投げるの君!


 それが運悪く、冒険者の一人に当たってしまった。


「いい加減にしろよガキ。そっちから攻撃してきたんだ、攻撃されても文句はねえよな」


 すらりと腰から抜かれる剣。


 ああ、やっぱりこうなった。


 私は2本伸ばしていた糸の片方を草むらに忍ばせ、先端でネズミを描き【クラウン】を発動する。


「ん? モンスターか?」


 よかった、冒険者にも効いてくれた。


 男の子から注意がそれたその隙に、もう1本を少年に巻き付け、一本釣りの如ごとく引き上げる。 


 悲鳴を出されると面倒なので、男の子の負担を無視して3分の1くらいの力で一気にやってしまったけれど、大丈夫だよね?


 糸はちゃんと【大蜘蛛の糸】に替えているし、木々にぶつからないよう制御もしたし。


 冒険者達を伺うと、忽然と消えた男の子に、狐に摘まれたような顔をしていた。


 モンスターの気配もしたと思ったら消えているし、混乱するのも無理ないよね。


 しばらく周囲を探る様子を見せ、その後は街道に戻り去って行った。


「ふぅぅ……良かった、戦いにならなくて」 


 無意識に止めていた息を、思い切り吐き出す。


 冒険者と戦ったことはないし、戦いたいとも思わないから、何としても回避したかったんだよね。


「さて君、どうしてあんな危な……って危ない!?」


 男の子を見ればHPが半分以下に減っていた。


 引き上げた時の負荷が予想以上に強かったみたい、って冷静に考えている場合じゃない!


 慌ててポーションを飲ませると、HPはすぐに全快してくれた。


 意識を失っていたけれど、やがて目を覚まし。


「大丈夫? どこか痛いところとかない?」


「あれ? あいつらは? というか、ここどこだ?」


「ここは街道から少し離れた場所で、君がさっきまでいた場所から、私が引っ張り上げたんだよ。あのまま放置してたら、危なそうだったからね」


 実際は私の方が危なくしてしまったのだけれど、知らない方が良いことって、あるよね?


 でもこういうのって、そう言っている方に都合がいいんだなと気付き、私は少し大人になった。


「よっ、余計なことすんなよ! それにお前も冒険者だろ! あいつ等と同じなくせに!!」


 距離を取り、身構えこちらを睨むその眼には、憎しみの色がありありと浮かんでいた。


 私は改めて、目の前の男の子を見た。


 年齢は教会の子供達、ヴァンより少し年上かな。


 着ている服も、繕いはあるけれどボロボロって程ではないね。


 どこにでもいそうな子供だと思う。


 そんな子供が、自分より強いであろう大人、加えて冒険者に向かっていくなんて、余程のことだ。


 「母さんが怪我したのは…」と言っていたのが原因なのは分かるけれど、どうしたものかな。


 幸い、大して長くもない私の人生においても、それなりの経験とういものがある。


 参考にしたのは、真人が荒れた時の経験。


「そっか。君は冒険者が嫌いなんだね」


 目線を合わせ、まず相手の言葉を認める。


「大っ嫌いだ! お前も冒険者だろう! だからお前も大っ嫌いだ!!」


「嫌われちゃったかあ。でも初めて会ったのに、嫌われちゃうのは悲しいかな。ねえ、どうして冒険者が嫌いなの?」


「冒険者は威張っていて、乱暴者ばっかりだ! 頑張って働いていた母さんが怪我したのだって、お前達のせいだ!!」 


 そして、否定しない。


「お母さんは働き者なんだね。そんなお母さんが、どうして怪我させられたのかな?」


「母さんは酒場の給餌をしていただけなのに、酔った冒険者が当然抱きついてきて、母さんが嫌がるといきなり殴ったんだ!!」


 現実なら一発でお巡りさん案件だけれど、しかしここまで酷いか。


 マレウスさんの話だと、第2の街は今、冒険者の殆どが相手にされていないって話だから、この子のお母さんが乱暴されたのはそれ以前ってことだね。


 そしてそんなことが頻発していたとしたら、住人の方に嫌われるのも無理ないな。


「お母さんの怪我の具合は?」


「……顔を殴られて、腫れてる。骨が折れてるかもってお医者さんは言ってた。治すには高いポーションが必要らしいけど、そんな金家にはないし。怪我した顔を見て、母さん毎日泣いてさ、外に出なくなったんだ」


 初めて、憎しみとは違う表情を男の子が見せてくれた。



『クエスト、”母想う子”が発生しました。クエストを受けますか?』



 いやいや、ここでクエストってどういう感性しているの!


 空気ってものがあるでしょうに。


 悪いのは冒険者、つまり私達なんだから。


 報酬を見るまでもなくキャンセル。



『クエストを拒否しました。』



 私は念のために買っておいてた高級ポーションを取り出すと、男の子の手を取り、握らせた。


「良かったらこれ使ってみてくれるかな?」


「これっ! お医者さんが言ってたやつだ! ……いっ、いいのか?」


 思わず喜んでしまったけれど、嫌っていた相手だったのを思い出したって感じかな。


「もちろん。もし1本で足りなかったら、君の街にエデンから人が来ていたら、私に言伝頼んで。必要な分持たせてあげるから。あ、名前言ってなかったね。私はマリア。君の名前は?」


「…………ライル」


「ライルか。お母さん想いの良い子だね」


「……なんで」


「ん?」


「なんでお前は、そんなにしてくれるんだよ。誰も助けてなんてくれなかったのに」


「なんで、か。なんでだろうね? 私にも良く分からないよ」


「……変なやつ」


「それは酷いなあ、これでも君よりお姉さんなんだよ?」


 こつんと頭を小突いてみたら、顔を逸らされた。


 気持ち顔が赤くなっていたのは、気付かなかったことにしあげよう。


 そこに。


「キュルルルゥッ」


 誰かのお腹の虫が盛大に鳴き声をあげた。


「っ!」


 恥ずかしそうにしてお腹を押さえると、誰の虫かバレちゃうよ?


 まあ私とライルしかいないから、バレるに決まっているんだけれど。


 私は煮込みハンバーグを2つ取り出すと、目の前に置いた。


 作ったのはそれなりに前だけれど、さすがゲーム、未だに出来立て状態だ。


「食べていいよ。せっかくだから、ポーション使った後のお母さんと一緒にね」


「…………ありがと」


 聴き取られないよう小さく呟いたつもりなんだろうけれど、聴覚強化でばっちり聴こえているからね。


 でも、そっか。


 ここで感謝を言える子なら、もう大丈夫そうだね。


「1人で帰れる?」


「そんなに子供じゃねえよ」


「そっか。じゃあ気を付けてね。それと、もう冒険者に喧嘩売っちゃだめだよ?」


「しねえよ!……じゃあな、マリア」


「それじゃあね、ライル」


 第2の街があるらしい方向に歩いていくライルの背中が遠ざかり、小さくなり、やがて見えなくなって。


「想定外の出来事で疲れちゃったね。時間も結構経つし、帰ろうかネロ」


 ネロに声をかけると、バッと私の後ろの方へ向き直り、これまでに聞いたことがない警戒の声をあげた。


「フシャーッ!!」


 毛は逆立ってまるでハリネズミみたいになっている。


 慌てて私も構えると、2m程離れた場所にある影が盛り上がり、分裂と統合を繰り返し人の形になっていった。


 現れたのは、シルクハットを片手で押さえ、真っ黒な包帯のような物で全身を包んだ不気味な存在。


 その顔は同じ黒い仮面で覆われていて、唯一、眼だけが血のように赤い色を放っていた。


「もう堕ちている頃かと思って来てみれば、これはこれは、まさかあの状態から持ち直すとは」


 私達など眼中にもないように、独り言を口にする。


 強いとか弱いとか、あまり気にしたことのない私だけれど、これは無理。


 さっきから体の震えが止まらない。


 飢えたライオンの前に放り込まれた感じといったらいいのかな。


 しかも1匹ではなく、ぐるりと囲まれる感じで。


 正直今すぐ逃げ出したい、というかログアウトしてしばらくログインしたくない。


 赤い眼が、思い出したようにこちらに向けられた。


 押し寄せる恐怖に、心臓が止まるんじゃないかと思った。


「これはこれは、レディーを前に挨拶もせず独り言など、失礼致しました」


 慇懃に、腰を深く折って頭を下げる。


「……しかし、なるほど。エデンの”進捗しんちょくが悪い”のは、そういうことでしたか」


 1人納得した様子で、何度も頷いている。


「……あなた、何なの?」


 失礼しましたとか言っておきながら、勝手に納得している様にかちんときて、思わず問いかけてしまった。


「素晴らしい、実に深い問いではないですか。私が何なのか、お答えして差し上げたい……ですが、今はまだその時ではありません」


 現れた時の逆再生をするかのように、人の形が影へと戻っていく。


「近いうちに、再び相見あいまみえることとなりましょう。それまでは、”この一時が続く限り”、ご自由にお楽しみください」


 気配が完全に消え、ネロの警戒も通常レベルに戻った頃、私はその場にへたり込んだ。


 あんなの、もう二度と会いたくないんだけれど。


 それに、どこか引っかかる言い方していたし。


「これ、きっとイベント絡みなんだろうな……」


 ルレットさん達に報告しなくてはと思ったけれど、私はエデンに戻ってすぐ、教会のいつもの部屋で寝台に横になった。


 寝台の藁がブラックウルフの毛皮に替えられていて、そのもふもふ感に少しだけ癒され、エステルさんに感謝しながら私はログアウトした。

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