#08-06: 平和という戯言の下で、私たちは輪舞曲を踊る

 一方的な殺戮だった。セイレーンEM-AZを守る艦は尽くを粉砕された。レスコ中佐は本当に容赦がなかった。でも、それに対して、私はなんとも言うことができなかった。レスコ中佐の心の痛みが、セイレネスを通じてダイレクトに伝わってきたからだ。


 セイレーンEM-AZから主砲弾が飛んできた。私は右手を振ってそれを跳ね返す。何をしたのか、自分でもよくわからない。だけど、私の片手で主砲の一斉射を退けたのは現実だったらしい。


 呆然とする私をよそに、アルマが叫ぶ。


『ヴェーラ、あなたの歌ったあの歌は、セルフィッシュ・スタンドは、痛みのある歌だった。哀しくて、つらくて、でも、全部そういうのを認めた歌だった。その無念さを、苦しさを、みんなに共感させられる歌だったじゃないですか!』

『ははは、痛み、か』


 ヴェーラが笑う。海溝のように底の見えない笑いだった。


『うん、確かにそうだな。わたしはあれを通じて、わたしを理解して欲しいと願ったんだ。確かにあれはね、わたしも驚くほどに。しかしね――血に染まったわたしのこの手は。に彩られたこの身体は。あの歌とは結びつけられることはなかったんだ。わたしが願ったのは、ただの万人の幸福だった。戦争のない世界だった。冬の果てに常春ティルナノーグが来ると思っていた。冬来たりなば春遠からじ。西風に寄せてそう思いながら、わたしは耐えた。いや、は耐えた。その艱難かんなんの末に生まれたのが、わたしとマリアが描いたのが、あの景色だった!』


 悠然な、そして悲愴なる演説が始まる。


『わたしはね、実は何一つ変わってはいないのさ。ただ美しい顔でさえずるのをやめただけ。にとって耳当たりの良い言葉を連ねるのをやめただけ、なのさ。優しく聞こえるだけの言葉を捨てた。それだけだ。見てみろ。そして振り返れ。わたしはただ仮面を被っただけだったのに、は気付かなかったじゃないか。わたしがヴェーラ・グリエールであるということに!』


 それに、とヴェーラは続ける。


『わたしたちが十数年も苦労して、そして何一つ成果を上げられなかった。なのに、わたしがこの剣をに向けたその途端に社会は変わり始めた。激変しただろう? 人々は歌姫セイレーン――いや、違うな。きみたちだ。きみたちに尻尾を振り始めた。これには本当に落胆させられた。わたしたちの十数年、わたしの味わった苦痛はなんだったんだろうかってね』


 これは希望でもあるけれど――ヴェーラは言う。


『国民は知っただろう。我々はただの人間にすぎないのだと、理解しただろう。わたしの行為おこないによって、彼らは歌姫セイレーンの何たるかにようやく思い至った。きみたちを見て、ほんのわずかなれど現実を知ったことだろう。自分たちが何も理解してこようとしてこなかったことに。不都合な現実から目を背けていたという現実に』

「でも――」

には変われる余地も機会もあったのさ。なのに、彼らは享楽にふけり、その現状が永続的なものだと信じ込み、私たちを生贄とした!』

「でも!」


 私は思わず叫んだ。


「不幸にならなきゃ、誰もがそれまで自分が幸福だったことになんて気付きやしません。失わなかったら、それが本当に大切なものだったかどうか判断なんてつかない。それは甘いのかもしれません。苦しんでる人から見れば、たとえばあなたから見れば、本当に苦々しいのかもしれない。でも、それは私たちだって、歌姫セイレーンだって同じじゃないですか。私たちだって特殊でも特別でもない。と同じ。セイレネスを扱う能力が偶然にもあって、偶然にもこんなことになっている。だからたまたまの浅薄さとかそういうのが目につくだけだと、私は思うんです」

『そんなことはわかっているさ』


 ヴェーラの言葉に抑揚はない。


『でもね、違うんだ、マリー。は時間をかけすぎた。だからわたしが動いた。わたしの次の世代に苦しみをのこさないために! こんな酷く惨めな時代を招いてしまったのは、わたしの責任だ。だから、わたしが始末をつけねばならないんだ!』


 不意に音圧が上がった。私の意識は軽くクラッシュする。無茶苦茶な支離滅裂なの群れが膨れ上がって私たちに襲いかかってくる。その自由なたちは、やがてひとつのメロディを作り始める。


「セルフィッシュ・スタンド……!」

『ふふ、粋だろう?』

「ヴェーラ……」


 私は奥歯を噛みしめる。アルマが叫ぶ。


『あなたの理想、言いたいこと、したいこと。その理由も、わかります。でも! だめです! 時間がかかるとか、理解されないとか、責任がどうのとか! そんなことでてちゃダメなんです。武器で言うことを聞かせようとしたってダメなんです!』

『きみは何故泣くんだい、アルマ』


 ヴェーラは静かに応じた。


『理解しているからだろう? そんなものは幻想の中でしか実現できないんだっていうことを。そうだ、なんかでは、平和というものを実現することはできやしないんだ』


 一枚岩モノリスのように隙のない言葉の群れを前にして、私は何も言えなかった。ヴェーラはそっと、しかし畳み掛けてくる。


『誰かが犠牲になるか、あるいは、誰かを犠牲にするか。世のなんていう戯言ざれごとは、そうして実現されてきたんだ。歴史を見てみるんだよ。世界中の人々が、一つの争いもなく平和に過ごしていた時代なんてあったかい? 誰かに哀しみを背負わせることなく、そして共苦し、共栄することが出来ていた時代なんて、あったかい?』

「でも、そんな、でも——」


 私にはそんな戯言しか吐けない。


 誰も何も言わない。指先一本動かせない。セイレネスは渺漠びょうばくな沈黙を垂れ流す。


『でも!』


 ようやくアルマが割り込んだ。


『そんなことしたら、力があるからって、それでを脅かすなんてことしてしまったら! あたしたちの歌はただの暴力装置になってしまう!』

は……」


 私は意を決する。今言わなければ後悔する。今しか伝えられない。


「あなたがあのセルフィッシュ・スタンドを歌った時のように、その時に込めた祈りのように、平和のためにあるんです、歌は! 祈るための道具なんです、歌は! 戦争の道具じゃない。戦争をするための道具じゃない。戦争をしないで済むようにするための手段。そして、いたみを癒すためのものなんです」

『きれいごとだよ、それは』


 ばっさりと、私は切って捨てられた。


『わたしたちは圧倒的にクリーンで、しかも依存性というまで備えた戦略兵器だ。アーシュオンは量産に乗り出したし、他国もその流れに乗るだろう。ヤーグベルテが生首歌姫を作る日が来ないなんて都合のいい未来は考えるべきじゃない。戦争の形は変わるかもしれないけど、なくならない。決してね。だからきみたちは考えろ。選べ。兵器であるべきか、人であるべきか』

『あたしたちは人間ですから!』


 震える声でアルマは言う。


『あたしたちは諦めない。決して。言葉は捨てない! 兵器でも消耗品でもないって、訴え続ける。諦めない』

『それなら、それでいい』


 ヴェーラは静かに頷いた……と、思う。


 その時だった。アキレウスとパトロクロスの艦首PPC粒子ビーム砲が突如、光を放ったのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます