第10話 真里姉と名付け


 ステータスを確認し、【傀儡】を覚えた頃。


 月明かりも届かなかった森の中には、暗闇を払うように陽の光が差し込み始めていた。


「いつの間にか、夜が明けるくらいの時間になっていたんだ」


 途中から戦うことが楽しくなって、時間が経つのを忘れていたよ。


「ちょうどアイテムボックスもいっぱいになりかけているし、一度戻ろうかな」


 これは敵がたくさんアイテムを落としてくれたせいではなく、【捕縛】したブラックウルフのせい。


 というのも、携帯食とかポーションは一つのアイテム枠の中で複数個表示されるのに、捕縛状態のブラックウルフは一体で一つの枠を占有したからだ。


 私のアイテムボックスは今は、6割が捕縛状態のブラックウルフで占められている。


 捕縛し過ぎたかな?


 解体にどれだけ時間がかかるのかは、とりあえず考えないでおこう。


 森を抜けるまで、相手はブラックウルフからボアに変わったけれど、ブラックウルフに慣れたせいか、倒すのはかなり楽に感じた。


 ブラックウルフのレベルって、結構高かったのかもしれないね。


 森を抜け街に入ると、日は完全に昇り住人の方も忙しそうに働き始めていた。


 冒険者ギルドに行くと、こちらは冒険者で賑わっていて、パーティーの募集や依頼の受領、報告とあちこちで声が飛び交っている。


 私は解体を依頼するため、アレンさんのいるカウンターに向かった。


「おはようございます、アレンさん」


「おはようマリアちゃん。早起きだね」


「実は夜通し”試しの森”で戦っていたので、早起きではないんです」


「夜の”試しの森”に行ったのかい? ひょっとして、一人で?」


「そうですけど、それが何か?」


「それが何かって……あそこは夜になるとブラックウルフという、暗闇から奇襲をかけてくる上に連携もする厄介なモンスターがいるから、あまり冒険者は近寄らないんだよ。苦労の割りに旨味が少ないといってね。一人だと尚更さ」


「確かに最初は苦労しましたけれど、慣れたら平気でしたよ? ボアより襲ってくる頻度も高かったので、おかげでレベルも上がりましたし」


「そ、そうか……マリアちゃんは意外と大胆というか、肝が据わっているな」


 そういうアレンさんの顔は微妙に引き攣っていた。


「それでまた解体をお願いしたいんですけれど」


「構わないよ。ただ、今回からは解体料金をもらうことになるからね。支払いは解体総額の1割をGか、解体で得られた物で相殺できる」


「それなら相殺でお願いします」


 特に欲しい素材もないし、お金はあって困るものじゃないしね。


「分かった。それじゃ獲物を見せてくれるかい」


 頷いて、私はアイテムボックスに溜まっている捕縛状態のブラックウルフを全部選択し、取り出した。


 カウンターに乗り切るかなと? 思った時には既に遅く、途中からアレンさんの方に雪崩てしまった。


「ちょっ!!」


 「待って」と言いたかったんだと思うけれど、続く言葉はブラックウルフの群れに呑まれ途絶。


「えっと……大丈夫ですか?」


「……」


 結局アレンさんは衝撃で気を失ってしまい、周りの職員さんが救助してくれた。


 そして私は、大量に物を出すときは場所を選ぶようにとこっ酷く叱られた。


 あれは確かに配慮が足りなかったね、反省。


 解体は量が多く1日欲しいといわれたのでそのまま預け、他に手に入れた毛皮や爪は買い取ってもらった。


 ボアよりもいい値段で売れたのは嬉しいね。


 肉は料理に使うのでそのまま確保。


 ボアより脂は少ないけれど、筋があるため焼き物には向かないらしい。


 それならそれで、使い道はあるから構わない。


 冒険者ギルドを出た私は、朝市でトマト、乾燥させた白インゲン、ニンジン、セロリ、タマネギ、それぞれを多めに買った。


 向かった先は教会。


 子供達はまだ寝ているようだけれど、エステルさんは起きていて、教会の掃除をしていた。


「おはようございます、エステルさん」


「マリアさん! おはようございます」


 笑顔で駆け寄ってくるエステルさん。


 気のせいか、以前より肌や髪の色艶が良くなっている。


 ”試食”を無理強いしたおかげかな?


 効果が出るのが早過ぎるかもしれないけれど、そこはゲームだからか。


 それなら、エステルさんにはもっと食べてもらわないとね。


「教会の調理場を借りたいんですけれど、いいですか?」


「勿論です。よろしければ、私もお手伝いしましょうか?」


 その言葉に、一瞬悩む。


 食材を刻むのは【操糸】ですぐ済むけれど、玉ねぎの皮を剥いたり、セロリの筋をとったりするのには向いていない。


 20人前くらい作るつもりでいたし、お願いしようかな。


「……そうですね、もし手が空いているようなら、お願いできますか?」


「はい!」


 掃除道具を片付けると、二人で調理場に。


 調理場に移ると、私は取り出した野菜の下処理をエステルさんにお願いし、ブラックウルフの肉の下ごしらえに取り掛かった。


 ボアの肉より筋っぽく硬いけれど、包丁を糸で操り難なく一口大に切っていく。


 塩を振ったら、ボアの脂を入れて火にかけていた大鍋に入れると、脂の跳ねる音と共に肉の良い匂いが立ち上る。


 そこにエステルさんが筋をとってくれたセロリを細かく刻んでから入れ、一緒に炒める。


 程よく火が通ってきたら白インゲンを投入し、トマトとニンジンと玉ねぎを刻んで入れる。


 香草と一緒に水を入れたら火力を強め、浮かんだ灰汁を掬い、赤ワインを入れて塩で味を整え、蓋をしてさらに煮る。


 これであとは時間をかけるだけ。


 本当は圧力鍋でもあればすぐできるんだけれど、子供達が起きてくるまでに間にあうかな?


 私の隣ではエステルさんがライ麦粉を練ってパン生地を作っている。


 体重をかけて力強く捏ねているのを見ると、うん、私には無理な作業だね。


 手持ち無沙汰になった私は、ルレットさんに貰ったぬいぐるみを取り出した。


「あら、可愛い猫ですね……ぬいぐるみ、ですか?」


「ええ、この前来てくれたルレットさんから貰ったんです。凄いですよね。ぱっと見、本物の猫ですもん」


 一瞬、間ができるのもわかるよ。


 造形といい、黄色い目は縦長の瞳孔まで再現されていることといい、本物と言われても信じちゃうよね。


 この子に向け糸を伸ばし、【傀儡】を発動する。


 どうなるかと思っている私の前で、変化は劇的だった。


 猫のぬいぐるみが、私の掌の匂いをくんくん嗅いで、頭をこつんと擦りつけてきた!!


「「か、可愛い」」


 ん? 声が重なったと思ったらエステルさんが前のめりになっている。


 エステルさんも猫が好きなのか……せっかくならこの感動を分かち合いたいと思ったら、まるでこちらの意を汲んだかのようにエステルさんへ寄り添った。


 おお、賢い。


 ひょっとして私の意思が通じるのかな。


 猫の可愛さに蕩けてしまっているエステルさんは、普段の母親のような表情から、年相応より幼い感じに見えた。


 これが本来のエステルさんの素なのかもしれないな、とほっこりしていると、子供達が起き始めてきた。


 そして猫を見つけるや、もみくちゃにされる程可愛がられてしまった。


 本物だったら嫌がって引っ掻いたりしそうだけれど、いい子だ。


「マリアさん、この子名前をつけたりしないんですか?」


「名前ですか。ぬいぐるみだから気にしてませんでしたけど、こうなると逆にない方が不自然ですよね」


 目を向けると、猫の瞳が期待するようにこちらに向けられている、気がした。


「猫で、白くて、目が黄色……ニャン吉」


「そ、そうですね……さあ、みんなはどんな名前がいいと思いますか?」


 一言置いているけれど、無視したよね? 何かを諦めた目をしたよねエステルさん!?


「シロ!」


「猫助!」


「タマ!」


「みんないい名前ですね。でも、それだとマリアさんと同じくらいですから、もう少し考えてみましょう」


 さりげなくディスられた!?


 もういいよ、私のネーミングセンスなんて今更だし。


 朝からそれなりの時間を使って行われた名前付け大会は、ブラックウルフの煮込みが完成するまで続き、最終的に「ネロ」となった。


 私の意思? 介在する余地なんて欠けらもありませんでしたが何か?


 煮込みはバイトの時に賄いで食べたビーフシチューに似た美味しさがあり、みんなに大好評だった。


 うん、私は料理を頑張るよ、おかげでスキルレベルも上がったし。


 ここまではまだ、【傀儡】が物に本物のような動きをさせ、操者の意思をきかせることができる和みスキルという認識だった。


 動物を飼ってみたいという夢が思わぬ形で実現したと、私は無邪気に喜んでいたのだった。



(マリア:道化師 Lv10)

 STR  1

 VIT   3

 AGI   4

 DEX 46

 INT   4

 MID  8



(スキル:スキルポイント+30)

 【操糸】Lv10

 【傀儡】Lv1

 【捕縛】Lv3

 【料理】Lv2→4



(傀儡対象)

 ネロ(猫のぬいぐるみ)

 

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